【1】天界の落とし物

文字数 3,241文字

「ぐぁはっ!ああぁぁっ!」
 身体右側面が強く打ち付けられ、防御魔法を破ってダメージを与えた。魔法を使っていなかったら、または強くなった鎧を着ていなかったら確実に肉体が破壊されていた痛みにしばらく悶える。生きている事を実感する激痛は、死を覚悟していた私には少し嬉しかった。
「っ……ううっ……あれ……?ここは地面……?」
 落下の感覚も無くなっていたので、恐る恐る目を開ける。すると、乾いた土が視界の右側に存在していた。私を滑らせた雪も少し、一緒にこの地に降り立っている。
 時刻は昼頃のはずだが、ここは視界の奥までずっと薄暗い。つい前まで奈落と思っていた空からの赤い光がなければ、自分の足元すら分からなかっただろう。ここが話に聞く、黒の大地だろうか。
 頭のすぐ近くにあった崖から下を覗いてみる。つい前まで青い空として私を見守っていた太陽や雲は、今は終わりの知れない奈落になっている。この大陸はどちらが上を向いているのだろう。いや、まずこの世界において上とは……?
「考えても仕方ないか。もう一度落ちて戻れる自信もないから怖いし、せっかくだからこの大地から見て回って、安全で正式な移動方法を探してみよう……もう少し体を休めてから……」
 どのみち黒の大地には後ほど行くつもりではいたので、歩く大地の順番が逆になっただけで大した問題ではない。むしろ邪竜達の情報を集める目的なら黒の大地の方が向いているし、白の大地にいると山に戻りたくなる時があるかもしれないと前向きに考えていくことにする。
 回復魔法をかけて、痛みも和らいでやっと動けそうになった時、遠くからいくつかの人影が歩いてくるのが見えた。徐々に声も聞こえてくる。
「しらみつぶしゴブねアニキ、このあたりに天界の落とし物があったことなんて一度もないのに」
「かすかな希望でも信じたいゴブ。最近稼ぎが悪いのは皆も知ってるゴブね」
 緑色や灰色の肌の集団が集まっていた。亜人族の一種、ゴブリン族だ。話には聞いていたが実物は初めて見る。その数6、7人は確認できた。先頭の一人は他よりさらに背が低いが、その隣のゴブリンとの会話を聞くかぎり隊長だろうか。
 ここは立ち上がって道でも聞こうと思ったが、やはり竜族以外は怖く、本調子で喋る勇気も元気も出ずにそのまま倒れたままでいる。
「お!?アニキ、何か落ちてるゴブよ!」
「でかしたゴブスナイパー!大物ゴブ!でも、あれは何ゴブ……?」
「パッと見人間の騎士に見えるゴブが、生き物が落ちてるなんて初めてだから、もっと近くで見てみるゴブ」
「焦るなゴブ。全員で、足並みそろえて行くゴブ。黒の大地でゴブ達が生き残れるのは、この連携可能な知力のおかげゴブよ」
 天界の落とし物、私は彼らにそう呼ばれた。捨てられた神族である私の正体を知っているの……?と驚きかけたが、きっと白の大地の崖から落ちた道具などの事を指すのだろう。つまり落ちても奈落ではなく反対の大地に行けたのは奇跡じゃなくて、そういう仕組みなのかな。
 ゴブリンが近付いてきたので咄嗟に目を瞑る。いや、瞑ったら会話も出来ないよね、何やってるの私……!
「やっぱり人間、それも女の騎士ゴブ。近くで声かけても動かないゴブね、流石に死んだゴブか」
「天界から落ちて体に欠損が無いのはどういうことゴブ?死ぬのは前提として、体も酷く壊れたりすると思うゴブが」
「確か天使や神々が墜天して、魔の勢力に加わるために落ちた場合は生きてるとかなんとか。つまりこの女、やっぱ人間じゃなくて神かもしれないゴブ、訂正するゴブ」
「なら強大な力を持ってるはずゴブ。死んでるなら持ち帰って、なんとかして力だけ吸い取って捨てるゴブ?」
 弓を持った灰色のゴブリンが慌てたような声で私に接近する。声が近い。
「アニキそれはもったいないですゴブって!女の騎士ですぜ、見たとこ装備も上物、全部ひん剥いて売っぱらえばかなりの額ゴブ!残った本体も、皆さんがいらないなら……このゴブスナが個人的に回収してゴブフフフフ」
「おい待つゴブ、そいつ動いて――」
「……ッ!!ブレイブ、発動!」
「ゴブゥゥゥゥッーー!」
 身の危険を感じ、攻撃力上昇の魔法を自身に発動しながら杖でゴブリンスナイパーを強打した。そのままスナイパーは崖から落ちてしまう。
「コイツ生きてるゴブ!隊列を組むゴブ!」
 隊長が他のゴブリンに指示をしながら後退する。私はこの勢いに身を任せて、新たに前に出てきたゴブリン二人の頭を殴る。すると二人はそのまま倒れて動かなくなった。身を守るためとはいえ、初めて人を攻撃した。
「皆!ゴブスナの仇を取るゴブ!」
 会話すら検討したのに、もう引けない段階まで来てしまった事を悔やむ。生きるためには、ここを乗り越えないといけない。戦闘においても、それによって痛む心においても。まず捕まって身ぐるみ剥がされるなんて絶対に嫌だし、もう躊躇なんてしてられない。
「セレスティアルレイン!」
 周囲に花びらを舞わせる。気付いたことが三つある。技名は発声すると、イメージの工程のいくつかをスキップ出来て便利な事。そしてこの花びらが周囲にある事で、初回使用時にも感じていた力がみなぎり、新たな魔法が使えるようになる事。そして――
「痛い、痛いゴブ!こ、これはトゲゴブ!?」
 セレスティアルレインは、自分が敵と見なした目の前の対象にはトゲを降らせる事。セレスティアルはバラの一種なのかもしれない。
「その隙貰った!」
「くッ、させないゴブ、さあやるゴブ!」
「ゴブゴブ・スナイプ!ゴブ!」
 隊長の指示で、後ろに配置された二人の弓兵が矢を放った。スナイパーは一人ではなかったのだ。隊長への攻撃を中断して下がるが、崖がまたすぐそばに来てしまった。
「まずは弓兵を倒さなきゃ!」
 下がる事も出来ないので、弓兵に向かってダッシュする。隊長は何故か追ってこなかった。むしろありがたいので気にせず行くと、弓兵の笑みと共に足に衝撃が走った。私は何が起きたか分からないまま、派手に転んで倒れる。
「ゴブゴブ・トラバサミ、ゴブ」
「でかしたゴブスナイパー!」
 足に金属の板が挟まり、下手に動くとガリガリと削られる。鎧が無かったらと思うと恐ろしい罠だ。さらにこれは地面に埋め込まれており、抜け出そうにも時間がかかりそうだった。
「くっ……ゴブリン族は弱いって聞いてたのに……」
 隊長がこちらを見下しながら悠々と歩いてくる。
「弱くても知恵があるゴブ。作戦成功、これで逆転ゴブ。生きていた場合はその神の力を見せつけて冥府軍に仕えさせることにより、ゴブ達の立場を高めようかと思っていたゴブが……気が変わったゴブ。コイツはスナイパーの望み通り身ぐるみ剥がしてやるゴブー!」
「ゴブ―!」
 全員が隊列を崩して私に向かってきた。トラバサミはそう簡単に外せない。
「来ないで、来ないで……!」
「ゴブゥ~その顔良いゴブ。落ちたスナイパーもこれなら許してくれるはずゴブ、天界の落とし物、ゲットゴブ!」
 せっかく落ちても生きられたのに、また何も出来ないまま黒の大地の初戦でこんな事になるなんて思ってなかった。もっと簡単に物事は進んでくれると思ってた、あの時の私が馬鹿だったのかな――
「――逆転は戦いが完全に終わるまで、何度でも起こせるものだぞ」
「え……?」
 ゴブリンが突然包囲を解くと、その体の隙間から新たな人影が見えた。後頭部で一つに結んだ白く長い髪、赤い角、尻尾、そして赤い鎧を着た女性の騎士が、鎧と同じ色の大剣を持って立っていた。
「な、何奴ゴブか!?」
「私はアルン。その蒼い騎士に用があってな。邪魔するというなら、容赦なく燃やす」
「馬鹿めこちらは集団ゴブよ、知能を生かした連携を見るがいいゴブー!」
 ゴブリンは一斉に、アルンと名乗る赤い騎士に飛び掛かった。騎士は剣を構え、ニヤリと笑った。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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