強制収容所の見学ツアー当日

文字数 4,099文字

「見学者は必ず1列に並んでください。
 今日は人数が多いので隣の人とぶつからないよう距離を取ってください。
 それと施設の備品に足を取られたりしないよう足下に気をつけてください」

組織委員の代表にして見学ツアーの添乗員をかねるナツキが
拡声器を持って語りかける。ツアーの参加者は1年生のみだ。

参加者はキリのいい数字で100人までに絞った。
最終的に参加希望者が400人(1年生の総員670名)
となり、生徒会の想定をはるかに超える規模となった。

参加者達を3つに分け、先頭グループをナツキ、次のグループを妹のユウナ、
最後列をトモハル委員が手分けして案内をすることにした。

まずは教室を案内する。
本校(母屋)とは別に、少し離れた場所に建設された特殊な校舎だ。
巨大なバリケードに覆われた刑務所にそっくりな造りになっており、
入り口付近に警備員や武装した執行員が並んでいる。
とても学校とは思えない雰囲気だ。

見学者達が思い思いのことを口にする。

「あれは教室か?」
「見た目は俺らの教室と変わらねえんだな」
「本当ね。教室の広さも同じだし黒板や机もあるわ」
「思ってたよりも普通だね」

この刑務所としか思えない建物の中に、いくつも教室があった。
今日彼らが案内されたのは軽犯罪者の1号室、重犯罪者の2号室だった。
2号室用に割り振られた部屋の方が圧倒的に多い。全部で教室が10個もあった。

ナツキ委員が拡声器で語りかける。

「今は放課後なので囚人達は帰宅しています。よって施設内に囚人はいません。
 囚人は午前中は皆さんと同じように教室で授業を受けています。
 ただし囚人なのでソビエトの歴史や政治に関する内容を重点的に学びます。
 午後からは特別授業を屋外で行います。屋外での授業内容の見学は、
 今から現地に行くのは時間がかかりますので
 隣の展示室にある資料をご覧ください」

見学者の先頭集団がぞろぞろと展示室に入る。
30名を超える生徒が入ると展示室はすぐに手狭となった。

「すげえ古い写真。アナログの写真だ。昭和時代に撮影したって書いてある」
「これは土木作業で使う道具よね。スコップや一輪車にツルハシ」
「農作業で使う道具、これと同じのが俺のじいちゃんちの納屋に置いてある」
「あそこを見て。囚人達が書いた日記があるわよ。何が書いてあるのかしら」
「私もすごく興味あるわ」
「俺も俺もっ」
「うわっあぶねえ、後ろから押すなよ。怪我するだろ」
「おーい。みんな落ち着けよ。みんなで一緒に読もうぜ」

1年生達はみなが興味津々だ。
この展示室ごとスマホで写真撮影したい衝動に駆られるが、
そんなことをしたら重大な規則違反で自分も収容所送りになってしまう。
かつて収容所の写真を勝手に撮影して外部に送信しようとした執行委員がいた。
彼は尋問室で前歯が全て折れらるほどの拷問を受け、最後は銃殺刑になった。

「囚人達は恐ろしい環境で労働させられてるんだな・・・・・・」
「そうね」
「俺らだったら1日でも耐えられなそうだ」
「これからも卒業するまで正しい生徒でいないといけないって改めて思ったわ」

今日はC組のメンバーも10名以上が参加していた。実は各クラスの中で
最も当選率が高いのがC組だったことを彼らは知らない。
これは生徒会が仕組んだわけではなく、ただの偶然だ。

男子のクラス委員、加藤がナツキに話しかける。

「同志高倉委員殿。質問がしたいのですが。許可していただけますか?」

「君はクラス委員をやってる男の子か。もちろんオーケーだよ」

「この展示室の内容から察するに囚人の皆さんの強制労ど・・・・・
 屋外授業はかなりハードだと思うんですけど、
 屋外授業が原因で過労死したりする人はいないんですか?」

「しないよ。屋外の授業は1日3時間までと規則で決められている。
 屋外での作業は午後からだし、日の出ている時間しかできないからね。
 やってる内容はごく一般的な農林高校の生徒さんと同じだよ」

「同志。恐れながら申し上げます。
 囚人で死んでしまう人もいるって、入学式の日に生徒手帳と一緒に
 配られたビラに書いてありましたが・・・・・・」

「あのビラの内容は、脱走したり反逆を試みたりした結果、裁判で
 銃殺刑になった人のことを記している。僕が把握している限り
 過去に屋外授業が原因で死んだ人はひとりもいないはずだよ。
 ここはあくまで教育機関だから過労死させるほどの過酷な労働は
 させないよ。過労死って君、それは資本主義日本の話じゃないのかね?」

「す、すみません同志!! 僕は別にそんなつもりじゃ・・・・・・」

「くくくっ。僕は気にしないが、
 他の委員の前で過労死って言葉を使うのは避けた方がいい。
 この学園ではどこで誰がその言葉を聞いているか分からないんだよ。同志」

「はっ、肝に銘じておきます!! 同志閣下!!」

ナツキは微笑み
「君は真面目な生徒だね。これからも頑張りなさい」と彼の肩を叩く。
1年生達は、3年生の高倉ナツキが典型的な冷徹なボリシェビキの
イメージとは違い、優しいイケメンであることを知る。

ボリシェビキに支配されたこの学園の生徒は、
1年間の高校生活で他の学校の3年分の成長をすることになる。
そのため1年生と3年生、そのうえボリシェビキの幹部が相手となれば、
10歳くらいの年の差があると考えていい。

見学会に参加している後ろの集団から
『同志たちよ!! 会長閣下がお越しになったぞ~~!!』
と執行員の声が響いてくる。
1年生達がざわつきながら廊下のはしに身を寄せて道を作る。

C組の生徒達は、
「後ろですげえ騒ぎになってんな。会長閣下が来たとか言ってる」
「会長って・・・・・・サヤカさんって呼ばれてる学園の最高権力者でしょ」
「やばいぞ。早く道を空けないと殺されちまう」
「こわっ!! 急いでここからどくのよ!!」

ナツキは、そんな後輩たちの様子を見て笑ってしまう。

「同志諸君。これから資料室から出て廊下に1列に並ぼうか。
 焦らなくて大丈夫。サヤカさんは今日は見学会の視察に来たんだろう。
 君たちは知らないだろうが、サヤカさんは生徒に対して僕以上に優しい人だよ」

ナツキが微笑みながらそういうものだから1年生達の緊張がにわかに解かれていく。

『同志会長閣下に敬礼!!』

執行委員が横一列に並んで銃を持ったまま敬礼する。
しかしその様は無様なものであり、
銃を持つ角度や敬礼の角度がそれぞれ曲がっている。
ひどい者ではヘルメットすらきちんとかぶれていない。
外国人留学生が多い保安委員部の執行委員は規律が保たれていなかった。

「はい。今日もお勤めご苦労様」

サヤカに愛想はない。会長の立場になると執行委員達のだらしなさがよく分かる。
中央部の報告によると、彼らは日中に仕事をさぼってカードゲームをしたり
スマホをいじったり居眠りをしたりとやりたい放題。たまに理由もなく
囚人を殴打してストレスの解消をすることもあると報告を受けている。

サヤカの後ろには、例のブライアン・ジョーンズがいる。
今更だが、あの伝説のロックバンドの創始者でありリーダーの
ブライアン・ジョーンズがこの作品に登場していることに違和感を感じてしまう。

「ブライアン君。収容所内の様子はどうかしら?」
「思ってたよりは普通だったかな。
 俺も昔麻薬所持で刑務所にぶち込まれたことがある」
「そのときの刑務所とここは似てる?」
「いや、こっちの方がだいぶましだと思う」

サヤカ会長が、先頭集団の列に達した。ナツキを筆頭に1年生達が挨拶をする。
その時だった。C組の加藤クラス委員達の目にブライアンの姿が映ったのは。

「ブライアン君!? なぜ君が会長閣下と一緒に収容所内を歩いてるんだ!?」
「加藤・・・・・・? 加藤なのか。それに他のみんもないるのか」
「ブライアン君・・・・・・まさか君はボリシェビキになったのか?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、そのバッチはなんだ!!」

ブライアンの制服の襟には『保安委員』を示すバッチが光る。
彼はまだ正式に加入していないが、今日は会長の付き添いで収容所の視察を
するのに一般生徒の1年のままでは警備の執行委員がいらぬ誤解する可能性がある。
そこでとりあえず形だけでも「保安委員」になってもらうことになった。

保安委員とは頭脳労働。執行委員は肉体労働。
保安委員とは指示を出す係になるので執行委員の上役を意味する。

「ちょっと待ってくれ。君たちは勘違いしてると思う。
 俺は保安委員になったわけじゃない。
 今日はサヤカの付き添いでここに来てるだけで俺は別に・・・・・・」

C組の生徒達の視線が冷たい。他のクラスの1年生達も同じだ。
みんなが、化け物を見るような目でブライアンを見ている。

(ブライアン君、会長閣下のことを下の名前で呼んでるわ・・・・・・)
(もうそんな仲にまで発展してんのかよ)
(会長のお気に入りってことでしょ。彼、金髪の外人でイケメンだから)
(というより会長がストーンズのファンなんじゃねえの・・・・・・)
(あの人、意外とロック好きなのかな)
(おい、こそこそ話すのやめろ。会長に聞かれたやばい)

これがこの学園特有の疑心暗鬼。人間不信。悲観主義。

(弁解しても無駄か・・・・・・)ブライアンは、静かに目を閉じる。

サヤカはナツキの前で足を止める。

「見学ツアーは順調のようね。ご苦労様。ナツキ君」
「そちらこそお疲れ様。1年生の子達は素直で良い子ばかりで安心しているよ」
「ふふ・・・・・・そうね。みんなまだ社会のことを何も知らないもの」
「そこにいるブライアン君は君のお気に入りなのかい?」
「そんなところよ。彼は優秀なボリシェビキになる素質を持っているの」

「サヤカさん。君が新入生をそこまで気を遣うとはめずらしい」
「いずれあなたにも彼の良さが分かると思うわ。それじゃ、私たちは他にも回るところがあるから」
「了解した。同志よ」
「あ、最後に一つ。またトモハル君をお使いに出すと思うからよろしくね」
「それは一向に構わないが、いっそ彼を君専属の副官にしてしまえばいいのに」
「そうかもしれないわね。検討しておくわ。それじゃ」
「ああ。気をつけて」

サヤカはブライアンを連れてさらに歩みを進める。
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