【4】帰省と再会

文字数 4,157文字

「おお、見てみろレクシア、雪だ!」
 少し先に図書館を出たアルンが天を仰いでいた。
「そうだね、久々な感じがするなぁ……まだ積もるほどじゃなさそうだけど、今後ありえなくはないかな」
「大歓迎だ。この時期しか見れないなら、ちゃんと見て触れておくべきだろう」
 街を歩く。周りの皆さんも雪を見てはしゃいでいた。
「冬の魔女の再来だー!」
「今年は何度も来てくれるのね……!綺麗……!」
 どうやら冬の魔女という方が雪を降らせているらしい。イリオスは神が雪を降らせると言っていたので、関係性が気になる所だ。または、冬の魔女がもう、神と同列に語られている可能性もあると思った。守護神イリオスも一応、竜族だし。
「戦えない者を救っている……それはこの民を見ればよく分かるな。どうする、レクシア。恐らく交渉は出来そうにないが、私達が天軍に、国の民に刃向かう行動をどう行う?」
 そう言われると一瞬自分の意思が不安になるが、すぐにその枷を振りほどいて考える。
「……交渉が出来ないなら、もう、ひとつしか浮かばないよ……」
「戦いだな?私は望むところだぞ。山に先行する事を提案する。もし最後まで交渉がしたいなら、理由がすぐ分かる現地の方がいいかもしれないし、私もあそこに行ってみたいしな」
 同じ考えだった。アルンも山に興味があるのは知らなかったが。
「分かった、じゃあ行こうか。流石に遠いから、何か移動手段が欲しいけど」
 移動手段を探すため、とりあえず街の外まで出てみる。アルンがある小屋を指した。
「期待通り。あれは乗り物だ。どちらの大地であろうともそうだったんだな」
 あれは一角竜という、文字通り一本の大きな角と、銀の鱗が特徴の二足歩行の竜だ。前足は短く、元から地に着くための進化をしていないので、後ろ足二本による速さはなかなかのものだという。数体がこの小屋でじっとしているので、飼い慣らされているのだろう。
 小屋の中で一角竜のそばでゴールドの枚数を数えていた、褐色肌のショートヘアの商人さんが跳ねるように立ち上がってアルンに寄ってきた。角は被り物のターバンで見えないが、アルンより滑らかな赤い尻尾が竜人である事を示していた。この街はやっぱり、人間以外も多く暮らしているようだ。 
「おぉっそこの赤騎士の竜人さんお目が高いね!一番立派な奴だよこの子は!ささ、そちらの蒼い騎士さんも見てって見てって?」
 立ててあった看板の文字を見る限り、本当に乗り物として使っているようだ。ゴールドで借りて、そしてこの小屋に返してくるのだ。
「ちゃんと動けます?」
 一応確認すると、竜商さんは笑って私の方へ移動する。
「大丈夫!試しに新しく始めたばっかりの事業だけど、今の時点でもう何人も利用してて、ちゃんと行けたしちゃんと帰れたって評判は上々、素晴らしい需要。やっぱりこれは稼げると思ったんだよ~!ささ、んじゃあ借りてきます?借りてくよねっ?」
 グイグイ迫られて、私は苦笑しながらも応対する。
「あ、あはは……そう、ですね。アルンもそれでいいよね?」
「ああ。馬鹿みたいに高い値段じゃないならな」
 竜商さんが向きをそのままに下がって、一角竜の隣で止まった。そしてまたゴールドを数え始める。
「別に買うんじゃなくて借りるだけだからね。一万ゴールドでどうかな?」
 高い……まあこの業界じゃ妥当なのかな……なんて思ったら、竜商さんの手の動きが激しくなった。
「いや待って、馬鹿より安くなくちゃいけないよね、一日で七千、それ以降時間かかったら七千追加、どうだっ!」
 急に安くなった!ひょっとしてこの人、馬と鹿を借りる時より安くしないと借りないぞ、みたいに捉えたんだろうか。だとしたらちょっと抜けている所があるかもしれない。
 アルンが一度設定された金額より安くなったことで満足して一角竜に近付いて触れた。
「決まりだ!その精神気に入ったぞ!」
「お買い上げ感謝ぁ!序盤に大事なのは評判。用が済んだらこの事業の宣伝でもしてくれれば、こっちに利益はあるってものだよ!アタシはクロリス。この名前を広めるだけでもこっちは大助かりだからよろしくっ」
 盛り上がってきたので、私もこの金額に決めて、クロリスさんが手で誘導した小さな机の上に七千ゴールドを乗せる。その瞬間のクロリスさんの顔はとても嬉しそうな――金に飢えた顔をしていた。
 一角竜に近付き、その目を見ると相手も私を見た。目線は同じ高さだ。私は大きな竜に囲まれて過ごし、身長が低いと感じて足装備のかかとを高くしていた。しかし当然、イリオスはその程度では大きいままだったので、ハイヒールの効果をアルン以外の竜族相手に感じられたのは今が初めてだった。見下ろされたりしない事に嬉しくなった。
 よろしくと言って微笑んで、体を優しくポンと叩いてから、一角竜にまたがる。竜の身体は街の外の方角を自然と向いた。アルンも隣で準備が出来ている。クロリスさんがその二頭の一角竜の間に立った。
「背中に小さい翼があるでしょ?それにはあまり触らないでね。操作は簡単、暴走しなきゃ口の指示で動くからね。あと速度は馬や鹿より速いからしっかりね。さあ注意事項はここまで、いってらっしゃーい!」
 クロリスさんが手を振って下がり、視界から消える。その後小さな衝撃。
「イェーーァ!!」
 一角竜が楽しそうに叫んで走り出した。
「きゃあーっ!」
 想像以上の速度だ。振り落とされないように足に力を入れて、取り付けられていた紐を強く握って、体制を低くした。
「よーし良い子だ!さあ北だ、北へ進め!」
「ヤァーーー!」
 アルンはもう紐を片手だけで握って、背中にあった剣を手に取る余裕すら持っていた。
 二頭の一角竜が、コロシアムのそばを通り抜けた。その狭間の階段の柵と同じ石で作られた、あれよりもっと高いそれを見て、アルンは楽しそうに笑っていた。
 気になる村や建物を何度も通り過ぎて、アルンとそれについて話し合う。でも寄り道はしない。私がここまでの道のりで強くなったのは、今真っ直ぐに聖域を目指すためだ。

 世界が暗くなってからしばらく。もう深夜と言っていい時間かもしれないが、一角竜はその速度をほとんど落とさずに走り続けていて、竜族の体力に驚かされた。
 むしろ乗員の私が休憩するべきとはアルンは言ってくれた。でも、雪が降り続いていて、寝て時間を過ごすと雪が積もって、一角竜の走りが安定しなくなるかもしれないと言って断った。実際はそんな事はなさそうな小雪だったが、勢いが強まるかもしれないとか、体を冷やすからとか、早くイリオスに会いたいとか、理由はいっぱいあった。
「目的の山や森が見えてきたよ。麓の村の人が寝てるかもだし、光は消して、速度を落とそうか」
 竜に乗るのに慣れてきた私が片手で使っていた、杖の光魔法を解除した。アルンのそばにも出していた光も消す。クロリスさんには後で、一角竜の首にでも提げるランタンなどの用意をしてもらった方が、今後の客の為にいいかもしれない。
 竜が森へ入る。空の光が木々の間から漏れる。速度を落とすよう指示して、迷わないように一直線に歩く。
 途中、木が無く、光がそのまま地まで降る場所があり、そこを通ろうとした二頭の一角竜が突然動きを止めた。空を見上げているようなので私達も同じように見ると、そびえる雪の岩山から飛んで来る、大きな蒼い竜の姿があった。その竜――イリオスはこの木の無い場所に降り立ちながら、大きな口を小さく開く。
「ここは大地の端だ。用が無いのなら立ち去れ。我が聖域を荒らす前にな……」
 その本人にとっての小さな声による威圧は、私達の耳から脳を震わせ、一角竜を黙らせるには十分だった。
 アルンもその姿をただ見て、その圧を感じていた。唯一すぐに動ける私が、一角竜から降りて聖竜に歩み寄る。
「ただいま、お父さん。大丈夫。このみんなは私の友達や仲間たち」
 イリオスがその高い首を、外から見て森の木に隠れるくらい下ろした。羽が重なり集まった翼が下がり、この木の無い空間を覆った。
「おお、レクシアか。元気そうで何よりだ」
「私もお父さんが元気そうで安心したよ」
 開いた手をイリオスに向けると、イリオスはさらに首を下げて、顎を手に乗せた。長い角が私の肩の近くに来る。
「元気には元気だが、お主が近くにおらんのは心配であったぞ。様子を見に聖域を飛び出す事を一瞬でも考えてしまうあたり、どうやら儂の方が子離れ出来ていないようだ」
「もう、お父さんったら」
 私は少し背伸びして目を閉じて、イリオスの頭の一部を両腕で優しく包んだ。そこには首や背中のように、柔らかい毛は生えていなかったが、その大きな体の温もりは、小雪の降る世界の中で私の心を温めてくれた。
 そんな時間が続き、雪が肩に落ちてふと気付く。アルン達をそっちのけで話してしまっていた。体を離して後ろに振り向く。
「ご、ごめん。紹介するね。この竜が私のお父さん、賢蒼竜イリオス。お父さん、この人が私とずっと旅をしてくれた、騎士のアルン」
 既に一角竜から降りていたアルンが腕を組んだ。
「月明かりや雪も含め良い光景で、思わず見入ってしまった。話には聞いていたが、まさかこんな神が如き竜が捨て子を拾ったとはな」
 イリオスがアルンの姿を眺める。
「種族の違いなど意味は無い。おぬしもその姿で過ごして分かったことだろうがな」
「ほう、流石だな。私の正体を見破るか。これは期待できそうだ」
 アルンが目を細めて笑った。私は首を傾げた。期待ってどういうこと?と聞こうとする口と体は、冬の夜の寒さでぶるっと震えた事で止められた。
「夜も遅いし、ここは寒いだろう。皆、儂の子供達と共に休むと良い」
 そんな私を見たイリオスの配慮に感謝した。話し合わなくてもアルン達は聖域に入れてくれるようだ。アルンが拳を握って喜んだ。
「ありがたい。まあ元からそのつもりで来たんだがな」
 イリオスの巨体は、私とアルン、一角竜二頭を乗せて飛び立った。雪が積もった高く険しい岩山は、その危険さを忘れさせるように、月に照らされて輝いていた。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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