【11】大いなる激突

文字数 4,877文字

 アルンやローランさんと一緒に、全員の無事を確認した。あの戦いの中で被害を受けても命だけは落とさなかったみんなは、黒の大地で生き抜く力をしっかり手に入れていると思う。
「じゃあ私は、冥界の門に行ってガルム達に加勢しに行くね」
「私も行こう」
 アルンも続いて来てくれる。ヘカテーも黙って椅子に座り、移動を開始した。
「おい待てよ、何故そんなことするんだ?」
 立ち止まって振り返る。そこにいたローランさんは拳を握ったまま動かなかった。
「ヘカテーも回復させたお前の気持ちは分かる、でもこの後戦いに行く事はないだろ」
 私はその言動に対し即座に返答する。
「あそこには一度関わった知り合いがいるの。まず、もし関わった人がいなくても、目の前で危険な目に遭ってる人を放っておくのは、私は嫌だから」
「そういう事だ。もし奴らが死んだら後味も悪いしな」
 と、アルンも続いた。
「ちっ、そうかよ」
 私達はローランさんに構わず走った。きっと時間はあまりない。

 大地全体から見れば近所だが、かなりの距離だ。休憩を最低限挟みながら走り続けた。門が近付いてきたあたりで、体の痺れを感じた。
「はぁっ、なんか調子悪いかも、走りすぎたかな」
「私も同じだ。どうする、また休むか?」
「さっき休んだばっかりだよね、どうして急に――」
 その時聞こえた。あの雷の音だ。戦いを求める、暴走竜の存在証明だ。
「違う、これはヴァラーグの瘴気だよアルン」
「なるほど、冥界方面に向かっていたか。両方片付けられて都合が良いな!」
「その前向きな所を見習いたいよ……」
 瘴気なら仕方ないと走りを再開する。
「デェアアアア!」
 邪竜の雄叫びが聞こえ、遠くにドラゴロイドが見えたので追いかける。冥界の門も見えた。
「牙刀さん!大丈夫ですか!?」
「レクシア殿……!無事で何よりだ」
「お前が無事じゃないじゃないか!」
 牙刀さんは倒れていた。アルンが傷などを確認し始めたので、私は回復魔法を準備する。
「デォアルアァ!」
 ヴァラーグが突進してきたので中断して緊急回避。
「ダメだ、標的が移った。回復の時間がない」
 アルンが剣を構える。私もヴァラーグに杖を向けようとしたが、熱を感じてその方向を向く。炎が噴射されてきた。
「ホーリーシールド!」
 反射的に防ぎ、相殺。その先を見ると、遠くにキュクロプスの手があった。炎の射程のギリギリだったのに相殺となると、もう少し近付くと回避しか方法がないし、避けても熱でやけどしそう。恐ろしい火力だ。
「あ、レクシアとアルンだ!やっほー!」
 ガルムの声が聞こえる。オルプネーさんとシャドウワームもそこにいた。合流した方がやりやすいだろうか。
「アルン、どうする?」
 それだけで伝わってくれたアルンが頷く。待ってて、と牙刀さんに謝りながら門に走る。ヴァラーグはアルンを狙って飛んで来た。
「止めて、シャドウワーム!」
 オルプネーさんの指示でシャドウワームが地の影に潜ると、急にヴァラーグの動きが鈍くなった。
「どうもだ。久しぶりな気がするな、助かった」
「アルンさん、油断はせずにお願いします。完全に動きを止めるつもりではいましたが、あの竜はそうさせてくれないみたいです」
「十分だ。なら鈍った竜の攻撃は回避しつつ、まずは手負いの神器から沈めるか」
「こっちも鈍いよ、ほらほら、よいしょ!ただ硬いな~」
 ガルムがキュクロプスに狙われていたが、その巨体の死角に入り続けるように素早く動いて槍を叩き込んでいた。圧倒的かと思ったが、ほとんど攻撃が通っておらず、怯ませるだけとなっていた。この作戦は無傷で進行しているようだが、これだと体力面で獣人が不利だろう。あの神器に体力切れはない気がする。
「ディェオォオ……!」
 縛られたヴァラーグがうめくように鳴きながら突進してくる。その動きは遅いが、突き出された爪の雷は脅威だ。
「トワイライトクロス!」
 黄昏の光を上昇してかわすヴァラーグ。止められなかったが、結果的に爪を回避出来た。
「隙貰いました、デッドエンドゾーク!」
 オルプネーさんがヴァラーグの上昇による減速を狙ったようなタイミングで手を突き出す。特に何も見えなかったけど、ヴァラーグは急に悶えて墜落した。そのまま勢いよく地を滑るように、私達のそばまで無防備に移動してきた。翼が広がっているのでステップで回避。恐ろしい見た目なので、近くの足元に来ると少しびっくりする。
「良い連携だ、焔の逆鱗!」
 アルンがその翼に剣を振り下ろす。膜が一枚焼き切られ、ヴァラーグがその場で暴れる。
「ガルムくん!」
「任せてオルプネー様!」
 影縛りをヴァラーグからキュクロプスに移して、ある程度自由になったガルムがキュクロプスを蹴ってヴァラーグに向かって跳んだ。
「閃刹連撃!」
 空中ですごい回数を攻撃したガルムによって、もう片方の翼の膜も一枚斬られたヴァラーグ。一瞬完全に動きを止めたが――
「まずい、雷瘴だ――レクシア!」
「うん!」
 アルンの警告。ヴァラーグの角が赤く光る。私がシールドを張る。全員分同時に張る選択が遅れを招いたか、シールドは完全に生成される前の薄い状態のまま、雷が発生してしまった。
「邪魔ダァァァア!」
 致命傷は防いだが全員吹っ飛び、ヴァラーグはふらっと揺れてから空に昇った。倒しきれなかったが、それよりも気になる事が。
「喋った……!?」
「竜は喋るが邪竜は例外、なんてことはないぞ。ここまで喋る必要も無かったというのが恐ろしいんだ」
 ヴァラーグが高度を戻してから振り向き、再び角を光らせる。
「楽しくなってきたぞ――ボルテックブレイブゥゥゥウ!」
 技名発声。強力な技のイメージ工程の短縮。さっきまでは本気じゃなかったって事なの――!?
 雷を体から全体に放ち、防げなかった私達の身体が痺れる。強い痛みも感じる。前までよりも強い。
「雷撃ヲ、脅威ト、判定。優先デ、排除」
 オルプネーさんの身体が痺れた事で、シャドウワームの影縛りが解けたキュクロプスが活動を再開する。けど狙いはヴァラーグ。助かった。
「コード・イプシロン」
「ボルテック――チッ、やるではないか!」
 ヴァラーグが炎を退避する。もしボルテックブレイブが発動したら巻き添えになっていた。安全というわけではなく、むしろ危険だった。
「システム・オメガ、再起動準備」
「そんな……!」
 キュクロプスの翼が、その刃を広げるために熱を排出し始める。雷の痛みの中、私は絶望せずにはいられなかった。
「オルプネー様――ッ!」
「ガルムくん……!?」
 痺れる体を強引に動かしたガルムがオルプネーさんをかばうように前に立ち、キュクロプスを見据えた。その眼は戦闘中でも見せなかった真の獣の眼だった。
 それはだめだ、動けないこの状況でそれを受けたら、今度こそ耐えられない――
「頼む、頼む!今動けなくてどうすんだお前は!」
 門と反対方向、遠くから聞こえた声。見るとローランさんが剣に声をかけながらそれを地に突き刺し、その場所に魔法陣が展開されていた。
「ローランさん!」
「おうレクシア、待たせて悪かった。確かに後味悪ぃ、もう国民みたいになってるお前らが死んだらな!だから俺が、王である俺が守ってやる!」
「時間稼ぐださ!やっちゃってくだせぇ!」
 さらに遠くから追いついてきたジョンさんが棍棒を高く掲げると、キュクロプスの周囲が熱くなり、熱排出が遅くなった。
 ローランさんの魔法陣の光は強まったり弱まったりしている。ローランさんは繰り返し剣に呼びかける。
「こいつめっ!ちっ、分かった、確かに未熟だよ俺は!お前に頼らないと何も出来ねえ!まだ王と認めなくていい!だが今は、皆を守る為に!少しで良いから力を貸しやがれ!グローリアス!!」
 その声は怒号だった。未熟な自分に怒るような。そしてそんな自分を助けてくれない英霊への怒りにも聞こえた。
 魔法陣が強く光る。剣の魔法陣の先にもう一つ魔法陣が出現し、大きな騎士が召喚された。実にヴァラーグくらいの大きさだ。
 キュクロプスの刃が完全に開かれ、雷を発生させ始めたその時。巨大な英霊が消え、キュクロプスの至近距離に一瞬で出現、その大きな剣でキュクロプスの刃を砕いた。
「ンァアア!?」
「痺れ解除ぉ!」
 そしてジョンさんによって回復した事で、私達は体制を立て直す。
「やりおる、ならこうだ!デェアアッ!」
 ヴァラーグの狙いがジョンさんに移ったが、その前にいたローランさんが剣を構える。
「グローリアスに負けてられねぇ。俺は俺で、目の前の敵を片付ける――フォースラッシュ!」
 肩を叩かれた私は、ヴァラーグやローランさんから、キュクロプス戦に意識を戻す。
「逆転というのは、本当に何度も起こせるものだな」
 私の肩を叩いたアルンは笑った。
「まだ油断しちゃだめだよ、勝ったと決まったわけじゃないんだから」
「その余裕ある顔でバレバレだぞ。もう勝った気でいるのはお前の方じゃないか」
 キュクロプスはグローリアスに攻撃され続け、思うように動けなくなっている。あとはトドメを刺すだけだ。
 足音が聞こえた。ガルムとオルプネーさんが集まってきたんだ。同じく微笑を浮かべている。
「私達と同じく、あの神器は頭部で思考しています。私のシャドウワームを起点に一斉攻撃をしかけましょう」
 オルプネーさんが指でそれを示す。
「分かりました。アルンもいいね?」
「剣の英霊が邪魔だ。近接攻撃は避けよう」
「そうだね~、久々にアレが使えると思うと楽しくなってきちゃった!」
 ガルムが槍を指先で器用に回す。アルンが対抗して剣を片手でお手玉する。
「そんな奥の手があるなら、私との戦いの際にも使え」
「そんなことされたら私が耐えれなかったかもだよ?」
「ふふっ、戦いは友情も生みますね。だからこそ、このような戦いは早く終わらせましょう」
 指揮官のオルプネーさんに従うように三人で返事をして、キュクロプスを見据える。
「始めるわよ、シャドウワーム。アビス・ドレイン!」
 シャドウワームが地に潜り、キュクロプスの腕が下がった。結果腕の攻撃は不発に終わり、隙が出来る。
「よし!奥義っ、幻狼裂爪弾♪」
 アビス・ドレインの詳細とタイミングを把握していたガルムが幻狼を何匹も出し、キュクロプスの頭を攻撃させた。幻狼が消える度に次の狼が現れ、絶え間ない連撃になっていた。
「狼の進路は調整しろ、バーニングブレイド!」
 炎を伸ばして振り下ろされたアルンの剣が頭部を灼き、幻狼はそれに当たらないように進路を変更して突進を再開した。
 ここまでの時間で準備が出来ていた私が、最後に杖を構える。
「今度こそ終わり!セルリアンルーセント!」
 光が放たれ、頭が飛ぶ。中身には何もないようで、何かを吹き出したりはしなかった。グローリアスがその神器の背中に剣を打ち込み、私達の連撃との挟み効果を発生させ、ついにキュクロプスは前に倒れた。
「――目標、ロスト。戦闘継続、不可能――」
 グローリアスは続けてヴァラーグに剣を向け、その剣先から一直線の鋭い光を放った。ヴァラーグはその、まさに光の速さの攻撃を受けながらも、急所は逸らせて耐えた。
「チッ……流石に英霊は面倒か。また会おう、強者達よ」
 続けて放ちそうになるグローリアスの光線が来る前に、ヴァラーグはそう言って去っていった。その速度は速すぎて追えない。
「ハッ!捨て台詞はいいが、逃げながら言っても格好がつかないぞ邪竜!はっはっは!」
 アルンの笑いにつられて、私もみんなも笑った。ひとまず、これで安心かな。
 安心して息をつくと、羽の輝きは普段通りになって、髪の色も戻った。一時的な効果のようだ。
 グローリアスが無言で消滅し、戦場の巨大な存在は、キュクロプスの動かない体だけ残った。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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