愛しのコーちゃん
文字数 700文字
私の中で、わが国におけるナンバーワン女性シンガーは、山口百恵さん。
そして、ナンバーワンの女性パフォーマーでありエンターティナーであるのが、コーちゃんこと越路吹雪さんである。
この希代の大スターは、意外にも気弱な性格の持ち主であったことは、あまり知られていない。
リサイタルのステージ開始数分前には、マネージャーであった岩谷時子さんから、必ず自身の背中に指で“虎”という一文字を書くおまじないを施してもらわないとステージに上がれないという、臆病で繊細なる一面を物語る逸話が残されている。
「舞台は怖い・・」と弱音を吐き、本番前の楽屋でいつもガタガタ震えていた彼女を救ったという、この岩谷さんの愛の形が、私はとても好きなエピソードだ。
奔放な生き方と、ステージでのまさに虎のような征服感に満ちた羨望なる存在であったコーちゃん。
数年前、大ファンである彼女のお墓参りをしたくて、出かけたことがある。 菩提寺である川崎市の「本遠寺(ほんのんじ)」は、近くに武蔵野の雑木林があるとても見晴らししのよい場所にあった。
お墓は、おしどり夫婦として知られたご主人の内藤法美さんと並んで建てられており、墓石には芸名である「越路吹雪の墓」と刻まれている。この場所に、私などが献花させていただく機会があることに、只々僭越なる思いに包まれてしまう。
その後、図々しくも住職さんを訊ね、本堂の中にある彼女の数点の遺品を拝見させてもらった。
越路吹雪さんの肉体は、この場所で37年前に眠ったままでいるが、芸人として生きた足跡と魂は、多くの人々の中に深く刻まれ、いまだ独特で眩しい輝きを放ったままでいる。