第14話 魔王戦 準備編 その1

文字数 4,266文字

「播磨くん! 君に勝負のお誘いが来ているよ! お相手は、今回の魔王候補生の中で1番魔王に近いとされているリッキー・ジョー・ウィックス君からだ!」

 何ということでしょう、まともに魔術が使えない播磨健人は、入学早々に目を付けられてしまいました。それも、優勝に最も近いとされているリッキー・ジョー・ウィックス君に! そう、あのリッキー・ジョー・ウィックス君に!

「すみません。まず、彼の名前を知らないのですが……」

 2回も連呼したが、一体誰なのか皆目検討がつかなかった。
 そんな俺に、学院長は彼の写真を見せてくださった。

「その如何にも強いぞ! という人物がリッキー君だ。彼は根っからの近接戦闘型でね、彼の拳に触れたものは塵も残さず消える、と言われている」

 ……見た目がゴリゴリのマッチョみたいな人だったが、その噂を聞いて、ただのゴリラにしか思えなくなった。いや、己の拳一つで戦うとか漢かよ。

「ちなみに彼の眷属の人数は1人だ」
「意外ですね。そこまで強いのであれば、人は嫌でも寄ってくると思いますが」

 俺の言葉を聞いて、学院長は苦笑いをする。

「私もそう思うのだが、どうも彼の目はかなり厳しいらしくてね。眷属にするための条件は、『自分と互角に戦えるかどうか』という噂だ」

 リッキーという人もそうだが、眷属もかなり、というかめちゃくちゃ強そうだぞ……

「それで、学院長。この勝負の申込を私は拒否できるんですよね?」

 勝負を申し込まれた方には拒否権があるのが普通だろう。俺はその権利があると思っていたのでそこまで慌てていなかったのだが……

「うーん……普通はあるんだけどねぇ。君の場合は例外というか、君の所属している派閥が原因なんだけどね。簡潔に述べると、君はこの勝負を拒否できない」
「……理由を聞いてもいいですか?」

 内心はかなり焦っているが、ここで取り乱してはいけない。俺は魔王候補生だ。魔術が使えないのであれば、せめてこういうときに冷静でいなければいけないと思う。
 学院長は俺が拒否できない理由を詳しく説明してくださった。

「この前は言わなかったんだけどね。魔王を決める戦い、私達は魔王戦と呼んでいるけどね。その魔王戦は文字通り魔王を決める戦いなんだが、君も知っての通り、魔王候補生には派閥というものが後ろに付いているだろう? つまりは、魔王になった魔王候補生に付いていた派閥はかなりの恩恵を受けることが出来るわけだ。だから、派閥に属している皆は自分のところの魔王候補生をなんとかして勝たせようと頑張るわけだが」

 学院長が過去の魔王戦の資料を広げて、意味ありげに1つの派閥の戦いの記録をなぞっていく。

「君が頭を務めている派閥『ラジア』は、過去の魔王戦においてただ一度の勝ち星も上げることが叶わなかった。つまりは負け続けてきたわけだ」

 『ラジア』に所属している人が少ないと思っていたが、こういう背景があったことも影響しているのかも知れない……

「戦には勝ち負けがある。勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを失う。君の母国の歴史でもよくあった話だろう? まあ、敗者が全てを失うことはなかったとしても、ある程度のペナルティはあったはずだ。領土を失う、身分を失う、財産を没収される。まあ、上げたらきりがないけどね」

 本当にこの学院長は日本のことが好きらしい。文化だけではなく歴史まで学んでいるとは……もしかしたら、俺よりも詳しい可能性がありえるな。

「まあ、そのペナルティにあたるものを『ラジア』は受けているのだが、それが他の魔王候補生に魔王戦を申し込まれても『ラジア』のトップである君が拒否することは出来ない、というものだったわけだ。それ以外にも色々とあるのだが……それは私から言うことではないから、ね?」



 学院長から『勝負の日時は今日から1週間後の12時から! これにルールとか書いているからしっかりと読んで来るように!』と、相変わらずのジェットコースターみたいに上下するテンションで封筒を渡されて、学院長室から出てきた。
 今は授業中ということで、廊下には誰もいない。学院長自ら校内放送で『播磨健人くん、播磨健人くん。至急学院長室にくるように』という放送を授業中にしてきたときは驚いたが、まあ……その要件がこれだったのだから納得ではある。
 しかし、昨日ようやく眷属3人が揃ったところなのに魔王戦とは……運がない。
 リード、フィン、ミネの3人は魔王戦に参加できるレベルに到達しているのだろうが、俺のほうが全く準備できていない。まあ、果たして十分な時間を与えられても形になるかは疑問ではあるが。

 あれやこれやと考えていると、教室に着いてしまった。
 正直かなり気分は暗い。が、俺は何度も言う通り魔王候補生だ。3人の眷属と派閥を従える魔王候補生なのだ。そんな奴が暗い顔をして、『駄目かもしれん』なんて思っていたら、彼女たちに合わせる顔がない。
 顔を両手で叩き、活を入れる。
 厳しい戦いになることなんて百も承知! まずは、自分が出来る精一杯の事をしなけりゃ始まらん!



「というわけで、魔王戦を1週間後にする運びになりました」
「健人様。国外逃亡の準備をしましょう。私達に勝ち目はありません」
「ちょっと、リード! 健人さんの目の前でそんな事を言うなんてどういうことですか!」
「ふ、二人とも少し落ち着いてください!」
「いやー、播磨君はこの言い争いを毎日耐えているわけか! 幸せものだな!」

 リードは逃げる算段を立て始め、フィンはフォローと見せかけてのパンチを俺に入れ、ミネはなんとか場を収めようとし、先生はトンチンカンな事を言う。
 どういう状況なのかと言うと、現在昼休みで、先生と俺、俺の眷属たちに情報を共有しているところだ。
 今のやり取りを聞いていると、切迫している状況なのに実家のような安心感を感じる。
 まあ、ここで慌てふためいてもどうしようもないので、ある意味正しいのかもしれない。

「でも実際問題どうしたら良いと思います? 私はまともに魔術が使えないんですよ。1週間でそれをどうにか出来るわけでは有りませんし……もちろん黙って負けを認めるなんて事はしませんが、私1人ではどうしようもないので先生に相談しようかと思った次第なのですが」
「……なるほど。そういうことだったら先生に出来ることはない」

 ……おっとこれは予想していなかった回答だ。『ラジア』に所属している先生であれば、こういう時に何かヒントをくれると思ったんだが……

「まず、播磨君の眷属であるリード、フィン、ミネの3人に関してだが、私がとやかくいうほど弱くはない。というか、戦闘力のみでいうのであれば私よりも強いだろう」

 え? そんなに強いの? 知らなかったんですけど!

「まあ、自分で言うのもあれですが、こう見えても私は魔界で5本の指に入るくらい強いって言われていますから」

 リードが自慢気に話してくる。無い胸も張っちゃって……お可愛いことだ。

「私とミネも腕には自信があります。下手を打たない限り、今回の魔王候補戦に遅れは取らないはずです!」
「私も足は引っ張らないと思います!」

 フィンとミネも自信ありげだ。

「次に、播磨君に関してだが……君についてもとやかく言うことはできない。というのも自覚はあると思うけど、君の力は少々特殊に過ぎる。まともに魔術を使えないとあれば、私とてどう教えれば良いのか分からないんだよ。それに、アルファの力を最大限に発揮させることが出来る格闘術を教えるにしても1週間で身につくことはごくわずか。しかも相手は近接戦闘型のリッキー君と来たもんだ。付け焼き刃でどうにかなる相手ではない」

 ……ぐうの音も出ない。先生の言う通り、俺はまともに魔術を使えない。そんな人に通常の魔術の指南をしたところで無意味、時間の無駄だろう。戦闘技術を身につけるにしても、魔王戦で通用するようなものにはならない。
 1週間という期限がなければもう少し動きを取れたのだが……
 俺の眷属が有能なばかりに、余計俺がまともに戦えないのが悔やまれる。

「まあ、まだ1週間ある。さっきは私から出来ることはないと言ったが、戦術を組み立てることを手伝うくらいなら出来る。気が向いたら是非声をかけてほしい」

 先生に肩をポン、と叩かれてこの話は一旦持ち帰る運びとなった。



「どうすりゃいいのか全く分からん」

 帰宅してから食事と風呂を手早く済ませた俺はずっと部屋にこもっている。
 なんとか無い頭を絞って勝ち筋を見つけようと奮闘しているのだが、何も思い浮かばない。
 いや、リード、フィン、ミネの3人がリッキーとその眷属を倒してくれたら万事解決にはなる。しかし、当然彼らが雑魚の俺を放っておくとは思えない。俺の眷属をどうにかして俺に直接勝負を仕掛けてくるのは当然の流れとも言える。
 学院長から手渡された魔王戦のルールには、『魔王候補生が戦闘不能に陥った場合は、眷属がたとえ健在だとしても敗北とみなす』と書いていたし、この試合、俺がネックになっているんだよな……
 魔術を使えないのはどうしようもないが、せめて自分の身を守れるものはなにか無いものか……
 グー◯ル先生になんとかしてくれと聞くこと数時間。

「なんも見つかんねぇ……」

 それもそうだ。出てくる検索結果は全て人間のもの。参考になるはずがなかった。
 これ以上根を詰めすぎるのも良くないと思い、ツイ◯ターのTLを見ていると、拳銃に関する話題が目に入った。
 グー◯ル先生に聞いたときにも出てきた。ただ、そのときは『魔族に人間の兵器がしないって聞いた覚えがあるし、これじゃ駄目だろうな』と思って流していたのだが……なぜだかこの時、この状況を打開する糸口を見つけたような感覚に見舞われた。
 確証もなにもない。が、今のままじゃ何も出来ずに1週間が過ぎてしまう。拳銃という人間の武器が魔族に通用しないとしても、最悪威嚇には使えるし手元に置いておいて損はないだろう。
 というわけで、明日は拳銃をなんとかして手配しようと決めたのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み