第13話

文字数 1,265文字

 ラウンド2 エピソード7

控室のパイブ椅子に座り、美味しいマンのマスクをはずし輝一は汗を拭いていた。エドガーがスポーツドリングを輝一に渡す。輝一はぼうっとしたままそれを受け取る。
 なんだかわからないが、なんか清々しい気持ちがする。
試合が終わると、ジョー之輔が心配そうに美味しいマンに駆け寄り抱き起した。そして「アポロー!」と歪んだ声でオレに言った。いやオレアポロじゃないけど・・・・。それから一人芝居だ。「お前は強い!オレはお前を忘れない!」「お前もオレを忘れるな!」
 ―マスクを被っていて良かった。さぞかしオレは、ポカンとした間抜けな顔をしてたんだろう。客席は大盛り上がりだ。「ジョー之輔―!」と「美味しいマ―ン!」とみんな口々にコールしていた。
「いい試合だった!」エドガーが嬉しそうな声をあげる。
「ジョー之輔のおかげだよ」と刑事長が顔をニヤつかせている。そしてこう言った。
 ブック(台本)通りだけど、ブック以上の試合を作ることが出来たと。 
 言ってる意味が分からない。
 誰かが控室のドアをノックした。刑事長がどうぞとしゃがれた声で応える。ドアが開くと、心配げな顔のジョー之輔だった。唇は歪んでいない。目つきの悪い藤木という男といっしょだ。
 長身のジョー之輔は、申し訳なさそうに猫背になり腰を低くしている。
「お疲れ様です。最後、痛くなかったですか?」
 いや痛くはなかったけど、意識が遠のいた。と言いたいが言葉にならず、輝一は、こくりと頷くだけだ。
「これ。もしよかったら皆さんで飲んでください」とジョー之輔は缶ビール一ダースをテーブルに置く。
「おもしろかったよジョー之輔」刑事長がニコニコして立ち上がり、ジョー之輔の肩をぽんぽんと叩いた。ジョー之輔が、「とんでもないでやんす」とひたすら恐縮している。
「刑事長。試合を受けていただきありがとうございました」と目つきの悪い藤木が頭を下げてから、笑った。笑った顔もまたふてぶてしい。
 恐縮しながら、照れくさそうにジョー之輔が「ありがとうございました」と禿頭を下げる。「あの・・アマチュアボクサーとお聞きしました。ロッキーの真似して申し訳ありませんでした。あっし(私)、ロッキーが大好きもんで。失礼があったら謝らせてもらいます。ボクサーはみんなロッキー好きなんでしょ?」
 そうかもしれない。輝一も熱心なロッキーファンだ。このジョー之輔。好感が持てる。
「あっしはアニメの明日のジョーも大好きでして、リングネームをジョー之輔としたのです。でもロッキーキャラのほうが派手ですし」、と勝手に好き勝手しゃべっている。
 家にはロッキーのDVD全巻取り揃えてるんで、一度遊びに来てくださいと言い置いて控室を出て行った。
 目つきの悪い男が帰り際に「この試合のために、あいつ十キロ落としたんだ。お前に怪我さしたくねえからさ」と言い終えて去って行った。藤木だった。
 なんか、すべてにおいてオレは負けていたんだ。輝一はそう思った。そしてジョー之輔の部屋で、ロッキーを一緒に観ながら酒が飲みたい。強くそう思った。


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