第10話 いざ学院へ! その3

文字数 4,794文字

「失礼しました」

 俺とリードは、あらかたの説明を聞いた後、お喋りを続行せんとする学院長を振り切って部屋を出た。俺としてはずっと話していても良かったのだが、リードが『初日から授業をスッポかしたら目をつけられて殺されるかもですよ?』とか言って脅してきたので、仕方なく話を切り上げたのだ。

 来たときと同じようにリードの後を付いていく。廊下から見える教室は人間界のものと大して変わりはしなかった。強いて言うのであれば、若干最先端のものを魔王学院の方が多く取り入れているということだろうか。
 例えば、電子黒板。人間界でも取り入れているところはあるらしいが、その数は少ない。あと、タブレット。これも最近教育に使われだしたみたいだが、こっちの世界では結構前から取り入れているような雰囲気があった。
 魔界の学校の授業を横目に見ながら歩くこと数分。ようやく俺が転入するクラスについた。
 にしても無駄に遠い。おじさん、明日からの学校に行く気力削がれちゃったよ……
 腰を丸めてげっそり顔をしている俺に、リードが活を入れる。

「健人様。こういうイベントでは肝心ですよ。シャッキっとして学院長室みたいな姿をもう一度見せてください」

 お? もしかして、ちゃんとしていた俺を見て惚れちゃったのかな? リードってば、もう!
 彼女に直接言えばぶん殴られそうなことを思いながら、ダラケていた背筋を伸ばし、教室のドアを開く。

ガラガラガラ

「やあ、みんな! 俺、播磨健人って言うんだ! よろしくな!」

 入る前は賑やかだった教室が静まり返る。代わりに獲物を狙うがごとくの視線が俺に突き刺さり、俺は教室のドアを締めた。

「……健人様。早く教室に入ってください。授業が始まりますよ?」
「今、俺が教室に入って何事もないかのように振る舞っていたら、俺の死へのカウントダウンが始まるわ! あんなの入れるわけ無いだろ!? 俺はか弱い人間だぞ? しかもなんで女子しか居なかったんだよ!」
「落ち着いてください。事情は先生が来たら健人様の自己紹介ついでに教えてくれますから」
「ねえ、最近のリードさん、仕事放棄してません!? 魔王候補同士の戦闘ルールだってーー」
「あーあー、何も聞こえません。聞こえませんよー」

 棒読みの聞こえないアピールで俺の糾弾を妨げつつ、俺を凄まじい力で教室に追いやるリード。帰ったらおしおきだな、これは。
 結局、もう一度教室のドアを開いて、同じ目線を皆から食らうことになる。
 俺は人生を30年やってきた。人に睨まれることもあったが、ここまでの大人数にジロリと見られることは無かったな……
 俺はただ、気さくな挨拶をしただけなのに。どうしてこうなった……
 アワアワと頭を抱える俺に対してリードはどこ吹く風だ。メンタル強すぎません?
 これからどうしようかと悩んでいたとき、美人な先生が教室に入ってきた。ナイス! ナイスですよ、先生! あと顔と胸もナイスですよ!
 先生は俺と教室の皆を一瞥した後、状況を理解したのか俺に『来てくれ』というジェスチャーを送ってきた。
 素早く先生の元へ行き、自分の安全を確保する。今のこの状況だったらリードよりも先生のほうが守ってくれそうだ。

「えー、彼が今日からこのクラスへ転入する播磨健人君だ。ほら、君も自己紹介をしてくれ」

 おおー、なんかそれっぽい。それっぽいよ! 相変わらず皆の視線が痛いが、漫画みたいなイベントが俺にも発生している!
 さっきは失敗したが、今度こそは……!

「あー、播磨健人です。そのー、えー……」

 怖い怖い。皆の視線が怖いよー。今にも喰われちまいそうだよー。あまりの恐怖に言葉が出てこなくなっちゃったよー。
 助けを求めて先生の方をちらりと見ると、『それで自己紹介は終わりか?』みたいな顔をしていた。正直それで終わりでいいんだが、雰囲気的に終わらせてくれそうにない。

「……みんな、仲良くしてください……」
「そういうわけだ。それと、彼が我ら『ラジア』の頭だ。くれぐれも粗相の無いように」

 ん? 『ラジア』ってなんだ? リードから一度もそのような単語を聞いたことがないんだが。先生の口ぶりからすると、何かの組織っぽい感じがするが……
 どういう意味なのか考えていると、先生が『君の席はあそこだから、早く座ると良い』と言ってきた。
 やっと俺もこの視線から開放される。そう思って先生が指差した席に目線をやると……リードの左隣の席だった。いや、それだけなら良かったのだが、何やら俺の席の右隣の女子生徒と口論をしていた。
 えぇー……席に座る前から修羅場ですかー。行きたくないんですけどー。
 しかし、そうも言っていられない。これから授業が始まるし、先生も『はよ行け』みたいな雰囲気出しているし……。あれ? もしかして俺の味方がいない?
 渋々、自分の席へと向かう。自分の席が近くなるにつれて、口論の内容が聞き取れるようになってきた。

「リード! あなた、昨日私達に彼を紹介すると言っていたのにドタキャンするとは何事ですか! それに一人で人間界に行って抜け駆けするだなんて、信じられません!」
「フィン。ドタキャンについては申し訳ないと思っています。それと、人間界に行った件についてはあなたが悪いのですよ? 大分前から日程を決めていたのに『緊張して眠れなくて体調を崩しました』なんて当日に言ってきたんですから」
「それは、あなたがーー」

 いやー、まさかの俺について揉めていたとは。いよいよもって学校から抜け出したくなりますねぇ。
 俺が自分の席の目の前についた頃には、お互い魔術を使いそうな雰囲気にまでなっていた。
 何をどうしたらそこまでヒートアップするんだよ……

「や、やあ。フィンさんだっけ? 隣の席になったからーー」
「健人さん、あなたリードの屋敷に住んでいるんですってね」

 周りの人達から『きゃあ!』と悲鳴か歓声かよくわからないような声が聞こえる。
 え? なになになに!? どこからその情報が漏れて……

「リードのインスタに上がっていましたよ、健人さんとリードが彼女の屋敷の前で撮った記念写真が! あと、健人さんが料理を作っている姿もアップされてました! 『私の自慢のご主人様が料理を作ってくれました♡』という文章と共に!」

 おいーー!  何インターネットにアップしてんだよ! 個人情報がダダ漏れじゃねえか!
 しかし、昨日の料理の写真も上げていたとは……『私の自慢のご主人様が料理を作ってくれました♡』とは……やれやれ、可愛い子猫ちゃんだな。

「いや、俺とリードはたしかにーー」
「あとであのネジの外れた文章は削除しておきます。ではなく、フィン、これはあなたには関係ないでしょう? 確かに私と健人様は1つ屋根の下、共に過ごしていますが、それがどうしたというのですか? 住む家がない健人様を心優しい私が、自分の家を提供しているわけです。それに、健人様は私のご主人様なのですから、私の家は健人様の家と言っても過言ではありません」

 リードの発言によって周りの人の悲鳴なのか歓声なのかよく分からない声がいっそう大きくなる。
 もうやめてくれ……これ以上は俺の学校生活が……

「学生の身分である男女が共に暮らすなんてありえません! 健人さんもなにか言ってください!」

 ここで俺に振る!? 『何か言ってください』とか言われても、リードにはお世話になっているし…… 
 事実、住む家を提供してくれたことには本当に感謝しているわけで。それにリードみたいな女性と共に過ごせるなんて俺からしたら万歳をして喜ぶことだし…… 

「俺はーー」
「はい、そこまで! 男の取り合いは休み時間にしてくれ。じゃあ、授業始めるぞー」

 誰もまともに話をさせてくれない……!
 先生の一声で二人は一旦休戦というようにプイッとお互い反対方向に顔を向けた。
 初日からこんな感じとか……俺の胃が保たない……


 昼休み。授業の間の小休憩の時間もずっとリードとフィンさんは言い合いをし続けており、生きた心地がしなかった。というか、彼女たちがずっとそんな調子だからクラスの皆の視線がおかしなものになってきていた。ただでさえ何故か女子しかいないクラスなのに、これじゃいよいよもって馴染めない……
 げっそり顔をしている俺は、いち早くこの場から離脱することを決意する。授業終了を知らせるチャイムが鳴ってから、ずっとリードとフィンさんは口論をしているので、気配を消してーー

「ちょっと! 健人さん、どこに行こうとしているんですか!」

 すげー、このフィンさん、口論しつつも俺をしっかりと見ていらっしゃるー。
 ぐいっと腕を引っ張られて席に無理やり着かされた。逃げられねぇ……

「そうですよ。健人様が原因でフィンが突っかかってきているのですから、逃げるなんてことは許しません」
「いや、でも今はお昼ーー」
「それで健人さん。リードと一緒に暮らすなんて嫌ですよね? そうですよね?」

 1回でいいから俺の話を聞いてくれー!

「そんなこと思っていないですよね、健人様? 昨日はあんなに熱烈な言葉を私にかけてくれたのですから……」

 リードは後半、言っていて昨日の事を思い出したのか、顔を赤くしながら尻すぼみ気味になりながら、上目遣いで俺を見てくる。
 対してフィンさんは、リードの言葉を聞いてより表情を厳しくしながら仁王立ちで俺を見ている。
 どっちを選んでも殺されそう……

「いや……俺は嫌だとは思っていないけど……」

 俺の言葉を聞いてリードは嬉しそうな顔、フィンさんは悔しげな顔をしていた。
 昨日からリードがすごくかわいい! え? マジで俺の事好きなんじゃね?
 ようやく静かになったので、この期に疑問に思っていたことをフィンさんに質問してみよう。話の流れから大体の予想はつくけど。

「フィンさん。あなたは、俺のメイドってことでいいのか? 間違っていたら申し訳ないんだけど」

 フィンさんは驚いた顔をしていたが、すぐにリードを睨みつけ、ため息交じりに自己紹介をしてきた。

「はぁー。やっぱりリードは私達の名前を健人さんに紹介していなかったのね。まあ、いいわ。改めまして、健人さん。私はフィン・グウィンと申します。あなたの眷属兼メイドで間違いありません。以後お見知りおきを」

 おぉ、やっぱり! いやー、俺のメイドは美人さんばっかりで嬉しいなぁ! リードもデレ期に入ったし、さっきの口論さえなければ最高なんだけどなぁ……

「こちらこそよろしく! ところで、昼休みだしそろそろご飯食べない?」

 鞄から今朝リードに渡された弁当を出す。流石に朝飯を食べない俺でも、昼飯は食べないと授業に集中できなくなる。
 二人もお腹が減っていたのか、特に何も言うこともなく同じようにそれぞれの弁当箱を出し、自分たちの机をくっつけて来る。

「え? なんでくっつけてくるの?」

 思わず口にしてしまった。いや、だってこういうことするのは小学校までだったし……

「念の為です」
「リードがおかしなことをしないとも限りませんからね」

 二人共バチバチですなぁ……

 結局、昼休みも言い争いはなかったが、険悪な雰囲気のまま終わっていった。
 なんとかしてこの二人の仲を取り持たないと俺がストレスでぶっ倒れるぞ……
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