「やさしく歌って」に捧ぐ

文字数 1,536文字



 最近、親しい友に自主編集ミュージックCDをプレゼントした。優しくスローなスタンダードナンバーばかり18曲を選んでみた。
 CDが出来上がった時、そういえばこれと同じような贈り物を中学生の頃あたりにも行っていたことを思い起こすことができた。仲のよかった女の子に、もちろん当時はCDではなくカセットテープである。
 そして、今回のギフトCDで選んだ一曲に、十代のあの時に作ったカセットテープにも選んだ曲があることに気付くことができた。
 その曲とは、「やさしく歌って/Killing Me Softly with His Song」by ロバータ・フラック。
 40年の時を経ても、この楽曲を大切なギフトのお相手のために贈りたいという想いが、己の心の中に変わらずに存在していることが、まず驚きであったし、嬉しい発見でもあり、いくつ年を重ねても自分の感受性の大切な部分は揺れ動いていないんだなと思えることが、最も嬉しいことだった。
 さて、この楽曲について簡単に説明しよう。
 米国・ノースカロライナ州出身の歌手ロバータ・フラックは、1972年に「愛は面影の中に」がビルボード誌の年間チャートの1位を記録し、グラミー賞の最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞を受賞し、一躍トップ・ヴォーカリストとなった。同年に、たまたま飛行機の機内BGMとして偶然耳に入ったロリ・リーパーマンの「Killing Me Softly with His Song」を気に入り、自分のバージョンとしてレコーディングを行うことを決める。リリースされたのは73年1月。4週間後で全米1位となり、以後4週連続で第1位を達成した。ビルボード誌の年間ランキングでは第8位。これにより、ロバータは前年に引き続いて、グラミー賞で最優秀レコード、最優秀楽曲、最優秀女性ボーカルの3部門を受賞した。以後、多くのアーティストにカバーされ、日本でも渡辺美里、南沙織、尾崎紀世彦、本田美奈子.、平井堅等のカバーが知られているが、最も有名にしてくれたのはネスカフェのCMであろう。
 そして、タイトルは日本語で直訳すると、誤解を招きやすい訳として理解されてしまうようだ。
 「(彼は)彼の歌で私をそっと殺した」
 日本語の意味としてもかなり可笑しな訳となってしまう。ここで重要なポイントは「kill」の訳についてである。killには「殺す、命を奪う、やっつける、撃退する」等、様々な意味があるのだが、他動詞としての意味に「~を陶酔させる、~を魅了する」があることは一般的に知られていないのかも知れない。その上で、[Killing Me Softly with His Song]を訳してみると、
 「彼の歌声を聴きながら、私はジワジワと陶酔感に引きずり込まれた」
 そのような和訳に仕上げることができる。[song]は「曲」ではなく、「歌声」と訳すことがこの場合の正解らしい。歌詞の誤訳を避けて、この曲と改めて向き合ってみると、如何にこの曲がスタンダードナンバーとして愛され続けてきたのかが、より強く認識できるだろう。
 中学時代のガールフレンドにプレゼントしたこの曲。もちろん、当時は歌詞の意味など正確に解っていたわけではない。それでも、そのメロディラインとボーカル力は、中学生であった自分の心を強くとらえてくれていた。当時の自分の感受性を、只々嬉しく思う。
 今年は、「やさしく歌って/Killing Me Softly with His Song」が発表されて48年が経過した年にあたる。
ロバータは今年83歳。ボーカルは健在だろうか。「やさしく歌って」の言霊は、ロバータの歌声だからこそ、私の心に響き続けてくれる。
 今それがわかったことが、一番嬉しい。
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