第3話 出会い その2

文字数 4,366文字

「お主が妾のご主人様かの? 妾はアルファである! 魔王の鍵の中で一番強いのだぞ!」

 全裸で、まな板のような胸を張って自己紹介をしてきた。いや、俺には分からん単語が多すぎて自己紹介の意味を成していなかったが。
 しかし、この見た目でその口調か。なんかエ○漫画によくある感じだな。新しさはないが実にいい。手を出しはしないよ? 本当だよ?

「君がアルファなのは分かった。聞きたいことが大量にあるが、まずは魔王候補とか、鍵とかってなんなんだ? 用語をちゃんと説明してくれよ」

 アルファは少し思案顔をしたが、すぐにうなづいてくれた。

「ふむ、ではご主人様にもわかるように説明してよろうぞ。まず、魔王候補についてじゃが、その前に魔王について教えておくのじゃ。えーっと、この世には魔王という存在がおってな? そいつはこの世界と魔族がいる世界を統べる文字通りの王様なのじゃ」

 そんな話は聞いたことがない。というか、俺の周りに魔族なんていう存在はいなかったはずだ。

「その魔族っていうのはこの世界、つまりは今現在俺が過ごしているここにもいるっていうのか?」
「いや、いないはずじゃ。なにせ魔族が人間世界に滞在することは原則禁じられているからのぉ」

 まあ、俺としては魔族が居たら、さっきみたいな股間に激痛が走るという馬鹿みたいだが確実に効く魔術というものを常に向けられるリスクが常に付き纏うし、居なくて良かったのだが。

「まあ、そこら辺の事は分かった。しかし、なんでこの世界の王が魔族なんだ? 世界の統一者はいつだって戦争で勝ったやつがなるもんだ。でも人間と魔族が戦ったっていうことは聞いたことがない。そんなこと起きていたら歴史の教科書とかに絶対に載っていると思うし」

 そう、多少の例外はあるだろうが人間の世界では、戦争の勝者が強力な権力と富を手にする。ただ、この世界は人間が富と権力を牛耳っている。魔族の魔の字も感じられない。
 しかし、その質問を待っていましたかのように、(たちばな)が口を開く。

「私たちはそんな野蛮なことはしません。というか、魔族と人間では話になりません」
「お前居たのかよ。さっきから空気だったからお前は存在していなくて、ただの幻かと思っていたところだぞ」
「……健永(けんと)様はいちいち人を煽らないと死ぬ病気か何かにかかっているのですか?」

 またもやギロリと睨まれる。
 いや、本来であれば橘が説明するべきところなのに、専門用語を周知のものとして話始めたからこんなことになっているんだろうが。というか、アルファが俺に説明してくれているときに、『え!? こんなことも分からないの!?』的な感じの顔をわざとらしく、しかも微妙に俺の視界にわざと入ってくるようにしていたんだから悪態のひとつやふたつくらいいいだろう。

「おい、2人とも話を逸らすでない。……まあ、ご主人様の言う通り、我ら魔族と人間は戦ったわけではない。それこそリードの言う通り、魔族と人間では戦闘力が違いすぎるのじゃ。魔族は、一般市民ですら銃弾を防ぐ障壁を張れ、人間の軍隊を蹴散らせる攻撃魔術を使えるしの」
「まじかよ」

 アルファの性格は分からないが、こういう状況で嘘をつく人はいないだろう。自分の目で真偽を確かめたいところではあるが、今はそんな化物がウジャウジャいるところが魔族たちの住んでいるところなのだろうと思うことにする。

「でも、それでも物わかりの悪い人間もいるわけで、相手との力量さが分からずに戦争を吹っかける奴もいたんじゃないのか? それに人間が無抵抗で訳のわからない奴らの長を自分達の王にするわけがない」
「お主、我ら魔族は魔術を使えるのじゃぞ? その魔術の中には相手を洗脳することができるものだってあるのは自明の理じゃろ? 魔術というのは、この世界の兵器と同じく効率よく自分を守り、敵を殺すために長年研究されてきたものなのじゃから」

 ……なるほど。まあ、洗脳ができれば無駄な争いは避けられるな。こっちからしてみれば対抗手段がなく打つ手がない状態だということだが。
 しかし、どうやら魔族という存在は人間と同じような生き物らしい。まあ、心臓とかそういうのがあるのかは知らないが。同じような思考論理がある、という点で言えば人間と似たようなものなのだろう。

「というか、この世界のことをよく知っているんだな。さっき魔族は原則立ち入り禁止と言っていたのに。どうやってこっちの世界のことを調べたんだ?」

 こちらの世界に来たことがないとすれば、彼女達は俺の過ごしている世界について詳しすぎる。

「いや、原則禁止されているだけでいくらでも抜け道はあるからのぉ。それに妾は魔王の鍵で1番強いのじゃぞ? こちらの世界に来ることなんぞチョチョイのちょいでできるのじゃ」
「なるほど」

 いや、思わずなるほどって言ったけど、なに当たり前のように規則を破ってんだよ。というか、アルファの言い方からすると入国審査みたいなところを通ってこちらに来るのが正規ルートなんだと思うが。

「てか、なんで魔族はこっちに来ることを禁止されているんだよ。魔族が勝者であれば、こっちの世界に来てやりたい放題するだろ、普通」

 しかし、これには橘とアルファはやれやれと言った感じで呆れる。
 いや、こんなに人間という労働力があるのだ。しかもタダで使える。そうじゃなくても、この世界には資源もある。魔族がどういった生活をしているのかは知らないが、持っていて損するものではないはずだ。

「ご主人様よ、奴隷とかそういうものを起用するということは、それなりのリスクも伴うじゃろ? そうでなくとも妾達魔族はそんな七面倒なことなどしとうないし、この世界は十分に発達しておるのだから、好き勝手にやらせておいて、美味しいところをある程度こちらにも分けてもらえればいいのじゃ」

 魔族はめんどくさがりなのかな? とか思ったけど、確かにこの世界の文明レベルは破壊するのが惜しいくらいのものだろう。なんだよ、人間と魔族はある程度いい関係を築けて……いや、結局は魔王の気分次第ではこの関係も終わりを迎えるのだろうから、薄氷の上で成り立っているものなのかもしれない。

「説明ありがとう。で、次に魔王候補っていうものはなんなんだ? 確かに読んで字の如くだが、俺はそれに選ばれたんだろ? 何をしてその中から魔王を選出するんだ?」
「そうじゃな。魔王には任期というものがあって、今年はちょうどその任期が終わる年なのじゃ。じゃから来年からの新魔王を今年中に選出するわけじゃが……簡潔に言えば殺し合いをして決めるのじゃ」

 おいおい、魔族は野蛮じゃなかったんじゃ? 思いっきり血生臭いことで魔王を決めてんじゃん。
 あと、魔王が任期制って……まあいろいろ過去にあってそういう制度になったんだろうけど。

「なあ、魔族って軍隊の兵士を軽く凌駕する力を一般人ですら持っているんだろ? 俺は人間で、しかも戦う術を身に付けていない雑魚だぞ。そんな奴が他の魔王候補に殴り込みにいっても瞬殺だと思うんだけど」

 俺にはそうなる未来しか見えなかった。他の魔王候補のことを何も知らないが、とんでもない戦闘力を持っていることは確かだろう。下手をすれば、魔族の世界に足を踏み入れた瞬間死ぬ、みたいな事態が起きてもおかしくない。
 しかし、アルファは安心せよ、という感じで俺に話しかけてくる。

「さっきから何度も言っておることじゃが、妾は魔王の鍵の中で1番の強いのじゃぞ? たとえお前が赤子であったとしても、そうそう他の魔王候補に遅れはとらんて」
「そうですよ、健永様。あなたがどれだけバカで、無能であっても大丈夫です。安心してどこかで縮こまっていてください」

 アルファは優しいなー。それに比べて、橘は俺に優しい言葉をかけてくると思いきや、ここぞというばかりに罵倒を浴びせてくる。ツンデレか? ツンデレなのか?

「……まあ、いいや。大丈夫と言っているんだから大丈夫なんだろう。最後にアルファがさっきから自信満々に魔王の鍵で1番強いって言っているけど、その魔王の鍵っていうのはなんなんだ?」
「別にたいしたものではないぞ。分かりやすく言えば波動エンジンじゃな」
「……は?」

 いや、本当に訳がわからん。波動エンジンというものは、あの有名な宇宙戦艦アニメ出てきたエンジンのことだろう。無限動力機関で、通常時はただのエンジンとして使われているが、戦闘時ではたびたび波動砲を打つことに使われている。それは分かるが、いきなり魔王の鍵というものが『波動エンジン』と一緒と言われても理解できない。

「困惑しておるようじゃの。じゃが、本当に波動エンジンのようなものなのじゃ。いつもはご主人様に膨大な魔力を分け与え、いざというときにはご主人様の力となり共に戦う。それが魔王の鍵じゃ」

 いまだに理解が追いつかないが、百聞は一見に如かず。魔王候補として日々を過ごしていくうちに、分かるようになるんだろう。それはいい。ただ、その力、というものが気になった。魔王の鍵、それもその鍵の中で一番強いのだからチート並のものに違いない。

「大体はわかった。あともう一つだけ。さっき言ってた力ってアルファの場合はなんなんだ?」
「おや、それぞれの魔王の鍵によってその力が違うとよく分かったの。意外と優秀なご主人様なのか?」
「いや、そうじゃないとわざわざ『1番強い』なんて言わないだろ? あと、一言多いぞ」

 アルファまで橘みたいな感じになってしまったらたまったもんじゃない。

「冗談じゃよ、ご主人様。それで妾の力じゃが……端的に言えば、相手の力を一方的に封じ、こちらの力を極限まで高める、みたいなものじゃろうか」
「……すげえじゃねえか」

 そんな力があったら、怖いものなしじゃね? そりゃ赤子でも心配いらねえわ。ついに俺も最近流行の主人公最強を体現できるんだな。
 あと、そんな力があるならハーレムも作れるんじゃね? 今年で30歳になったが、遅咲きの桜を咲かせられるんじゃね!?
 感動に打ち震えていると、橘が補足説明をしてくる。

「まあ、その力が使えるのは近接戦闘が行われる距離、具体的に言えば半径5メートル以内での話ですが。それと敵と交戦している場合に限ります。あと、その力の副産物として通常時の魔術の威力が極端に弱くなります」

 ……癖が強すぎる……
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