【2】贈り物

文字数 3,280文字

 赤い屋根の家や店が建ち並ぶ広い道。そこを歩く人々の中に、私達は混ざっていた。
「すごい人の数だ。様々な職業の人だけでなく、他種族も普通に見かけるから、私達も浮いてないようで良かったが」
「流石に野良の神族と、竜人の姿をした竜族は、そう簡単にいないだろうけどね」
 歩きにくい、なんてことは流石に無い。しかしここまでの喧騒の中は初めてで、興奮と緊張が混ざり合う。少しだけ私より速いアルンの歩幅に合わせる事で、おどおどしながら歩いたりする事は防げていた。
「これだけ人がいるのに、争いの気配はない。この地を治める神が優秀なんだろうか」
「白の大地の国は大抵平和だと思うよ。戦いたい人がいたらコロシアムに行ってるだろうし。それも神のおかげだとしたらすごいなぁ」
 神の事を考えながら空を見上げると、白の塔が私達を見下ろしていた。白の塔は国が栄えるよりもずっと前から存在していた謎の建築で、神すら把握していないのは不安要素にも思える。でもこの塔の見た目の威厳は、そんな事が気にならないくらい、大地のシンボルになっていた。
「うぅ、寒い」
 山の頂上から何もない場所を見下ろした時のように、塔の周りの青空や雲を見ると風を感じやすくなった。ちょうど天気は良いが季節は真冬。視線を前に戻し、肌を晒した肩を両手で覆う。右肩にひとつアーマーはあるが、肌は出ているので寒い事に変わりはない。
「そんな恰好をしているからだ。お前の装備は所々露出があるが、私からすると欠点しか感じないぞ」
 呆れたように私を見るアルンは、顔と角、尻尾以外は何かしらの服や鎧で覆われている。流石にそれと比べられると否定は出来ない。
「良いの。おしゃれには我慢が必要なの」
 なので、開き直った。
 この装備はイリオスが作ってくれたものだが、最初に作ってもらった物からここまでの過程でデザインは変わっている。それは新しいのを作る度にイリオスが私から感想や意見を聞いて、それを反映してくれているからだ。つまり今のこれは私の趣味だ。全身金属鎧なんかで歩くより、こっちの方が好きなのだ。
「理解しがたいな……まあそれで防御力に支障が無いから良いが。絶妙な金属配置で体を完全に守る、父の蒼竜の技術には恐れ入る」
「アルンは寒くないの?この気温は黒の大地では考えられないくらい寒いけど」
 聞いてから自分で答えに気付いた。赤竜騎士は得意顔をした。
「私を誰だと思っている。体は常に熱を帯び、この姿でも吹こうと思えば多少火を吐くぞ。寒いならこの火竜の熱を感じさせてやろうか?」
「え、えっと、恥ずかしいからまたの機会に……」
「こうして歩く距離も近いのに、密着に今更抵抗があるのか」
 なんで今になって恥ずかしがるのか、自分でも疑問なので返答は出来なかった。別にアルンが怖いとかじゃないし、以前なら好奇心で飛び込んだ可能性も無くもない。周りの人が沢山いるから、見られたくないとか?
 アルンが足を止めた事に気付いて、少し遅れて私も止まる。
「レクシア、あの店は何だ?魔法の触媒とかそういう物か?」
 目を向けていた先は、武器や髪に付けるような装飾品の店だった。参考にするように周辺の人や店に入る客を観察してみると、服や手にもそのような装飾をした人が見えた。
「私の羽みたいに力があるかもしれないけど、無さそうなのも置いてあるね。アルン、その店に目をつけちゃったなら、私の恰好をどうこう言えないかもよ?ふふっ」
「他の店より煌びやかだと、目に入るのも当然だ!あぁだからそんな目で見るなっ」
 焦る様子を見て良い気分になってきた。アルンの性格が少しうつってきたかもしれない。
「よし、もう少し近くで見てみよう?」
「し、仕方ない、見るくらいなら――おい、そんな急ぐ事もないだろう!?」
 手を掴んで店の中へ。魔力のある物、武器に付ける物、非戦闘系の日常装飾などが、その種別、対応種族に合わせて分かれていた。結局私も楽しみそうだ。こういう時に豊富な選択肢を得られるのは、人間と同じ見た目の神族で、角も付けた私の良い所の一つかもしれない。
 品のそばに、それを貰うために必要なゴールドの数字が書かれている。これは外に出る予定が無い時から教わっていたので、かなり大事な常識だ。一部すごい値段がするが、戦闘能力のないものはほとんど安くなっていた。
 そうして眺めていると、アルンもいつの間にか竜の棚で品を見ていた。
 ――やっぱり興味ありそうだなぁ。その鎧だって、きっと人と関わるために格好良いデザインで作ってるんだろうし。
 自分の炎だけで戦いたいだけかもしれないが、戦闘に役立つ装飾ではなく、普通の装飾を見ている。私はその姿を眺め続けた。
 振り向いて私を見ようとしたので素早く半回転して見ぬふりをする。しばらくしてからまたアルンを見ると、別の棚に移動していた。
 さっきまでアルンがいた棚に向かい、その品を見る。案外派手だったり豪華な物ではなかった。
「レクシアは竜の装飾は間に合ってるんじゃないか?」
「わっ、アルンいたの!?……いいものあった?」
 すぐにこの棚に戻ってきたアルンは首を振った。
「良いか悪いかの判断もよく分からないな。私は火竜としての姿を薄れさせたくないから、こういうのを見ても、装備しようとは……うん、やはり私には不要だ。レクシアが満足したら飯でも食いに行こう」
 そう言って適当にぶらつき始めたアルンだが、その言動や表情に、いつもの堂々とした感じが無いのは分かりやすかった。
「最初の一歩……だよね」
 私は小声で呟いて、アルンが長時間見ていた棚を凝視した。私が人と話せなかった時、アルンは先行して手本を見せたり、背中を押したりして助けてくれた。きっとそれをアルンは必要としてる。
「あの、これ、ください」 
 魔族の店員さんの白い顔がニッコリ笑う。今までのお礼、と言っていいかは分からない。ただ私がやりたいと思った。指定されたゴールドを置いて、小さくお辞儀してからアルンのもとへ。
「ねえ、アルン」
「ん、用は済んだか。手に持ったそれ、竜のだろ?どこに付ける気なんだ?」
 アルンの鎧は全部が赤い竜鱗というわけではない。それを繋げたり、支えるために金色の金属を少しだけ使っている。それと同じ色の、小さな球と球を繋ぎ合わせたアクセサリーを私は購入し、持っていた。
「アルンに使って欲しくて買ったの。これ、ずっと見てたでしょ?私自身は、これをどこに使うか分からないんだけどね」
「私に……?」
 困惑した表情だ。本当にアクセサリーに抵抗があるかのような困った顔だ。私は途端に不安になってきた。
「め、迷惑なら……!別に、私が使うから……な、なんかごめんね……?」
 俯くと、アルンが両手をぶんぶん振った。
「いや、そんなことはないぞ!?確かに私がずっと見てたやつだし、むしろ嬉しい」
「本当……?」
 聞きながら表情を確認すると、さっきの困惑顔は消えていた。
「ああ本当だから、そんな目で見るな……!よし、これの使い方を見せてやる」
 アルンは奪い取るようにアクセサリーを受け取ると、右の角に巻き付けてかけた。一瞬苦しい顔をした。
「強く絞めちゃった?痛くない?」
「ハッ、おしゃれは我慢と言ったのはレクシアじゃないか。それにこうでもしないと、歩くだけで落ちてしまうしな」
 そばにあった鏡までふらふらと移動するアルンを追いかける。
「水面のようなものだったよな、これは」
「そうみたいだね。――どう?今の自分は」
 どこか迷いのあったアルンの顔だが、それは次第に明るくなった。
「ああ、いいな。これは良い。ありがとうレクシア。これは今後も使わせてもらう」
 それを聞いて安心した。勇気を出して良かったと、強く思った。
 今、アルンが見せてくれた照れ笑いは、きっと私が幼少期に髪飾りを褒めてもらった時と同じ顔だ。このアクセサリーは、アルンが一人の女の子である事を、見る人に教えるものかもしれない。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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