会長と副会長の雑談

文字数 2,163文字

秋の生徒会選挙の後、
晴れて会長に就任した近藤サヤカの時世は、当初の予想以上にうまくいった。
知的エリートである前に心優しい人格者である会長のことを多くの生徒が慕い、
「サヤカさん」と呼ぶ。

普通、会長職に就く者は畏敬の念から「会長閣下」「閣下」と
呼ばれるものだが、サヤカの場合は別だった。

サヤカは生徒会長に就任後、会長の権限で副会長に井上マリカを指名する。

これに一番驚いたのはマリカだった。
サヤカの所属する中央委員部から副会長を任命するのだと思っていたのに。
学内政治を行う上でも、将来的にもその方が中央にとっては
都合がいいでのはないか。

マリカがそのことをサヤカに伝えると、

「マリカさん。私はね、
 諜報広報委員部や保安委員部との派閥争いなんて
 実はどうでもいいと思ってるの。
 それより大切なのは学内の治安を安定させることでしょ」

とサヤカは言った。サヤカは会長に就任してから髪型を変えた。
長い三つ編みにしていた髪をバッサリと切り、
今は黒髪のショートカットになっている。

「本当は私よりマリカさんの方が会長にふさわしいんでしょうけどね」

「それは謙遜でしょ。現に選挙で選ばれたのはサヤカさん。あなたじゃない」

「私は公開討論会の時に無様にも頭痛で倒れてしまったから心優しい
 生徒たちに同情されただけだと思う。ぶっちゃけあの茶番が
 なかったらマリカさんに負けてたと思ってるわ」

「またその話を・・・・・・あなたって意外と自虐ネタが好きなのね。
 あなたがあの場で倒れたことは公式記録にも残ってないし、
 多くの生徒は、あの時は何もなかった。会長閣下は立派に最後まで
 ご自分の主張をしてくださったって言ってるのも知ってるんでしょ?」

「それでもね。私は決して自分が優秀だと思ってない。
 あの高野ミウにだって口で言い負かされてるんだから、本当に自分が
 この椅子に座っていいのかすらいいのかなって、毎日夜寝る前に思ってるの」

会長の執務室。対面式の高級ソファに腰掛けたサヤカとマリカが茶をすする。
濃いめの日本茶だ。
サヤカはソビエト風の紅茶よりも和風な文化を好む日経ソビエト人だった。

「今日もひどい暴風ね」

と窓の外を眺めてマリカが言う。
小腹が空いたのでレーニンの顔の形が彫られたクッキーを張りながら。

「ええ。本当にひどい暴風ね。もう2月の末だけど外は真冬のように寒い。
 ここ最近の異常気象の影響で4月以降は猛烈に暑くなりそうで怖いわね」

「猛烈に熱いといえば、保安委員の人たちも・・・・・・ちょっとひどいみたいね」

井上マリカが色とりどりのクッキーが丁寧に並べられたお皿をサヤカに勧めるが、
今はダイエット中だからと手を横に振られる。サヤカは少し息を吐いてから続けた。

「彼らが支持していた高野さんが選挙で惨敗してから不満がたまりすぎて
 おかしくなってるんでしょ。今のところ反乱を起こしたわけで
 もないから取り締まりや捜査の対象にはなってないようだけど」

「来年度から何をしでかすか分からないわよ。4月から入ってくる新入生の
 留学生の多さに驚いたわ。1年生で50人以上もいるなんて
 最初は何の冗談かって思った」

「既存の学力的に未熟な留学生と違って、来年からは日本語や英語の読み書きが
 堪能な頭の良い子たちが入ってくるみたいなのが困るのよね。
 今から頭が痛くなる」

「あ、やっぱりサヤカ会長的にもその件はうれしくないんだ?」

「そりゃそうでしょ。特に英語が堪能なのは困るわ。
 私は暗記科目は得意なんだけど、外国語全般が苦手だもの。
 外国人の子たちに英語でこそこそ話されたら全然聞き取れないじゃない」

「サヤカさん、英語の平均点90点台だったはずじゃ」

「ペーパーテストはね。あれってただの暗記じゃない?
 あんなので高得点を取ったからって英語が話せたら苦労しないわ」

「そうなんだ。あなたのことだから英語だけじゃなくて
 フランス語が話せてもおかしくないと思ってた」

「ちょっとやめてよ。井上さんに比べたら私なんてぜんぜんよ。
 生徒たちからは慕われてるから秀才だってよく褒められるけどね、
 私はただ決められたことを決められたとおりにやるだけしか取り柄のない女よ。
 だから選挙戦の時も高野に馬鹿にされたのよね。
 くやしいけどその通りなので言い返せなかったな」

「ミウちゃんは人の弱点を突くのが上手いから」

「あの女、カリスマはあるわよね」

「それは私も認めてる。でもその頭を悪い方じゃなくて良い方に使ってほしい」

「ふふ。全くその通りね」

それから二人は午前中の時間を雑談に費やした。今日は特にやることもなく
平和な一日だった。前政権のアキラ時代だったら学内に潜伏する不穏分子の
取り締まりや実際に反乱を起こした生徒の鎮圧などで忙しかったが、
サヤカの時世では不思議なくらいに何も起きない。

執務室に備えられた緊急用の固定電話が鳴ることもなく、
扉の前で待機してる警備兵が慌てて何かを報告してくることもない。

お昼のチャイムが鳴る。

サヤカが卓上の小さなカレンダーを見てギョッとして言う。

「やばっ。今日は私の好きなパンがパン工房で売ってる日だった。
 早く行かないとなくなっちゃうわ」

「そう。なら早く行った方がいいわよ。私はいつも通り
 家で作ってるお弁当だからこの部屋で食べるけどね」

サヤカかは返事せずに駆けだしていた。
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