天使たちの場所

文字数 1,319文字



 一人車を運転中、たまたま夕暮れ時に差し掛かった頃に重なってしまえば、わたしの心は親しんでいる良質な音楽を自然の流れの中で欲してしまう。そこで最近、さりげなくつまんでしまったバラード曲が、現在の自分にとても秀逸に響いてくれて、何度もリピートを重ねてしまっていた。
 バラード曲。そこには、ヴォーカリストの人生観が重ねられてしまうもの。テクニックや鍛錬の習得だけでは、バラードを歌い尽くせることは決してできはしない。
 世には、素人が歌唱を点数で争う人気のTV番組があるようだが、ヴォーカルの魅力を数値化して測り比較、競争させることに対し、大いなる違和感をおぼえてならない。
 バラード曲は、ヴォーカリストが背負ってきた人生を旋律に重ね合わせて、初めてその芸術性に命が吹き込まれていくものである。
 フランク・シナトラの人生だから『マイウェイ』が光るのであり、
 越路吹雪の生き方があるからこそ『愛の讃歌』が輝きを増し、
 混迷の解散時を迎えたあの頃のThe Beatlesのポール・マッカートニーのヴォーカルだからこそ、
 『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』が響くのである。

 ヴォーカリストにとって、バラード曲のフィールドに踏み出すことは、大きな覚悟を必要とする。
 なぜなら、己の人生がそこで試されてしまうものだから。
 さて、わたしが今何度もリピートを重ねている曲、それは矢沢永吉の『天使たちの場所』だ。
 この曲は、1979年発売のアルバム「Kiss me please」に収録されている曲であり、当時中学生のわたしはほぼ発売と同時にアルバムを入手した記憶がある。
 当時の矢沢永吉は、芸能人長者番付で一位を獲得し、後楽園スタジアムでのライブを大成功させるなど、キャリア中最もブレイクしていた時期であると言える。この年、矢沢永吉は30歳。彼の30年は、単なる数値で測る30年という長さで評されるものではないことは、これまで発表されている自伝をはじめとする数々の伝説と証言により明らかなものであろう。
 本作の作詞は、糸井重里氏。ベストセラー本である「矢沢永吉激論集 成りあがり」の構成を手がけた彼の詞という重要なお膳立ても備わっている。とてもとてもシンプルな表現からなる男100%のラヴバラードである。この曲に包まれてしまうと、愛はシンプルだからいいのであると、そんな想いの原点への引き寄せの力を感じることができる。
「お前、恋愛をそんなにこねくり回して捉えてるからダメなんだよ」
 そんなメッセージを、30歳の永ちゃんから投げつけられている50代の自分がいる。
 41年前の楽曲、『天使たちの場所』には、大切な真実が潜在されている。それは、男の想いのあり方、愛することの尊さ。そして、それを伝えてくれるメディアとしてのヴォーカリスト、矢沢永吉という男の器の大きさという真実である。
 いつか、この曲を歌って、酒の力を借りたっていいから、ほんの少しでもこの曲が似合える男に近づくことができたなら。
 そんな儚き夢を描いてしまう数少ない楽曲なのである。
 今年9月で72歳の矢沢永吉。
 ぜひステージで歌うこの曲を、アリーナの一番端の席の奥から聴いてみたい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み