0。始まり
文字数 1,611文字
ほんの1年間だけだった。
ここにあった優しい木の香りのする校舎に、体に合わない大きなピカピカのランドセルを背負って登校したのは。厳密に言えば、1年も通っていない。確か…冬、雪が降る頃にはここにいなかったもの。
思い出せる。ギシギシと音を立てる廊下が怖くて、つい後ろを振り返ってしまったこと。トイレは汲み取り式で、校舎の中にはなかった。外に大きな木屋のような建物があって、小さい私たち1年生には大きすぎて、怖かった。雨の日は、ザーザーと大きな音がそのまま聞こえて、学校でトイレなんて行けなかった。渡り廊下から少し離れたところにウサギ小屋と孔雀小屋があって…。今考えたら孔雀って…どこから来たんだろう? ポピュラーな鶏もいたっけ。
2階建ての木造校舎は、随分歳をとっていて、修理箇所も多かった。けれど、ここに通うようになったら、お姉ちゃんなんだ、とくすぐっったい思いの象徴だった。その校舎も行けない場所があった。ひとつは用務員室。たくさんの用具に加えて害虫駆除の薬等があったから、常に人がいないときは鍵がかかっていた。もうひとつは、校舎の2階だ。高学年専用の階層だったため、1~3年までは行ってはいけなかった。今のように転落防止の柵みたいなものがなかったからだろうなと、大きくなってきたら分かってくるが、当時は特別な場所なんだ~って理解の仕方だったように思う。早く4年生になりたかったんだよね。校舎の2階に行きたくて。
「ね、きれいになくなってたでしょう?」
アイスコーヒーの氷をストローでつついていた私に、萌慧 は微笑んだ。
「嬉しそうね、萌慧」
彼女と私は、小学生の時からの親友だ。私が引っ越しした後も手紙のやり取りがあったのは彼女だけだった。それから、一度として同じ学校に通った覚えはないのだが、こうして大学生のなった今も交流が続いていた。
もちろん、というのはおかしな話だが、今、現在、無事に合格して通っている大学も申し合わせたように違う。共通点というものがないのだけど…交流は続いていた。こういうのを“馬が合う”って言うのかしら。
本日は久しぶりの萌慧とのデートだった。私たちは親友と言い合いながらも、昔から会う回数は少なかった。何かこれといった出来事がない限り「会おうか」ということにはならなかった。今回は1年ぶり?もっとかな?そのくらい
彼女からいつものように手紙が届いた。会うことは少ない機会だったが、手紙のやり取りは頻繁だ。その時の手紙の絵柄はいつも子犬柄。この時も可愛いわんちゃんの絵柄で、萌慧っぽい手紙に安心して読んでいた。が、一瞬、私の思考が固まった一文があった。いつもの手紙。萌慧の学校での出来事やレポートがうまくいかないことの焦り、ストレス解消したい思い、そうして、その流れのなかに、しれっと書かれていた。“小学校、取り壊されたんだって。古かったもんね”とあったのだ。私が引っ掛かった事柄についての記述はこの1行…。
数日後、私は校舎を見に行った。すでにそこは平地と化していて、呆然とした。本当になくなっていた。いつ取り壊されたんだろう?私はここへ来てどうしたかったのだろう?この感情は何だろう?
戻ってきてすぐに手紙を書いた。
「今週の金曜日に会えない?」
と。
「別に、特別嬉しいってことはないけど、一静 の方がおかしいよ」
私たちは喫茶店で涼んでいた、窓ガラス1枚隔てた外では激しく照りつける日差しの中を大勢の人たちが忙しそうに行き交っている。
「えー、どこがよ」
「うーん…、ショック?受けてるみたいに見えるかな~」
……そうか……
私は萌慧に言われて初めて気づく。このもやっとした感情を言葉にするならその表現がぴったりかもしれない。
私は、校舎がなくなって、ショックだったのだ。
アイスコーヒーの氷がカランと音を立てた。
ここにあった優しい木の香りのする校舎に、体に合わない大きなピカピカのランドセルを背負って登校したのは。厳密に言えば、1年も通っていない。確か…冬、雪が降る頃にはここにいなかったもの。
思い出せる。ギシギシと音を立てる廊下が怖くて、つい後ろを振り返ってしまったこと。トイレは汲み取り式で、校舎の中にはなかった。外に大きな木屋のような建物があって、小さい私たち1年生には大きすぎて、怖かった。雨の日は、ザーザーと大きな音がそのまま聞こえて、学校でトイレなんて行けなかった。渡り廊下から少し離れたところにウサギ小屋と孔雀小屋があって…。今考えたら孔雀って…どこから来たんだろう? ポピュラーな鶏もいたっけ。
2階建ての木造校舎は、随分歳をとっていて、修理箇所も多かった。けれど、ここに通うようになったら、お姉ちゃんなんだ、とくすぐっったい思いの象徴だった。その校舎も行けない場所があった。ひとつは用務員室。たくさんの用具に加えて害虫駆除の薬等があったから、常に人がいないときは鍵がかかっていた。もうひとつは、校舎の2階だ。高学年専用の階層だったため、1~3年までは行ってはいけなかった。今のように転落防止の柵みたいなものがなかったからだろうなと、大きくなってきたら分かってくるが、当時は特別な場所なんだ~って理解の仕方だったように思う。早く4年生になりたかったんだよね。校舎の2階に行きたくて。
「ね、きれいになくなってたでしょう?」
アイスコーヒーの氷をストローでつついていた私に、
「嬉しそうね、萌慧」
彼女と私は、小学生の時からの親友だ。私が引っ越しした後も手紙のやり取りがあったのは彼女だけだった。それから、一度として同じ学校に通った覚えはないのだが、こうして大学生のなった今も交流が続いていた。
もちろん、というのはおかしな話だが、今、現在、無事に合格して通っている大学も申し合わせたように違う。共通点というものがないのだけど…交流は続いていた。こういうのを“馬が合う”って言うのかしら。
本日は久しぶりの萌慧とのデートだった。私たちは親友と言い合いながらも、昔から会う回数は少なかった。何かこれといった出来事がない限り「会おうか」ということにはならなかった。今回は1年ぶり?もっとかな?そのくらい
ぶり
のデートだ。そのきっかけを作ったのは私だ。いや…、厳密には萌慧の方かもしれない。彼女からいつものように手紙が届いた。会うことは少ない機会だったが、手紙のやり取りは頻繁だ。その時の手紙の絵柄はいつも子犬柄。この時も可愛いわんちゃんの絵柄で、萌慧っぽい手紙に安心して読んでいた。が、一瞬、私の思考が固まった一文があった。いつもの手紙。萌慧の学校での出来事やレポートがうまくいかないことの焦り、ストレス解消したい思い、そうして、その流れのなかに、しれっと書かれていた。“小学校、取り壊されたんだって。古かったもんね”とあったのだ。私が引っ掛かった事柄についての記述はこの1行…。
数日後、私は校舎を見に行った。すでにそこは平地と化していて、呆然とした。本当になくなっていた。いつ取り壊されたんだろう?私はここへ来てどうしたかったのだろう?この感情は何だろう?
戻ってきてすぐに手紙を書いた。
「今週の金曜日に会えない?」
と。
「別に、特別嬉しいってことはないけど、
私たちは喫茶店で涼んでいた、窓ガラス1枚隔てた外では激しく照りつける日差しの中を大勢の人たちが忙しそうに行き交っている。
「えー、どこがよ」
「うーん…、ショック?受けてるみたいに見えるかな~」
……そうか……
私は萌慧に言われて初めて気づく。このもやっとした感情を言葉にするならその表現がぴったりかもしれない。
私は、校舎がなくなって、ショックだったのだ。
アイスコーヒーの氷がカランと音を立てた。
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