3月27日。春休み。ミウと太盛の部活動

文字数 5,701文字

「ここなら監視カメラはついてないから安心して。
 来て・・・・・・太盛君」

「そりゃ美術準備室にまでカメラはついてないだろうけどさ、
 こんな密室でふたりきりになったら規則違反に
 なっちまうんじゃないのか」

「規則のことはいいの。今は私のことだけ見て」

正面から、ぴたりとミウが体をくっつけてくる。
手をつないだわけでもないし、抱き合ってるわけでもない。
ただものすごく互いの距離が近いだけだ。
相手の顔に吐息がかかるほどに。
太盛は167センチでミウが154センチなのでそれなりに身長差がある。

「太盛くん、顔が赤いよ?」
「ミウだってそうだろ……」
「私は胸がドキドキしてるよ。触る?」

太盛は、ミウの胸がまたもみたくなってしまう衝動を何とか抑えた。
それだけでなくスカート越しにお尻を撫でてしまいたくもある。

「ミ、ミウ。君は本当に保安委員部に入るつもりはないんだな?」
「太盛君まで私の反乱を疑ってるなんてショックだよ」
「違うよ。
 そういう意味じゃなくて君は3年になっても美術部の部員を続けるのか?
 学園の規則では生徒会の仕事と部活動の両立は不可能になってるだろ」

「私は今も昔もずっと美術部の一員だよ。だってあなたが誘ってくれた部活だから」

「もう終わった話になっちまうが、
 君は生徒会選挙に立候補したほどの野心家だったじゃないか」

「あの時は、本気で近藤を倒してやろうと思ってたからね。
 一時的なヒステリーみたいなものだよ」

ミウが「はぁ~」とけだるそうな息を吐く。それが妙に色っぽかった。
太盛は彼女の人形のように美しい顔立ちと唇に目が釘付けになってしまう。

「やっぱり学校じゃ話しにくいこともあるよね。
 ねえ太盛君。今日は午後の活動は休止にしようか?」

「えっ何で急に……」

「午後から私の家で話の続きをしようかと思ってね」

「なっ……ミウの家って・・・・・・
 それは自殺したいと言ってるのと同じだろうが!!」

「しっ。隣の部屋に盗聴器が仕掛けれてるんだから静かにして」

ミウの人差し指が、太盛の唇に触れる。
興奮して殺気立つ太盛と、冷静なミウ。対照的な二人だった。

耳を澄まさなくても管弦楽部の金管楽器のブラスが鳴り響く。
新人歓迎会を目前に迎えた時期の管弦楽部の気合の入った練習に
在校生の多くは尊敬を通り越して委縮してしまっている。
秋の文化祭前の雰囲気が構内に漂っており太盛たちには懐かしく感じられた。

金管楽器の人たちは朝から屋上に位置しており、
トランペットやトロンボーン隊がアンサンブルの練習をしている。

この学園では毎年優秀な新入生を生徒会を含む各部が
奪い合うのが常となっている。入学式自体は実はどうでもよく、
その後に予定されている新入生歓迎会を重要視していた。

この時期になると従来から派閥争いが激しかった
諜報広報委員部、中央委員部の間で喧嘩になることが多い。
諜報部はその独自の調査方法によって中学の段階で優秀な生徒を
正確に把握しており、優秀な人材を中央に取られないよう、
あらゆる手を尽くして勧誘して引き込む。

その結果、毎年諜報広報部に所属する人数は全学年で平均70名~100名。
中央は20名以下。中央部の試験内容が特に難しいことも影響はしているが、
あまりにも人数に差がありすぎる。

ボリシェビキ政権にとって最も貴重なのは等を運営するためのお金ではない。
革命的情熱に燃える優秀な人材だ。
【人こそが最大の資産だ】以上はスターリンの名言。

「おーい、誰かおらんのか?」

美術部のドアは通常の引き戸だが、ミウがしっかり施錠していた。
そのドアをコンコンと遠慮がちに叩く者があったのだ。

「私は諜報部に所属している広木だ。
 美術部室にはどうやら鍵がかかっているようだが、
 中央の者どもから今日は部活動をやる予定だと聞いているぞ。
 部員は中にはおらんのか? それとも用があり外出中か?
 ならば部員が戻ってくるまで廊下で待機させてもらうがよろしいな?」

声からして威厳がある。末端のボリシェビキではなかろう。
太盛は(逮捕される!!)と恐慌状態になり、頭を抱えてぶるぶる震え始めた。
だがミウは涼しい顔で準備室から出て部室のドアをためらいなく開けてしまう。

「はーい。どちら様ですか~?」
「高野さんか……いるのは君だけか?」

広木と名乗る3年生の男は、わかりやすいほどに落胆していた。
ミウと話したくないのが態度に出てしまっている。
広木の隣には小型のIPADを手にした女子生徒もいる。
おそらく同じく諜報部のボリシェビキだろうとミウは察した。

「あいにくだが、我らは部長の堀君に用があってきたのだよ」
「彼ならそこで頭を抱えてうずくまってますよ」
「??? 彼は具合でも悪いのか。もし体調不良なら保健室に連れて行こうか?」
「彼は自分があなた方に逮捕されるんじゃないかと思ってるみたいです」
「逮捕だと……? なんのことだ? 今日は彼に頼みがあって来ただけだぞ」

自分が逮捕されるんじゃないと知ってから太盛は急に元気になり
血行が良くなった。さきほどまで髪の毛に白髪が混じるほどの恐慌状態だったのだが。

「こんにちは。俺が堀です。えへへ。何の御用でしょうか。委員さん」
「俺の名前は広木だ。広木浩二(ひろきこうじ)。俺の隣にいるのは……」
「宮下です。宮下楓(みやしたかえで)
 新2年生で広木先輩と同じく諜報の所属です」

諜報部から派遣されてきた二人が
深々と頭を下げてくるので太盛も恐縮して例をする。
ミウだけは頭を下げず冷静にその場を観察していた。

「恥ずかしい話だが俺は説明があまり得意ではないのだよ。
 詳しいことは宮下から頼む」

「はい。説明しますね。
 ずばり結論から言うと、先輩方に絵画作成の依頼をしに来ました」

「絵画ですって……?」

宮下と名乗る身長150センチに満たなそうな小柄な少女は、
濃い茶髪のショートカットで目元が隠れるくらい前髪が長く、
フチなしの眼鏡をかけていた。いかにも優秀そうな委員だ。

広木も小柄で背丈は太盛と変わらない。
高校生にしては老けており頭皮が少しだけ後退している。
黒髪だ。こちらも眼鏡をかけていた。

「では説明します。これから広報部で新入生歓迎用の
 冊子を作成するのですが、広報部には絵が描ける人材が不足してるのです。
 そこで美術部の方に我々が考えたレイアウトで絵を描いていただけないかと。
 我々が広報の部員と話し合った結果、
 専門的な分野は専門家にお任せした方が早いとの結論に至りましてね」

「その前にちょっと質問させてください。
 諜報広報って全体で70人はいますよね。
 諜報と半分ずつって考えても、広報部だけで少なく見積もって
 30人以上はいるんじゃないかと。そちらで人数足りないんですか?」

「広報部は少ないですよ。現在の部員数は6人です」

「少なっ。そんなに少人数とは知りませんでした!!
 ってことは、諜報広報部ってメンバーのほとんどが諜報部の人だと?」

「そういうことです。我が部では広報の所属は本当に少ない」 

「人数が少ないのは分かりましたけど、
 その6人の中で絵を描ける人がいないってわけなんですか」

「残念ながらその通りです。
 今まで絵に関することは、すでに卒業されてしまった先輩に任せていたんです。
 昨年の3年生には絵の達者な方がおりましたから。その高梨さん、
 ああ、失礼。つまり女子の先輩だったのですが、その方がいなくなってから
 まともな絵をかける人材がいなくなってしまいまして」

「なるほど。今から絵を描くにしてもすでに春休み。
 4月に予定してる歓迎会までに練習する暇もないってわけだ」

「堀先輩のお察しの通りです。それと私たちに対して敬語はいりませんよ」

「えー、でも悪いし恐縮しますよ」

「いえいえ。お気になさらず」

「うーん、委員殿のお願いならもちろん聞いてあげたいんだが、
 俺らも学内の廊下に張り付ける絵をたくさん描かないと
 いけないからなぁ。校門付近や校舎の壁に張り付けるのは
 前と同じで美大の学生に依頼してあるけど、俺とミウの
 担当してる廊下の絵画が今の段階で完成度が半分くらいだ。
 部活動をするのは時間帯が決まってるし、ちょっと難しいかなぁ……」

太盛がぽりぽりと頭を書いていると、広木と宮下の両委員が、
彼の隣を凝視していることに気が付いた。
なんとミウが挙手をしているのだ。宮下が「どうぞ」と手で促す。

「あなたたちに依頼されているのは冊子に使う小さな絵だね。
 これは絵画じゃなくてイラストだよ。私と太盛は水彩画や油絵は
 それなりに詳しいけど、イラストとなるといちからの勉強になるので
 少し時間がかかるよ。で、私から提案というかお願いがあるんだけど」

「どんなことでもおっしゃってください。
 お手伝いが必要なら美術部に人員を派遣します」

「ううん、お手伝いはいらない。下手に素人を呼ぶよりも私と太盛君だけで
 やったほうが効率的。むしろ作品の質は上がるよ。
 私がお願いしたいのはね、あなたたちから預かった仕事を家でやっても
 いいかなってことなんだけど」

「……? イラストのお仕事をご自宅でやられることに問題などありませんが」

「だから、私の家でやるんだよ」

「??? それがどうかしましたか? 
 学校で終わらない仕事を自宅でやるのは我々諜報部でも当たり前のことです」

「そうじゃなくて、太盛君を私の家に呼ぶってことなんだけどね」

「な……」

頭の回転の速い宮下委員はすぐに察した。高野ミウは、生徒会からの
依頼を口実として太盛と自宅でふたりきりになろうとしているのだ。

確かに春休み期間中はボリシェビキも多忙であり、
一個人の恋愛になどかまってる暇がないことは確かだ。
現にエリカも中央の仕事で忙しすぎて彼氏の太盛とメールする暇すらない。

「い、いいんじゃないのか? うむ、その方が仕事がはかどるなら
 我が諜報広報部としても問題ないはずだ。そうに決まってる!!」

と広木が拍手する。宮下が彼を見て目を細める。
そこで広木が「すまん。少しだけ時間が欲しいので待っててくれ」と言い、
いったん廊下に出てから宮下と小声で話し合いをしている。

5分ほど経過した。宮下が咳払いをしてから結論を告げる。

「我々は高野先輩の考えてることは大体把握しています。
 今回は特例として、堀先輩とのご自宅での共同作業を許可します。
 この件に関しましては諜報部の責任者にも話を通しておきますので、
 どうぞ、気が済むまで絵の完成のために尽くしてください」

「ふふーん。ありがと。あなたたち、広木君と宮下さんだっけ。
 なかなか話が分かりそうな子たちで助かったよ。
 あ、ところでいくつか確認したいことがあるんだけど」

「なんでしょうか」と宮下。

「私と彼の共同作業中にさ、途中で私が具合が悪くなって
 彼に寄りかかったりするかもしれないし、
 絵の描き方を教えてもらうときに【たまたま】
 手や体が振れ合うこともあると思う。
 他には【遅くまで作業した場合】は夕食を私の家で
 食べてもらうこともありえるよね?」

「はい。【たまたま】でしたら不可抗力なので仕方ないと思います」

「他にもあるよ。たまに彼を家に泊めちゃいたいと思うんだけど」

「それはさすがに・・・・・・
 婚姻前の男女が同衾するなど校則に反してると思われますが」

「誰が同衾するなんて言ったの。下品ね。
 彼には別の寝室を用意してあるんだよ。私のマンションには
 専業主婦のママがいるから変なことなんて起きようがないし、
 どうせなら同じ家で寝泊まりして絵の作業をした方が効率的だと思わない?」

「しかし・・・・・・それはあまりにも大胆が過ぎませんか」

宮下と同じように広木も顔色が青ざめていく。

「高野さん、美術部に仕事を頼んでる立場上言いにくいんだが、
 それはやり過ぎじゃないか。まず誤解の無いように
 言っておきたいんだが、我々諜報部は堀君を巡る三角関係に
 関心は無いし多少の問題が起きても逮捕するつもりはない」

(広木が続ける)

「問題は相手側の橘エリカだ。
 彼と寝泊まりするなど橘さんに喧嘩を売ってるのと同義だし、
 隠してもいずれ知られる。橘さんは近藤会長のお気に入りでもあるから
 最悪、中央部を敵に回してしまう恐れがある……」

「あなた、近藤なんかが怖いの? 
 私に選挙活動中に言い負かされていたあの女が?」

「ああ。怖い。はっきり言って怖い。
 今回の会長は中央部の出身だ。我々諜報広報は肩身が狭い。
 派閥争いもある関係で中央の奴らに弱みを握られるわけには
 いかないのが現状だ。それに高野さんだって7回にも及んだ
 クラス裁判があったばかりだ。高野さんの精神的なタフさは
 尊敬に値するが、そろそろ自重してくれないか」

宮下も真剣な顔で頭を下げてくる。

「我々の顔を立てるためにも、
 どうか寝泊まりすることだけは遠慮していただけませんか。
 夕食を一緒に取ることまではこちらで認めたいと思ってます。
 いっそ後輩のワガママだと思って納得していただければと・・・・」

「俺からも頼むよ」

広木も頭を下げてきた。名誉ある委員部の人間が
ここまで頼んでくるのだ。さすがのミウもしぶしぶだが了解するしかない。

「いいよ。納得してあげる。任されたからには学園のためにお仕事頑張るよ。 
 午後からちょっと広報部のみんなと顔合わせしたいんだけど」

「顔合わせというと・・・・・・絵に関する打ち合わせですか」

「そうそう。いちおう貴方たちから書面での依頼は受け取っているけどさ、
 紙に書いた文書よりも本人たちと直接絵の方針について語り合いたいんだ」

「それはもちろん構いませんが、話し合いになればいいのですか」

「どういう意味? 
 もしかしてエリカみたいに性格のひねくれた奴の集まりだったりとかする?」

「いいえ。
 そうではなくて、あまりにも自己主張をしない人の集まりなんですよ。
 広報部の人間ではなく我々が代理でここに来ていることにも事情がありましてね」

くわしくは昼食を食べてからにしましょうと言うことで、
いったんお昼を食堂で食べてから広報部の部室(職場)へと向かった。
太盛とミウがペアで注文したカツカレー(大盛)の食券代は広木が出してくれた。
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