【3】生きるための戦い
文字数 3,337文字
「レクシア、私は腹が減った。行動提案の先手は私だ」
白の大地に戻るという目的はあったが、急ぐ旅ではないので黒の大地での行動を決めることになった。そこでアルンが腹が立ったように有無を言わさず発言した。
「うん、そうしようか。ここは暗くて時間がよく分からないけど、白の大地から出発した時間を考えると、昼過ぎって時間すら超えてるかも」
「お前は何でこう冷静なんだ?腹の虫で分かる、明らかに子供が間食を取っても良い時間だぞ!?」
「神族や天使は食事もするけど、しなくても長時間安定するらしいね」
「それなのにあの豊かな地を治めているのか。黒の魔族が戦う理由のひとつが分かった気がするぞ……」
アルンが悲鳴を上げるように腹を鳴らすので、そろそろ本格的に動き出すことにした。
「でもお腹が空いてるのは私も同じ。それで、どうやって食料を調達するの?ここって白の大地にあるような野菜が全く生えてないけど」
「食べられる植物は商人から買うしかない。だから私は動物の肉を焼く。見ろ、かなり遠いが、猪の群れが見えるだろう?あそこを叩く。もう我慢できん、行くぞ!」
アルンが少し早口でそう言って走り出す。見やると、三々五々の黒い毛皮の猪が、離れた間隔で歩いていた。叩くということは、あの猪を狩って食べるつもりなのだろう。だが一度しか狩りをしたことがなく、それもイリオスについていっただけの私はたじろいだ。しかしアルンは走りを止めないため、遅れて追いかける。
「猪共、私の糧になるがいい!ぜやぁあ!」
先頭の猪に一撃入れると、他の猪も寄ってきて集団戦闘になった。たくさんの牙が赤い鎧目掛けて走り込む。
「レクシア!予想より少し集まる数が多い、援護してくれ!……レクシア?」
私が攻撃を出来なかった事で妨害は理想通りにいかず、アルンは牙の一つがかすって後退した。
「ひ、ヒールっ……!」
魔法で即座に傷が癒えたアルンが私を驚いたように見てから、猪に反撃を開始する。
「そっちの作戦か。まあいい、私一人で充分だ!食われる前に、一度この火竜の炎を味わっておけ!バーニングブレイド!」
「コンボ、ブレイブ!ごめん、頑張って……!」
時間はかかったが、群れは全員、倒すか逃がすことが出来た。
アルンが剣を台座にして肉を置いて、火をつけて焼く。戦闘以外での力の使い方の発想も見事なものだ。
アルンがこんがり焼けた肉を私に手渡し、自分の肉にかぶりつきながら喋る。少し行儀が悪そうだが、ここでそんなことを気にしても仕方なかった。
「あの戦闘はどういう事だ。確かに回復はありがたかったし、回避をあまり意識せずとも戦えて楽しかったが。お前は本来ヒーラーとして訓練をしてきたのか?」
一対一で戦ったアルンは私が攻撃魔法も同じくらい使える事を知っている。当然の疑問だ。隠し事は出来ないので正直に話す。
「ごめん、任せちゃって。実は狩りをした経験が全くないの。戦う意思のない生き物に対して自分から戦いに行くのに、どうしても抵抗しちゃって……少し前のゴブリンも、今になって責任を感じて申し訳なくて……」
アルンは怒るどころか微笑んでくれた。
「お前は、肉を食ったのはこれが初めてか?」
「いや、少ないけど、何度かは用意されたものを食べたよ」
「ならお前の親は、自分から戦いに行ってるんだな。娘のために」
「そう、だね……」
「相手から攻めてきて、自分の身を守るために戦うのは、死にたくないから足掻くため、生きるためだろ?少なくともこの黒の大地じゃ肉しかほぼ食えない。私は環境に殺されそうになって、生きるために戦ったんだ。私の中では似たようなものなんだがな……肉、美味いか?」
「うん、おいしい」
「お前が戦えないならそれでも構わんが、その肉には謝罪ではなく感謝をして食え。私達はこいつらによって生かされ、今日も生きるんだ」
そう言ってまた肉にがっつくアルンを見て、私も肉をほおばる。おいしい。すごくおいしい物を前に感謝をしようとして、涙が出そうになった。考えてみれば肉に限らず、野菜を食べるのも同じ感覚かもしれない。私はずっと、イリオス以外の生物にも育てられていたのだ。
「ありがとう。分かった、次からは私も戦うね」
「ああ。私のような、自分のために生きてるだけの、戦いの好きな奴が言っても何も響かないと思ったが、少しでも何か変わったなら良かった」
むずがゆいのかそっぽを向くアルン。お礼に私から調子を戻しにかかる。
「でも、炎が舞ってると心理抵抗関係なく前に出れなかったのも、一応あるよ?」
「あっ、確かに私もいつも通り剣を振りまわしてたな!支援魔法がかかると簡単に高火力が出せるから楽しくて仕方なかったんだ、レクシアが望むならさっきの戦術のままでもいいぞ!」
狙い通り大笑いしてくれた。つられてこっちも笑ってしまい、ちゃんと調子が戻った。そしてしばらくして、突然アルンの表情が真剣なものになった。
「急だが場所を変えるぞ。猪狩りの戦場でそのまま食事をしていたから、どうやらボスがこっちに近付いてきているようだ」
地響きが聞こえる。さっき戦ったのより一回り大きく、立派な黒いたてがみをした猪が、赤い目を光らせて走ってきた。どうしよう?とアルンを見ると、近くにあった岩を指さしたのでそこまで退避した。
「エリュマントスだ。そこまで珍しくない魔物で、私も本気で戦えば勝てるだろう。だが肉は十分食ったし、あいつの相手は疲れるからな」
魔物は、黒の大地に生息する、普通の動物より強大で凶暴な生物の総称だ。このような環境で生きるためには強くなければならない。動物より魔物の方がここでは多いという。初めて魔物を見た私は隠れた岩から動ける気がしなかった。戦うとなればイリオスの力がついているので勇気が出るが、戦わない時は逃げるための脳に切り替わってつい引っ込んでしまう。
「ここから離れようにも、見つかったら逃げられないよね」
「そうだな。アイツはとにかく速い。あとやっかいなのは地をひどく荒らす事だ。一度通った道は走るには不安定だから、戦うか隠れ続けるかしかないな」
後者を選択して待つ。定期的に岩にぶつかってくるエリュマントス。
「えっ、えっ!?」
口が上手く動かなかったけど、ねえ場所バレてるんじゃないの!?と目線と表情でアルンに聞く。ちゃんと伝わってくれたのか、大丈夫だと言ってくれる。死骸や肉があるこの場所を走り回って偶然この岩に当たっていることは把握したが、やっぱり怖い。途中アルンが片手で私を抱き寄せてくれたけど、結果私が情けないことになってしまった。初経験なので仕方ない所もあるけど、このまま弱い子だって思われないためにも、体と視線は岩と、その奥のエリュマントスに向けて強く意思を保った。
岩が端が崩れかけてきて、戦いを覚悟した時、エリュマントスのさらに奥の方から声が聞こえた。
「餌の時間だ。さあ、好きに貪れ」
そして数秒後、全ての音が消え、エリュマントスの存在を感じなくなった。恐る恐る岩から顔を出すと、そこで暴れていたはずの魔物や、アルンが倒した猪の焼き肉、そして食べられないため残された臓器などが消え、骨のみが散乱していた。骨格は綺麗に形を残していたが、それ以外は何もなかった。
「ひ……っ!?」
尻もちをついて後ずさりする。アルンもこの惨状を見て、数歩足を引いた。
「どうなってるんだこれは、さっきの声と関係があるのか?」
「助けてくれた……のかな」
「いや、どうだろうか。顔を出していたらこちらまで食われていた可能性もあるぞ」
アルンはこう言うが、私は信じたかった。アルンだって、助ける以外にも目的があり、そのついでに救われたのだ。きっとこれも、ついでに食事を済ませた、ような感じなのだと考えたい。
「行動、次は私に提案させて。これをやった人を、探して追いかけたい」
「なるほど、それは面白いな。乗った」
足跡や痕跡を探して歩いた。そして分かったのは、これの原因は私たちの進む先を歩いている悪魔、世界の誰もが知る七大魔王の一人、暴食のベルゼブブだということだった。
白の大地に戻るという目的はあったが、急ぐ旅ではないので黒の大地での行動を決めることになった。そこでアルンが腹が立ったように有無を言わさず発言した。
「うん、そうしようか。ここは暗くて時間がよく分からないけど、白の大地から出発した時間を考えると、昼過ぎって時間すら超えてるかも」
「お前は何でこう冷静なんだ?腹の虫で分かる、明らかに子供が間食を取っても良い時間だぞ!?」
「神族や天使は食事もするけど、しなくても長時間安定するらしいね」
「それなのにあの豊かな地を治めているのか。黒の魔族が戦う理由のひとつが分かった気がするぞ……」
アルンが悲鳴を上げるように腹を鳴らすので、そろそろ本格的に動き出すことにした。
「でもお腹が空いてるのは私も同じ。それで、どうやって食料を調達するの?ここって白の大地にあるような野菜が全く生えてないけど」
「食べられる植物は商人から買うしかない。だから私は動物の肉を焼く。見ろ、かなり遠いが、猪の群れが見えるだろう?あそこを叩く。もう我慢できん、行くぞ!」
アルンが少し早口でそう言って走り出す。見やると、三々五々の黒い毛皮の猪が、離れた間隔で歩いていた。叩くということは、あの猪を狩って食べるつもりなのだろう。だが一度しか狩りをしたことがなく、それもイリオスについていっただけの私はたじろいだ。しかしアルンは走りを止めないため、遅れて追いかける。
「猪共、私の糧になるがいい!ぜやぁあ!」
先頭の猪に一撃入れると、他の猪も寄ってきて集団戦闘になった。たくさんの牙が赤い鎧目掛けて走り込む。
「レクシア!予想より少し集まる数が多い、援護してくれ!……レクシア?」
私が攻撃を出来なかった事で妨害は理想通りにいかず、アルンは牙の一つがかすって後退した。
「ひ、ヒールっ……!」
魔法で即座に傷が癒えたアルンが私を驚いたように見てから、猪に反撃を開始する。
「そっちの作戦か。まあいい、私一人で充分だ!食われる前に、一度この火竜の炎を味わっておけ!バーニングブレイド!」
「コンボ、ブレイブ!ごめん、頑張って……!」
時間はかかったが、群れは全員、倒すか逃がすことが出来た。
アルンが剣を台座にして肉を置いて、火をつけて焼く。戦闘以外での力の使い方の発想も見事なものだ。
アルンがこんがり焼けた肉を私に手渡し、自分の肉にかぶりつきながら喋る。少し行儀が悪そうだが、ここでそんなことを気にしても仕方なかった。
「あの戦闘はどういう事だ。確かに回復はありがたかったし、回避をあまり意識せずとも戦えて楽しかったが。お前は本来ヒーラーとして訓練をしてきたのか?」
一対一で戦ったアルンは私が攻撃魔法も同じくらい使える事を知っている。当然の疑問だ。隠し事は出来ないので正直に話す。
「ごめん、任せちゃって。実は狩りをした経験が全くないの。戦う意思のない生き物に対して自分から戦いに行くのに、どうしても抵抗しちゃって……少し前のゴブリンも、今になって責任を感じて申し訳なくて……」
アルンは怒るどころか微笑んでくれた。
「お前は、肉を食ったのはこれが初めてか?」
「いや、少ないけど、何度かは用意されたものを食べたよ」
「ならお前の親は、自分から戦いに行ってるんだな。娘のために」
「そう、だね……」
「相手から攻めてきて、自分の身を守るために戦うのは、死にたくないから足掻くため、生きるためだろ?少なくともこの黒の大地じゃ肉しかほぼ食えない。私は環境に殺されそうになって、生きるために戦ったんだ。私の中では似たようなものなんだがな……肉、美味いか?」
「うん、おいしい」
「お前が戦えないならそれでも構わんが、その肉には謝罪ではなく感謝をして食え。私達はこいつらによって生かされ、今日も生きるんだ」
そう言ってまた肉にがっつくアルンを見て、私も肉をほおばる。おいしい。すごくおいしい物を前に感謝をしようとして、涙が出そうになった。考えてみれば肉に限らず、野菜を食べるのも同じ感覚かもしれない。私はずっと、イリオス以外の生物にも育てられていたのだ。
「ありがとう。分かった、次からは私も戦うね」
「ああ。私のような、自分のために生きてるだけの、戦いの好きな奴が言っても何も響かないと思ったが、少しでも何か変わったなら良かった」
むずがゆいのかそっぽを向くアルン。お礼に私から調子を戻しにかかる。
「でも、炎が舞ってると心理抵抗関係なく前に出れなかったのも、一応あるよ?」
「あっ、確かに私もいつも通り剣を振りまわしてたな!支援魔法がかかると簡単に高火力が出せるから楽しくて仕方なかったんだ、レクシアが望むならさっきの戦術のままでもいいぞ!」
狙い通り大笑いしてくれた。つられてこっちも笑ってしまい、ちゃんと調子が戻った。そしてしばらくして、突然アルンの表情が真剣なものになった。
「急だが場所を変えるぞ。猪狩りの戦場でそのまま食事をしていたから、どうやらボスがこっちに近付いてきているようだ」
地響きが聞こえる。さっき戦ったのより一回り大きく、立派な黒いたてがみをした猪が、赤い目を光らせて走ってきた。どうしよう?とアルンを見ると、近くにあった岩を指さしたのでそこまで退避した。
「エリュマントスだ。そこまで珍しくない魔物で、私も本気で戦えば勝てるだろう。だが肉は十分食ったし、あいつの相手は疲れるからな」
魔物は、黒の大地に生息する、普通の動物より強大で凶暴な生物の総称だ。このような環境で生きるためには強くなければならない。動物より魔物の方がここでは多いという。初めて魔物を見た私は隠れた岩から動ける気がしなかった。戦うとなればイリオスの力がついているので勇気が出るが、戦わない時は逃げるための脳に切り替わってつい引っ込んでしまう。
「ここから離れようにも、見つかったら逃げられないよね」
「そうだな。アイツはとにかく速い。あとやっかいなのは地をひどく荒らす事だ。一度通った道は走るには不安定だから、戦うか隠れ続けるかしかないな」
後者を選択して待つ。定期的に岩にぶつかってくるエリュマントス。
「えっ、えっ!?」
口が上手く動かなかったけど、ねえ場所バレてるんじゃないの!?と目線と表情でアルンに聞く。ちゃんと伝わってくれたのか、大丈夫だと言ってくれる。死骸や肉があるこの場所を走り回って偶然この岩に当たっていることは把握したが、やっぱり怖い。途中アルンが片手で私を抱き寄せてくれたけど、結果私が情けないことになってしまった。初経験なので仕方ない所もあるけど、このまま弱い子だって思われないためにも、体と視線は岩と、その奥のエリュマントスに向けて強く意思を保った。
岩が端が崩れかけてきて、戦いを覚悟した時、エリュマントスのさらに奥の方から声が聞こえた。
「餌の時間だ。さあ、好きに貪れ」
そして数秒後、全ての音が消え、エリュマントスの存在を感じなくなった。恐る恐る岩から顔を出すと、そこで暴れていたはずの魔物や、アルンが倒した猪の焼き肉、そして食べられないため残された臓器などが消え、骨のみが散乱していた。骨格は綺麗に形を残していたが、それ以外は何もなかった。
「ひ……っ!?」
尻もちをついて後ずさりする。アルンもこの惨状を見て、数歩足を引いた。
「どうなってるんだこれは、さっきの声と関係があるのか?」
「助けてくれた……のかな」
「いや、どうだろうか。顔を出していたらこちらまで食われていた可能性もあるぞ」
アルンはこう言うが、私は信じたかった。アルンだって、助ける以外にも目的があり、そのついでに救われたのだ。きっとこれも、ついでに食事を済ませた、ような感じなのだと考えたい。
「行動、次は私に提案させて。これをやった人を、探して追いかけたい」
「なるほど、それは面白いな。乗った」
足跡や痕跡を探して歩いた。そして分かったのは、これの原因は私たちの進む先を歩いている悪魔、世界の誰もが知る七大魔王の一人、暴食のベルゼブブだということだった。