2学期が始まる。とある委員がまさかの高校デビュー

文字数 13,107文字

長いようで短かった夏休みが終わり、2学期が始まった。
2学期は行事がたくさんある。

10月の体育祭、文化祭が2週連続で続き、そのあとは11月8日のロシア革命記念日に実施される生徒会総選挙に備えなくてはならない。10月から11月の上旬にかけて学園を管理運営するボリシェビキにとって最大の繁忙期となるため中央委員部では体調を崩して休む人が続出する季節でもある。

昨年は会計係の女子が熱を出したのをきっかけにそれが部内でリレーしてしまい、当時は臨時派遣委員だったエリカが疾走して不測の人員を補ってくれたものだ。しかし今年は例年と違い中央部と諜報部の長年の軋轢が解消され、チームワークが抜群になったので会長、副会長も安心していた。

さて新学期が始まった9月。夏休みボケも抜けた一般生徒が通常通りの学生生活を送り、生徒会役員であるボリシェビキの学生は仕事を行う。教員はボリシェビキの指導の下に授業を行う。懸念されていた雨宮派が何かを起こすわけでもなく、みなが平穏な学園生活を送る日々が続いたが、

「お忙しいところ失礼します」

諜報部の代表の高木が中央委員部の部室を訪れた。
エリカが対応する。

「ごきげんよう。高木君。うちに来るなんて珍しいわね。仕事の話かしら?」
「仕事というか。うーん。これは仕事と言ってよろしいのでしょうか」
「……??? 歯切れの悪い言い方ね。いったい何があったのよ」

「うちの部でちょっと問題が発生しておりまして。その件で中央委員部の人に相談に乗ってもらいたいと思い、こちらに来た次第であります」

「高木君ったら相変わらず堅苦しい言い方ね。もっとフレンドリーにしゃべってくれていいのよ。それで相談ってなにかしら?」

「そのですね……いえ。見たところ中央部のみなさんは体育祭の準備などで忙しそうです。やはり悪いですな。なんでもありません。日を改めることにします」

「なに言ってるの。そこまで言われたら気になるでしょうw」

「いえ、やはり悪いと思います。今回の問題はうちの部の問題でして、そんなことまで相談したら中央部の皆さんにご迷惑をかけることになってしまいます」

「そんなことないって。ねえ待って。本当に帰ろうとしないで!!うちはあなたたちに春にお仕事を手伝ってもらった恩があるのだから少しは恩返しさせてよ! モチオー!! モ~チーオ~!! あなたも止めてよ!! 高木君が悩みがあるんだって!!」

モチオは机に突っ伏して寝ていたが、むくっと起き上がる。 

「んだよエリカw うるせーなぁw 俺は昼休みは寝ないと体がもたねえんだよw」
「今日は高木君が来てるのよ。うちに相談事があるんだって」
「あんだと? 高木が来るなて珍しいな」
 
モチオはせっかくだから茶でも飲んでいけと言い、エリカが日本茶を入れてくれる。
高木は恐縮しながら応接用のスペースに案内された。

モチオ「んで悩みってなんだ?」
高木「いやあ、そのですね……人間関係のトラブルとでも言いましょうか」
モチオ「人間関係だぁ?」
エリカ「あなたたちの部に最もふさわしくない言葉じゃない」
モチオ「いったい何があった。部員同士で喧嘩でもしたのか?」

高木「喧嘩ではないのですが、2学期が始まってから性格が急変してしまった委員がいましてね。端的に言うと高校デビュー?というやつなのでしょうか。私は若者の言葉に疎いので適切な表現の仕方がわかりませんが。とにかくその子のせいで周りの委員の仕事に支障が出てしまっているんです」

モチオ「なんだそれは。つまりあれか。夏休みが終わったのでイメチェンしたりキャラチェンジを狙って目立とうとしてる痛い子がそちらの部にいるってことか?」

高木「そう。その通りなのです!!」

モチオ「しかも目立とうとしてるつもりがかえって空回りしてしまい、周りからドン引きされている。そして当の本人はそのことに気づいてないと?」

高木「まさしく!! さすがモチオ君は理解が早いですな!!」

エリカ「うわぁ。言っちゃ悪いけどその子、かなり痛いわよね。どこの高校にもそういう人って一定数いるんでしょうけど、あとで自分の過去を振り返ったら黒歴史になること必至よ」

モチオ「どうせ今年の新入生の誰かなんだろ。なんとなく男子っぽいけど、そいつの正体は誰なんだ? 俺らの知らない奴か?」

高木「2年生の宮下楓です」
モチオ「……」
エリカ「……」
高木「??? 2年生の宮下楓です」
モチオ「いや大丈夫だ。ちゃんと聞こえてる」
エリカ「ただ少しだけ脳の処理が追いつかなかったのよ」

高木「それでは……もしよろしければ今日の放課後にでも」
モチオ「いや待ってくれ。その宮下楓って同姓同名の人間がいたりするか?」
高木「まさか。皆さんもよく知ってる代表次席の宮下ですよ」
エリカ「ちょっと話をまとめさせてくれる? つまりあの宮下さんが、急に痛い高校生になってしまって部内で問題になってるってこと?」

高木「残念ながらその通りなのです……」
モチオ「……」
エリカ「……」
高木「あの……おふたりとも……」
モチオ「……おいエリカ。すげえ嫌な予感がしないか?」
エリカ「……ごめんなさい。私ちょっと具合が」
モチオ「悪くなってねえよなw ここまで話聞いておいて逃がさんぞww」
エリカ「うわーんw ごめんなさいw 放課後に行けばいいんでしょww」

そして放課後。エリカとモチオが諜報部の部室を訪れてみると。

宮下「あ、モチオさんにエリカさん。こんにちは。
今日はどうされましたか? 体育祭の前なのでうちの部の視察ですか?」

モチオ「あれ……? 宮下に変わった様子なくねえか?」
エリカ「おかしいわね。外見も普通だし話し方も変わってないわよ」
高木「最初はそう思われるでしょう。でもすぐにわかりますよ」

宮下「せっかく来たのですからお茶でも飲んでいってくださいよw」
モチオ「お、おう。そうだな」
エリカ「いただくわ」
高木「宮下。俺の分も頼めるか?」
宮下「はいはーい♪」

異変はすぐに起きた。宮下が入れてくれたのはお茶ではなく、コカ・コーラの缶だった。高木が「あー……」と言った顔をするが、客人であるモチオとエリカは愛想笑いをするしかない。

エリカ「た、たまにはコーラを飲むのもいいと思うわw」
モチオ「お、おう。まだ外は30℃越えてるから炭酸でスカっとしたいぜw」
高木「……」
宮下「ほら高木さんもどんどん飲みましょうよw」
高木「宮下。コーラの件は昨日羽生田に注意されていたはずだが」

宮下「えっ……あっ、そうでしたね!! 私ったらドジっ子だから紅茶を淹れるのと間違えてコカ・コーラを出しちゃいましたぁ!! え? 学園の規則ではコーラは敵勢文化だから禁止? いや~~~ん。ワタシィ、おバカだから学園の規則とかよくわからなくてぇ……ごめんなさい♡」

モチオ「!?」
エリカ「!?」
高木「……」←こめかみを抑える

宮下「ところで先輩たち、お腹すいてませんか? 若い学生なんですから放課後はちょっとお腹すいちゃいますよね。そんなときにはこれ。はいどうぞ!! 今諜報委員部で流行してるお菓子でーすwww」

その自称お菓子が、どさっとテーブルの上に置かれた。

モチオ「なあエリカ。俺の目にはモスバーガーに見えるんだが?」
エリカ「奇遇ね。私も目が狂ってなければモスに見えるわ」
高木「本当に申し訳ありません……」

宮下「あらやだ!! 私ったらドジっ子だからぁ……スコーンと間違えてモスバーガーを買ってきちゃったぁ!! 私って隠れ天然キャラ?っていうかみんなに愛されるアイドルだからしょうがない!!」

モチオ「……」
エリカ「……」
高木「……」←再びこめかみを抑える

モチオ「これ……どこで笑えばいいんだ?」
エリカ「彼女が何を狙ってるのかがわからないわ」
高木「それが新学期が始まってから急にこうなったので我々もどうしたらいいのか分からず困ってるんです。周りの委員の反応を見て下さい」

モチオ「なんかヘッドホンやイヤホンをつけてる人が多くねえか?」
エリカ「それってもしかして……」

高木「お恥ずかしい話なのですが、宮下が仕事中の委員たちに誰彼かまず声をかけては一発芸?のようなものを披露するので皆がああして聞こえないふりをしているのです。外国語課の女子は勉強の邪魔だということで隣の広報部に避難している始末です。
昨日は資産運用課の羽生田が代表して宮下に説教をしたのですが効果はなく……」

宮下「せんぱいたち~~。さっきからコソコソは何を話してるんですかぁ!? あ、もしかして恋の相談ですか? いいですよね恋愛!! 私も女子高生なのでコイバナ大好き!!」

モチオ「お、おい宮下ちゃんよ……。悪いけど、ちょっと黙っててもらっていいか?
うちら、今真面目な話をさせてもらってるん……」

宮下「そんなのヤダヤダ!! 楓(かえで)にかまってくれないと嫌なんだからぁ!! ワタシィ、今時の女子高生だからw 一人でいるのがさみしくて耐えられないんですぅ!! あ、知ってますか? 私は常に誰かとつながってないと不安なのでお風呂に入るときもスマホを触ってるんです!!」

モチオ「おい、こいつ……」
エリカ「人の話聞いてないわ。かなりの重傷ね」
高木「はぁー。一度話始めたら止まらないので困るんですよね」

宮下「あーそれにしても今時諜報活動とか、ダサいわーwwwやってられないよww
私もミウさんみたいに料理でも始めようかなwお料理できた方が女子力高くないww?ここの職場で学生の監視なんかしてても女子力下がる一方よねww女子力低下中☆」

そこへ書類を持った1年生の男子の委員が通りかかった。

宮下「ねえそこの君!!」
男子「え? 僕ですか!?」

宮下「君もさっきの話聞いてたでしょ? 
ねえねえ君はどう思うのかな? 私ねえ?最近女子力低下中で危機感を感じちゃってるんだけどさぁ、やっぱり今時の女子高生ならお料理とかできた方がいいと思うよね?」

男子「……さ、さあ。なんのことですかね? すみませんけど仕事以外のことはあまり興味はありません。僕はこれから職員室に用があるので失礼しますよ」

宮下「あ~~~~ん☆ 1年生のチェリーボーイったら恥ずかしくて逃げちゃったわ。でも優しい私はそんな彼でも許してあげられるの。だって私は諜報委員部のアイドル、楓ちゃんですから☆ さ~~て。次は誰に質問しようかなぁ!! 題して私の夢を叶えるコーナーです☆」

宮下が目を付けたのは、サイバー・セキュリティ課だった。
「まずい。宮下がこっちにやってくるぞ。みんな逃げろ!!」
と課のリーダーの掛け声のもとに一斉に廊下に逃げてしまった。

資産運用課の連中は机に向かって必死に仕事をしてるふりをし、警察課やスパイ課の人たちも宮下に目を付けられないよう細心の注意を払っている。彼らもまた宮下に声をかけられたら一斉に逃げ出す準備をしていた。もはや諜報広報部は機能不全に陥りつつあり、例えば今日この時点で収容所の囚人が脱走者したとしても逮捕することは不可能だろう。

しかしその中でひとりだけ異端者がいた。

「宮下ぁ。おめーよぉ……今日もやりたい放題やってくれてんな。
 さすがの俺様でもブちぎれ寸前だわ。つーかマジ切れていいか?」

川口ミキオ2年生。彼が登場するのは久しぶりになる。春からサイバー課で勤務しているエリート学生の一員。サイバー課の仲間がみんな廊下に避難してもなおここに残るのだから彼を勇者と称してもいいだろう。

「やだぁ川口キューン☆ 目が怖いよ。もしかして反抗期を迎えちゃった?」
「反抗期はてめえの方だろ!! いったいどうしちまったんだよ!!」
「え? 私って何かおかしいですか?」

「お前のそのつまんねえギャグな、わざと言ってるんじゃなかったら深刻な病気だぞ!! この惨状を見てわからねえのかよ。おめーのせいで周りのみんなが仕事が手につかなくなってんだよ!!宮下は代表次席の癖にみんなの仕事の妨害するとか何考えてんだ!!」

「いや~~~ん☆ 私のことは……か・え・でって呼んでくれないと嫌よぉ☆
ミキオくぅ~ん」

「人を気安く下の名前で呼ぶんじゃねえよ。
 つかその話し方ムカつくからやめろ!! 俺はマジで怒ってんだぞこら!!」

「英国では仲間を下の名前で呼ぶのが基本ですよ」

「英国だぁ? 英国の事情なんて知るかよ!! 
 うちでは英国の話をするのも敵勢文化だから
 厳禁とされてるのに気安く英国の話をするな」

「でも本音ではミキオちゃんも英国って憧れてるでしょww」

「ミキオちゃんって呼ぶのもやめろ。
 俺は英国に憧れねえし、行きたいとも思ってねえからな」

「私今からロンドンに短期留学しようかなぁ?」

「……勝手にしろや。その代わり英国は資本主義の総本山。
 うちの学園では留学許可が下りねえ。その前に逮捕されるぞ」

「ワタシィ実は高野ミウさまに憧れててぇ。
 私も一度くらいはロンドンで住んでみたいw
 英語ペラペラって女子力高すぎてうらやましい☆」

「宮下……おまえ……」

「アイアムジャパニーズ!! アイアムプリチーガール!!
 どうようしんく あいあむ プリチー?」

「……」

「あーゆーりすにんぐみー?」

「いえす。あいあむ。ファックユウ!!」

「わい!! わいわいわい……!?
 ドント セイ サッチ ア ダーティワード ライくアメリカン!!」

「カタカナ英会話うぜー。しかも後半何言ってんのかわからん」
「ぷりーず、すぴーくいんぐりっしゅ、ミキオボーイ」
「だからうぜえって!! いつまで英会話してんだ!!」
「えー。だってうちの部で私と英会話してくれる人いないんだものw」

「なら外国語課のパイセンらは……!! クソ。もう隣に逃げてるか」 
「楓ちゃんと英会話しようよ~~」
「高野さんに憧れてるって話をさっきしてたよな。
 だったら高野さんのとこにいって
 好きなだけ英会話の練習すればいいだろうが」

「やだよw そんなの恥ずかしい♡」
「あぁ?」
「高野ミウさんってネイティブじゃないですかぁ。
 わたしぃ日本人英語しかしゃべれないのでガチネイティブな人と話すと
 恥ずかしくて顔が真っ赤になっちゃう~~」

「だったら駅前の英会話教室じゃダメなのか!?」

「お金かけるなんてヤダヤダ。私ジャニオタだからぁw
 あんまりお小遣いに余裕ないんだよぉww」

「おめーのその話し方、どうにかならねえのかよ。
 教員の横田のモノマネでもしてるつもりなのか」

「え? これが私の素ですよ?」

「ちげーだろ!! 宮下は明らかに2学期になってから人が変わったよな。俺はお前と同じ6組のクラスメイトだから言わせてもらうが、俺の知ってる宮下楓はこんなふざけた奴じゃなかったし勉強熱心で真面目な女だったぞ!!」 

「うふ♡ 人は変わるものなのよ。ミキオちゃま♡」

「何がミキオちゃまだ、このアマ。お前のその態度な、悪ふざけのつもりでやってるとしたら今すぐやめたほうがいいぞ……。今はうちの部だけの問題で済んでるが、あとで中央の人にまで目をつけられたらマジに収容所送りになってもおかしくねえんだ!! 昨日も言ったと思うが、俺はこれでもお前のクラスメイトだから心配して言ってあげてるこことを忘れんなよな!!」

「収容所とかこわ~いwキラキラしてなさそ~~~。こんなにプリチーで愛される私を収容所送りにするなんて心優しい中央委員のみなさまには無理だよぉ☆」

「だめだこいつ……もう何を言っても通じねえ。
日本語の通じねえ外人より日本語が通じねえってこれどういうことよ?」

「ミキオちゃーん!! どこ行くの!!」
「うるっせえな。こっち寄るんじゃねえ。俺も今から広報部に避難するわ。
 宮下のアホのせいで資格の勉強が全然進まねえぞクソが」

ミキオがイライラしながら自分のイスを蹴り、机の上にある勉強道具一式を乱暴にかき集めて移動する。するとその途中の応接スペースにモチオとエリカがいることに気づいた。

ミキオ「あ、パイセンたち、いらしてたんすか!! お疲れっす!!」
モチオ「お、おうw」
エリカ「ミキオ君……。かんかんに怒ってるわね」

ミキオ「見てのとおりすよ。話になんねーわ。中央委員部の人が来てくれてるならちょうどいいや。あの不良生徒の説教はパイセンらにお願いしますね!!俺らじゃもう手に負えないことが分かったんで!!」

モチオ「……いやそれがよ」
エリカ「……力になれるかどうか」
ミキオ「それでもオナシャッス!! かなり厳しめな感じでオナシャス!!」

あとでサヤカさんにも話をしておいてくださいね!!と乱暴に言いながらミキオが広報部に消えていった。さて。残されたモチオとエリカは時計を見て今すぐ自分の職場に戻りたいと心からそう思った。いっそこの部室から脱走してしまおうかとさえ思った。

羽生田「さてみんな。そろそろ会議の時間なので出るぞ」
みんな「はーい」

羽生田の掛け声のもとに委員たちがぞろぞろと部屋を出てしまう。信じられないことに代表である高木でさえ遠慮なしに出て行ってしまった。こうしてこの広大なフロアにはモチオ、エリカ、宮下の三人が残されることになった。そもそも部室はここであり、
羽生田の言う会議など存在しないことは言うまでもない。

モチオ「おいこの状況まじかよ。ちょっと羽生田の奴を制裁したいんだが」
エリカ「今はそれどころじゃ……」
宮下「うわあああん!! みなさん、可愛い可愛い楓ちゃんを残して出て行っちゃうなんてさぁ!! さみしくて泣いちゃうよぉおおお!!」

モチオ「エリカ。お前の意見を聞こう。どうするべきだと思う?」
エリカ「……ごめんなさいね。急に具合が悪くなったので早退の許可を」
モチオ「すまん。今はギャグに突っ込む余裕ねえわ」
エリカ「……」
モチオ「相手は女子だ。そこでお前の意見を聞かせてくれねえか」
エリカ「……ちょっとショック療法ということであの子の頬を引っぱたいてくるわ」

エリカは鬼の形相をして、身長150センチの宮下のほっぺたを全力で叩いた。

「宮下さん、ちょっと痛いけどごめんね!!」
「ぱうぅぅ!!」

宮下は力なく床に倒れた。あまりに突然のことだってので叩かれたことに気づくまでに時間を要するレベルだった。エリカは格闘技の経験があるので動きに無駄がないのだ。
宮下は床に女の子座りをしながら

「びゃあああああああああ!! エリカさんが私のことぶったああああああ!!」

泣き出してしまう。その姿は幼稚園児そのものでり諜報部次席としての貫禄はない。
何事かと広報部の扉が開き、杉本代表が様子を見に来てこう言った。

「あっ、今お説教中でしたか。
 じゃあ私たちはお仕事が忙しいので後はよろしくお願いしますね」

広報部の部室に鍵をかけられてしまう。広報部全員も宮下に関わりたくないということなのだろう。こうしてモチオとエリカを救ってくれる人はいなくなってしまった。
(やべえ。頭が……)モチオは頭痛がしてきた。横田の脱走事件の時以来だ。

エリカ(で、次はどうしたらいいの?)
モチオ(まじめに病院に連れていくしかねえかもしれねえな)
エリカ(それなら大きな病院じゃないと駄目よね?)
モチオ(今スマホで場所を調べてみる)
エリカ(スマホより、あそこのでかいパソコン使いましょうよ)
モチオ(そうだな。どうせ誰もいなんだから勝手に使うか)

宮下「ちょっと待ってください。そこのデスクトップパソコンは諜報部の備品です。
うちの設備を部外者の方が使うことは固く禁じられてますのでどうかご遠慮を」

モチオ「!?」
エリカ「!?」
宮下「??? おふたりとも、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をされてますが」

モチオ「……」
エリカ「……」
宮下「どうしましたか?」

モチオ「すまん。今何が起きている?」
エリカ「……私の中では二重人格説が濃厚ね」
モチオ「確かにあり得るな……お前が叩いたから治ったという考えもあるが」
宮下「私は壊れたら叩けば治る昭和の家電製品じゃありませんよ」

モチオ「……」
エリカ「……」
宮下「???」

モチオ「……念のため名前を確認するが、宮下楓だよな?」
宮下「はい。そうです」
エリカ「さっき私に顔を引っぱたかれたことは覚えている?」
宮下「さっきのは痛かったですよ」
モチオ「おまえ、さっきまで泣いてなかったか?」
宮下「だって痛かったんですもの」

エリカ「……ちょっとここで待っててくれる? モチオと相談したいの」
宮下「相談でしたら私の見てる前じゃダメなのですか?」
モチオ「それがよ。その相談ってのがおまえに関することなんだよ」
宮下「私に何かおかしなところがありましたか?」

エリカ「……宮下さんってたまに自分が直前まで何をしていたのか
覚えてないこととか、最近そういうのない?」

宮下「私は記憶力は良い方なのでそういうのはあまりない方かと。
昨夜夕飯で食べたハンバーグやおみそ汁の具もしっかりと覚えてますよ」

モチオ「宮下が頭良いのはもちろん知ってるんだが、今ここで問題となってるのはそういう記憶力の話じゃねえ。ここまで態度が豹変すると何かの病気を疑わわざる得ないレベルにまで来ちまってる。正直、君とは部が違うし学年も違うから俺は宮下さんのことを詳しく知ってるわけじゃねえ。ただ俺の知ってる宮下楓は冗談も言わない真面目なタイプだったと思ってる」

宮下「確かに真面目だとはよく言われますね」
エリカ「……今から私がいくつか質問するので答えてくれる?」
宮下「なんだか尋問みたいですね。いいですけど」

エリカ「さっきまでの宮下さんはね、今の宮下さんとは違う人だったのよ。それで私とモチオが激しく混乱してるわけなんだけど、ズバリ聞くわね。さっきまでのプリチーっとか言ってふざけていた宮下さんは、あなたと同じ人格なの?」

宮下「あれは演技です」
エリカ「ええっ!?」
モチオ「おいおい……まさかあれを演技でやってたって言いたいのか?」
宮下「はい。私が本当に変な人になったと思いましたか?」

モチオ「そりゃ思うだろうが!! 俺らなんて今日初めて宮下さん
が変になったことを知ったんだぞ!! まじ心配したわ!!」

エリカ「疑ってしまって申し訳ないけど、本当に演技だったのね?もし本当に変な病気だとしたら一度でいいからお医者さんに診てもらった方がいいと思ってるの」

宮下「やはり信じてもらえませんか。私があれだけの演技をしたのですから無理もないですよね。でしたら、もう一度楓ちゃんモードになりましょうか?」
エリカ「け、けっこうよ……。そこまで言うのなら信じるわ」
モチオ「楓ちゃんモードって言うのかよw 今のは少し笑ったわ」

宮下はせっかくだからどうぞ……と冷えてしまった
モスバーガーをレンジで温めてくれる。今度はモチオもエリカも遠慮なしに食べた。

モチオ「これ、食べてみるとうまいな。モスをごちそうになっちまって悪いな」
エリカ「私なんてファストフードを食べたの初めて。
モスバーガーなんてテレビやネットのCMでしか見たことないもの」

モチオ「金持ちアピールうぜーよエリカw そんで宮下楓ちゃんよ。
君はなんでその楓ちゃんモードって名の闇の人格を宿したんだ?」

宮下「失礼な!! 私をその辺の中二病患者と一緒にしないでください」
モチオ「いや別に馬鹿にするつもりはねえよw」
エリカ「中二病ってwww」

宮下「いいですか? 私だって好きでこんな演技をしてるわけじゃないんです!!」
モチオ「好きでやってるわけじゃないってなんだそりゃww」
エリカ「だったら今日からやめてくれるかしらww」
宮下「やめるわけにはいきません!!」
モチオ「なんでだよw」
宮下「楓ちゃんモードとは今での自分とは違う新しい自分を開拓した結果、私に宿った新しい人格という設定になってます。この設定を考えるために私は家でですね……」

モチオ(聞いたか? やっぱりあいつ中二病だよ)
エリカ(彼女の場合は高2病って呼ぶんじゃなくて?)

宮下「ちょっとそこのふたり!! 
今私は真剣に話してるんですからよそ見しないでちゃんと聞いてくださいよ!!」

モチオ「うるせー奴だなw わかったよ。
最後まで聞いてやるからさっさとしゃべってくれw」

そこで諜報部の扉がバシッと開かれて会長のサヤカが入って来た。

サヤカ「こらあああああ!! あんたたち、そこで仕事サボって何やってんのよ!!」
モチオ「やべえw サヤカが来やがったww」
エリカ「なんてタイミングで入ってくるのよww」

サヤカ「さっき食堂に諜報の人間がぞろぞろ集まってるってお茶タイムしてるって組織部のトモハル君から通報を受けてここに参上したのよ!! なによこれは。なんで勤務時間中なのにこのフロアに3人しかいないのよ!! しかもモチオとエリカは中央の所属でしょうが!! ここでなにしてんの!! まさかあんたらも仕事さぼって遊んでるの!?」

モチオ「ば、ばーろーw 俺らだって好きでこんなとこにいるわけじゃねえw」
エリカ「私たちは高木君に呼ばれてここに来たのよ!!」
サヤカ「それ本当なの? 高木君も諜報のみんなと食堂にいたそうだけど?」
モチオ「あの野郎ww俺らに宮下の面倒押し付けて自分は茶タイムしてんのかw」
エリカ「意外とひどい男なのよ彼はwww」

サヤカ「ちょっと宮下さんも!! さっきから黙ってないでこの状況を……」
宮下「ぎゃるうううううううん☆」
サヤカ「????」
宮下「会長様ぁ!! おっひさりぶりでーす☆ 私はぁ宮下楓でーす☆」
サヤカ「……??? な、なんですって?」

モチオ(見ろよサヤカの顔ww)
エリカ(笑ったら悪いわよwww)

宮下「ワタシィ、今日の放課後は中央のモチオきゅんとエリカしゃあんと楽しくお茶してたんですぅ!! 今時の女子高生ってやっぱり放課後にお茶とかしますよね? こんなしけた職場でお茶ってのはちょっと女子力低いなって思っちゃいますけどぉ!!」

サヤカ「……」

宮下「会長様ぁ……どうしましたか? あ、もしかして会長様もモスバーガーが食べたくなったんですか? はいどうぞ。季節限定のフィレカツサンドを召し上がれ☆
今魔法かけてあげますね!! 萌え萌えキュンキュン☆ おいしくなーれ♡」

サヤカ「モチオ。エリカ。もしかして私疲れてるから幻覚が…」

宮下「あぁぁぁん!! サヤカ会長様ぁ。急にしゃがみ込んでどうされたんですか?
もしかして具合悪いんですか? 大丈夫ですか? ノロウイルスにかかりましたか?
あーん、私の尊敬するサヤカお姉さまが体調崩されたら心配しちゃーうww」

サヤカ「見えているみたいなのでちょっと保健室で診察を受けてきていいかしら?」
モチオ「その前にこの状況について説明がしたいんだが、少しだけ時間いいか?」
エリカ「サヤカ。この頭痛薬、よかったら使ってちょうだい」

宮下「みんなどうして楓のこと無視するのぉおお!!ひどいよぉ!!」

サヤカ「ねえ質問があるんだけど、あそこにいる人って誰?」
モチオ「残念ながら2年生の宮下楓だよ……諜報部員のな……」
サヤカ「……実は双子の妹がいたとか?」
エリカ「本人なのよ。残念なことにね……」

サヤカ「ってことは二人にもあの幻聴っぽいのは聞こえてるのね?」
エリカ「そうね。幻聴じゃなくて本当に聞こえてる音だからね」
モチオ「幻聴で済ましたい気持ちは痛いほど分かる。とりあえず落ち着こうぜ」

宮下「ちょっとちょっとぉw無視しないでってばぁ!!かえではね、さみしがり屋の
17歳だからみんなにいない者扱いされたら悲しくて泣いちゃうんだぞ☆」

サヤカ「で、諜報部のみんなが食堂に逃げてるのはここにいる宮下もどきが原因ってことであってるわね?」
モチオ「理解が早くて助かるぜ。ちなみに今のあいつに会話は通じないぜ」
エリカ「やっぱりあの子、心の病気なんじゃないかしら……」

サヤカ「あーもう……頭いたい……。もう考えるのがめんどくさいので宮下さんを拘束させてもらう。このまま会長の執務室まで連行するわよ。モチオとエリカ。あなたたちもあの子に手錠するの手伝って」

宮下「いえ。その必要はありません」
サヤカ「!?」
宮下「サヤカさん。お疲れ様です」
サヤカ「え……???」
宮下「さきほど私を連行するとの話をされていましたが、
その必要はありません。なぜなら私はこの通りまともだからです」

さすがのサヤカほどの大物でも30秒間ほどそのまま固まったが、
この程度の事態に対処できないようでは会長職は務まらない。

サヤカ「……ごめん。ちょっとあっちを向いてくれる?」
宮下「はい?」
サヤカ「いまだっ!!」
宮下「ああっ、手錠を……私を騙したんですね。汚い!!」
サヤカ「容疑者確保!! これであなたの手の自由は封じたわw」

宮下「いやぁぁぁぁあああああ!! セクハラよぉ!!」 
サヤカ「!?」

宮下「お姉さまったら私に手錠なんかして何をするつもりなんですかぁ!?
も、もしかして今まで私のこと、そんな目で見てたんですか? いやあああん!!」

サヤカ「ちょ、ちょっと!! その状態でどこに行くの!!」

宮下「ああん、手の自由が封じられてるので体のバランスがぁ……」
ポチッ
モチオ「お、おい。あいつ、手錠されてる状態で全校放送のスイッチを押しやがった」
エリカ「ま、まさか……」

宮下「あーあーww全校生徒のみなさーん☆ 今日も部活に仕事にとお疲れ様で~すw教職員の皆さんもお疲れだぞ☆ 私は諜報部のアイドル宮下楓ちゃんで~~す☆」

サヤカ「ちょ、ちょ、何言ってるの!! 今すぐ黙りなさい!!」

宮下「ああんっ、いやあああんっ、私は今、サヤカ先輩に体を触れられてます!!
両手に手錠をされてるので私は抵抗することができません!!」

サヤカ「この馬鹿、ふざけたことぬかすのもその辺にしないと頭引っぱたくわよ!!」

宮下「に、肉体的なおっ説教ですかぁ~☆ 
私そういうの初めてなのでぇ、痛くしないでくださいねぇサヤカお姉さまww」

サヤカ「だからしゃべるなって!! こいつぅ!!」
モチオ「おいこの女、俺が力づくで抑えつけていいか!?」
宮下「あ……だ、だめぇ……!! そんな激しく私の体を……」
エリカ「これ以上しゃべれないように口にハンカチでも詰め込みましょう!!」
サヤカ「それよりスイッチ!!」
モチオ「そうだった!! おらスイッチ切ったぞ!!」
宮下「ふふ……無駄ですよ」

モチオ「どうなってんだこれ!? スイッチを切ったはずなのにまだ放送されてるみたいだぞ。俺の声が廊下から聞こえてる!!」

サヤカ「たぶん諜報の人間じゃないと解除できない仕組みなのよ!!
ちっ……こしゃくな真似を……」

エリカ「もう大丈夫よ!! 口にガムテープを巻いておいたわ!!」
宮下「むぐむぐ……」
モチオ「エリカよくやった!! おっし!!
このまま3人でこのバカ女を抑えたまま会長室までダッシュすんぞ!!」

サヤカ「ちょっと待った!! なんかすごい勢いで誰かがやってくるわ!!」

ドドドドドドドっ!! 
何人もの足音が地響きのように響きながら諜報部に殺到してくる。

【さやかさま~~~!!】
【お姉さま~~~~~!!】
【今参りますわ~~~~~】

サヤカ「ちょちょちょ……!! ちょ…なによこれ!?」
モチオ「すげえ人数だ!! あれまさか全部お前のファンの子なのか!?」
エリカ「少なく見積もっても50人以上いるわ!!」

それはまるでアニメ進撃の巨人の第一シーズンの後半、人間たちに追い詰められて窮地に陥ったアニ・レオンハートの女型の巨人が、仲間の巨人を呼ぶために咆哮したのとそっくりだった。しかし今作は進撃の巨人ではないのでやって来たのはサヤカファンクラブの女子だった(主に2年生)

サヤカファンクラブが殺到したことで大混乱状態に陥る諜報部のフロア。サヤカは一瞬にしてファンに囲まれてしまい身動きが取れなくなる。その勢いでモチオとエリカはそれぞれ別々の方向に引きはがされてしまい、宮下はそのスキを見て脱走を図る。

モチオ「おい!! あいつが逃げたぞ!!」
サヤカ「ちょっとごめん!! みんな、話なら後で聞くからここを通して!!」
ファンクラブ「サヤカ様が先ほどの件を説明してくださるまで離しませんわ!!」

エリカ「まるでアイドルがファンの子に囲まれてるみたいね……もう無駄よ」
モチオ「くそっ!! あと少しで逮捕できたのによ!!」
サヤカ「ああもう!! ファンの子がうざすぎる!!」

サヤカはファンの子たちに誤解を解くのに丁寧に説明していたらあっという間に
完全下校時刻になってしまう。モチオとエリカは念のため校内を探し回ったが宮下の影はない。ふたりだけでさがすにはこの学園はあまりにも広すぎるので断念。
改めて明日、宮下を説教することにした。
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