【13】一期一会

文字数 4,276文字

「お世話になりました!」
 頭を下げる。もうローランさんやジョンさんにも敬語は使っていないけど、この言葉はこの形であるべきだ。
「俺達もお前らには助けられた。飯は食ってかなくていいのか?」
「貰った携帯食料を残せなくて、今朝食べきったの。だから大丈夫」
 キュクロプスの部品を送ってくれたタイミングでオルプネーさんに聞いた所、あの携帯食料はニンフ――精霊族が美味しく食べられるように味を変えられていたのだという。それを隠れて行っていたというヘカテーにアルンは良い顔をしなかったが、部下への配慮も出来る人なんだなと、私は少し見直した。
 私達が出発する事を伝えると、村人みんなが見送りに来てくれた。牙刀さんは白の大地のそばまで案内してくれるようで、こちら側についている。
「牙刀はその後、どうする気なんだ?」
 ローランさんが牙刀さんを見て質問する。
「拙者は案内を終えた後、この大地で修業を続ける。またこの村には寄る時が来るやもしれん」
「おう。その時はまた飯を振舞うぜ」
「ここも豊かになってきたし、もうここでずっと過ごしてもいいんじゃないか?新天地の王」
 アルンがそう言って周囲を見回す。確かに黒の大地の中では――恐らく冥界もそうだが――トップクラスに豊かだと思う。
 新天地の王と呼ばれた王子は首を振った。
「確かにここも発展してきた。でもそれは故郷に帰るための過程に過ぎない。なるべく早く国を取り戻して、ここもその領土にでも出来ればいいと思う」
「別の大地にも領土を持つとは、欲張りな事だ」
「両方大事なら両方取る、この発想は好きだなぁ。ここで目覚めた新たな神の信者みたいな人がいるのも、理由としてはあるけどなぁ」
 村人代表みたいになっているジョンさんがそう言うと、後ろの村人達が喋り始めた。新たな神……?
「拙者が戦闘後、レクシア殿の回復を受けた時感じた、子を見守るような愛情。それを村人達も感じていたのだな。神族への偏見は、もう無いだろう」
 牙刀さんの冷静な分析。司る事象を生み出す、事象をそのまま顕現する能力。その効果を今理解した。
「私、あれを村全体に使っちゃったよね……能力行使時点で確かにその気持ちがあったとはいえ、みんな私のを受け取って……えっ、どうしようアルン、恥ずかしい……!」
「私も回復を受けたぞ?詳しい事は知らんが、お前は私に会う前、しっかりしたお姉さんをやってたようだな?」
 アルンニヤニヤしてる!追い打ちかけてる!ひどい!
 急に空からグレイルが降ってきて、その風圧と勢いで一瞬場が鎮まる。
「あいよ、どうも。真剣に考えな。この大地で星の光を見せてくれてから、こいつら村人にとってお嬢ちゃんは希望だった。俺様やジョンは違うが、信仰者が何人かいる。お嬢ちゃんは、その対象になれるか?」
 真剣な表情で見下ろしてくるグレイル。私も真剣な表情を返した。
「信仰は自由だから、止めはしない。神の力を使う以上、私も事象を司ってる自覚はある。でも――」
 村人達を見る。そして分かる。私はこの人たちを守りたい村人達と思っても、信者とか、見守り続けるべき民とか、そんな上の世界から見るような視点で見ていなかった。自分で安心した。
「接し方は変えないで欲しい。私は力を持っただけの、一人の人間として生きるつもりなの。どうか自分を下に見たり、私を上に見たりしないで、密かな信仰を表に出さないで欲しい……それでも、いいかな」
 私はイリオスのようにはなれない。でも信仰の否定はしない。中途半端かもしれないけど、これが私の答えだ。
 グレイルも村人達を見る。村人達は笑ってくれた。
「了解だレクシアちゃん!最初は睨んじまってごめんな!」
「また遊びに来たら昨日みたいに飯を食おうぜ!」
 同じように、私も笑って返す。
「うん、ありがとう!――このままだとずっとここにいそうだし、私、そろそろ行くよ。またね!」
 別れの時だ。察した牙刀さんが黙って背を向けた。
「いずれ貴様らに来たる決戦、健闘を祈るぞ!では私も、さよならだ!」
 アルンも一緒に手を振って村を出る。
「おう!お前らも死ぬなよ!」
 ローランさんやみんなも、手を振り返してくれた。
「お嬢ちゃん!……その……ありがとな。出会いは悪かったかもしれねぇのに、俺様が救われちまったよ。――イリオスによろしくな」
 そっぽを向いて喋るグレイルの声は徐々に小さくなっていったが、言いたい事はちゃんと分かった。
 きっとこの人たちも、友達、と言える関係になれたと思う。証明とかは出来ないけど、この地との繋がりは強く作れた。お互い、今後も平和でいたいな。

 大変な道のりだった。大地の最南端に向かうという事で、直進しても時間がかかった。距離を把握していれば朝食を貰っていたかもしれない。
「到着した。ここが狭間の大階段だ。反転の階段、大地返しの階段などとも言われており、どの呼称でも大抵は通じる」
 牙刀さんが指差した先に様々な種族の集まりと、下へ降りるような階段があった。大地の端より先はやはり何も見えない暗闇だが、その階段の周りにだけは高い石の柵が付いていた。冥界の門や、イリオスの身長と同じくらいの高い柵だ。
「遥か昔、大地の端、狭間にあるこの壁は、全てこのように高く石が付いていて、二つの大地を囲っていたのだという。時が経つにつれ、囲いの石は崩れ、人間などがここを発見した時は既に半分ほどしか残っておらず、階段は片手で数えられるくらいになっていたと聞いた」
「へーっ。牙刀さん、詳しいんだね」
「大地を移動する際に、学ばなくてはならない事であるからな……」
「で、牙刀。つまりこの古代より存在していた下階段は、白の大地に繋がっていると言う事だな?」
 アルンの発言に牙刀さんが頷く。
「然り。この階段は最も広く安全な事で有名で、その先の白の大地の出口から大きな街も近い。まずはそこで拠点を探す事を勧める」
「なるほど、どうりであの周辺に集まりがあるのか」
「うむ。では、拙者の役目もここまでだな。さらば」
「牙刀さん……」
 逆方向を向こうとするその足を、呼びかけて止める。ローランさんの時もそうだったけど、もう少し、別れを惜しもうよ……
 小さい声になってしまったが、反応して足を戻してくれた。
「貴殿らのおかげで、期待通りの修業が出来た。だが、拙者はまだ、ここでやる事がある。貴殿らが白の大地に用があるように」
「うん、そうだよね。ここまでありがとう、牙刀さん――また、会えるよね」
「礼には及ばぬ。旅は続けていく、無論どこぞで果てるつもりもない。またどこかで会えた時には、拙者の修業の成果をご覧に入れよう」
「ほう、それは楽しみだ。次会う時に、私と本気で戦ってくれ」
 アルンと牙刀さんが好意的に睨み合う。それを見て微笑ましくなって、寂しい気持ちは薄れていった。
 牙刀さんが再び足を逆方向に向ける。アルンと二人で小さく手を上げて、慎ましく見送った。

 私達は周りから見ると、派手な格好の二人組なのでなかなか目立った。逃げるように足早に階段まで行って、アルンもその速度に合わせてついてきた。
 近くに来るとさらに階段の大きさ、石の高さを感じた。茶色の階段の進行は複雑な向きになっていて、奈落の青空を見る事は出来ない。アルンに背中を軽く叩かれ、最初の一歩を踏み出した。
 広い階段なので周りを見る余裕があった。しかし景色はほとんど茶色の壁だ。降りていくと、さっきまで大地があった方角だけ、大きな黒い壁になった。大陸から少し離れた階段、崩れたらと思うと怖くなる。
「私が落ちた所に似てる。私が落ちたのは真逆の北だけど、南でも狭間の壁は変わらないなぁ……」
「私は大地反転は初体験だ。レクシアのようなスリルが無さそうで残念だな」
「そんなスリルいらないよ……え、見てアルン、あの階段どうなってるんだろう」
 進む先に変な段があった。途中で終わったように見える段から、その次の段は縦方向の真逆――下を向いている。階段の足場を手で掴んで、宙ぶらりんで行けと言われているような形だ。これは崩れたと考えるのが自然だ。
「確かに異様だ。何故反対側に階段が続いて――うわっ!?」
 アルンがしゃがんで、奥の段を手で触れ、すぐに退いて尻もちをついた。
 同じく通行人の、眼鏡をかけた白衣の男が後ろからやってきた。
「そこの竜人、理解せずに来たのですか?まあ見ていてください」
 白衣の男が階段の奥、虚空に足をかける。飛び降りる気!?
 声をかけるより早く気付いた。男は反対側の足場に両足を付けて立っていた。
「これより先から重力が反転します。気分を害す恐れがあるなら、一気に渡り切ってください。あと、ここは歩かずにジャンプで飛び込むと、しばらく重力が黒の大地のまま続くので奈落に落ちますよ。では私はお先に」
 真下から聞こえた男の声は遠くへ行ってしまった。
「なんだか癪だな。そういうわけだから、私も行くぞ」
 アルンが舌打ちしながら進んだ。私もそれに続く。
「ひゃっ……!?」
 階段は渡り終えたが、突然真逆になった世界に酔って、立ちくらみのように手を地に突いた。
「ほら」
「ありがとう」
 アルンの手を取って立ち上がり、再び歩き出す。大陸の壁の色は、黒から白になっていた。
 ある地点を境に重力が真逆になる、不思議な場所。一つ疑問が生まれた。
「私、どうして黒の大地に着地出来たんだろう。ジャンプなら重力は変わらないって、あの人は言ってたし……ゴブリン達は、神や天使は落ちても大丈夫、みたいな事を言ってたっけ……」
 アルンが顎に手をやる。
「神には何故か空中でもすぐに重力が働くか、直前のジャンプではなく、ずいぶん前から空中にいれば重力は変動するのか……落下の最中に重力が変わっても勢いはそのまま、重力の影響を受けて減速して逆方向に落下して、着地したと考えるのが、今の段階の結論か」
「たまに本当に賢いよねアルンって。その結論で納得しておこうかな。世の中不思議いっぱいだし、これを知ろうとすると学者にならなくちゃいけないかも」
「たまには余計だな。私はただの戦闘狂じゃないぞ」
「ふふっ、ごめんごめん。――あっ、ねえ、上見て、上に空があるよ!」
「空はいつでも上にあるだろ――おお!!」
 ようやく見えてきた、青い空。階段に流れ込む空気は、もう乾いた土地のそれではなかった。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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