【8】温泉での対峙

文字数 5,678文字

「相棒にロビン・フッドっていうアーチャーがいてなぁ。ロビンはその正義の心で、自分と共に王子の国を奪った神族の王と戦った。そして惜しくも敗北し、ロビンは自分だけ逃がして捕まっちまったんだ。基本、支援の役目しか果たせない自分一人じゃ助けに行く事も出来ず、偶然会った王子と一緒に反撃の準備をしてるってわけさぁ」
「それで神族への恨みが人一倍強かったんですね」
「ちょうど合流したのが敵対国の元王子だったのは、不幸中の幸いであったな」
 ずっと膝を曲げながら歩く牙刀さんがポジティブな意見を言い、ジョンさんはそうだなぁと笑った。
 山登りの道中、お互いの事を話していると、ジョンさんからもここまでの経緯を聞けた。きっとローランさんの国民と別で同行した他の村人達は、一人一人複雑な事情を持っているのだろう。
「お前は支援をしてるのか。その棍棒は攻撃的に見えるが、その石がメインの役割か?」
 アルンの武器観察がジョンさんの棍棒の内部に光る石を発見したようだ。私もそれを聞いて、ようやく力を発していると気付いた。微弱な力だ。
「お、良く気付いたなぁ。そう、これは短い杖みたいなもんで、棍棒としての役割はあくまでついでさぁ。この中に埋め込まれた石がその周辺の環境を一時的に変えて、敵の勢いを削いだり、仲間を癒す天候などを発生させる支援をしてるんさぁ。ロビンと戦ってた時は、戦場となった森に自分が霧を出して、姿が見えなくなったロビンが敵を一つまた一つと射抜いたもんさぁ」
「すごい!私も一応支援する事があるので、その技術の真似できる所は真似したいです!」
 私が目を輝かせると、ジョンさんは片目を瞑って得意顔をした。その様子なら少しは教えてくれそうだ。
 アルンがその様子を見て何やら不満そうな顔をしていた。
「レクシアは状況に応じて何でもできるバランスタイプだ。私からも剣を教えるぞ。ジョン、私のレクシアにあまり鼻の下を伸ばすなよ」
「そ、そんなことしてないでさ!……私の?二人はどういう関係なんだぁ?」
 慌てるジョンさん。私はアルンに目を向けて回答を待ったが、ジョンさんの真似をするように得意顔をするだけで特に何も言ってくれなかった。ジョンさんの視線が自然とアルンから私に向く。私に回答権が移ったらしい。
「……アルンと私は……旅の仲間、のつもりだよ」
「ダチ、って感じかぁ?」
「私達はそこを超えているはずだ。死地を潜り抜けた仲間というのは、友よりも強固なものだと思うぞ」
 私の回答を聞いてから会話を再開したアルンの言葉で、ある事に気付いた。
「そうだアルン、私達、いつの間にか友達になれてたよね……!?」
 アルンがきょとんとした顔をして、そして笑った。
「何を今更。私は最初の握手から、お前と友になったと思っていたぞ?」
「やった!家族は沢山いたけど友達っていなくて、よく分かってなかったの。ありがとうアルン!これからもよろしく!」
 再びあの最初の感覚とともに、友情を確かめるために両手でアルンの手を握った。自然と私の顔が喜びを伝える。
「あ、ああ……」
 困惑しながらも笑みを返してくれるアルン。その横でジョンさんと牙刀さんもつられて笑った。
「レクシアさんよ、自分もそう思ってるでさ。一度笑いあえばみんなダチさぁ」
「拙者、右に同じく。きっと、難しく考えることはないのだ」
「うん。ありがとう、ジョンさん、牙刀さん!」
 お父さん、ちゃんと竜族以外とも仲良くなれたよ。
 イリオスの力が宿る杖を体に寄せて報告する。そのような伝達機能はきっとないと思うけど、この感動をいち早く伝えたかった。

 山を登りしばらく経ち、話し込んだせいか歩みが遅かったため、お昼時になってしまった。オルプネーさんから貰った食料を4人で分け合って食べてから再始動、ついに目的地に到着した。
「よし着いた。この柵の中に温泉がある。まずはここに置いてある桶っつう道具で、往復して湯をいくらか回収して、浄化作業を始めるさぁ」
「なあジョン、この湯は浄化すれば飲めるか?あの四角い食料が残った口も浄化したい」
「拙者も、あの固まった土のようなものは少々苦しいものがあった……良薬は口に苦し、という事だろうか……」
 アルンと牙刀さんが柵の外側に置いてある木の桶を持って、重さを確認するように動かしながら言った。
 あの土の味のする携帯食料は確かにひどい味だったが、量の割に満腹になったりと効果はあった。仕事を行う上で効率的な食べ物なのかもしれないが、妖精族の味覚が他種族と大きく違う可能性を完全には否定できない。
「ちょっとそれはきつい。浄化後は飲めるけど、その浄化にかかる時間で別の水飲みに行けると思うからなぁ。あと、最初は竜族かドラゴロイド以外は直接触れないくらい熱いから注意してなぁ。じゃ、そろそろ行くで」
 ジョンさんが柵の扉を開ける。湯気が見えてきて、温泉が楽しみな私が桶を持って先頭に立った。牙刀さんも同じように隣に立った。イリオスより分かりやすい表情、かなり浮き浮きしている様子だ。
 湯気を抜けて、熱気の中へ。言われた通り臭い空気を放つ温泉。そこには、先客がいた。
「キェエェ!?」
「無礼を赦せ!」
 先客数体の叫びを聞いて牙刀さんがすごい速度で下がったが、私はその竜族の客を凝視した。
 子が沢山と、恐らく親と思われる大きな個体が数体。背中側は赤、腹は白の鱗、前足二本は足としては使わず、湯から出ている。同じくたまに湯から出てくる尻尾の先端は黒いトゲのようなものが生えている。そして親竜の首には石や骨など、様々な物をつけた飾り。
「どうした牙刀、竜族は裸なんぞ見られても気にしないから安心しろ。それともこいつらが竜人の雌だとでも思ったのか?――どうした、レクシア?」
 後ろからアルンの声が聞こえ、私の隣まで歩いてきた。私はその後も後ろから聞こえて来る足音は気にせず、竜を見回し、首の飾りが頭蓋の個体を見つけた。やっぱりそうだ、この客は、聖域に来たあの竜だ。
「グレイル!あなた、どうしてここに!?」
「こいつらを知ってるんかぁ?なら安心か……?」
 どうやら初めて見たらしいジョンさんが構えた棍棒を下ろす。頭蓋飾りのグレイルが私に気付いて立ち上がった。
「レクシアのお嬢ちゃんじゃねえか!あんたこそ何故ここに。ここは黒の大地だぞ?」
「あなたの行動を確認するために来たの。今度はここで何をする気?」
 グレイルを見上げて睨みつける私の様子を見た、後ろの三人がそれぞれ武器を構えた。グレイルは両前足と首を横に振った。
「おぉ怖い怖い、別に俺様は何もしてねぇぞ?仲間やその子供達が冷えてたから、このオアシスみたいな川をよ、せき止めて風呂にしたのさ。子竜はまだ力を使いこなせてなくてな、呼吸と同時に小規模なブレスが出るのさ。それがこの水を温め、黒の大地にとっての革命を簡単に起こしてしまったってわけ」
「どうやら自分や王子達が来る前からいたようだなぁ」
 と、ジョンさん。
「なら、この村の先住民が滅びたのも知っていたりするだろうか……?」
 と、牙刀さん。
「これは予想だが、グレイルと言ったな、貴様がこの村を滅ぼした張本人だったりしないか?」
 と、アルン。グレイルはまた首を振った。
「いいや?俺様はなんにもしてねぇよ?なーんにも、ネ」
 しかし、今回の首を振る発言は、どうにも胡散臭く聞こえた。
「グレイル、教えて。この周辺に、邪竜……ヴァラーグが来たことはあった?」
 私の質問でグレイルは目を細め、歯を覗かせた。
「ああ、ヴァラーグなら来たぜ。丁度復活してたんだ。俺様達の温泉を奪って、一度すっぽり空にしやがった村の奴らと遊んで帰っていった。その後も子は冷えてな、オアシスの水が流れてくるのを待っている間、白の大地とかに遊びに行って、体温める道具を探してた。いやぁ大変だったぜ」
「……!?」
 すぐに頭の整理は出来なかった。後ろのアルン達が考察をする声が聞こえる。
「おい待て、ヴァラーグと言ったか?そいつは私の住んでた、西の荒くれ地域で生まれた邪竜。そう故郷の同種族に聞いたことがある。今は誰かに呼ばれるように飛んでいくから、西の地域には姿を見せなくなったと」
「拙者、確信に至れり。それを呼んでいたのは貴殿、グレイル殿だ」
「なるほど、確かに、何もしてないでさ。手は汚してない、って意味でなぁ?」
 旧村人はここの湯を発見し、全て回収して村まで持ち帰った。グレイルの子が意図せず放ったブレスの臭いは浄化されておらず、復活したヴァラーグを呼んでしまう形になり、その村は滅ぼされた。
 グレイルはその温泉の素であるオアシスの水が溜まるのを待つ間に、白の大地で生き残るための道具を回収するついでに、聖域のイリオスに嬉々として邪竜復活を報告した。
 その後私が冥界から依頼を受け、ここに来た時には温泉は復活していた。偶然ここを拠点としたローランさん達の仕事部隊としてここに訪れ、こうして再会を果たした。全て、繋がった。
「村の先住民の仇、自分が取る……!それにまた同じ事繰り返して、王子達を危険に晒す訳にはいかんわぁ!去れぇい!」
「チイッ!こん畜生、ハァッ!」
 私の脳整理時間を終わらせるように、飛び込んだジョンさんの振り下ろし攻撃をグレイルは前足で弾き、反撃に口から火球を放った。
「ジョン殿!」
 牙刀さんがジョンさんの前に立ち、素早く抜刀。火球を刀で斬り、消した。
「俺様のブレスを、物理武器で防いだだとぉ!?」
 牙刀さんは抜いた刀をしなやかな動きで鞘に戻し、構えに戻ってからグレイルを細い眼で見据えた。
「竜の刃、伊達ではないぞ」
「調査、及び討伐対象の竜族……冥界はお前達を指したんだろうな」
 アルンはその戦いを見ながら、静かに呟く。
 再び行われたジョンさんの攻撃でグレイルは後退し、温泉に落ちかけたがなんとか耐える。
「おいおいだから皆さん怖いって!俺様自身なんもやってないしヴァラーグ復活も知らなかったし、勿論悪意なんて無いんだぜ!?」
 他の入浴していたグレイルの仲間たちが立ち上がって戦闘態勢になる。
「俺達のリーダーに何してくれてんだアァン?俺ら全員と同時にやり合う覚悟があるのか?」
「キシェエァア!」
 両軍は睨み合いになった。一触即発だが、触れなくても時間の問題だろう。
 私はこの現場をただ見て、考えた。私の、ここですべき行動は――
 私は真っ直ぐ、ゆっくり歩き出す。グレイル達が構える。それに反応するようにジョンさんが棍棒を握り直し、牙刀さん、アルンが警戒を強めた。
 睨み合う争いの境界線に向かう。グレイルの視線が一斉にこちらを向き、私は以前も感じた、目に見えない戦いの雷の音を感じた。その音はきっと、戦いを生んでしまう。戦場の中心に立ち、止まる。
「みんな、構えを解いて」
「抜かせェッ!」
 グレイルの仲間の攻撃――左手を伸ばす!
「トワイライトクロス!」
 炎を光に包んで、消去!
「レクシアさんに何をするだぁ!」
 ジョンさんの反撃――振り返って杖を握る!
「セルリアンスレイブ!」
 丸い棍棒狙って、ヒット!
「キシャァァッ!」
 戦いを告げる咆哮と火球――勢い続けて回転斬り払い!
「落ち着いて――落ち着けえぇえっっ!」
 火球を刃で斬り、咆哮をかき消すように、私も叫んだ。両手を、両腕を広げる。
「戦う必要なんて無い!ジョンさん、今回も温泉は全部は回収せずにここで浄化するんでしょ、なら繰り返さない!」
「確かに、そうかもしれんけども……」
「グレイル達も、リーダーは戦わなくていいって分かってるんだから、従おうよ!」
「嬢ちゃん……」
「この杖は、皆を守るためにある。無駄に命を削り合うために持ってきたものじゃない」
 アルンが剣を肩に担ぎながら、私のもとまで歩いてくる。その目は呆れているように見えたが、口元は確かに笑っていた。
「あの日の人間みたいな事を言うな、レクシア。お前はそこら辺の人間よりも、よっぽど人間らしい。自信を持っていいぞ」
「そ、そうかな……」
「ああそうだ。神族はこんな事言えるだろうか。最近聞いた話だけなら、言えないんじゃないか?負い目なんて感じず、人間として生きていいとすら思える」
「……!!」
 アルンが私の頭を撫でた後、周囲の皆を見回し、鎧の胸を叩いた。
「響いたよ、ここに。いつしかすっかり丸くなってしまったかもしれない。私も中立陣営に加勢し、剣を下ろそう」
 しばしの静寂。
「お見事。果たして俺様の罪は晴れたかな?」
 リーダーのグレイルが膝を折り、座りこんだ事で静寂は破られた。
「相手に戦闘の意思が無いのなら、拙者も戦う理由はない」
 牙刀さんも構えを解いて、あぐらをかいた。
「リーダーに従うのみよ」
 他のグレイルも構えを解き、
「……ごめんなぁ……」
 ジョンさんが頭を地に付けた。
「ありがとう、みんな。ありがとう、アルン」
「こちらこそ、私もレクシアのおかげで成長できたと思う」
 そう言うアルンに笑いかけ、グレイルを見て、手を伸ばす。
「どうかな、色んな問題はあとで解決するとして、これを機に友好な関係になれないかな」
「へっ、最初から俺様自身は、争う気なんてないんだけどな?」
 前足を伸ばしてくる。きっとこれで平和を作れる。
 握手のために双方の手が合わさる直前、雷が鳴った。グレイルが反応して動きを止める。私以外にも聞こえた事を証明する動きだ。強く、大きい確かな音が響く。
「だぁああああ!!シャレになってねぇだろぉ!」
 開きっぱなしの柵の外から近付いてくる大声。その声の主、ローランさんが走るその後ろの上空で、紫色の飛竜が雄叫びを上げ、それに合わせて黒い雷が走った。その姿から感じる波動は、まさしく、邪竜と呼ぶに相応しいものであった。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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