雨宮派の変化。梅雨の時期。

文字数 5,574文字

例の会議の後、仮の結婚式の廃案となったことで雨宮夢美の求心力は低下した。
それに加えて高野ミウが7月に配布した広報部のビラによって
近藤サヤカ会長と和解したことが電撃的ニュースとして学内を駆け巡る。

ミウの謝罪の効果により、昨年の秋から不登校になっていた一部の生徒が
夏休み前のこの時期に復帰するなど奇跡が起きていた。

ミウはビラだけでなく、ボリシェビキアプリ内でも謝罪の動画を作り、
それだけでは気が済まないので学園のお昼の校内放送でも謝罪した。
サヤカ会長やマリカ副会長の生徒を思いやる気持ちがいかに
素晴らしいかも繰り返し語り続けた。

7月の期末テストが終わり、
テストの返却期間となると生徒たちの気が緩み始める。
彼らは1学期の間は平和に学園生活を送ることができていた。
(夢美派に大量粛清された1年生を除いて)

ミウの誠意は、学園で浸透しつつあった。
もう学園の平和を乱したところで何になるのだと、
過激派の1年生たちでさえそう思うようになり、
夢美の語る暴力革命は次第に相手にされなくなってきた。


時を少しさかのぼるが、去る6月。
梅雨入りの時期にグルジア(ジョージア)からの転校生がやって来た。

ジョージア国家警備隊(Wikiより)
旧ソ連時代末期の1990年12月20日に、ソ連中央に対抗する武装部隊として設立された。
設立時の人員は、民間からの志願兵によって構成された。グルジア独立直後は、
国内治安維持にあたり、アセチアやアブハジアの民族紛争にも投入された。

彼ら国家警備隊は、歴代ソビエト中央政府に対して頑なに国家併合を拒んできた
旧グルジア人の末裔である。その戦闘力の高さ、精神性の高さは
若き日のスターリンに「ソ連構成国家の中で最も厄介な存在」とまで言わしめた。

かつてザ・カフカース・ソビエト社会主義連邦共和国の構成国であった彼らは、

「うふ♡ 外国人の人って筋骨たくましくて素敵ですよね」

夢美に目をつけられていた。

旧国家警備隊のメンバーは学園へ転入後、直ちに保安部の配属となる。
保安部はサヤカの管理下。
万が一の反乱が起きた場合の抑止力として学生でないと知っておきながら
中央部が履歴書を偽造して高校生扱いで転入させた。
学園の歴史においてこのような例は過去にも何度もあったらしい。

総員は12名と少ないが、正規の軍事訓練を受けた戦闘のプロである。
彼らが使用する武器弾薬もしっかりと確保されているから
有事の際は非武装の生徒教員を一瞬で100人は殺せるだろう。

彼らの姿を廊下や食堂で見かけた一般生徒たちは
恐ろしくて半径3メートル以内に近寄れないほどだった。

あの人たちを使って高野ミウと雨宮夢美が反乱を起こし
現生徒会のメンバーを抹殺するとの噂が学内に広まっていた。
しかしその噂の拡大もミウの一連の謝罪により勢いを失う。

ミウの謝罪は時期もよかった。栃木の梅雨明けは夏休みの直前とされており
今も雨が降る日が多いが、生徒らが晴れやかな気持ちで夏休みを迎える
にあたり、反乱の危機が去ったことを生徒に知らせた効果は大きい。

ミウの被害者の多くが現在の2年生だったわけだが、
現在は彼らの間でミウの良い評判がどんどん広まっていった。

「高野先輩って、噂ほど悪い人じゃなさそうじゃね?」
「動画の中で嗚咽しながら謝ってたもんなぁ」
「私も少しもらい泣きしそうになった」
「美人の先輩だから泣いてる姿も絵になるんだよな」
「そうそう。すごく可愛いわよね。あの人」

「雨宮派との関連も否定してくれたわけだし、高野さんは白だろ」
「不登校になった生徒の自宅まで訪問したって諜報の友達が言ってた」
「土日は地域のボランティアで空き缶拾いもやってるそうだ」
「まじかよ? すげーな」
「あの人に会いに行くと握手してくれるそうだぜ」
「握手までしてくれんのかよ。でも3年生のクラスに行くのは緊張するな」 

7月20日。終業式の日になる。
サヤカが手短に、マリカが長々と挨拶を述べ、校長が締める。


夏休み期間も諜報は活動しているが、広報部は一時的に閉鎖となる。
広報に所属する少人数のメンバーは、夏休み期間中は仕事のことを
忘れてめいめいに活動する。

地域のイベントやボランティアに参加する人、学内の図書館にこもって本を
読み続ける人(政治ではなく趣味の文学など)学校での授業の遅れを
取り戻すためにひたすら教科書を開いて勉強をする人、自宅でアニメ鑑賞を
する人など、ようは普段の政治の仕事とは関係ないことに力を費やすのが
伝統となっていた。仮にアニメを見ることでも本職の創作活動には刺激となる

そのため夏休み中も部活がしたいミウと太盛は、
終業式後、食堂で食事を済ませてから美術部の部室に向かう。
(この学園ではボリシェビキや図書館を利用して勉強する
 受験生のため夏休み中も食堂が開いている)

春から美術部に行くことが滅多になかったために、まずは掃除をしないと
いけない。ミウは掃除が大得意だし太盛もきれい好きなのでやる気は満々だ。

さあ準備室から清掃用具を取り出すかと楽しげに廊下を歩いていると、
なんと美術部の扉が開いているではないか。

「せんぱ~い♡」

ミウが、顔をしかめる。太盛は逆にポーカーフェイスをした。

「やあ夢美。君とこんなところで合うとは奇遇だね」
「奇遇? いえいえ。夢美は先輩方にお会いするために美術部で清掃をしてました」
「うわっ、すごいな。部屋中がピカピカになってる」
「先輩方が気持ちよく部活動ができるよう配慮いたしました」
「配慮した……ねぇ」
「太盛先輩?」

太盛は自分用のスツールに座る。
エアコンの温度が22度になっていたのでエコに配慮し
25度まで引き上げた。ミウも太盛のすぐ隣に座る。

「学生らしくない言い方……というより15歳の少女とは思えないほど
 背伸びした感じの喋り方だよな。君と話してると年下の女の子と
 話してるって感じが全然しない。夢美は昔からそうなのか?」

「言葉遣いに関しては、幼いころから父や母に厳しくしつけられましたので。
 言葉遣いでしたらボリシェビキの先輩方も社会人同様の話し方をされてますよね」

「あの人らはエリートだから別格だよ。頭の出来が俺みたいな凡人とは
 違うんだよ。エリートって意味では君もそうだしミウもな……」

太盛に見つめられたミウは、左手を左右に振りながら視線をそらした。

「太盛先輩は、夢美と話すのが嫌ですか?」

「……嫌っていうより、君は腹の内が読めないから怖いんだよ。
 今日は俺たちの部室に何の用なんだ?」

「先輩たち、夢美に嘘をつきましたね。
 E組の教室でかわした約束を覚えてますか?
 サヤカ政権を倒すためにおふたりが
 生徒会長と副会長を目指すと誓われた件です」

「そんなの実現できるわけないでしょ」とミウが口をはさむ。

「夢美ちゃんは一種のヒステリーっていうか、
 反抗期とかそんな感じの病気にかかってるんだよ。
 例えば、今の政権の運営に何の問題がなかったとしても
 それに嚙みつかずにはいられない。それって自分では
 気づいてないかもしれないけど、やっぱりおかしいことなんだよ」

「……」

「夢美ちゃん。最近、保安委員部に興味があるみたいだね。
 サヤカちゃんの副官のブライアン君があなたをマークしてるんだって。
 あなたは保安部をどうしたいの? まだ学内で反乱を起こそうとか考えてるの?」

「保安委員部のメンバーにどんな人がいるのか気になったので、
 職場見学をさせていただいているだけですよ。もちろん中央に許可はと…」

「そういう大人の言い訳はいいの!!
 あなた、もっと高校1年生らしくしゃべりなさい」

「そう言われましても……これが夢美の素なので」

「夢美ちゃん、休みの日は何をして過ごしてるの?
 私も人のことは言えないけど、友達はちゃんといる?
 休みの日も政治の勉強をしてるんじゃないの」

「夢美はこれといった趣味はありませんし、
 友達と遊びに行くこともないですね。家でも勉強ばかりしてます」

「好きな男子とかは……いるわけないか」

「はい。いませんよ」

ミウは、あえてナツキとの一件には触れないようにした。
夢美がナツキに手を出した理由については学内でも様々な見解があり、
教師の間でもたびたび話題になるほどだ。

「夢美。俺はな」

太盛が口を開く。

「君のお父様の件は諜報部の宮下さんから聞いている。
 資本主義の犠牲になったお父様のことで君が共産種具に目覚めたのは
 当然だと思う。日本中で君と同じ境遇の人がいるから全国にソビエトが
 あるんだろうな。でもな、君は怒りをぶつける相手を間違えてるんだよ」

夢美は自分がお説教されてるのが分かったので黙って話を聞いていた。

「君は表向きは中央委員部に所属してる。表向きじゃなくて
 しっかりとそこで働いてみたらどうかな。あそこで働いてる人は
 優しい人がたくさんいるんだ。代表の餅男とか黒江さんとかな。
 君は、人間を善と悪に分けすぎてるような気がする。自分と異なる
 意見を持つ人みんなが悪い人じゃないんだよ。社会にはいろんな人がいるんだ」

「……」

「夢美、ちゃんと俺の目を見なさい。なんだか
 説教臭くなっちまったけど、俺は君のためを思って言ってるんだ」

「それは分かりますけど……」

いかにも不満そうに顔を横に向ける夢美。この姿は15歳に見える。

「私も2年生の頃は夢美ちゃんと同じようなヒステリーになってたんだよ」

ミウが話す。

「去年までの私は、太盛君を自分のものにするために必死で、私のやることに
 反対してきた当時のサヤカちゃんのことが憎たらしくて仕方なかったんだ。
 でも後になって冷静になってわかることがある。サヤカちゃんはエリカ
 の親友だから、エリカを守るために私と必死に戦っていた。サヤカちゃんにも
 守りたいものがあるから戦った。私とは違うものを。ただそれだけのことなの」

夢美は黙っているのでミウが続ける。

「私はサヤカちゃんにひどいことをたくさん言ってしまった。
 サヤカちゃんのことを人間のクズだと、選挙活動中に全クラスを
 回って言い続けてしまった。私の推薦人だったアナスタシア先輩にも
 たくさん迷惑をかけてしまった。謝っても謝り切れないんだよ。
 サヤカちゃんは、そんな私のことでも許してくれる人格者なんだ。
 その時に私は救いようのないクズなんだって気づかされたよ」

「ミウはクズじゃないだろ!! それなら俺の方がクズだ!!」

「ううん。いいの。私はまだ話したいことがあるから、ね?」

太盛は不満そうだがうなづき、黙る。

「私はサヤカちゃんが治める今の学園を気に入っている。
 サヤカちゃんは間違いなく人の上に立つべき人間だよ。
 何かの間違えで私が生徒会長になっていたらどうなってたんだろうと
 思ってゾッとすることがあるんだ。私の願いはね、サヤカちゃんの時世で
 無事に学園を卒業すること。でも11月には総選挙があるからわからないね」

「ミウさまは、私が次の生徒会総選挙で生徒会長になると思われてるのですか?」

「その可能性は十分にあるんじゃないのかな」

「ちょっと夢美を買いかぶりすぎでは?
 今の私には支持者がほとんどいませんよ」

「今の雨宮派の勢力は急速に縮小してるようだけど、
 それってたぶん一時的だと思うし、
 あなたのカリスマならすぐに支持者を取り戻せちゃうんでしょ」

「いえいえ。そんなことはないです」

「未来のことなんて、誰にもわからないものだよ」

「私はミウさまのこと、今でも尊敬しております。
 ミウさまが懸念されてるようなことは起こりませんわ」

「そう。じゃあ例の秘密もばらさないでおくのかな?」

「例の秘密とは」

「私が太盛君と私の部屋のベッドで寝たことだよ。
 本当にただ寝ただけでキス以上のことはしてないけど、
 そんなこと証明しようがないから話を盛り放題にできるよ」

「私は人のスキャンダルを暴露するのが好きなマスコミとは違います」

「夢美ちゃんがその秘密を諜報部にでも知らせれば
 私を収容所送りにできるんじゃない?」

「それは脅し文句として取っておいた材料にすぎません。
 ミウさまご自身が収容所に入りたいと望んでらっしゃるのに
 脅し文句が通用しますか。今になって通報する意味がないのです」

「うん。わかったよ。少し安心した。話は変わるけど、
 組織部のナツキ君から夢美ちゃんのことで頼まれてることがあるんだけどね」

「組織部から……というと夢美の生活指導でしょうか」

「さすが頭の回転が速いね。今日の部活は早めに終わりにして
 夢美ちゃんの家に遊びに行ってもいいかな?」

「ミウさまは構いませんが、男子の先輩を上げるのはちょっと……」

「太盛君は今日はエリカの家の夕食にお呼ばれしてるから
 あなたの家にお邪魔するのは私だけから安心して」

「そうですか。でしたら、ぜひお越しくださいませ。
 何もない狭いアパートですけど歓迎いたしますわ」

「うん。ついでに泊まっていくね」

「泊まるのですか!?」

「嫌だった?」

「嫌じゃありませんわ。わかりました……」

それから美術部の活動が始まる。
夢美は絵に興味などまるでなく、二人の活動をただ観察してるだけで
つまらなそうな顔をしていた。太盛に試しに鉛筆でデッサンでもしてみるか?
と言われてキャンバスを渡されるが、すぐに飽きた。
地味で退屈な美術の時間の延長にしか思えなかったからだ。

15時過ぎまで活動をしてから解散となった。
先にミウと夢美を帰した後、太盛は一人で残って後片付けと掃除をし、
施錠をしてから職員室に鍵を返しに行く。
昇降口の近くでエリカと会い、エリカと手をつなぎながら校門まで歩く。
警備員に生徒手帳を見せる時までエリカは上機嫌で鼻歌を歌っていた。

実質的な夏休みの初日である。
太盛がエリカとミウで二股をかけてることが学内で公認されつつある時期だった。
こんな破廉恥なことが生徒会から認められていることは過去に例がなかった。
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