第11話 いざ学院へ! その4

文字数 5,395文字

『さようならー』

 終礼が終わり、ようやく家に帰れる。
 昼休み後も、授業中ずっと2人はそれぞれお互いを睨みつけていた。おかげさまで何一つ授業内容が入ってこなかったぞ。ただでさえ魔術に関しては赤子同然の知識量なんだから、人よりも努力しないといけないのに……

「じゃあ、俺は帰るからーー」
「ちょっとどこへ行こうというのですか」

 フィンさんに詰襟の首を掴まれる。
 ちょっ! 締まってる! 首が締まってるって! それに、この下は……
 フンッ、というフィンさんの声とともに俺は強制的に椅子に着席。それと同時に詰襟のボタンが全て弾け飛んで御開帳。ピタゴラスイッチかよ。

「んなっ!」

 ほらー、フィンさんが俺の姿に驚いちゃってるよー。そりゃそうだよね。いい年こいたおっさんが女物のワイシャツを着ていたらそりゃ俺でも驚くわ。しかもサイズが合っていなくてパツンパツンだし。
 フィンさんが驚いたまま俺の目を見てくる。俺も見つめ返す。
 どうだ、フィンさんよ。この澄んだ瞳をしている俺が、自発的にこの服を着ていると思うか? 俺のメイドとなる君ならきっと通じると信じているぞ。

「へ……」

 気づいてくれたか。俺は信じてーー

「変態!」

 罵声とともに引っ叩かれて、俺は涙を流した。
 リードって奴が全ての元凶なんですよ……


 しばらく後。静観を続けていたリードからの説明があって、ようやくフィンさんの誤解が解けた。
 というか、静観をするんじゃなくてすぐに弁明をして主人を守ってくれよ。
 教室に他の子がいなかったのが幸いだったけど、そうじゃなかったらいよいよ取り返しのつかないことになっていたところだぞ……

「ごめんさない! 私はてっきり健人さんが自ら望んでその格好をしていたのかと」
「断じてありえん! 緊急事態じゃないかぎり絶対に!」

 ったく、今日は散々だ。さっきはフィンさんに出鼻を挫かれたけど今度こそは帰らせてもらう!

「じゃあ、俺は帰るからな! 言い争いをしたかったら俺のいない場所でやってくれ!」

 机に掛けていた鞄を手に取り、そそくさと教室を出る。本当は、『ラジア』とかいう組織かなにかのことについて休み時間に聞きたかったのに口論で潰れるし、フィンさんについても詳しく聞きたかったのに、それも聞けずじまいだし……
 ズンズンと歩みを進めていると、あっという間に校門前まで来てしまった。
 ……帰り道が分からない。朝はリードの後ろをただ付いていっただけだし、そもそも俺は道を覚えるのが非常に苦手な人間だったのを忘れていた。
 待つこと数分。リードとフィンさんが走って俺のところまで来た。

「先に行くから校舎で迷子になってしまったのかと思い、探し回っていましたよ。迷子センターまで見に行ったのですが、ここに居たのですね、健人様」
「私は、迷子になって怯えているのかと思い、ゴミ箱の中も探していたのですが、ちゃんと校門までたどり着けていたのですね。よかったです」

 二人仲良く俺が迷子になっていると思いやがって……
 それになんか馬鹿にしてない? 迷子センターだの、ゴミ箱の中だの……

「……家に帰るぞ」

 実際、校門から先は全く分からなかったので、喉元まで出かかった文句は飲み込む。
 リードも今日はすぐに帰りたい気分だったのか『そうですね』と言って、珍しく俺の意見に素直に従ってくれた。明日は槍でも降るのかな?
 フィンさんの方も『そうですね。健人さんの家に帰りましょう』と言ってくる。おおー、ようやく3人の意見がまとまった!
 して、行きと同じく数十分歩いて家に到着した。たぶん明日、筋肉痛になってる気がする……

「よし、じゃあ俺は疲れたから自分の部屋に行くわ」
「では、私は晩御飯の用意をしますね」
「私は健人さんの部屋にお邪魔します。リードがちゃんと面倒を見ているのか気になりますし」

 3人それぞれ違う目的を持って家の中にーー

「ちょっと待ってください」
「なんだよ、リード」

 せっかくうまくまとまっていた調和を乱すなんて、何を考えているんだ。俺は部屋に、リードは晩御飯を、フィンさんは俺の部屋に。何もおかしなことは無いだろ。
 ……ん? なんでフィンさんが俺の部屋に……?

「フィンさん。そこは私以外立ち入り禁止ですが」

 いや、俺の部屋は俺以外立ち入り禁止では? というか、他にツッコむところがあるでしょ。

「そもそもリードがメイドというのがおかしいのです。あなたはどちらかと言えば尽くす側ではなく尽くされる側の人のはず。それが、魔王候補が現れたことをきっかけに急にメイドや眷属になれと言われても無理な話です。どうせ、私達が属している派閥に関しても話していないのでしょう」
「…………」

 リードが珍しく押されている。というか、20歳にもなる人が年下の女子に言い包められているなんて……面白すぎでしょ。

「フッ……」
「今、健人様笑いましたよね? 言い逃れは出来ません。私達が真剣に話している時になんてことを!」
「えぇ!? 地獄耳かなにかですか!? リードさんったら怖いですわー」
「話の腰を折らないでください!」

 リードの露骨な話のすり替えの犠牲になって2人から糾弾される俺だったが、ふと根本的な問題に気がついた。

「なんでフィンさんがここに居るんだ?」

 俺の言葉に2人がピタリと動きを止める。リードもフィンさんに目を向け、ようやく俺と同じ疑問を持ったのか

「……それもそうですね。ここはあなたの家ではないはず」

 俺に乗っかってきた。いや、気づくの遅すぎでしょ。俺も人のこと言えないけど、リードの抜け具合は心配になるわ。
 対してフィンさん。

「今日から私もここに住むから、別に不思議ではないでしょ?」
「それなら問題ないな」
「いえ、そこは問題視するところですよ、健人様」

 リードの小言を無視して、フィンさんを屋敷の中に迎い入れる。これ以上厄介事は御免だし、さっきも言ったが疲れているのだ。一刻も早く自室に入りたい。
 というわけで、『ようこそ!』とだけ言って足早に自分の部屋に逃げる。後ろからリードが『健人様!』と叫ぶ声が聞こえたような気がしたが、多分幻聴だろう。

  部屋に入り、まずは制服を脱ぐ。普段着に着替え、一先ずベッドで横になることにした。
 リードとフィンさんの言い争いも気になるところではあるが、それよりもこれから授業にちゃんとついていけるのかが心配だった。
 というのも、魔族の独自の文字が全く読めないのだ。なので、電子黒板に書かれた文字を書き写すことすら困難な状況に陥っている。それに加え、2人の雰囲気に飲まれて全く授業に集中できなかった。早めに手を打っておかないと、地獄を見ることになりそうだ。
 まあ、リードは高校卒業の要件を満たしているらしいから、彼女に面倒を見てもらうというのもありだが、一度はなんとかしようと努力するのが良いと思う。
 幸いだったのは、魔族の言葉を聞き取れはするということだろう。文字が読めなくても口頭であれば理解できるのだから……お! スマホが使えるんだから、ボイスレコーダーで授業を録音すればいいのでは?
 学院の校則で、スマホでの録音が許可されているのか知らないけど、バレなきゃセーフだろ。
 というわけで、どこにスマホを隠せば音声が入るか考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
 「どうぞー」と外にも聞こえるように大声で言うと、フィンさんが入ってきた。
 さっき彼女が言っていたことはどうやら本気なものだったらしい。
 男の部屋に女が入ってきちゃイケないんだぞー。俺みたいな変なオジサンにイタズラされちゃうかも知れないからなっ!
 まあ、冗談ですけど。流石に10歳以上年の離れた子に劣情を催したりしませんよ。私は紳士ですからね。

 俺の部屋に入ってきてからフィンさんはずっと部屋の様子をぐるりと見ている。

「一応、人が住めるくらいの物は置いてあるみたいですね。リードのことですから、囚人部屋みたいなものを覚悟していたのですが」
「フィンさんのリードに対するイメージがひどすぎるのでは?」

 どうも彼女と俺のリードに対する感じ方というか、捉え方に大きな違いがあるように思えた。といっても、俺とリードの付き合いは短いし、フィンさんのイメージ像のほうが本来のリードなのかもしれないが。

「それはそうと健人さん。私はあなたの眷属です。なので、私のことはフィンと呼んでください」
「お、おう、分かった」

 唐突に話が変わったので、一瞬戸惑ってしまった。
 しかし、この美少女が俺のメイド兼眷属か……リードとは毛色が違うが、彼女も俺のタイプだ。おっと、警察を呼ぼうとするのは今すぐやめ給え。
 気分を変えるために話を変えよう。

「そういえば、朝に先生が言っていた『ラジア』って何なんだ? 俺がそこの頭とか言っていたけど……」

 フィンもそのことについて話に来たようで、『それはですね』と身振り手振りを交えて説明してくれた。

「『ラジア』というものは、健人様の仲間、派閥の総称みたいなものです。ちなみにそれぞれの魔王候補生に同じような派閥は存在しています。この派閥に所属している人全員が魔王候補生同士の戦闘に参加するというわけではありません。ただ、その構成員は支援部隊としての働きを担うので、上手く行けば戦いが有利になることもあります。まあ、『ラジア』という名前の応援団がある、というような感じで捉えてもらうのが分かりやすいかと」
「なるほど……」
「それと、健人様が転入してきたクラスに所属していた彼女たちが『ラジア』に所属している子たちです。だいたい30人くらいでしょうか。あまり変なことをして人数を減らさないでくださいね」

 どちらかと言うと、リードとフィンの言い争いのほうが人数が減る原因になりそうなのだが、それを言うとややこしくなりそうなので頷いておくだけにする。
 しかし、30人か。多いのか少ないのか分からないな。

「ちなみに、他の派閥ではどのくらいの人数がいるんだ?」
「……だいたい平均で300人近くです」

 ふむ、なるほど。

「最頻値は?」
「えーっと……多分同じく300人くらいかと」

 ふむふむ。魔界でも平均、最頻値という概念があるらしい。ということは、人間と同じような数学の勉強を学校で教えられているのかも知れない。あとから聞いてみよう。

「……俺以外の魔王候補は何人居るんだ?」
「……7人です」

 なるほどなー。ということは、この魔王学院に在籍している生徒数は、少なくとも2000人以上というわけか。とんだマンモス校だな。大学かよ。

「……えっ? これって無理ゲーじゃね?」
「…………」

 フィンはダンマリだ。いや、彼女の立場であれば、主人である俺が『無理っしょ!』っていう言葉に対して『そうっすね!』と返すことが出来ないことは理解できる。
 しかし、逆に言えば、ここで黙ってしまうという事自体が、この戦いに勝機がないとフィンが思っていることになる。
 いくら応援団みたいな存在だと言っても、後方支援部隊としての役割が派閥と呼ばれるものにあるのだとしたら、魔王になるための戦いにおいて重要な要素になり得るのは火を見るより明らかだ。

「ま、まあ……これから俺のことを応援してくれる人を増やしていけばいいし? スタートラインでクヨクヨしていてもどうにもならないし? これからだよ、これから!」

 俺は努めて明るい声で自分を、フィンを鼓舞するように言葉を発する。
 なんとも悲しい強がりではあるが、側近の彼女に俺が落ち込んで萎える姿をいつまでも見せるわけにはいかない。厳しい戦いになるなんて、アルファの力について聞いたときから予想していたことだ。それに、派閥の頂点に立つ俺が『無理ぽー』なんて言っていたら、俺に期待してくれているクラスメイトに申し訳が立たない。

「少しポジティブすぎる気もしますが……今はその意気のほうがいいですね。それに、私は期待していますから、がんばってくださいね!」
「おうよ!」

 フィンも笑顔になってくれたし、めでたしめでたし! 完!

「勝手に盛り上がっている所申し訳ありません。食事の用意が出来たので、食事処に来てください。それと……健人様には後でお話があります」

 いつの間にか俺の部屋に入ってきたリードが、能面みたいな顔で俺とフィンを見てくる。 
 あー……そういえば、フィンを屋敷に迎い入れるためにリードの静止を振り切ったんだった……
 せっかくデレ期が来たと思ったのに、次は倦怠期かなにかですか?

 食事を食べたあと、お話という名の説教を2時間受け、リードの機嫌には気をつけようと心に決めるのであった。
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