【3】真実を伝える情報

文字数 6,653文字

 昼食にパフェという、果実などをふんだんに使った料理を食べた。あれは本当に美味しかったと、二人でまた来る事を剣に誓った。私のは杖だけど。
 その後は図書館へ。私はイリオスの知識から得る情報が頼りだったのであまり使わず、魔術師や研究者、また個人的に趣味とする者が所有するものという認識があった書物。それが見渡す限りずっとあった。見上げようとするとふらつきそうになるほど高い天井、階段を登った先でも同じように並べられた本棚。私はただ圧倒されるばかりだった。
 緑色の服や髪をした、私の身長の半分ちょっとくらいの、小さな女の子が綺麗な動きで歩み寄ってきた。
「ようこそ。ここは、世界のあらゆる知を収めた本の都。貴女の未来に、良き光が訪れるよう、どうか、ごゆっくりご覧くださいませ!」
 小声だがちゃんと届く、静かな図書館の空気に適した丁寧な声。恐ろしく賢い人間ちゃんか、見た目で判断出来ない長い時間を過ごしている魔族さんのようだ。人間と魔族の身体的特徴はあまりない事があり、人によってはどちらか分からない。ヘカテーは耳が長く、装飾屋の店員さんは肌の色が人間には見られない白さだったので察する事が出来た。
「あっ、これはご丁寧にありがとうございます……ここには良く来るんですか?」
「私はロレーラ、ここで司書をしている者です。本と人とを繋ぐ役割を担っているので、この広い情報の海で知りたい事が明確にあるのなら、私が案内させていただきます――あなたは何のために、知識を欲するのでしょうか?」
 おぉ……と、圧倒されてたじろいだ。司書という単語は初めて聞いたが、その幅広そうな仕事内容を聞くと、とても子供とは思えなかった。きっと私よりよっぽど長く生きているのだろう。やはり、人は見かけで判断出来ない。
 ここに来るまでにアルンには、ヴァラーグがこちらの大地に来ているのは報告済みだ。勉強目的で来たが、ヴァラーグの生態も分かれば次の移動場所を掴めるかも、なんて思ったりしたのだ。
 常識が欠損しているかもしれないから、広く浅く世界の仕組みを知りたい。なんていうアルンの無茶振りを、ロレーラさんは悩む事無く頷いて、案内してくれた。もうどんな要望も叶えてくれそうな気がしてくる。
 私はそこの黒の大地出身の方や子供に混ざって知識を得ていった。途中、揃って同じ服を着ている、私と同い年くらいの人達が何人か入ってきた。勇気を出してその中の竜人の女の子に声をかけると、学校という教育施設があり、そこの生徒なんだそうだ。私達が読んでいたのは、学校が配布する教育書物の一種だそう。私達はこの大図書館で、ほとんど学校じみたことをしていたのだ。そして小さな子供のための本もあり、どうしても騒ぐのでここだけ防音結界が張ってある。ひょっとして私、子供扱いされた……?
「これ、学校に通わないと分からないくらいの事がいっぱい書いてある……私はある程度黒の人より知識はあるけど、あの生徒達からしたら、私も黒の人なのかもしれないなぁ」
「施設に通わない方法で学ぶ者も多いそうです。そして私達の魔術学校も、基本的に魔術の授業をするだけなので、その全員が今図書館にいる私達のように、進んで学ぶ意思を持っているわけでもありません。きっと知識量は同じくらいだと思いますよ」
 机を挟んで正面に座る、さっき話しかけた学生のドラゴニュート――リンランさんが、身長の半分もある大きな翼をわさわさ動かして言った。置いた本の冊数や読むときの姿勢で、生徒の中でも特に勉強熱心なのは伝わってきた。なのでこうして邪魔してしまったのは少し申し訳ない。
 アルンが大きな本を何冊も片手で持って歩いてきた。
「隣に座るぞ。その竜人がさっき知り合った学生だな、よろしく。その凶暴な黒き翼、太い尻尾。魔術で戦うよりも、近接戦闘技術や身体能力を鍛えた方が活かせるんじゃないか?」
 首を振ったリンランさんの長い黒髪が揺れる。
「私のこの翼は、第二の脳として機能するもので、こう見えて戦闘に使う物ではありません。戦闘をする貴女方のために知識を与える事が、私の力であり、それも戦いのひとつだと思いませんか?」
「なるほど、確かに戦略指南などはありがたいかもしれない。だがまあ今回欲しいのはもっと文化的な情報だ。本は軽く目を通したが、私はこの手の作業が苦手なようでな。迷惑でないなら質問を投げ続けるぞ」
 初対面の騎士にいきなりお願いされた学生さんは、お安い御用ですと笑った。知識を活かせる時というのは、こういう時かもしれなかった。
 私も二人の話を聞いて、気になる事があれば割り込んで質問しながら本を読んだ。知識を効率的に得られ、世界を理解してきた。
 特に面白かったのは、人間が発展させた建造、調理、服飾、鍛冶等様々な技術の中に、全種族共通語を広めたというものがあったことだ。私はイリオスの言語を学んだからアルンと話せるのに不思議は無かったけど、東方竜人の牙刀さん、人間のローランさんに冥界の方々と、常に言葉が通じたのはこうでなくては説明がつかない。身体能力や魔力が劣化している種族というのは間違ってはいないようだったが、発想力による技術体系でそれを補う。人間が最大人口種族として君臨する理由の一つを知れて、学ぶことがここからずっと楽しくなった。
「学生さんが学んでる魔術は、魔法とは違うんだよね?人間が開発した技術らしいけど……」
 リンランさんと話すのも楽しくなってきて、ちゃんと声量は下げて会話を楽しむ。結界の強度は分からないし、結界の外は誰も話してないから不安になるのだ。
「本人が潜在的に持った力を放ったり、本人の能力で世界の理の一部を操る魔法を、人間は使えません。なので精霊に力を借りたり、周囲の空気中に漂う力を集めて、薄く残る神の血で超小規模な事象顕現を模倣する。それが魔術です。行使にはそれ相応の知識が必要になります」
「へぇーっ、じゃあ私のは魔法かな、そんな深く考えてないし、むしろ感情的だし。面白そうだから私も少し学んでみたいかも」
「私はこの、移動するだけで災害になるから神が動向を監視する事になった災害指定エルダークラスや、魔物などを倒した際その力を稀に得られる憑依継承などが興味をそそられたな。私もそのような存在になれたら面白そうだ」
 文字は読めてなかったけど、隣で本を眺めるアルンも学ぶこと自体は楽しんでいるようだ。
「そんな存在になったら、人間と交流しにくいかもね?」
「あぁ、それは困るな。私はもっとこの街の人間と関わりたい。お前やリンランとも、もっとな」
 右角の飾りをチャランと揺らして私を見るアルン。目が合って動揺してしまった。頷きつつも目を逸らし、その視線の先にいたリンランさんは私達を見て微笑んでいた。
 図書館の広間の外から、女の子の声が漏れてきた。
「これで街全部回れました!図書館は静かになので直接配れないし、ここに沢山置いて、と……よし、今日のご褒美は何にしましょうかねぇぇ~ぐふふ……」
 外から聞こえるすごい大きい声で、けっこう怖い笑い方してる……
 リンランさんがそれに反応してゆっくり席を立つ。そして歩き出そうとしたのを、違う色の同じ服を着た、髪の両サイドを結んだ竜人さんが手で制した。
 私も環っかと羽飾りで似たような結わえ方をしているが、この竜人さんはショートヘアにそれをメインにした髪型だ。後に本で知ったが、それはツインテイルと呼ばれてるとか。しかし尻尾のある種族の一部はその呼び方に違和感を感じ、ダブルホーンとかヘッドテイルとか呼んでるのだそう。
「新聞欲しい?あたしが取ってくるからリンランは座ってて」
「あ、うん。ごめんね、ありがとう」
「いいっていいって」
 リンランさんはまた座った。動きを見るに、自分の翼が重たそうだ。あの人はその配慮をしたのだろう。
「新聞というのは?」
 アルンが尋ねる。リンランさんが椅子を机に近づけてから答える。
「政治などの動きや、明日の天気の予想などの情報を書いた紙です。それを書いて各地に配る新聞記者が数人いまして、記者によっては身近な楽しい話も書いてくれてるので、見ていて面白いですよ」
「なるほど。本では得にくい、今現在の情報が得られるわけだな」
「そういう事です。天気の予想は、それを司る神が予言するか、災害指定が来ない限りほとんど当たらないので参考程度ですけど……」
「記者さん頑張ってるね、ここを徒歩で回るなんて……」
 私が驚いていると、さっきのツインテ竜人さんがこの集まりに参加してきた。
「ここだけじゃないよ蒼の騎士さんっ、あの記者さん達は白の大地全域を巡って情報を伝えてるし、たまには黒の大地に調査がてら新聞ばらまいてるらしいよー?」
「す、すごい……」
「ミンリーちゃん、みんなが座ってるからそれだと目立っちゃうよ。はい」
 リンランさんが隣の椅子を引いて、そこにミンリーちゃんがお礼を言って座る。柔らかい自然のような黄緑色の尻尾を背もたれの穴に入れる。
「はい、新聞到着。あたしはミンリー。リンランとは親友だよ」
 堂々と親友と言える仲のようだ。私とアルンと同じように、ここでも色んな事を経験してきたのだろう。
 ミンリーちゃんが机の中心に置いた新聞を開く。真面目な情報の中に、街で美味しかった店の料理の感想なんかも書かれている。行きたい。
「ん……?初挑戦、石返し階段建設の試み……」
 気になった見出しを思わず声に出す。狭間の階段の話題だ。崩れそうな場所の補強や修理をする事しか出来なかったが、近日中に一から新たな階段を作り、様々な目的で使用すると共に、成功の暁には今後も場所を増やしていくと天軍が発表したようだ。この文はアルンも気になったのか、しっかり読んでいた。
「良い所に目を付けましたね。これは今回の新聞の中でも大きな情報でしょう、ついに天使様は重力の仕組みが分かってきたんですね。二つの大地やそこに住む種族の交流は盛んです。ここでも有翼竜人の私を含め、平等に皆さんが過ごしているので、その機会を得やすくなるのは良い事です。商業なども回しやすくなるでしょう」
 リンランさんが解説を補足してくれた。確かに良い事だ。
 しかし隣のアルンはそれを聞いて顔をしかめた。その唸る声で三人がアルンを見る。
「待てよ、それは果たしてメリットだけか?街なら種族も平等とはいえ、その外の天使や悪魔は今も争っているし、国同士の争いもあったんだろう?私の故郷のそばにあった、ボロボロの階段から出入りする奴らは争いの為にやってきて、階段を出たらすぐに武器を構えた。建設する場所によっては戦争に使われるし、この建設が黒――冥界にも伝わっている確証も今は無い」
 ハッとして記述を探す。あった。建設場所は――
「北の……これ、岩山近くの大地の端って……!」
 ミンリーちゃんがポンと手を合わせる。
「なるほど賢い天軍!そこは栄えた街も無いし動物も住んでないらしいから、建設実験や、もし戦争があったとしても――」
「そこは駄目っ!!!」
 机を両手で叩くように押して立ち上がって、私の体はどこかに走ろうとした。結界内の皆さんが一斉に私を見る。あぁ、やってしまった。ここではうるさすぎた。
 特にロレーラさんが怖い。ロレーラさんは結界の外、別の階の離れた場所にいたのに、顔をこちらに向けてきたのだ。その後ろにヘカテーの冥犬と同じような、半透明の騎士が見えた。その騎士は宙に浮いていて、今すぐにでもこちらに飛び込んで来そうだ。
 いや、飛び込んできた。司書さん本人が。どういう理屈か、浮いてきたのだ。
「すみません、事前説明が行き届いておりませんでした。防音結界内でも、大声は私に限っては届きます。さらに言わせて頂きますと、この結界内でも図書館の風紀は乱さないようお願い致します。もし、再び貴女が図書館を荒らすなら、私達の総力をもって、ご退去願おうと思っております」
 小さな可愛い見た目はそのままで、表情と声音が別物だった。私達の総力、というのは、後ろにいる幽霊みたいな騎士達であることは容易に想像出来た。自分より身長の低い女の子に、神器と相対した時と同じくらい恐怖した。
「ご、ごめんなさい……」
 頭を下げて椅子に座りなおす。ロレーラさんは表情を戻して、またさっきの場所に戻っていった。竜人学生の二人は心配そうに私を見ていた。やはり話すこと自体が異端のようなので、さらに声量を下げる。もう一度あの気配を感じたら、この施設での会話はやめよう。きっとロレーラさんは、図書館のためなら血だって流す覚悟がある。あの目はそんな目をしていた。きっとそうだ。うん。
「あそこに人はいる。麓の森の中に小規模な、集落みたいな村があるの。きっと天軍は森としか思わなくて見なかったんだ」
 イリオスの事は話さなかった。険しい岩に囲まれて内部が見えなくなった聖域、あそこは争いの後、誰とも関わらず平和に過ごすために、イリオスが存在を隠していると思った。そうでなければ、あんな大きな体に大きな力、天軍に見つからないはずがない。
「そうだったんですね……でも安心してください、その場所を拠点として建設をするならばきっと見つかります。そうしたら、天使様はその方々を法と秩序に守られたこの国に入れてくださるでしょう。天軍はいつだって、私達を守るために戦っているのですから」
 リンランさんの話にミンリーちゃんも頷く。
 残念ながらそれもだめだ。あの麓の人たちは天軍の統治――法と秩序の世界を嫌って自由になるためにあそこに移り住んだ。なら天軍が自分の国に迎えようとしても、麓の人たちは望まない生活を再び過ごす事になるし、最悪歯向かって戦うかもしれない。
「私、それでも止めなきゃ。あの山を戦場にはさせない。あの裏側は冥界に近いから、きっと戦いは避けられない。だからこそ、その場所にあった階段ははるか昔に崩れて、もうなかったんだと思う」
「動くか。ついていくぞ。どうする、街の天軍を探して交渉でもするか?」
 アルンが頬杖をついてニヤリと笑った。
「えぇそれは良くないよっ!?ええっと、だって……さ?」
 ミンリーちゃんが慌てるように両手を振る。リンランさんがその様子を見て微笑んでから補足する。
「私達も含めて、大衆から見れば良い方向の内容です。一般人二人だけの意見に、天軍が了承するとは思えません。さらに、この街や国を守ってくれている方々に悪く思われるのも、あまり褒められた事ではありませんよ」
「他の村への強制的な介入が、堂々と行われようとしているのにか?最近とある王国も襲われ、神に占拠されたと聞いたぞ」
 私の言いたい事をアルンが先に言った。リンランさんは表情を変えない。
「平和のため、やむなくだったと聞いています。王国はその国に良くない顔をする民が多く、戦の危険があったそうです。これに関しては私も賛成とは言いませんが、お互い、自分の国の民を守る事が最優先ですから」
 滅びた王国の残党と関わった私達は、この話を聞いても悔しさが湧くばかりだった。
「ごめんなさい。お二人の言いたい事もお察しします。ですがその天軍の統治によって、この豊かさゆえの覇権争いの絶えぬ大地の中で戦えない、沢山の人達が救われている事も、忘れないでください」
 アルンが立て掛けた剣を取り、立ち上がって私を見る。もう行こう、動こう、と。
「様々な情報、助かった」
 アルンが歩き出す。私も立って頭を下げた。
「また会えたら、一緒に何か食べに行きたいな。ありがとう」
「ええ、また」
「さよならーっ」
 小さく手を振るリンランさんと両手をぶんぶんするミンリーちゃんを見てから、両手で杖を持ってアルンについていった。後ろから少し声が聞こえる。
「ミンリーちゃん……私、あの人達を怒らせちゃったよね……」
「大丈夫、大丈夫だよ。平和の影の面も、きっとあの人達は理解してくれてるよ」
 心の中で苦しんでたのに、私達に包み隠さず話してくれたんだ。そんな人に、私達は怒りなんて向けないよ。
 窓から少し、雪が見えた。その曇り空は世界を暗くしていたが、人々は雪だけを見て、賑わっていた。
 ――あ、ヴァラーグの生態、調べられなかった。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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