6。彰生
文字数 2,248文字
私は雲梯遊具の上に登っている。思っているより高くて、地面がすごく遠く感じる。きっと怖いんだろうな……。だって座り込んだまま動けない。
だろうな……?
へんな表現だ。どうして「だろうな」になるんだろう?今、ドキドキしているこの気持ちは私のモノだよね?
…………ドキドキしている?
胸に手を持っていく。ドキドキしてる?鼓動を感じないけど……
「……ーぃ!……おい!」
光を感じたと同時に、すぐ目の前に男の人の顔があった。
え…だれ……?
人って、よく分からない状況におちいると思考が正しく対応しないのかな?
目は開いて、しっかりと相手が見えているのだけど、どういう状況下に置かれているのか分からなくて、動作が停止している。
「良かった……。取りあえずは生きてるな」
大きなため息と共に、私の視界から一度消えるその男。視界が広がると、高い位置に天井が見えた。背中に少し冷たさを感じる。左側に外が見える窓枠……右に……
「教室……」
1年生教室から移動した経過を思い出す。
廊下、か……
ゆっくりと上体を起こすと、横に座り込んでいる男性と同じ高さに目線があった。
「大丈夫か?俺が見た時は倒れてたけど……」
倒れてた……
男性の言葉が上滑りする。なんかを思い出していて、あれ……なんだっけな…?
「おい…大丈夫か?」
「すいません…大丈夫です……」
「……まあ、大丈夫じゃなくても、ここでどうしたらいいか分かんないけど……」
「あ、そうだ……ここ、校舎だ」
「そうなんだよ…なんでこんなことになってんのか…。ちょっと見に来ただけなんだけど……」
男性の言葉に引っ掛かる。見に来たって……言ったけど、
「私も、見に来たの。取り壊されて更地になってたはずなのに……」
「え…俺もそう!なくなってたのに…!」
「「あった!」」
ハモった……
妙なそのハモりで、私はあることに気付いた。
「えっと……彰生 ?」
「マジか…。お前……一静 か?」
2人の間にあった壁が、ゆっくりと取れていく。
「なんで…こんな再会…」
「ほんとだな。元気だったか?一静」
全く気付かなかったのに、彰生だとわかった途端に、小学校時代の面影を色んなところに見付ける。切れ長な目元、笑ったときの口元、ストレートな髪質、人懐こいオーラ…。
「うん。彰生は?」
「元気だよ。で、お前、なんでここに倒れてたの?」
「あー……分かんない。なんでだろう…」
「おま…それって普通に怖いだろ…」
確かに……
これが、悪意のある第三者に出会ってしまっていたら、ちょっと怖い……。
「彰生で良かった」
「……なんだそりゃ」
頭をかきながら立ち上がる彰生。そうして、一静の方へ手を差しのべる。
「いつまで廊下で座ってんだって話だろ」
「…うん」
その手につかまり立ち上がる。
「ありがとう」
「こちらこそ。一静がいてくれて、安心したわ」
小学生の時と違い、明らかに身長も高く、体格もある。当たり前の事だけど、大学生になって出会った同級生と何ら変わらない容姿だ。記憶の中にあった幼い彰生が上書きされる。
「それは私も。今頃ドキドキが止まんなくなってる」
「俺もおかしな感覚が襲ってきてる。冷静に考えると…いや、考えらんねえな……現実から離れすぎてて。とにかく、校舎から出てみよう」
「うん…」
彰生は、幼馴染み的な私たちのクラスのリーダー的な存在だった。遊ぶことにかけても、学校で教わる勉強についても、先頭に立ってどんどんすすめていく男子だった。父親が芸能業界で働いていて、あまり家にはいなかった。母親といる姿しか見かけなかったため、保育園で初めて見かけたとき、誰だか分からなくて、大騒ぎしたっけ。小学校時代の行事には、お母さんが来ていた。彰生はたぶん、お母さん似なんだと思う。元気で、いつもにこやかで、彼のやりたいことをやらせていた彰生ママは「やれるだけのことはやって、あとは本人に任せるわ。私、教えるの下手だから」と笑った。彰生は、その庇護のもとで、すくすくと育った。彼の才能は勉強のみならず、習字や絵画にまで表れた。毎日のように習い事をこなしていた彰生だが、しっかりと子どもらしく、友だちともよく遊んでいた。彰生はいつも楽しそうだった。中でも、絵を描くことは、彼の大好きな活動のひとつのようだった。
少し前方を行く彼の姿を見る。首がちょっと上を向く角度になる。それは、私より身長が少し高いから、顔を見ようと思ったら、自然に角度がつく。顎や頬骨がしっかりと角張っていて、時間の経過を感じるなあ…。
正面玄関まで来て、思わず立ち止まる二人。
「意外に…狭い?」
ここは、当時、子どもたちが使う玄関ではなかった。学校の先生、保護者、訪問者しか使わない玄関。なんだか広くて、大きいと感じていたのだけれど…。したから見上げていたのと、大人たちと同じ視線の位置になった今とでは、見え方がこんなにも違うのか。
「……なんだか、俺、混乱してる」
「え?」
「校舎から出ようと思って来たけど、ここって玄関なのに、扉がない……」
彰生の言葉で、初めて気付く。木製の下駄箱や、誰が描いたのか分からないが、やたら大きな絵、そして、校歌が書かれた銅製の展示物。で、両開きの大きめな扉がある。上半分にガラスの窓がついている扉。扉なんだけれど……。
「……ほんとだ、切れ目がない……」
ノブのような取ってはついていて、しまっている風に閉じているのだが、それは切れ目がなく、扉のような動きはしない「壁」に見えた。
扉はあるが、開かない扉だ……。
だろうな……?
へんな表現だ。どうして「だろうな」になるんだろう?今、ドキドキしているこの気持ちは私のモノだよね?
…………ドキドキしている?
胸に手を持っていく。ドキドキしてる?鼓動を感じないけど……
「……ーぃ!……おい!」
光を感じたと同時に、すぐ目の前に男の人の顔があった。
え…だれ……?
人って、よく分からない状況におちいると思考が正しく対応しないのかな?
目は開いて、しっかりと相手が見えているのだけど、どういう状況下に置かれているのか分からなくて、動作が停止している。
「良かった……。取りあえずは生きてるな」
大きなため息と共に、私の視界から一度消えるその男。視界が広がると、高い位置に天井が見えた。背中に少し冷たさを感じる。左側に外が見える窓枠……右に……
「教室……」
1年生教室から移動した経過を思い出す。
廊下、か……
ゆっくりと上体を起こすと、横に座り込んでいる男性と同じ高さに目線があった。
「大丈夫か?俺が見た時は倒れてたけど……」
倒れてた……
男性の言葉が上滑りする。なんかを思い出していて、あれ……なんだっけな…?
「おい…大丈夫か?」
「すいません…大丈夫です……」
「……まあ、大丈夫じゃなくても、ここでどうしたらいいか分かんないけど……」
「あ、そうだ……ここ、校舎だ」
「そうなんだよ…なんでこんなことになってんのか…。ちょっと見に来ただけなんだけど……」
男性の言葉に引っ掛かる。見に来たって……言ったけど、
「私も、見に来たの。取り壊されて更地になってたはずなのに……」
「え…俺もそう!なくなってたのに…!」
「「あった!」」
ハモった……
妙なそのハモりで、私はあることに気付いた。
「えっと……
「マジか…。お前……
2人の間にあった壁が、ゆっくりと取れていく。
「なんで…こんな再会…」
「ほんとだな。元気だったか?一静」
全く気付かなかったのに、彰生だとわかった途端に、小学校時代の面影を色んなところに見付ける。切れ長な目元、笑ったときの口元、ストレートな髪質、人懐こいオーラ…。
「うん。彰生は?」
「元気だよ。で、お前、なんでここに倒れてたの?」
「あー……分かんない。なんでだろう…」
「おま…それって普通に怖いだろ…」
確かに……
これが、悪意のある第三者に出会ってしまっていたら、ちょっと怖い……。
「彰生で良かった」
「……なんだそりゃ」
頭をかきながら立ち上がる彰生。そうして、一静の方へ手を差しのべる。
「いつまで廊下で座ってんだって話だろ」
「…うん」
その手につかまり立ち上がる。
「ありがとう」
「こちらこそ。一静がいてくれて、安心したわ」
小学生の時と違い、明らかに身長も高く、体格もある。当たり前の事だけど、大学生になって出会った同級生と何ら変わらない容姿だ。記憶の中にあった幼い彰生が上書きされる。
「それは私も。今頃ドキドキが止まんなくなってる」
「俺もおかしな感覚が襲ってきてる。冷静に考えると…いや、考えらんねえな……現実から離れすぎてて。とにかく、校舎から出てみよう」
「うん…」
彰生は、幼馴染み的な私たちのクラスのリーダー的な存在だった。遊ぶことにかけても、学校で教わる勉強についても、先頭に立ってどんどんすすめていく男子だった。父親が芸能業界で働いていて、あまり家にはいなかった。母親といる姿しか見かけなかったため、保育園で初めて見かけたとき、誰だか分からなくて、大騒ぎしたっけ。小学校時代の行事には、お母さんが来ていた。彰生はたぶん、お母さん似なんだと思う。元気で、いつもにこやかで、彼のやりたいことをやらせていた彰生ママは「やれるだけのことはやって、あとは本人に任せるわ。私、教えるの下手だから」と笑った。彰生は、その庇護のもとで、すくすくと育った。彼の才能は勉強のみならず、習字や絵画にまで表れた。毎日のように習い事をこなしていた彰生だが、しっかりと子どもらしく、友だちともよく遊んでいた。彰生はいつも楽しそうだった。中でも、絵を描くことは、彼の大好きな活動のひとつのようだった。
少し前方を行く彼の姿を見る。首がちょっと上を向く角度になる。それは、私より身長が少し高いから、顔を見ようと思ったら、自然に角度がつく。顎や頬骨がしっかりと角張っていて、時間の経過を感じるなあ…。
正面玄関まで来て、思わず立ち止まる二人。
「意外に…狭い?」
ここは、当時、子どもたちが使う玄関ではなかった。学校の先生、保護者、訪問者しか使わない玄関。なんだか広くて、大きいと感じていたのだけれど…。したから見上げていたのと、大人たちと同じ視線の位置になった今とでは、見え方がこんなにも違うのか。
「……なんだか、俺、混乱してる」
「え?」
「校舎から出ようと思って来たけど、ここって玄関なのに、扉がない……」
彰生の言葉で、初めて気付く。木製の下駄箱や、誰が描いたのか分からないが、やたら大きな絵、そして、校歌が書かれた銅製の展示物。で、両開きの大きめな扉がある。上半分にガラスの窓がついている扉。扉なんだけれど……。
「……ほんとだ、切れ目がない……」
ノブのような取ってはついていて、しまっている風に閉じているのだが、それは切れ目がなく、扉のような動きはしない「壁」に見えた。
扉はあるが、開かない扉だ……。
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