【6】二人の軌跡

文字数 5,876文字

 聖域に戻り、イリオスと私は、子竜達に安全を伝えるために工房に向かった。
「儂としても想定外の事態が続き、対処が出来なかった。お主やアルンが居なければ、今の平穏は無かっただろう。感謝するぞ、レクシア。あの日、山に置かれた赤子は、ここを守る救世主として遣わされたのかもしれんな……」
 ふと呟いたイリオス。その内容で気恥ずかしくなりそっぽを向いたが、すぐにイリオスを見上げる。
「えへへ、夢が叶ったみたいで嬉しいな。――赤子の私は、何も無いまま置かれてた。杖も、魔法も、きっと事象顕現も……お父さんがくれたものだよ。だから私からも、ありがとう……!」
 そして、避難していた子竜達は不安そうな顔を一切しておらず、むしろ堂々としていた。力を放った余韻か、体が薄い蒼に光っている。
「お主が旅に出てから、急に子供達が、毎日のように体を鍛えるようになったのだ。その成果が早速出たようだな」
「そうだったんだ。……あなた達も、最後に力をくれてありがとうね」
「キャッキャッ」
「して、娘よ。グレイルはどうなったのだ?」
「黒の大地の村が発展して、そこの人たちと仲良くなったの。だからもう、ここの資源を狙ったりはしないと思うな。挨拶には来そうだけど」
「あやつのことだ、きっと来るだろうな」
「グレイルってなんだかんだ、お父さんの事好きだよね」
 憎めない顔を思い浮かべて笑った。イリオスも笑いそうになっていたのをこらえていたが、私にはお見通しだった。

 そして昼。子竜、一角竜達とも一緒に食事をした。
 一足先に聖域にいたアルンが、剣の上にヴァラーグの肉を置いて火を発生させ、焼いている。アルンの鎧はいつもの赤に戻っていた。変身の瞬間が見られなかったのは少し残念。
 ――そういえば、アルンはどうやって竜人の姿になったんだろう。
 また聞きたい事が増えた。楽しみは増え続ける。
 ヴァラーグの鱗の見た目は凶悪だったが、それをアルンが器用に――しかし硬いので破壊するような勢いで――剥がした今は、ただの美味しそうな匂いを漂わせる肉にしか見えない。
「コイツも私達の血肉となる。憑依しないと奴は言ったが、その願いはお断りだな」
「憑依とは少し違うけど……ヴァラーグの分まで私達が生きる、って事だね」
「キャンキャン」
 子竜達が私とアルンの間に割り込むように集まって、ぴょんぴょん跳ねた。体重があるので、地が揺れそうだ。
「喜んでもらえたのは嬉しいが、焦るな。せめてもう少し、火が通るのを待つんだ。後でイリオスが野菜も用意してくれる。一緒に食べると、これがまた美味いんだぞ!調味料は流石に用意出来ないけどな」
「キェェーー!」
「一角竜お前も待て、その肉はまだ生焼けだぞ!……まあ、別に生でも私達は食えるんだがな」
 楽しそうに竜と触れ合う今のアルンを見ると、本当に竜族なんだなぁと思う。しかし肉が上手に焼けて、イリオスと私に配る時に差し出す手から、伝わる優しさは人のものだ。そんなアルンだから、出会ったばかりの私もすぐ話せたからありがたいが、たまにどんな種族として見ていいか分からない時がある。私と同じ体格の竜族なんて、今考えると理想的すぎる相棒だ。
 人になろうとして人になったのに、竜族であることを忘れないし、むしろ堂々と誇っている。あまりにも、私の軌跡と似ているのだ。だからその心は、私も見習っていこうと思っている。
「どちらかである必要はない……種族の違いに意味はないし、人間と同じ見た目の魔族や、獣人も竜人もいる。しかもまず人間自体が、全種族の複合だし。なら私も、どれであってもいいってことだね」
 竜達が集まって、アルンと距離が開いてしまった私が呟くと、隣に座っているイリオスが首を下げ、みんなの高さに合わせた。
「レクシアは神族であり竜族も人間も名乗るか。流石に三種族複合はなかなか聞かんな」
 私はイリオスの、頭の後ろの首に寄りかかって、その大きな眼を見て話した。
「えー、いいでしょお父さん。種族を繋ぐ架け橋としては、けっこう良い人材だと思うんだけど」
「架け橋、か……レクシア。お主は今後、どう生きるつもりなのだ?ひとまずの目的が達せられた今、それを再び考える事が出来る」
 私は竜の騎士を継続している。聖域に何かあれば、全力で守るつもりもある。しかしあえてこの質問をしたイリオスは、私の言いたい事を、とっくに分かっているのだろう。
「落ち着いたら、また旅に出るつもり。今思えば短い期間だったかもだけど、ぐるっと世界を巡った。そうしたら、気になる事、やりたい事。あと、会いたい人や、戦わなきゃいけない相手。色々、見つけたから」
「その一つが、種族の架け橋か」
「うん。もう十分平等なように見えるけど、神族だけ統治を任される存在になってる。きっとみんな慣れちゃっただろうけど、私はもっと世界を自由にしたいな」
 空を見上げる。そよ風が吹く。
 長かった雪は止んできた。でもまだもう少し冬は続きそうで、空気は冷たい。けれど肉焼きの熱気で熱くなった体には涼しく、気持ちよかった。
 苦しい事もあったけど、私はこの世界が好きだった。もっと触れたい、関わりたいと思った。
 アルンが肉を両手に持って、私達に肉を渡してきた。
「ほら、追加だ」
「ありがとう。はい、お父さんも」
「うむ、すまんな」
 寄りかかる体を起こして、肉を両方受け取った私が、片方をイリオスの口に運んだ。
 アルンが真剣な表情で、肉を食べるイリオスを見た。
「イリオス。私は再び人として街へ行き、剣の研鑽を重ねながら、人間と交流を深めると共に、竜の暮らしを豊かにする施策を提案していこうと思っている。ここは平和だが、苦しみながら僻地で過ごす竜もいるだろうからな」
 イリオスは肉を食べるのを中断し、話を真剣に聞いていた。
「あと、最近思ったが、竜人への配慮が少ない。衣服は買ったら尻尾の場所に丁度いいサイズの穴を空ける作業が必要になったり、ベッドは仰向けで寝るのが難しい。そのあたりの対策も、天軍などに考案していくつもりだ」
「実に偉大な事だ。アルンならば務まるだろう」
「そしてその旅に、お前の娘、レクシアにも同行して欲しいんだ。私には無い思考や発想、能力が、彼女にはある。私には彼女が必要だ。――許可してくれるか?」
 私はこの話を、既に聞いている。私の意思も、アルンに伝えている。だが、イリオスにはちゃんと話しておきたかったのだ。
「ああ、良いだろう。だがアルンよ、その許可はレクシアさえ了承すれば、もう良いのだぞ。儂はレクシアが騎士として旅に出てから、このような未来があると予感していたのだ」
 私は目を輝かせた。
「やった、私は大丈夫だよ!アルン、お父さん!」
「そうか。ありがとう、イリオス。そしてレクシアも」
 アルンと一緒に私も笑った。その時のイリオスの表情は、私じゃなくても分かったかもしれないくらいに、笑顔だった。

 聖域の出口、アルンと私は一角竜にまたがり、出発の準備を終えていた。イリオスが見送りに来ている。
「早朝からあのような激戦をしたというのに、二人とも、元気な事だな」
「イリオス、竜族は年齢を重ねて成長するだろう。年寄りみたいな事を言うんじゃない」
 アルンがイリオスに笑ってみせるが、イリオスはおもむろに空を見上げた。
「成長はする、力も強くなる。しかし、歳をとったという感覚はあるものなのだ……」
「そうなのか……なら、私は今のうちに年齢に頼らず強くなってやろう――はっ!」
「イェーーァ!」
 アルンの一角竜が歩き始めた。私は落ち着いたまま、イリオスを見上げた。
「定期的に、顔を見せに来るね。あと、何かあったら杖に異能とか使って、私を呼んでね。すぐ駆けつけるから」
「案ずるな。むしろお主に何かあれば、どうにかして儂も助けに行こう」
「私だって大丈夫。もし何かあっても、アルンはいつだって頼りになるから。――じゃあ、お父さん、行ってきます」
 察したように一角竜が歩き出した。手は振り続けたが、聖域を抜けたらしっかり体を戻し、アルンを見た。
「よし、行こっ!」
「イェアーーー!」
 一角竜が元気よく走り出す。アルンに追いつくと、アルンの竜も走り出した。
 本人の意思はともかく、銀嶺で戦い続けた一角竜は、雪が少し残る岩山でも軽々と飛び越えられるようになっていた。
 森の中を疾走する一角竜。しやなかにステップして木を回避する竜に乗っていると、木が元々当たらないように立っているかのようだ。
 森の村が近付き、鎧の色が目立つ私達に手を振る村人達が見える。こちらも手を振って駆け抜けた。
「レクシア。さっきの銀鎧の少年、お前の事好きだぞ」
「うん、そうみたい。騎士の私に憧れて、鎧着たって言ってたよ!」
「い、いやそういう事じゃなくてな……まぁ、いいか」
 森を抜けると平地だ。走行速度がさらに上がる。これだけ成長してしまったのだ、クロリスさんに返したら、きっと驚くだろう。
「そうだレクシア。街に行って様々な活動をするが、その前に、一度コロシアムに寄らないか?」
「え?良いけど、どうして?」
「約束を今、果たしたくなった」

「確かに言ったけど、言ったけどー!」
「はっは!忘れていなかっただけ嬉しいぞ!」
 一角竜を止めて降りたアルンが、剣を肩に担いで笑った。
 約束というのは、初めて会ったアルンが私に言った、「強くなったらまた戦ってくれ」という内容のものだった。基準が分かりにくい曖昧な再戦条件だったが、アルンに強くなっていないのかと聞かれ、私は否定したくなくて、結局納得してしまった。
 狭間の階段の柵にも見た、茶色の石造り。古来からあるのだろう、見た目はとても古そうだが、それでいて常に光を浴びて輝いている円形闘技場、コロシアム。私達はそこに続く長い長い大階段を登りながら、活気と輝きに圧倒されていた。
 一体誰が作ったのか、高く大きすぎて、柵のようになっている階段の手すりの模様の隙間から、階段の外を覗く。緑の自然だ。残った雪が少しかかっていて、季節を感じる。
「私はレクシアに再確認して欲しいんだ、戦いの楽しさを。私は全ての戦いを楽しんでいるが、レクシアはどうだ?」
「アルン、あとガルムとの戦いは何だかんだ楽しかったかも。あとは逆転の瞬間」
「そうだ、レクシアは楽しく戦えた時が少ない。逆転は楽しいが、そこに至るまでの負けている時間も楽しんだ方が良い。まあ状況が状況だったから仕方ないが。――だからこそ、最初に楽しさを感じた私ともう一度本気で戦い、楽しさを知って欲しい!旅して分かっただろうが、オセロニアは戦いの世界だ。楽しむ気持ちが無くなったら、見える世界は地獄だぞ」
 なるほど、納得した。確かにその過程は私も踏んだ方がいいかもしれない。あの時一瞬感じた、戦いの高揚感。それをもう一度、味わえるなら――
「よし、やろう、アルン!」
「ああ!」
 拳を突き合わせ、残る距離を一気に駆け抜けた。
 冥界ほどに大きな門が開き、私達を戦いの世界へ誘う。
「コロシアムについては興味があったから調べていた。最近は集団での戦闘が多いが、個人での対戦も少なくは無いらしいぞ。白の大地は戦争以外で本気で戦う場合、物を壊す危険性を考慮するのが面倒だったり、国の規制もあるらしい。それで、わざわざここを訪れる戦友も多いんだそうだ」
「まさに今の私達だね」
「そういう事だ。あと、それを見る観客も楽しめるという点でも良い文化だ。さあ、入場口が二つ、これは相手チームと分かれるためだ」
 コロシアムに入ると早速、観客席に行くための階段と、黒の入場口、白の入場口があった。扉の色が分かりやすく伝えていたが、その隙間を覗く限り、内部の構造は一緒らしい。
「悩む……どうする?アルン」
「良い色分けだ。ここは出身地で行こうか。私が黒へ行く。お互い頑張ろう」
 アルンがさっさと行ってしまった。とても浮き浮きしている様子だった。その証拠にその後ろ姿から、尻尾が元気に揺れ動いているのがよく見えた。
 観客席に向かう様々な種族の波をかき分け、私は白の扉を開いた。
「急に静か……」
 最低限の間隔で壁に明かりがあったが、他に何もない石の廊下が続いた。鎧の足で歩くたびに、コツンコツンと音が響く。
 前方に見えてきた光。扉は閉まっていたが、やはり何故か設備は古く、太陽の光が漏れている。もしここの管理が天軍だとしたら、あの天使達は大昔の雰囲気を残したいのだろうか。
 目の前で止まって深呼吸。意を決し、扉を押す。案外重たくて、少しだけ開いた。
「!!!!!」
「~~~!!!」
 大量の歓声が流れ込み、押し寄せてきた。何も聞き取れない。
「大丈夫、もう怖くない」
 勢いよく扉を開放し、歓声を受けながら歩き、正方形の台に乗った。台の周りは円形で、高い所に観客が全方位を囲っている。
 視界正面、赤き竜鱗の騎士――アルンが台に立っていた。その奥には開いた黒い扉が見える。
「ごめん、待ったかな」
 歓声が大きくて声が小さくなってしまうが、アルンはちゃんと聞き取った。
「いや、今この対戦盤に来た所だ。とっくに盛り上がっていて驚いたぞ。いつでも挑戦者を待つ観客の姿勢、よほどこの世界は戦いが好きなんだろうな」
「ならその期待、応えてあげないとね」
 私は竜の羽を左手に構えた。
「ああ。……そうだレクシア。お前は戦いの前の挨拶は分かるか?」
「うん、きっと私の記憶なら、聞いたことがあるよ」
 アルンが私とまた戦おうと約束し、握手した、二人の冒険が始まった瞬間。その時言ったあの挨拶は不思議で、今後の戦い、未来に期待させてくれる響きがあった。きっとアレがそうなんだろう。
「燃えろ、我が竜鱗よ!」
 アルンが剣を構え、燃やした。対戦盤の黒陣営側の空気が熱で赤く染まる。観客がさらに盛り上がる。
「力を借りるよ――いや、私が一人で頑張るから。見守っていてね、お父さん!」
 私も右手で杖をそっと握った。白陣営側の大気に羽が舞い、蒼い世界が広がる。
 白と黒の世界で、蒼と赤が対峙する。
 対戦開始だ。
「「ヨロシク!!」」
 アルンが私を――いや、さらに奥を、先を見るような目で走ってきた。
 私もアルンを――その先、遥か先も見据えて。杖を構え、突き出した。
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登場人物紹介

レクシア

物語の主人公。イリオスに娘として迎えられ、竜と共に育った神族の少女。家族思いの優しい性格だが、竜以外の種族には人見知りな部分がある。

アルン

元は黒の大地の好戦的な竜族。人間に興味があり、自らも人の姿となって交流を求めた。今は自身の竜鱗を加工して作った剣を振るう竜人の騎士となっている。

イリオス

人里離れた険しい岩山に住む、寛大な心と強大な力をあわせ持つ竜族。山の麓の人々からは、賢蒼竜の名で守護神のように崇められている。

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