【5】七罪の駒

文字数 3,131文字

 高身長の美人、に見える。きっとそうだと思う。存在感が無いとも違う。確かにそこに存在しているが、周辺の闇と一体化しているような感じですぐに全体像を掴めなかった。長い黒髪の先は実体がなくなっているかのように途中でうっすらと消えている、でも確かにそこにある。所々暗くて間違えそうになるが、黒ではなく綺麗な白い肌。その体にかかっているだけに見える服の布も、どこまでが布でどこからが影なのか分からなくなってくる。私が今出来る観察に限界があるため、もう上手く表現が出来ない。種族は何だろう、この不思議な感じが私の見間違いなら人間、見間違いじゃないなら魔族か、あまり見かけない神秘の存在、精霊族だろう。
「外から激しい戦闘音が聞こえて来たって私の方に苦情が来て、今の仕事を中断して確認にいかなきゃいけなくなったんです。ガルムくんが真面目に仕事をしてれば音がするのは当然なのに……まあ、私も侵入者と戦ってるなんて思わなかったんですけど」
「えっ、オルプネー様しれっとひどい!」
 ガルムがオルプネー様と呼んだ女性が歩くのに合わせて、ランタンや黒い影、闇の生物も移動した。私達の前で立ち止まり、しばらく眺めてから、隣でうごめく闇に話しかける。
「ありがとうシャドウワーム。もう大丈夫です」
 すると私を押さえていた私の影が地面に沈み、私と同じ体制になった。アルンも同じように解放されたようなので二人一緒に立ち上がる。
「ガルムくんの上司で、門番の管理を任されているオルプネーと申します。用心のためとはいえ、このような真似をしてすみません」
 そう言うオルプネーさんは、ひどくくたびれた顔をしていた。ガルムは仕事をサボり気味らしいし、そういった苦労があるのかもしれない。
「い、いえ。そんなお気になさらず……」
「侵入希望者として戦ったのは事実だ。用心は必要だろう」
 平和に許す騎士二人。そこに、混ぜて混ぜてというような感じでガルムが駆け寄ってくる。
「いやー負けた負けた~!ありがとうレクシア、アルン!楽しかったよ!」
「こちらこそありがとう。一人でこれだけ戦ったんだし、ガルムの勝ちだと思うよ」
「前半は悔しいことに加減されていたしな。――そうだレクシア、お前私の時みたいに敬語が飛んでるな」
「あっ、ほんとだ」
 アルンに指摘されようやく気付く。戦いは恐れを消さないと出来ないので、人見知りの緊張も消えるのかもしれない。武で語る戦闘好きみたいで少し恥ずかしいけど。
「ガルムくん。あなたの影には私のシャドウワームを繋げてるから、戦わなくていい相手ならそう言ってくれたら私も把握できます。冷静な判断を出来るようにしてください」
「う、ごめんなさい、仕事しっかりしなきゃって焦っちゃってたかも」
 お叱りを受けて縮こまるガルム。好奇心から聖域から抜け出そうとして、怪我をしそうになった幼少期の私みたいだ。というか、戦わなくて良かったんだね!?――なんだかんだ、少し楽しかったからいいけど。
「興味深い話だ。ならコイツは戦いの顛末を知っているのか?」
 アルンがシャドウワームの周りを歩いて観察する。その光る口が、人間の頭を飲み込めそうな大きさでアルンの方を向く。しかしアルンは臆さず歩き続ける。
「はい。その子からある程度情報を貰ったので、私も把握しています。ただ最近世の中が物騒なので、冥界に入れるのは難しいです。何か目的があるのなら、出来る限り私の方でやらせてください。こちらは負けた身なので、遠慮はいりませんよ」
「だ、そうだぞ?レクシア」
 ここで私に話を振られる。冥界に入れないなら、やはりベルゼブブさんに会うのは叶わないだろう。なら、ガルムのミスを自分で背負おうとしている、この疲れ切った顔を少しほぐしてあげたいと思った。
「私は七罪の方に助けられて、お礼をしたくて来ました。もし良ければ、オルプネーさんの仕事を何か手伝わせてくれませんか?」
「えっ……?それは、とてもありがたいですけど……いいんですか?」
 驚くオルプネーさん。シャドウワームもこちらをぎょっとしながら見た。怖い怖い。
「は、はい。そのためにここに、来たので」
「話は聞かせてもらった」
 また初めて聞く声が空から聞こえた。見上げると立派な椅子が浮いていた。椅子が陸に降り立つと、足を組んで座っている魔族の女性が微笑を浮かべているのが見えた。顔を見る限り、恐らくオルプネーさんより年上だ。
「ヘカテー様!お帰りなさいませ」
 オルプネーさんが様付けしているので、上司と思われる。家族だけと過ごしてきた、まだ子供な私なので、冥界の上下関係の広さに震える。あと単に人が多いだけでも震える。
「今オルプネーに任せている仕事は冥界の内情に関わるものが多く、よそ者に見られていいものがほぼ無いと言っていい。今から追加で頼みたかった仕事がちょうど、この者達に任せられる。悪いがこちらの件を受けてくれるか?」
 ヘカテーさんが椅子に座ったまま言う。
「私にまた仕事増やすつもりだったの……?今でも限界なのに……?」
 オルプネーさんが呟いた小声を私は聞き逃さなかった。私もガルムとの戦いで仕事を増やしてしまった身だ。もうお礼ではなく、お詫びの気持ちで助けてあげたい。
「分かりました、やらせてください。それで、どういった内容なんですか?」
 ヘカテーさんが足を組み直し、私を見てニヤリと笑った。
「今回の任務は、ここから南にある村付近に最近出没するようになった竜族の調査、および討伐だ」
「討伐……殺しちゃうんですか」
「既に部下の何人かから報告は受けている。このまま放置すれば被害が続き、犠牲が出るかもしれぬので討伐だ。――ここまで言えば分かるな?」
「は、はい……!」
 一瞬鋭くなった目つきに押された。口答えしたのが癪に障っただろうか。
 黙って聞いていたアルンが一歩前に出る。
「それなら地図などを提供してくれ。その説明だけで南に行ったら、村が見えるかすら分からないぞ」
「もう廃れた村だ。一般的な地図にはもう載せていないし、冥界の詳細も書かれている我々の地図は見せられぬ。まずよそ者に用意できる道具などない」
「こちらが善意で仕事を引き受けると言っているのに、なかなか雑な対応じゃないか」
 ヘカテーさんとアルンが視線をぶつけて火花を散らす。ここで喧嘩はしないでね……?
「ヘカテー様、この人たちはもう七罪の駒みたいなものなんだから、最低限のアイテムくらい持たせてあげましょうよ~」
 火花を無視したガルムが私に何か描かれた紙をくれた。手書きだろうか、雑に目的地と現在地の分かる地図が描かれていた。でも分かりにくくはなかったし、むしろこのくらいが緊張感がほぐれて、気持ちのいい絵だった。
「ふふっ、ガルムくんのそういう所は好きです。じゃあ私からもどうぞ。1日はこれでしのげると思います」
 私に初めて笑みを見せてくれたオルプネーさんが、小さな四角い携帯食料を何個かくれた。これを普段食べてるのかな……。
「お二人とも、ありがとうございます!」
「地図は得た。私がここで口争いをせずともよくなったな」
 アルンが一歩下がって剣を下ろす。私が色々貰ってる間に剣を構えてた事は見なかったことにしよう。
「騎士ら、うちの部下にずいぶんと気に入られたようだな」
 ヘカテー様はそう言って一度睨んだが、その後最初の微笑に戻った。
「七罪の駒、か。いいだろう。よそ者と言ったのは取り消そう。我ら七罪の駒の一員として、任務を完遂してみせよ」
「はい!頑張ります!」
 鼻で笑うアルンの代わりに、元気よく返事をした。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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