第17話

文字数 1,709文字

ラウンド3 エピソード4


 ローキックを放ちながら、少しずつ距離を詰めてくる水盛をいなしながらジョー之輔は自陣のコーナーで闘うことを選んだ。ローキックをカット(防御)しながら、一瞬だけジョー之輔がコーナーをふり返った。輝一と目が合う。美味しいマンのマスクを被った輝一が叫ぶ。
「ジョー!相手のキックの打ち終わりにカウンター(出会いがしらにパンチ)!相手はフォーム修正が遅い」
 ジョー之輔は頷くと、相手と距離を取りながらローキックをカット(蹴りの力を逃がす)している。それでも水盛は真剣な顔でローキックを放ってくる。
ほどなくすると勝村が控室から走ってきて、輝一の横に並んだ。
「何が起きた?」と目を丸くしている。
 あまりにも客席が静かになったから、怪訝に思い控室を飛び出してきたという。
「セメント仕掛けられました」
 勝村の顔が苦々しく歪んだ。
「とりあえず、ローキックの距離から離れてカウンターでと指示しています」
「そうか。スウェイ(上体を反らして受け流す)の技術は練習で確認できたか?」
 苦々しい顔は真剣な表情に変わっていた。
「ええ。巧かったです。もともとリーチがあるんで。タイ人のキックボクサーみたいにアップライトに構えてもらい練習しました」
 ありがとう、と言い置いて勝村はリングに乗り出して叫んだ。
「ジョー之輔。スウェイが出来るんだったら、逆にローキックで距離を詰めてパンチ勝負で行け!」
 呆気にとられて、輝一は勝村の顔を見た。「プロレスなのに、技を受けなくていいんですか?」
「仕掛けてきたのは相手だろ?ジョー之輔はMMAの選手でもあるんだ」
勝村は嬉しそうな顔で輝一の顔を見ると、リング上に目を戻した。
 ジョー之輔は、水盛の内ももを蹴り上げた。肉を打つ痛々しい音が響き渡る。もう一度、内ももを蹴るとノーガードで距離を詰める。目の端で勝村がコーナーにいるのを再確認するとジョー之輔は言った。
「やっちゃっていいんすか?」
 何が嬉しいんだか勝村は笑い声で「いいよ。いいよ。相手が仕掛けたんだ」と言った。

 ――あっと言う間に勝負は決した。
 短い間合いに入ると、水盛はパンチを振り回した。それを、上体を反らせていなしながら、狙いすましたジョー之輔のジャブと右ストレートが相手の顔面に突き刺さった。水盛は糸の切れた操り人形のようにリングに倒れた。意識を失っている。相手コーナーは、呆気にとられて誰も出てこない。
慌てて輝一と勝村がリング上に上がり、ドクターと叫んだ。
 自陣のコーナーでジョー之輔が、「エイドリアーン!」と叫ぶと、大歓声に包まれた。
 輝一と勝村と水盛を横目で気にしながら、ジョー之輔は歓声に応える。ドクターがリングに駆け入ってきて水盛の状態を確認する。体重差があるから、加減をしていてもカウンターで入ったらダメージは数倍に及ぶ。ジョー之輔のことだから、多少加減したろうがまともに食ったから心配だ。
 水盛の状態をかがんで心配そうに見ている輝一の横を、誰かが駆けて行った。視線をあげると、相手コーナーのセコンドの誰かであった。ジョー之輔はまだ歓声に応えている。水盛のダメージが気になって、ジョー之輔がこっちをふり返った時、誰かの脚が高く跳ね上がりジョー之輔の顎を蹴り上げた。
 そこからの輝一の記憶はスローモーションだった。誰かの足に蹴り上げられると、何が起きたのかもわからぬままジョー之輔の巨躯が、ゆっくりとリングに倒れていく。倒れるのを確認すると、その男はゆっくりとリングを降りた。横顔だけを確認した。男はふてぶてしい顔をした張本美玖であった。すぐさま輝一は、勝村の肩をたたきジョー之輔に駆けより、抱き上げた――

*作者後記
 作品を投稿後に格闘技のサイトにアクセスすると、映画「ロッキー」のアポロ・クリード役のカール・ウェザース氏が亡くなったという記事を目にしました。
 心より哀悼の意を表します。スタローンとともに物語を生み出してくれてありがとうございます。
 何か、輝一の話がジョー之輔の章の時に亡くなるとは・・・・亡くなってもアポロ・クリードの姿は我々の心に刻まれています。そしてジョー之輔の生き方も物語の中で生き続けます。



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