4。後悔

文字数 2,268文字

「どうしたんですか?萌慧(モエ)さん!」
「やかましいわね!私は急いでるんだからゴチャゴチャ言わないの!」
 私は、2~3日旅行に行くようなボストンバックを引っ提げて、最寄りの駅にいた。別に、どこかにのんびり旅行に行くわけではない。
 私のところに、一静(イチセ)の大学の友だちだという柚南(ユズナ)っていう子が来た。それは、ほんの数時間前のこと。彼女は、一静が連絡もないままに、2日間も学校へ姿を見せないと言った。連絡もつかないと。私ならともかく、一静に限って、何も言わずに、授業を無断欠課なんてこと、あるわけがない。確かに、彼女の人となりを知らなければ、「人間、そんなこともあるでしょ」とか「知らない顔は誰でも持ってるよ」とか「もう大人なんだから、気にしすぎ」とか、様々に思うことだろう。
 けれど、一静はそんな子じゃない。人に不当に迷惑をかける子じゃない。一静は適当に物事決めてない。だから、私は確信してる。

 一静に何かあったに違いない。

 どういう理由でそう思うのか?うるさいな…。長い付き合いの私が、これはいけない!と危険信号を出してるのよ。胸に広がる不安と違和感。一静を探さないとって警報ならしてる。
 柚南(ユズナ)の話が終わるや否や、萌慧は走り出そうとしていた。驚いたのは傍にいた(カイ)と柚南だ。快が、咄嗟に萌慧の腕をとらなければ、目の前を横切っていった自転車とぶつかっていただろう。実際にぶつかったのは、萌慧に頼まれて快が買ってきたジュースだったのだが。

「どうして、もっと早く言ってくれなかったの」

 萌慧の口調は普通だったが、見つめている目は笑ってなかった。言い返すことも、問い返すこともできない雰囲気。大学にて出会い、ずっと付きまとっている快は、色んな萌慧の姿を見ているが、そんな彼でも少々、息を飲んだ。いつもの萌慧とは違う、息が止まるほどの圧力…。
 それからの萌慧の行動は素早かった。オロオロする柚南に「気をつけて帰ってね、今日はありがとう」と言い、駐車場に向かうと、愛車である中古の軽自動車に乗り込み、家へ帰った。アパートに着くと、クローゼットからボストンバックを出し、適当に衣類を詰め込み、タクシーを呼び、駅へとむかったのである。
 萌慧が一連の行動をおこなっている間、快はずっと萌慧についてきていた。愛車に乗り込んだ辺りから、ずっと、である。何も言わずに、静かに見守りながらいたので、邪魔にならずに、ここまできてしまった。しかし、駅まで来て、さすがに、これは冷静になるのにはもっと時間がかかりそうだ、と判断した。そこで、彼は、萌慧に逆らうことにしたのだ。
「どうしたんですか?おかしいですよ。なんなんです?一静(イチセ)って誰なんですか?」
「もう、ここまでついてきて、どういうつもり?私、そんなこと頼んでないわ」
「いいんです。僕が心配なんで」
「ほっときなさい!」
「ほっとけません!ほっといたらいけないって思うんです!ちゃんと説明してください!」
「うるさいな!時間がないの!」
萌慧の前に立ちはだかる快。その快を振り払うように行こうとする萌慧。さすがに「まずい」と感じ始めた。ほんとにどっかへ行ってしまいそうだ…!
 快、萌慧の両肩を掴む。
「なんの時間ですか?どこへ行くんですか?汽車が来るまで、30分以上もあるんです!落ち着いてください、萌慧さん!」
 快に肩を掴まれ、揺すられ、真剣に言葉を返され、色んな振動が萌慧に触れる。
「萌慧さん!僕が見えてますか!僕が萌慧さんをほっとくと思いますか?!できるわけないじゃないですか!」
 萌慧の目の前には、すごい形相をした快がいた。この景色が彼女を現実に呼び戻す。快の力強い眼差しは、強い衝撃とちょっとした戸惑いを受ける。
「……快、肩、痛い」
「そりゃ、痛いでしょうよ…………え…………」
 萌慧のちょっと落ち着いた抗議の言葉に、今度は快が我に返る。憧れの萌慧さんの顔が快のすぐ近くに…。
「うっわー!すいません!ありがとうございます!可愛いです!どーしましょう!」
 快は急いで萌慧の肩から手を離す。そして、文字通り飛び退く。真っ赤な顔してわちゃわちゃしている快を見て、萌慧の力が抜けた。
 快が謝ることなど、これっぽっちもないのに…。まあ、後半部分の文言はよく分からないけれど。
「ごめん、快……」
 気落ちした萌慧の態度に、なんだか、ますます放っておけなくなった快くん。近くにあったベンチまで萌慧を導くと、自販機に行き、コーヒーを買ってくる。
「ちょっと落ち着きましょう。僕も落ち着きます」
 萌慧の隣に座り、買ったコーヒーを渡す。
「萌慧さん、僕、これで疑問に思っていることをグッと飲み込んだら、かっこいいと思うんだけど……。萌慧さんが、あんなに取り乱すほどの人のことを…聞きたいって思ってるんだ。ごめんね、萌慧さん」

 もう…バカな子ねー……正直で、嘘がなくて……

 萌慧は、快の顔をみると、苦笑した。
 情けないなあ…。私より2コも下の後輩に冷静さを分けてもらってるなんて。
「んー……、一静ってね、小学校からの私の親友なのよ」
「………………えっ?」
「何よ、聞きたいって言ったでしょ」
「え、あ、っと……いいんですか?」
「何よ、嘘だったの?」
「本心です!聞きたいです!お願いします!」
 快の真っ直ぐな返答。そう、彼は真っ直ぐなのだ。だから、私は安心している。気持ちを隠したりしない快の態度に、心底、安心しているのだ。
「私、たぶん、一静の変化に気付いていたんだよね……」
 萌慧は、一静と久しぶりに会った時に、小学校が取り壊された話をした事を思い出していた。
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