第6話 リードの屋敷 その2

文字数 4,520文字

 リードと買い物をしたり食事をしたり、そのついでに街の案内をしてもらっていたりと色々しているとすっかり夜になってしまった。
 流石に疲れたので早々とリードの家に帰ってきて、さっと風呂に入りそのまま俺に割り当てられた部屋に籠ることにする。
 リードが貸し与えてくれた部屋は、俺が魔界に来て初めて目覚めた部屋よりも大きかった。魔王候補の体裁的にメイドよりも大きい部屋に住んでいたほうが良いということだったが、メイドであるリードの屋敷に住まわしてもらっているという地点で体裁もクソもないと思う。
 あと、俺が気絶している間に運ばれてきた部屋はリードの部屋だったらしい。言われてみれば、クマの人形があったような気がするし、部屋の雰囲気も女性らしい感じがした。
 それで思い出したが、リードの年齢を知らないな。次あった時に聞いてみよう。また、黒炎とかいう魔術を使われるかもしれないが。できるだけ穏便に、角が立たないように気をつけて質問すれば大丈夫だろう。
 話は変わるが、少し気になったのが豪邸と言っても過言ではないこの屋敷で住んでいたのがリードのみという件。普通と言っても俺の勝手なイメージだが、このレベルの屋敷であれば1人くらい世話人がいてもおかしくはないだろうし、むしろいないと手が回らなくなるだろう。他人の家庭事情に首を突っ込むには信頼関係が出来上がっていないし、詳しい話は聞かなかったがいずれはちゃんと聞きたいところだ。興味本位でだよ? 別にリードがなにか抱えているのであれば、それを解決するとまではいかなくても支えになるということは、彼女の主人となった俺の役割なんて思っていないし? 俺はそこまでお人好しでもないですし?
 誰に語るのでもなくツンデレっていると部屋のドアがノックされた。この屋敷に住んでいるのは俺以外だとリードのみ。部屋の時計を見ると、深夜帯と言ってもおかしくはない時間だった。そんな時間に男の部屋を訪ねてくるということは……ワンチャン?

「お邪魔してよろしいでしょうか?」

 少し緊張しているリードの声が聞こえる。こういう状況であればイケボで出迎えたいところだったが、リードが発した言葉に俺は反応してしまった。

「邪魔すんなら帰ってー」
「……失礼しました……」

 おや? おかしいな。関西でよくある『邪魔すんでー』と言われたら『邪魔すんなら帰ってー』と返し、それを聞いて『あいよー』というのが流れじゃないのか!?
 冷静になれば、リードは魔界出身者。いくら人間界のことに詳しくても流石に一般庶民が見ているお笑い番組までは精通していないということに行き着いた。

「っちょっと待った! いや、冗談です。人間界、というか日本にはああいうやり取りが一部の地域であるんですよ! お笑いをご存知ですか? 今度機会があれば一緒に見に行きましょう! 面白いですから!」

 必死の形相でリードに弁解し、頭を下げる。真面目な話をしようとしていたのだとしたら、とんでもないことをしたし、これで地に落ちている好感度がマントルまで潜り込んだら、頼れる人がいなくなって本当に魔界で生きていけなくなる……!
 何度も頭を下げる俺を見て、俺の誠意が伝わったのかもう一度『お邪魔してよろしいですか?』とリードが聞いてきてくれた。うっし、セーフ!




 俺の部屋、というかリードが貸し与えてくれた部屋には座れるものが勉強机の椅子しかなかったので、俺がそこに座りリードにはベッドに座ってもらった。
 部屋に入ってからリードはずっとうつむいたままだ。何かあったのだろうか? 流石にさっきの俺のボケはやはり良くなかったーー

「く……ふふ……」

 リードが肩を震わせて、なにやら笑いを我慢しているような声が聞こえる。ふむ、これは嫌な予感がする。

「なあ、リード。もしかして笑っているのか?」
「いえ。そんな訳ないじゃないですか。私は真剣な話をしようと訪ねてきたのに、小馬鹿にするようなことをされたんですよ? 笑うわけないじゃないですか。それにそのあとの健人様の行動。気持ちは入っていたようですが、何度も何度もキツツキみたいにペコペコと頭を下げられると……ふふ」
「大々的に笑ってはいないんだろうが、さっきから自分の太ももをつねっているのを俺は見逃していないし、今も『ふふ』とか言ってたし……まあいいや。キツツキをどこで知ったのか気になるが、要件はなんだ? こんな時間に訪ねてきたんだ。そういう要件ってことでいいのか?」

 文句を垂れたくなったが、俺は大人だ。それにこれから起こるであろう事を考えると、これくらいの恥辱は甘んじて受け入れるというものだ。

「そういえばそうでしたね。あまりにも健人様が滑稽なので忘れていました。あと、そのいやらしい顔をやめてください。ゴタゴタしていたので健人様に魔王の鍵を渡しそびれていたと思いまして」

 いつものようにジャブを一つ入れて、リードが魔王の鍵を渡してきた。確かに渡されていなかったな。というか存在自体忘れてたわ。

「魔王の鍵は肌見放さず持っていてください。人間である健人様が身を守るために欠かせないものです」
「それは分かったが、こんな箱状だったら持ち運ぼうにも……」

 服やズボンのポケットに入れるには大きすぎる。かといってかばんの中に入れていると肌見放さず、というわけにもいかない。どうしたらいいものかと悩んでいると、箱がまばゆい光に包まれて、アルファが現れた。これ、登場シーンずっとこんな感じなのか?

「ご主人様よ。その心配には及ばんぞ。妾は変幻自在。つまりご主人様の望む形になれるのじゃ」

 なるほど。魔王の鍵の理屈が全くわからないが、とにかくこの箱型以外にもなれるということか。肌見放さず。この条件をクリアするのであれば、身につけるというのがいいだろう。それでいて、身につけていても違和感がないもの……

「じゃあ、スポーツネックレスになってくれるか?」
「……?」

 アルファはよくわからないという顔だ。無理もない。というわけで首につけていたものを外してアルファに見せてみる。

「これがご主人様のいうものか?」
「そうそう。人間界では似たようなものをスポーツ選手とかがよくつけているのを目にするけど。これの効果は、首こりや肩こりの軽減。それとおしゃれというのも一応兼ね備えている。万能だろ?」
「なるほど」

 俺は昔から首コリがひどかった。ひどいときには椅子に座っていられないほど痛くなる時もあり、接骨院などに行きマッサージや痛み止めの塗り薬、飲み薬などを使用していたのだ。そんな時に見つけたのがこのネックレスだった。正直に言ってオカルトに片足を突っ込んでいることは分かっているのだが、少しでも痛みが軽減されたらいいなー的な感じで買った。これなら肌見放さず付けられるし、付けていても違和感はないだろう。
 しばらくスポーツネックレスを見ていたアルファだったが、少し思案顔をした後「ちょっとやってみるのじゃ」と言って、登場シーンと同じようにまばゆい光に包まれた。
 光が収ると、俺の目の前にいたのは浮遊しているネックレス、もとい俺が渡したのと同じ形をしたアルファだった。

「ちょっと付けてみてほしいのじゃ」
「うお!? その姿でもしゃべれるのか!?」

 いきなりネックレスが喋ったから驚いてしまった。恐る恐る浮遊しているアルファを手にとって見ると、質感、重量ともに俺が提示したものだった。変幻自在だと入っていたが、実際に見てみるとやっぱりすごいな……どうなってんだ? これ。
 首に付けてみたが、違和感なし。これならずっと付けていられるだろう。

「問題ないな。じゃあこれでよろしく、アルファ」
「任されたのじゃ」

 その後。リードは『用事はそれだけですので失礼します』と言って早々と部屋を去っていった。本人は隠しているつもりなのだろうが、少し疲れているように感じた。無理もない。俺をこちらの世界に連れてきて、それに加えて俺の荷物を持ってきたのだ。その後に俺の買い出しに、街案内といろいろとしてくれた。疲れていないほうがおかしい。今度、何かお礼をしたほうがいいだろう。
 俺も疲れていたので寝ようとベッドに横になったのだが、一つ気になることがあった。俺以外の魔王候補ってどれくらい強いの? というものだ。どうせ俺が最弱だろうが、情報があるなら頭の片隅には入れておきたかった。ちょうどアルファがいるし聞いてみよう。

「アルファ。起きているか?」
「……ん? なにか用かの?」

 寝起きのような声でアルファが答えてきた。

「起こして悪いんだけど、他の魔王候補の強さが知りたくて。アルファは何か知っているか?」
「うーむ。強さか……正直言って分からないのじゃ。今の魔王候補と戦ったわけでもないしの。ただ、魔王の鍵を抜いた戦力で言うのであれば、ご主人様よりはずっと強いじゃろうな。それも比較するのもおこがましいと言えるほどには」

 無慈悲な答え。魔王の鍵がいくら優れていても、結局は使い手の強さが物を言ってくると思う。アルファはお茶を若干濁していたが、アルファ自身を戦力に加味しても厳しいものなのだろう。出会った当初は『赤子でも勝てる』とは言っていたが、それは気休めでしかないだろうし。
 まあ、これで『ご主人様が一番強いと思うのじゃ!』とか言われてもお世辞にしか聞こえないし、偽りの言葉としか受け取れなかっただろう。漫画やラノベであれば、最弱といえども『最強』とかいて『最弱』って読むんでしょ? と言えるが、現実ではそんな上手い話はない。
 しかし、自分で聞いておいてなんなのだが本当にこのままで勝てるのか不安になってきた。俺の勝手な推測ではあるがこの魔王の選定は、リードや他の会っていないメイド二人の今後にも大きく影響してくるものなのだろうと思う。もし俺が仮に負けてしまったら、俺自身は言わずもがな、彼女たちもどうなるのか分からない。というか彼女たちが戦死するということも十分にありえるわけだが。
 そんなことを考えていたからか随分と強張った顔をしていたようで、アルファが

「不安なのかの?」

 と聞いてきた。まあ、こんな状況で不安にならない人は頭のネジが外れているか、よほど自信がある人だけだろう。しかし、俺は魔王候補生になったのだ。それもこれもひっくるめてなんとかしなければならないのだろう。

「いや。今日の黒炎とかいう魔術によって引き起こされたあそこの痛みを思い出してたら、ね? ではなく、情報ありがとう。少し気が楽になったよ」
「うむ、お安い御用なのじゃ! あとまあ……リードをイジるのは程々にしておくのじゃよ? あれでいて結構繊細な子じゃからな」

 なけなしの虚勢を張りつつアルファの忠告に『善処します……』と答えた。
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