7月20日。橘家の夕食会

文字数 5,731文字

「今年も無事に1学期が終了した。さあ、乾杯といこうじゃないか!!」
「かんぱーいwww今夜は飲みまくるぞ」
「おっとww 君の場合は今夜もじゃないかねww アキラ君ww」
「そうだったかなww すまんwww」

「飲みすぎには注意したまえよww 君も私のようなビール腹になってしまうぞw」
「校長ww早速自虐ネタかww 君と話すといつも実に楽しいなww」

橘家の食堂。無作法にも席を立ち、肩を組んで踊りながら
酒を飲みかわすアキラと校長。彼らは年が30歳以上も離れてるのに親友なのだ。
校長も長い学園ボリシェビキ人生の中でアキラほど気が合う人はいなかったので
彼の卒業後も個人的なお付き合いを続けている。

妻や子供と別居中の校長。普段は質素なコンビニ弁当ばかり食べているので
橘家にお呼ばれした際は、栄養のある料理を腹いっぱい食ることにしている。
プロのシェフが作る洋食なので味も量も大変に満足だ。

「太盛様……無事に1学期が終わって本当に良かった」
「エリカ……俺は今こうして生きてるだけで幸せだよ」

エリカは太盛は隣同志の席に座り、互いに手を握りながら見つめあっていた。
いつキスをしてもおかしくない雰囲気だが、
校長や兄が騒いでるのでそんな空気になれない。

「おいww校長ww。君のコサックダンスはなってないぞww私が手本を見せるw」
「ほほうwwアキラ君はさすがうまいねwwこうかねww?」
「違う違うwwこうだよwwしっかりと腰を落とし、もっと足を前まで出すんだww」
「だwwだめだww私の場合は腹が邪魔で足が前に出ないwww」
「ぷはっwww校長wwwそれより進行方向を見ろww」

校長は派手に転倒してテーブルに突っ込み、皿をぶちまける。
彼の禿げ頭の上に熱々のボルシチがぶっかけられたので床を転げまわっている。
アキラが笑いながら冷やしたタオルを持ってきてあげた。

校長の茶番のせいで、その対面側に座っているエリカたちの皿や
飲み物の入ったグラスもテーブルの上でひっくり返り大惨事となっているが、
いつものことなのでエリカは気にしない。太盛は苦笑いをしていた。

「太盛様も同じ男子ですのに、ああして騒いだりはしないのですね」
「俺は酒が飲めない年齢だからだよ。俺もたぶん酒が入ったらああなる」
「私は、そんな太盛様を見たくありませんわ」
「心配しなくても大丈夫だよエリカ。俺は君には迷惑をかけないつもりだ」
「太盛様……愛してますわ」
「俺もだよ。エリカ」

二人はじっと見つめあい、今度こそ我慢できなくなってきた。
エリカの方から目を閉じて顔を近づける。

「おいwwアキラ君ww君の妹、あそこでキスしてるぞwww」
「ほんとだwww最近の若者は大胆だなぁww」
「最近の若者ってww君も若いのに何言ってるんだwww」
「それがなww会長職にいたせいか見た目が30代に見えるらしいんだww」

「30代ってそれ本当かねwww」
「この前なww足利駅で駅員に35歳の男性と間違えられたwww」
「それはひどいなwww」
「在学中もひどかったぞww貫禄がありすぎてよく大学生や
 社会人に間違えられるんだwwwコンビニで酒も普通に買えるしなw」

「コンビニで酒買っていたのかねww 規則違反で収容所行きになるよww」
「収容所ww懐かしい響きだなぁww我が青春のワードだよww」
「君もたまにはOBとして学園に遊びに来なさいよwww」
「俺もそうしたいんだがなwwOBなので規則違反になるので残念だよww」

太盛は思った。
(この雰囲気じゃエリカと愛情を深めるのは無理だなぁ……)

校長のことも義理の兄さんのことも嫌いじゃないのだが、
酒が入ったソビエト式のハイテンションにはついていけそうにない。
エリカも、今度は兄が足を滑らせて椅子をなぎ倒したのを見て
見て溜息を吐く。使用人の女性が手慣れた様子で
割れたワイングラスを片付けているのが気の毒で仕方ない。

「ちょっと騒ぎすぎじゃないの、あんたたち」
「ぐはww」
「いてっww」

そこへ、エリカの姉のアナスタシアがやって来た。
アキラと校長の頭をスリッパで叩いたのだ。

「おおっ、誰かと思えば君はwwwアナスタシア君じゃないかwww」
「ターシャwwお前、戻って来たなら連絡ぐらい入れなさいwww」

「連絡ならちゃんと入れたけど兄さんが電話に出ないんでしょ。
 ちょっとスマホ見せなさい。
 まったく、ウマ娘ばっかりやってるから充電切れじゃない。
 今流行の課金とかしてるんじゃないでしょうね?」

「おいwwアキラ君ww言われてるぞwwで、実際はどうなんだww?
 課金はしてるのかねwww?」

「まあwww小遣いの範囲でなww
 ガチャをいくら回してもエイシンフラッシュが出なくて困ってるw」

「エイシンフラッシュなら私は2枚も持ってるよwww」
「そうなのかwwうらやましいぞwwくそwww」
「前から思ってたんだがwwエイシンフラッシュって君の下の妹に似てないかww」
「エリカにかwww? 確かによく見ると似てるかもしれないなwww」

帰省して早々、酔っ払いと関わるのに疲れたアナスタシアは
「ふー」と息を吐き、適当な椅子に座って兄の分のグラスに手を付けた。
上等なチリ産の白ワインだ。

「あの馬鹿ども……自分たちのやってる趣味が
 資本主義的だってことを自覚してんのかしら……」

アーニャは米国人女性のように足を組んで座る癖がある。
ワイングラスを傾けるアナスタシアのが仕草が優雅なので太盛は見とれてしまう。

「エリカ、太盛君。久しぶりね」
「ターシャ姉さん。本当に久しぶりね。日本にはいつ帰ってきたの?」
「昨日の夜よ。昨日は空港のホテルに泊まってから今日こっちに来たの」

「ね、義姉さん。と呼んでいいんでしょうか? ご無沙汰してます」
「初々しいわね。わが弟よ。うちの馬鹿兄とハゲ校長が騒いでるけど
 気にしないでどんどん食べてね。若い子はしっかり食べて体力をつけないとね」

誰がバカだこら~、私はハゲじゃないぞ~、
と声が聞こえるが、当然無視。

「あんたらね、お客さんに迷惑なのよ。
 騒ぐならお庭で騒ぎなさいな。さもないと、また頭を引っぱたくわよ」

とアナスタシアが怖い顔で言うと、二人はすぐに退散してしまう。
太盛がちらっとカーテンの隙間を見るとアキラと校長は
上半身裸で踊り出してるのでこれ以上見ないことにした。

「ふー。ようやく静かになったわね」
「姉さんがため息をつく癖、まだ治らないのね」
「あらやだ私ったら。疲れがたまってるとつい出ちゃうのよ」
「姉さん、私が送ったメールは読んでくれてるのよね?」

「全部読んでるわ。私はずっとミウちゃんのこと
 心配してたんだけど、今のところ丸く収まってるみたいで安心した」

「あの女、私と太盛様のカップル証明書を破棄しなくていいって言ったのよ」

「そうみたいね。あのミウちゃんが……エリカに気を使ってくれるなんてね。
 ミウちゃんも大人になったみたいで良かった良かった。
 ミウちゃんの謝罪の動画は興味があるからエリカのスマホで後で見せてね」

「わかったわ。話は変わるけど姉さんは雨宮派についてどう思うの?」

「それってメールで伝えなかったっけ?」

「姉さんったらラインを送っても既読マークがつくのが
 数日後だったりするじゃない。いつも私から送るばかりで
 姉さんからのメールなんてめったいにないわよ」

「そうだったかな。まあいいや。そうねぇ、私が直接その子を
 見たわけじゃないからほとんどカンになっちゃうんだけど、
 おそらくエリカが卒業するまでに大事を起こすだけの政治基盤を
 作れる可能性は低いとみてるわ。まず第一にその子の支持者が新入生に……」

アーニャ(あるいはターシャ)がここで話を止める。
エリカが「?」と思う。アーニャは太盛を見ていた。

「太盛く~ん。さっきからお姉さんの顔をじっと見てるけど、
 どうしたの? お姉さんの顔に何かついてる?」

「いえそんなわけは……ただ、綺麗だなって思って……」

「太盛さま!?」

「なにそれお世辞? でもうれしいわね」

「アーニャさんはエリカのお姉さんだし高校生の時から綺麗でしたけど、
 今は卒業されててお化粧もしてるからすごく洗練されていて綺麗です」

「あらうれしいわね~~。
 太盛君ったら誉め言葉がさらっと口に出るところが素敵ね。
 でもね太盛君、お姉さんをあまりその気にさせないでちょうだいね。
 お姉さんは年下の子が好みだったりしちゃうのよ」

「姉さん!!」

「わかってるわよエリカww」

「ターシャ姉さん。もう話は分かったわ。
 後は私と太盛様で話したいことがあるから私の部屋に行くわね」

「あら嫉妬してるの~~?」

「そんなんじゃないわよ!!」

「はいはい。料理はまだたくさん残ってるんだけどね」

アーニャは、妹たちがいなくなったのを確認してから
太盛の飲みかけのマスカットジュースのグラスを飲み干してしまう。

~エリカの部屋にて~

「エリカの部屋に来るの久しぶりだな」
「そういえば、三年生になってから一度も来てませんわ」
「この屋敷には月一で来てるけどいつも食事して帰るだけだからな」
「ベッドわきにディズニーの小物が置いてあるのもエリカらしいなw」
「そ、それは……おほほほ。見なかったことにしてくださいませ」

「今何時だ?」
「21時過ぎですわ」
「この時間だと帰りのバスがなくなっちまうな」
「ぜひとも今夜は泊まっていってくださいませ」
「そっか。じゃあまた客間を使わせてもらおうかな」
「客間ではなく、私の部屋も空いておりますわ」

「え、エリカ!? 俺たちはまだ高3なんだぞ」

「今時の学生なら高校生くらいでこういった経験が済ませる人が多いと聞きましたわ。
 それに……私は不満に思ってることがあるんです。これは風の噂で
 聞いたことなんですが、太盛さまはミウの家にお泊りしたことがあるとか?」

「その噂は、残念ながら本当だよ」

「そうですか……」

「エリカ。俺は、俺はな。別に君を傷つけるためにこんな…」

「いいんです!!」

「?? な、なにがだ?」

「私はミウのことを悪く言うつもりはありません。
 今年の春、私たちの三角関係の行方は学園注視の的となっておりましたが、
 人の噂も七十五日という古い言い伝えもこの国にはあることですし、
 今ではもう誰も気にしなくなっています。私だってもう気にしてません。
 私はただ、太盛様にミウと同じように扱ってほしいのです」

「エリカはその……俺とそういう関係になる覚悟はできてるってことなんだな?」

「正直に申し上げますと、昨年の文化祭の時からずっと
 覚悟はできていましたわ。だって私たちは婚約しているのですから」

エリカは、白いドレスタイプのワンピースの首元をずらして露出させる。
エリカの大きな胸を包み込むブラが見えてしまう。
エリカはカフカース人の血が入っていることもあり、
胸は日本人の平均よりはるかに大きかった。

太盛のあそこに血流が集まり、ダイアモンドのように固くなった。
彼は辛抱たまらなくなり、エリカを壁際に追い詰めてから唇を奪い、
乱暴に胸を触った。手のひらに収まりきらないほど大きな胸の感触がたまらない。

「はいはーい。ちょっと待ってくれるかな~~」

太盛とエリカが、反射的に声のする方向を見た。

「高校生諸君。お楽しみのところ邪魔しちゃって悪いわね~」
「姉さん……私の部屋の扉には鍵がかかっていたはずだけど」
「ごめんね~。ちょっとキーピックの練習ついでに開けちゃった」

「ふざけ…!!」
「ストップ!! 怒鳴るのやめて。ちょっと真面目な話をしに来たのよ」
「人のプライバシーを侵害しておいてどうやったら真面目な話になるのよ!!」
「あーうるさいうるさい。あんたの声高すぎて耳がキンキンする。ねえ太盛君?」

「は、はぁ……いきなり姉さんが現れたので心臓が止まるかと思いました」
「ごめんごめんww これでも現役スパイの訓練を受けてるからさぁw」
「アーニャさん。もしかして俺とエリカを止めに来たんですか」
「結論から言うとそうなるわね」

「すみません。やっぱり学生の身分でこういうことするのはまずいですよね」

「問題はそこだけじゃないわね。ひと夏の過ちだと思って
 一度そういう関係になっちゃうと2学期以降も沼にはまるわよ」

「エリカが在学中に妊娠するかもしれないってことですか?」
「そう。若い二人なんだから避妊だって完璧にできるわけじゃないのよ」
「そうですよね。アナスタシアさん。すみませんでした」
「太盛君ったら、そんな顔しないで☆ 分かってくれたらいいのよぉ」

しおらしい態度の弟の頭をなでるアナスタシアだが、
しかし妹のエリカは納得してない。

「でも姉さん。ミウと彼はもうすでに……」
「本当に?」
「え?」
「本当に二人は一線を越えたのかしら。太盛君。どうなの?」

「たぶん信じてもえないと思いますけど、俺とミウはただ普通に
 ベッドで寝ただけです。手をつないでキスまではしましたけど、
 それ以上のことはしてません。ミウの方が、やっぱりそういうことは
 卒業してからということでけじめをつけようと言ってましたから」

「ふ~~ん。彼は嘘をついてないわね」

アナスタシアは大胆にも太盛のTシャツ越しに心臓のあたりに触れていた。
心臓の鼓動で彼が嘘をついてないかを判定したのだろうか。

「だそうよエリカ?」
「そうだったんだ……私はてっきり」
「てっきり、なによ?」
「うるさいわね。そんなこと言わなくてもわかるでしょ」

「とにかくこれで納得したでしょ。
 ミウちゃんと対等でいたいのならあっちの決めたルールに従いなさい」

「ルールに従うって言われるとむかつくけど、わかったわよ……」

「それと太盛君に捨てられないように頑張りなさいね?」

「余計なお世話よ」

「あはははっ。はいはい。それじゃ邪魔者は退散するわね。
 太盛君にはあとで客間を用意させるわ。エリカも遅くならないうちに寝るのよ
 日付が変わる頃に二人がちゃんと別々に寝てるかちゃんと見に来るからね?」

「そこまですると、もう姉じゃなくて母親と同じね」

「ええ。だって私はお母様からエリカのことをよろしく頼まれてる身ですからね」

颯爽と去っていくアナスタシアの姿を見て、太盛が見とれているのを
エリアは面白く思っていなかったが、あえて口にはしなかった。
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