【2】赤き竜鱗の剣

文字数 4,504文字

 その後の戦闘は一方的なものだった。騎士の剣から炎が燃え上がり、薙ぎ払いで周囲のゴブリンを一気に灼いた。防ぐ者、逃げる者を見つけると、剣が炎を放って灼き斬った。剣の挙動に合わせて燃える炎は、同じ一つの武器に見えた。
 あぶられ斬られたゴブリンは、私が倒した前衛二人のゴブリンと比べて、酷い有様になっていた。その炎の世界の中心に立つ騎士は、鎧の一部を自身の炎で焦がしながら笑っていた。
「はっは!なんだ、達者なのは口だけじゃないか。途中から冷静さを失って、自慢の知能とやらも私並みに落ちていたな」
 剣の炎を消してこちらに近付いてきたので、思わず顔の向きを下げて俯くが、騎士は私の顎を空いていた左手で持ち上げた。お互いに間近で顔を見る。さっきまで荒々しい戦闘をしていたとは思えない、美しい顔だった。
「天界の落とし物、か。納得だ。こんなに純粋な瞳をした者は今まで見た事が無いしな」
「えっ……あの……その……」
 私の困惑に気付くと、騎士は私の足についているトラバサミを外してから、下がって剣を地に刺した。
「ああ、すまない。改めて名乗らせてもらおう。私はアルン。お前に少し興味が湧いてな。ゴブリンから横取りさせて貰った」
 動けるようになった私は立ち上がってすぐ頭を下げた。
「私はレクシア。さっきは助かりました。ところで私の何に興味が……?」
 目線を逸らさずに喋る。不思議と、相手が人でも話せていた。
「そのお前の周囲を舞っている蒼白く光る羽だ。なんというか、竜の息吹のようなものを感じるんだ」
「これですか?父に貰ったもので、私の魔法を強化してくれるんです」
 羽を左手の近くにもってくる。幻影の羽が大量に周囲を舞う。すると私の力の増幅を感じると同時に、アルンさんが剣を構えた。危ないと思って数歩下がる。
「そうだこれだ。その力を私に感じさせて欲しい!お前の父は何者だ、これは熟練の魔術師でも作れない代物だぞ!」
「えっちょっと待って、普通に聞けば答えるのに!剣を納めてください!」
 こちらも右手に杖を構える。アルンさんは私が構えるのを見てむしろ喜ぶように笑った。この人、話を聞く気がない。
「力の強さは言葉では語れない。私は、こうして戦うためにお前を助けたんだ!」
 アルンさんが斬り込んでくる。
「ひゃあ!せ、セレスティアルレイン!」
 バックステップで回避し、さらなる強化兼妨害魔法をかけるが――
「そうかお前、神族か。悪いがその羽の力だけを感じさせてくれ!燃えろ!我が竜鱗よ!」
 アルンさんの剣が燃え、その炎が私の発生させたトゲを焼き払った。私の周囲の花びらも、炎の範囲外でありながら同時に焼け落ち、私は慌てつつも、その燃える花びらの炎を回避する。
「この炎は火竜の息吹。焔の逆鱗は神や天使の事象顕現を容易く打ち破る、私の本来の力だ!」
「そんな無茶苦茶な!」
「竜人に基本その力は無いが、強力な竜族は全員がこの力を持つ。覚えておくんだな」
 そう言って、再び踏み込み斬り込んでくる剣を杖で受け流し、バックステップ。このままでは防戦一方だ。ギリギリで対処していると相手の炎の熱が伝わってきて熱く、耐久するなら相手が有利だ。
「くっ……」
「羽の力を使え。それが私の目的なんだ」
「はっ――そうだ、まだ使えそうな技、いっぱいあるんだった!」
 羽から流れ込むイメージを受け取り、実行する。杖の先端の魔石から半透明の蒼い刃が伸び、杖は薙刀として使える武器になった。
「セルリアンスレイブ!」
「よし、全力で来い!はぁぁっ!」
「やぁっ!」
 わざわざ私の準備を待ったアルンさんと武器を打ち合う。押される、押される、下がる。この人に力では勝てない。
 再び振り下ろされる剣、その側面の鱗部分に刃を打ち込んで狙いをずらして回避、隙が出来た所に反撃!
「遅い!」
 しかし相手はその隙の後に立て直すのが予想より速く、正確に防御される。でも今攻めているのはまだ私なので、ここで動きは止めない。
「アクアブレイブ!杖に付与!」
「焔の逆鱗――何っ!?」
 初級の水攻撃を蒸発させるべく発せられた炎は効かず、ただ純粋に刃がぶつかる。水を貫通して私を燃やしにきていたようなので助かった。
「そうか、羽で強化されて使う力は竜の異能のような魔法であって、神の事象顕現は最初の花だけか。どうりで私の炎で焼けないんだ。お前、神か竜か、どっちだ?」
「竜に育てられた神族って言っても信じてくれるかな――再発動、セルリアンスレイブ!」
「私も特殊な身だ、信じるぞ!――バーニングブレイド!」
 今度はさっきまでの剣にのみ発生する炎ではなく、ゴブリン掃討に使われた炎の剣だ。再発動で魔力の強度が戻ったセルリアンスレイブの刃で視界左の剣をなんとか受け止める。
「まだだレクシアァ!」
さらに左から同じ軌道で炎の剣が迫る。極限の戦いの中で使える技が分かってくる。剣を受け止める杖を右手に任せて、空いた左手を伸ばす。大丈夫、この炎はきっと焔の逆鱗とは違う!
「トワイライトクロス!」
 私の第二の事象顕現は、左手から炎に向かって発生した。夕焼けのような光が炎をかき消し、同時に消滅した。予想は外れ、バーニングブレイドにも事象顕現破壊の効果があったが、なんとか相殺という形で役目を果たしてくれた。
「面白い、面白いぞ!」
「なんだろう、私も楽しくなってきた!」
 本気の戦いが続く中、杖で殴られて気絶していたゴブリンが途中で目を覚ましたのか、漁夫の利を狙いにかかってくるのが見えた。アルンの後ろから一人、棍棒を構えて突進してくる。
「仇ゴブ――!」
「後ろ危ない!」
「こっちの台詞だ!」
 そういえば私が殴ったゴブリンは二人いたのだ。お互いの背後から突進してきたゴブリン。私達はお互いを守るように前方に見えるゴブリンに向かって踏み込んで斬撃を叩き込んだ。ゴブリンの挟み効果が私に遅れて効き、力の抜けた私は手を地についた。今度こそ動かなくなったゴブリンが目の前にあった。私がやったんだ。
 ――ごめんなさい。
 戦いの世界の辛さを知ったが、私は覚悟してここに来たし、生きるために戦闘を先にしかけたのは自分だ。謝りはするが、戦いの中なので自責の念を感じる暇もなく、そのまま突っ伏していると私も危ないので立ち上がる。
 しかし、振り返るとアルンは剣を地に刺して笑っていた。
「邪魔が入ってしまったな。惜しいがここで終わりだ、ナイスバトル」
「な、ナイスバトル。私も良い経験になったから、なんだかんだ良かったかな……はぁぁぁぁ……」
 強がって返答するが、またぺたりと座りこんでしまった。ゴブリンが来なかった場合、ちゃんとやめれてたかなこの人……

 戦闘で疲れ、休憩。アルンがそのまま黙っているなんてことは勿論なく、自然と会話が始まっていた。
「レクシア、お前いつの間に敬語が消えてるな」
「あっ、ごめん嫌だったかな?」
「むしろこっちの方がやりやすくていい、名前もアルンで呼んでくれ」
 敬語は戦いの中で飛ばしてしまったのだろう。色々と荒っぽい所があるが、不思議と打ち解けやすい人だ。
「親の種族が竜族だったりする?」
「親は言うより今もだな。私は竜族で、人に興味があってこの竜人の姿で活動を始めた」
「だから竜族の事象顕現破壊が出来たって事だね」
 あと、それを知る前から話がしやすかったのも、このおかげだったりするのだろうか。だとしたら人見知り改善は大して出来ていないことになっちゃうなぁ……と、少しへこむ。
「次は私の質問だ。結局その羽はなんなんだ?戦って力は把握したが、物自体の詳細が分からん」
「それは戦闘する前に聞けたよね……」
「黒の大地の竜が戦闘よりも会話を先に進めるのは難しい話だな!はっはっは!」
「開き直った……こほん。この羽は私を育ててくれた竜の羽の一部を貰ったもので、この杖と一緒に使えば、竜の異能を私が引き継いで使えるようになるって感じかな、多分」
「多分、か。レクシアもまだ完全には把握していないんだな。その羽から感じる竜の力は、エルダークラスに匹敵する。上手く使えばもっと強い魔法が使えるかもな」
「エルダークラスって?」
「およそ一万くらいの年齢を超えた竜族をそう呼んで尊敬や畏怖の対象になる。神として信仰する場合もあるな」
 心当たりがあった。イリオスはエルダークラスなのだろうか。本人は年齢は万を過ぎていないと言っていたが、麓の村人たちは信仰していた。力もそれに匹敵すると竜のアルンに言われ、守護神イリオスの凄さを再確認する。
「もう一つ質問だ。レクシアは何故こんな所に一人で?」
 天界の落とし物として来た、というのをアルンは知っている。目的を聞いているのだろう。
「えぇと、修業とか、勉強、だね。強くなって、世界の事も知って……人見知りも克服して。それで、最終的に家族を守れるくらい立派な騎士になる」
「おお、なら今後やることは私と一緒だな。私の目的も勉強や修業だ。最終的にはこの姿で人間との交流を盛んに行い、その後はその時考える。竜としての生活も楽しいが、他の種族との交流が少ないんだ……」
「まさか寂しくてむぐっ」
「その口は閉じて新たな気持ちで口を開け」
 突然塞がれた口をしばらくしてから解放された。実際そう思っていたかどうかは推測する事しか出来ないけど、もし当たっていると仮定すれば、意外と可愛い一面もある。
「人間とは話せた?」
「竜の時に数回な。だがまだ人の姿で人間に会っていない。旅は始めたばかりなんだ。剣はしっかり振れるように練習したが」
 じゃあほとんど私と同じ状況という事だ。体の形から変えた割に私より強そうな剣の腕だったのは驚愕だ。
 ぼーっと剣を見る私に気付いたアルンが剣を持ち上げて立ち上がり、私の視線を上に動かした。
「なあレクシア。お前がよければ、私と共に行かないか?」
 言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
「え、いいの……?」
「お前自体にも興味がある。戦力としても心強い。私は別に一人で行く、なんて決めてないしな」
 言われてみれば確かにそうだ。私も一人を覚悟したが、別にそうでなくてはいけないと縛ってはいない。むしろ人見知り改善のためには、会話が出来る人が常にいた方が練習になるくらいだ。
「分かった。私としてもアルンがいてくれると助かるよ」
 アルンが私を起き上がらせるためか、握手のためか両方か、座る私に手を下ろしてきた。頷き、手を取って起き上がる。アルンはニカッと笑った。
「強くなったらまた戦ってくれ。ヨロシクだ、レクシア」
「た、戦うのは考えさせて……?こちらこそヨロシク。アルン」
 普通の挨拶のはずだけど、普通より気合が入るような、不思議な響きに聞こえたので真似をしてみた。すると遠慮がちに触れていた私の手が、相手と同じ力加減まで強まる。装備などの見た目も性格も対照的だったが、この繋がった手は同じ気持ちで握る事が出来たと信じたい。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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