【短編集】校長と車いすバスケット。

文字数 6,485文字

※ 短編集の時系列はバラバラである。
そのため投稿された話数通りに読んでも連続性のある物語にならない。

モチオ「おっす校長!! 今日も運動に精が出るな!!」
エリカ「今のシュート、惜しかったですね。あとちょっとで入ったのに」

厚手のマフラーをしたモチオとエリカが、
校長がゴールに向けた投げたバスケットボールを拾ってくれる。
季節は2月末の冬。日中の日差しが差し込む体育館内。
校長のように運動してればいいが、ただ立ってるだけでは底冷えがする。

校長「何度やってもシュートとは難しいものだなw 頭では分かってるつもりでも
思い描いたとおりに投げるのは難しい。運動で使う頭をもっと鍛えないといかんな。
君たち、学園生活最後の貴重な昼休みなのに私の手伝いをしてくれてすまないね」

モチオ「ん? なにがだ? 
俺は校長と一緒にいるのが好きだから体育館に来てるだけだぞw」

エリカ「私も校長先生の影響でバスケの練習を始めたんですよ。
見ててくださいね。それっ!!」

エリカが女子のスタイルでシュートを放つが、惜しい。
ゴールリングの奥に当たって跳ね返る。あと少しで入らなかった。

エリカ「ちぇ、外しちゃったw」
モチオ「運動神経抜群のエリカでも入らないんだもんなw」
校長「うむ。車いすバスケを初めて1か月の私では入らなくて当然だねw」

校長先生は、宮下事件中に爆弾によって両足に裂傷を負った。
足に刺さった破片はすべて取り除くことができたものの、軍隊による応急処置を受けてから病院に運ばれるまでの時間があったこともあり、完治はしなかった。
日常生活を送るには車いすが必要となってしまう。

校長が退院したのは1月の末だった。退院後、すぐに学校に顔を出す。痛々しい校長の姿を見て多くの生徒が深く同情した。校長は、もう足も動けなくなった自分にできることはなくなったと考え、教員を辞める相談を新会長にしようと思っていた。

※注釈
劇中の設定では物語性を持たせるために校長が短期の入院で済んだことになってますが、実際は最低でも3~6か月は入院してその後、用経過観察となります。たくさんの破片が足に刺さった場合は裂傷となります。手術で傷口を切開して破片を取り出すため、手術で開いた傷口を縫合し、そのあと、傷口が閉じたのを確認してから抜歯、この際にばい菌が入ると大変なので細心の注意が必要です。術後の傷ついた皮膚などの組織の再生、さらにリハビリ等も含めると、校長が9月の事件の後、翌年1月に学園復帰するのは不自然かもしれませんが、その点は了承してください。


生徒会長の雨宮夢美は実際に校長にそんな相談をされたわけだが、
「??? 教員を辞めるですって? すみませんが何の話なのかよくわかりませんでした。そんなことにより勲章の授与式をさっそく始めますので今日の放課後、体育館に全員集合ですからね」

校長が出した辞表は細かく破り捨てられてごみ箱に捨てられてしまう。彼はわけのわからぬまま約束通り体育館へ行く。校長は壇上に上がるよう命じられたのでミウや杉本に補助してもらって車いすを持ち上げてもらう。

夢美会長がマイクを持つ。
「同志の皆さん。今日は記念すべき日となりますよ。今日はなんと!!
 私たちの英雄の校長先生が、この学園に復帰したのです!!」

割れんばかりの拍手が巻き起こる。
体育館が揺れてるのではないかというほどの熱気だった。

校長「な、なんだねこれは。ドッキリか? 私はなぜこんなに歓迎されてる?」
杉本「むしろ先生が何言ってるんですか? みんな先生に会えてうれしいんですよ」
ミウ「もしかしたら卒業式までに退院できないかもって心配されてたもんね」

夢美「忙しくなる3月までに授与式がやれてよかったぁ。
名誉勲章って盗まれる可能性もあるので保管するのに結構神経使うんですよ」

校長「勲章だと? いったい誰に渡すつもりなのかね。まさか私か!?」
杉本「そうに決まってます。だって今日は校長先生の勲章授与式ですよ」
校長「なんだって!? 私の勲章授与式だと!? なんだそれは!?」
ミウ「ふふっ……そんなに驚くことですかね?」

夢美「ちなみにこれは閣僚会議の全会一致の決定ですからね。
校長先生には勲章授与を拒否する権利はないんですよ。
もし拒否したら罰を与えちゃおうかなw」

杉本「わー怖い怖いw 会長モードの夢美ちゃんだぁw」 
ミウ「夢美もすっかり会長らしくなったねw」

夢美は息をスーッと吸う。得意の声量を披露するため、
足を肩幅に広げてマイクを強く握る。

夢美「全校生徒の同志の皆さん!! 校長先生は先の宮下事件で全校生徒を救うため、自らの命を懸けて戦ってくださいました!! 英雄ボリシェビキ校長先生に対して、
ただ今から勲章授与式を始めまーす!! さっそく盛大な拍手をお願いします!!」

拍手の渦が再び巻き起こる。本当に壇上にいてめまいを感じるほどの大拍手と声援だった。3年生の文系クラスの一角から、「この時を待ってたぜ~~!!」「校長先生、最高!!」「俺たちの英雄だぁ!!」「せんせ~~い♡」「校長、俺だ!! 俺様も見てるからな!!」とモチオと思われる人の声も交じる。

校長先生のスーツの襟に、夢美会長から次々に勲章がはめられていく。

・名誉ボリシェビキ勲章
・名誉教員勲章
・社会主義的功労勲章
・名誉負傷勲章
・赤旗勲章

特に価値が高いのが、1918年ソ連建国党時に制定された「赤旗勲章」だった。
緊急事態において優れた組織力と指導力を発揮し、個人の勇気と勇敢さを示した者に送られる。校長は宮下事件の際、自らの命の危険を顧みず、宮下が多重人格者であることを誰よりも早く証明し、事件の早期解決に貢献。最後は宮下の男性人格を激怒させ、自らは命に係わる重症を負う。

彼は未来ある学生を生かすために自らの命を率先して犠牲にしようとした新の勇者であることを、エリカは新しい会長と副会長に涙を流しながら繰り返し説いてくれた。そのため十分な受賞理由があるとされた。そんな彼の功績は、杉本副会長の指示で広報部の冊子を通じて全校に包み隠さずに伝えられている。あの時、死の間際で校長がエリカとモチオに語った言葉は、一字一句冊子の中で再現されていた。

夢美の指示で待機していた管弦楽部の金管楽器の部隊が、ファンファーレを鳴らす。
また生徒たちの気持ちが盛り上がって盛大な拍手をプレゼントしてくれた。

夢美「次は校長先生に受賞のインタビューをしましょう!!
先生。5つも勲章を受章した、ただ今のお気持ちは!?」

校長「インタビューと言われてもだね……。
こ、こんなに勲章をもらっていのかね……他の人にあげるべきなんじゃないのか。
私は事件解決のために特に何もしてないのだが……」

杉本「今回勲章を受章した功労者たちは、みなさん同じことを言うんですよね!!」

ミウ「ほんと不思議だよね。逆に校長先生が勲章をもらわない理由って何かあるの?
うちの英雄たちはみーんな自意識低ぎて、まるで昔の私みたいだよ!! 
生徒の皆さん!! みんなもそう思いませんか~~~!!」

生徒たちからの声援。
「まったくその通りだぜ~~~!!」
「謙虚なところもますます素敵ですよ校長せんせ~い!!」
「でもミウさんの自虐ネタはそろそろ飽きてきましたよ~~~~w」
「英雄は自意識が低い!! これって法則でもあるんですかね~!!」

杉本「言われてますよミウさんw もう自虐ネタは旬を逃してますよねww
みんなに売れなくなったお笑い芸人って呼ばれないか心配ですねぇw」

ミウ「相変わらず華ちゃんは毒舌だなぁw 
だったら校長先生の面白いネタを言っちゃおうか。夢美から言ってあげてよ」

夢美「はい。実はですね……。今朝、久しぶりに登校してくれた校長先生が私のいる会長室に来てこう言ったんです。今日までお世話になったね。あとのことは会長たちによろしく頼んでおくから、後は役立たずの老人は去るのみだ……と。なんだか退職したい? みたいことを言ってた気がしますが忘れちゃいました!! 彼の出してくれた退職届もあった気がするんですが、よくわからなかったので破いてゴミ箱に捨てちゃいました!!」

「マジかよおおおぉぉぉ」
「はぁ~~!?」
「先生がそんなこと言ってたんですか!?」
「自分のことを役立たずの老人なんて言うなんてひどい……!!」
「なんで辞めようとしたんだ? マジ意味わかんねえよ!!」
「俺らの許可もなく勝手に辞めんじゃねえよ!!」
「先生!! せっかく退院したのに辞めないでください!!」
「そうだよな!! これからもずっと校長やってくれよ!!」

校長「き、君たち。そこまで私のことを……」

夢美「みなさん。ありがとうございます!! これで校長先生もよく分かったことでしょう!! 先生が次に寝言を言った時は私がきつい罰を与えますからご安心をw」

杉本「なんかミウさんも新しい罰を考えてるとか言ってますよww」
ミウ「いやいや言ってないからw私を勝手にひどいキャラにしないでww」

夢美「校長先生は車いすに乗った状態でも事務仕事はできますのでご安心を。
特に外部のボリシェビキとの電話やメールのやり取りには支障がないことでしょう!! みなさんも、学内で校長先生を見かけた時は親切にしてあげてくださいね!!」

またしても盛大な拍手がわく。

杉本「それとみなさーん。先生は学力コンプなんですからw 彼の学力のことをいじったりしたらいけませんよww彼がまた学校に来なくなったら特に中央みんなが困っちゃうので、気を付けてくださいねww」

今度は笑い声がわく。
「学力コンプネタ、なつかしいww」
「副会長、毒舌だけどかわいいww」
「しゃべる内容はあれだけど顔は美少女だよなw」

杉本は手足も首も細いが目がぱっちりしたアイドル風の美少女なので男子から大人気だった。実際に副会長になってから杉本は別人のように可愛く愛らしい少女となった。

ミウ「校長先生は閣僚会議のメンバーにも選ばれているので、今後の学園運営にも積極的に関わっていただきます。現在、ボリシェビキに属している教員は校長先生、ボリシェビキっぽいメンバーが横田リエ教諭です。横田先生の活躍もすごいんですよ。諜報部で貴重な人材となってます。他にも我々に参加したい教員の方がいたら遠慮なく声を掛けて下さい。歓迎しますよ!!」

また拍手と声援。
「ミウさま素敵でーす♡」
「高野さんって会長秘書も様になってるよなw」
「超美人の秘書だなw 恋愛ドラマとかにいそうじゃねw」

「つーか毎回思うんだが、壇上にいる三人、美人過ぎて笑うww」
「顔も良くて実力もあるとかスペック高すぎよねww」
「同じ女でも嫉妬もできないレベルなんだけどww」

校長「生徒のみんな……子供たちよ……ありがとう。ありがとう……」

校長は、生徒たちの暖かさに涙が止まらなかった。持参したハンカチは涙と鼻水で使い物にならなくなってしまったので、杉本がポケットテッシュをわけてくれた。ミウも、夢美もポケットティッシュをわけてくれる。

彼の53年の長い人生にも紆余曲折があったが、今日ほど涙を流した日はないのではないかと思った。しかも学園で。全校生徒の見てる前で。この日から彼は党と学園に誓った。もう二度と弱音を吐かないと。自分はみんなに必要とされている。自分の人生はこの学園のために存在するのだと。そして何よりも、あの事件を生き延びたことの素晴らしさをみんなに伝え続けたい。

彼は4月の新年度になってから【終身名誉校長】を受賞することが内定する。
これは一般的に使われる退職後に渡される賞ではなく、できれば死ぬまで教員を続けてほしいとの願いを込めて在職中に渡された賞である。


さて。今回の短編の冒頭に出た車いすバスケの件だが、これには不思議な経緯があった。障碍者バスケットボール用の高級車いすが岡山ソビエトから送られてきたのは年が明けてからだった。メーカー希望小売価格で26万円もする高級品だ。

品物は確かに校長宛てになっている。最初は何の間違いかと思った。
それから2日後。中央委員部に電話があった。たまたまエリカが出た。
相手は中年と思われる男性の声だった。

「すみません。すみません。うちの事務の者の手違いで、足利の学園様の校長様用の車いすと、障碍者施設に送るはずの車いすを間違えて発送してしまったのです」

「あらあら。そうなんですか。こちらは一向にかまいませんわ。わざわざご連絡いただきましてありがとうございます。誤って送られてきたスポーツ用の車いすは、のちほど、こちらから岡山ソビエト様へ返送いたしますわ」

「いえ。梱包の手間や送料もかかることですし、返送は結構でございます。私どもも普段から足利の学園様には大変にお世話になっている身です。もしお邪魔でなければ、スポーツ用の車いすはそちらの学園様の方でご活用くださいませ」

「それはありがたいお話ですが、あちらは高級品ですのによろしいのですか?」

「もちろんです。今回の誤発送は、何かの縁だと思うことにいたしましょう。もし学園様でご使用にならないのでしたら、足利市の障碍者施設にでも寄付してくださいませ」

「ありがとうございます。岡山ソビエト様のご厚意に感謝いたしますわ」
「いえいえ。こちらとしてはお恥ずかしい限りでございます。それでは」

そんな経緯があって、校長は車いすをバスケを始めることにした。

最初はみんなの邪魔にならぬよう、放課後の体育館の片隅で始めていたのだが、やがてバスケ部の気の良い男子や女子が集まって来て、主にマネージャーや控えのメンバーたちが校長の練習に付き合ってくれるようになった。その噂を聞いて中央委員部のメンバーや一般生徒たちも集まってくる。校長は、人気者だった。

女子のバスケ部員の一人が「栃木レイカーズ」という障碍者バスケのクラブも紹介してくれたが、校長は丁寧に断った。彼は中央委員の仕事もあるので運動ばかりしてるわけにはいかないのだ。これは間違えてスポーツ用車いすを送ってくれた岡山への感謝の気持ちと、長年の運動不足解消のためのエクササイズなのだ。1日の運動時間は30分から1時間程度でいい。

バスケをするようになってからの校長は、車いす生活なのにどんどん健康になっていった。肩や腕に筋肉はつき、腹筋がついたからウエストが引き締まる。ズボンのベルトを以前よりもきつめにしても大丈夫なようになる。顔立ちも心なしかイケメンになった。


3月14日。卒業式の日。中央委員部の部室にて、最後の記念撮影が行われた。

モチオ「校長w 今日はあんたが主役なんだから中央なww」
校長「わ、私が写真の中心でいいのかね?」
エリカ「みんな!! もっと中央によって!! 
みんなが肩を寄せ合わないと全員写真に入らないわよ!!」

アカネ「はいはいw あんたらは最後まで仲良しクラブなこったw」
クロエ「野口お姉ちゃんは最後まで冷めてるぅw 仲良しの方がいいじゃんww」
ハル「ま、たまにはこういう雰囲気も悪くないんじゃない?」

※野口姉妹の名前は姉がアカネ。妹がハル。

モチオ「ハル!! これ記念写真だからな。お前もちゃんと笑うんだぞ!!」
エリカ「ハルは代表になったんだからもっと明るく元気にね!!」
ハル「あー、こんな感じっすかね?」
モチオ「怖い怖いw お前の顔はカメラをにらみつけてるんだよw」
エリカ「もう何でもいいわw 会長!! そろそろいいわよ!!」

夢美「了解しました!! みなさん。いきますよー。せーのっ!!」

小型三脚にセットされたデジカメ(ニコン製のミラーレス一眼で夢美のお気に入り)のシャッターが押される。車いすに乗った校長の周りを中央委員たちが笑顔で囲む。
男同士力強く肩を組みあうモチオと校長。校長の肩に手を優しく置くエリカとクロエ。
いつものように仏頂面の野口姉妹。今年もいろいろな人がいた。

64代まで続いた学園でも最も歴史ある中央委員部。
モチオが代表を務めた代が今日終わりを告げた。
この後は、有志のみで飲み屋で打ち上げの予定が入っている。

           【短編集】校長と車いすバスケット。終わり
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