第8話 二人目の『同士スターリン』
文字数 1,321文字
どうするよ、スターリンが死んじまったぞ。
いや、スターリンじゃない。スターリン「役者」だ。
そんなことはどうだっていいんだよ。
映画のプロデューサー、アレクセイはいらいらしながらタバコに火をつけては吸い、また消した。
ともかく中央から中止の指示が来ない以上、撮影は続けなくてはならない。
スターリン役の役者ミハイル・シュイスキーが『事故』で死んだという件は、モスクワの中央に既に報告済みだ。
あとは向こうがどう出るかだが、ともかくは撮影隊や出演者の混乱を鎮めなければならない。
全く頭の痛い仕事だよ。
「イゴール ! 監督のセルゲイを呼んできてくれ。あとエキストラ以外の役者たちも。 急いで!」
伝令係の助監督見習いは、渋々、という態で撮影テントを出ていった。
本部テントの周りは手持無沙汰なエキストラや子供たちが取り巻き、中の様子を聞こうとしている。
「さあ行った行った。映画省の機密を聞き出そうとするやつは当局に報告するぞ」
助監督見習いイゴールの、いつも叱られてすくめた背中が、しゃきんと伸びていた。
「こいつ下っ端なのに威張ってる」
図体の大きいエキストラの少年一群が、大声を浴びせながら逃げていった。
死んだミハイル・シュイスキーは国内に何人かいる『スターリン役者』の一人にすぎない。
今こうしているときも、政治の場でさほど重要ではないところに姿を見せる『影武者スターリン』、別の映画に出演している役者など、複数のちょび髭あばた顔の『マスケラ』を持つ男たちが立ち働いているのだ。
だが、目撃してしまった人々に、そんなことは知らされない。
チェチェン島の村人にも、工場の労働者にも、漁師たちにも、『スターリンがこの村で死んでしまった」という噂が野火のように広がり、たちまち大騒ぎになっていた。
現地の共産党指導者にとって、これは大変由々しき事態だ。
「スターリンが死んだ」など、どこでどっちに伝わり、大げさになって広がっていくか、中央に知れたら自分たちの後頭部が撃ち抜かれる。
「なあ、君たちはスターリンが死んだって誰から聞いたんだい?」
「みんな知ってるよ。銛を打ち込む銃に撃たれて死んだんだって」
「いや、俺はチョウザメに食い殺されたって聞いたぞ」
「女性と一緒にいたところをスパイに殺されたって聞いたよ」
噂の出所を突き止めようと、現地機関所属の諜報員を放ったが、耳にするのはことさらに恐ろしい情報の数々だった。
そして噂はあっという間に島の隅々まで広がりわたり、混乱した撮影隊、目の前の惨劇に半狂乱の役者たち、そして島を逃げ出そうとするエキストラたち、混乱の中出所を突き止めるどころではなかった。
何しろ大勢が『目撃』してしまっているのだ。
島で一番立派な宿舎で、やけ酒を飲んでいたプロデューサーのアレクセイに電話がかかってきた。
いよいよ逮捕か、俺は懲罰対象になるのか。
怯えて青くむくんだ顔で、彼は電話に出た。
と、すぐに電話を切り、叫んだ。
「安心しろみんな ! 当局が二人目を送り込んでくれるってよ。第二の『同士スターリン』をだ ! 」
「マジかよ、助かった」
「これでおれたち『教育』されずに済むぞ」
スタッフたちはたちまち満面の笑顔で集まったが、その顔は泣き笑いに変っていった。
いや、スターリンじゃない。スターリン「役者」だ。
そんなことはどうだっていいんだよ。
映画のプロデューサー、アレクセイはいらいらしながらタバコに火をつけては吸い、また消した。
ともかく中央から中止の指示が来ない以上、撮影は続けなくてはならない。
スターリン役の役者ミハイル・シュイスキーが『事故』で死んだという件は、モスクワの中央に既に報告済みだ。
あとは向こうがどう出るかだが、ともかくは撮影隊や出演者の混乱を鎮めなければならない。
全く頭の痛い仕事だよ。
「イゴール ! 監督のセルゲイを呼んできてくれ。あとエキストラ以外の役者たちも。 急いで!」
伝令係の助監督見習いは、渋々、という態で撮影テントを出ていった。
本部テントの周りは手持無沙汰なエキストラや子供たちが取り巻き、中の様子を聞こうとしている。
「さあ行った行った。映画省の機密を聞き出そうとするやつは当局に報告するぞ」
助監督見習いイゴールの、いつも叱られてすくめた背中が、しゃきんと伸びていた。
「こいつ下っ端なのに威張ってる」
図体の大きいエキストラの少年一群が、大声を浴びせながら逃げていった。
死んだミハイル・シュイスキーは国内に何人かいる『スターリン役者』の一人にすぎない。
今こうしているときも、政治の場でさほど重要ではないところに姿を見せる『影武者スターリン』、別の映画に出演している役者など、複数のちょび髭あばた顔の『マスケラ』を持つ男たちが立ち働いているのだ。
だが、目撃してしまった人々に、そんなことは知らされない。
チェチェン島の村人にも、工場の労働者にも、漁師たちにも、『スターリンがこの村で死んでしまった」という噂が野火のように広がり、たちまち大騒ぎになっていた。
現地の共産党指導者にとって、これは大変由々しき事態だ。
「スターリンが死んだ」など、どこでどっちに伝わり、大げさになって広がっていくか、中央に知れたら自分たちの後頭部が撃ち抜かれる。
「なあ、君たちはスターリンが死んだって誰から聞いたんだい?」
「みんな知ってるよ。銛を打ち込む銃に撃たれて死んだんだって」
「いや、俺はチョウザメに食い殺されたって聞いたぞ」
「女性と一緒にいたところをスパイに殺されたって聞いたよ」
噂の出所を突き止めようと、現地機関所属の諜報員を放ったが、耳にするのはことさらに恐ろしい情報の数々だった。
そして噂はあっという間に島の隅々まで広がりわたり、混乱した撮影隊、目の前の惨劇に半狂乱の役者たち、そして島を逃げ出そうとするエキストラたち、混乱の中出所を突き止めるどころではなかった。
何しろ大勢が『目撃』してしまっているのだ。
島で一番立派な宿舎で、やけ酒を飲んでいたプロデューサーのアレクセイに電話がかかってきた。
いよいよ逮捕か、俺は懲罰対象になるのか。
怯えて青くむくんだ顔で、彼は電話に出た。
と、すぐに電話を切り、叫んだ。
「安心しろみんな ! 当局が二人目を送り込んでくれるってよ。第二の『同士スターリン』をだ ! 」
「マジかよ、助かった」
「これでおれたち『教育』されずに済むぞ」
スタッフたちはたちまち満面の笑顔で集まったが、その顔は泣き笑いに変っていった。