港のヨーコ考 2021

文字数 1,948文字



 「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」。
 この曲を覚えているだろうか。
 この曲がヒットチャートの1位を獲得していた当時、私は9歳。小学校の中学年を迎えていた頃であり、曲中の名セリフ「アンタ、あの娘(コ)のなんなのさ!」は、クラス中で大流行のフレーズとなっていた。
 演奏者であるダウン・タウン・ブギウギ・バンドという特殊なネーミングと揃いの「つなぎ」のルックスが、当時、少年チャンピオンに連載されていた人気漫画「750ライダー」の主人公、早川光と共通のイメージで、とてもカッコよく、憧れの視線を持って眺めていたものだ。あんな服、着てみたいなあ・・と。
 また、リーゼントというヘアー・スタイルを、初めてマスコミを通して目にすることになったのが、彼らであったと思える。それをカッコイイと思えるようになり、「柳屋」のポマードを購入するようになるのは、まだまだ先のことであった。
 ダウン・タウン・ブギウギ・バンドは、この曲の前作「スモーキン・ブギ」がヒットしており、「港のヨーコ」はその流れの新曲であったので、きっとこのバンドはコミカルな曲を信条とするグループなのだろうと思い込んでいた。「港のヨーコ」は、歌というよりも、「ウケ」を狙ったコミックソングだと、長らくそう捉えていた。
 この曲は、バンドのリーダーである宇崎竜童さんの妻、阿木燿子さんのプロ作詞家デビュー作である。
 ある日のこと。帰宅した竜童さんが、自宅のコタツの上に置かれてあった、チラシ裏の無プリント面に鉛筆書きされていた原稿を目にする。それが、「港のヨーコ」の歌詞であった。
 最初は、「何じゃこりゃ。どうすれば歌になるのか」と、それまででいちばん悩むこととなった曲であったと、宇崎さんは後のインタビューでそのように振り返っている。結局選んだスタイルは、洋楽にあった「トーキング・ブルース」というジャンルで、歌詞をそのまましゃべるスタイルというアイディアであった。小学生当時の私は、そのようなジャンルの音楽が存在することなど、もちろん知る由も無い。
 歌詞は、一番の歌詞から順にストーリー展開される流れとなっている。主人公である男性が、何からの事情があって横浜にいられなくなった「ヨーコ」を探しに、流れの地である横須賀で、接点を持っている人物を追い歩き、その証言を頼りに少しずつ彼女に近づいていくといった歌詞の内容は、接点を持っていた人物たちの証言がそのままセリフとして連ねられているという設定だ。
 歌詞の舞台の地である横須賀は、横浜で生まれ育った阿木燿子さんの実家がある土地。港町である双方の街を知る阿木さんは、2つの街の違いをかつて次のように語っていた。
 「横浜は明るい港町ですけど、横須賀は軍港であり、軍艦も停泊していて、同じ港町なのに、どこか陰があるんです」
 私事だが、横須賀には毎年どこかの季節に訪れるようにしている。今や、その滞在中に自分の友人をこの地に招いて、街を案内するようにまでなってしまった。
 縁もゆかりも背景にはない土地であるのだが、どこか心呼び寄せられてしまう魅力をずっと感じていたのだが、この阿木さんの言葉を聞いて、自分の中で惹きつけられている基となっている想いの欠片が見えてきたように感じられる。
 「港のヨーコ」の「港」とは、横浜であり、横須賀。
 横浜にはいられなくなったヨーコは、流れの地として選んだのが、近隣の川崎や東京ではなく、同じ港町の横須賀であるところに、作詞家の美学が見え隠れする。「訳あり」の者であるからこそ、陰のある土地に惹かれてしまったというストーリーの背景の想定が呼び寄せられ、横須賀を選んだヨーコだからこそ、歌になり得るのだと感じられるのだ。
 横須賀の陰。
 この曲が生まれた1975年は、ベトナム戦争が終焉を迎えた年でもある。
 泥沼の戦争の終結が、軍港・横須賀に落とした陰とは、今のこの街が放つ特殊性のある雰囲気よりも、さらに混沌とした想像を絶する現実があったはずだ。
 「港のヨーコ」の歌詞には、このようなセリフシーンが書かれている。

 ♪ 横須賀好きだっていってたけど 外人相手じゃカワイソーだったねェ
 
 あの時代の横須賀にあった陰は、横浜から流れてきたヨーコと同じように、その陰に惹かれ、求めて流れつく者がいただろう。陰は、己の罪を隠してくれるものであると、そんな想いが心掠めた日だろうと、思ってならない。
 「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」。
 この曲が生まれて46年となる今、コミックソングとして受け入れてしまったこの歌が背負っていた背景を、ようやく感じとることとなる。
 急な坂道、暗い色をした海、ドブ板通りの深夜の喧騒。
 ヨーコが好きだったあの街は、私にとって、私にいちばん近い街でもある。
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