第8話 いざ学院へ! その1

文字数 3,899文字

 次の日。いよいよ10年とちょっとぶりに学校に行く日がやってきた。それも学生という身分で、だ。して、俺が今何をしているのかと言うとリードに凝視されながら制服を着ている。おっと、これは俺が頼んだことではない。これには訳がある……


 1時間前の朝の6時半頃。リードに比較的平和な起こされ方をして目覚めた俺は、顔を洗い、歯を磨き、制服を着ようと思った矢先、リードから制服を貰っていないことに気がついた。昨日、制服を取りに行っていたと言っていたので、無いという事態は起きないとは思うが。
 しかし制服が無いとどうしようもないので、それを受け取りに行くためにリードの部屋に行こうとしたら……タイミングが良いことにリードがこちらの部屋を訪ねてきてくれた。だが、リードの姿を見て固まってしまう。

「……どうしました?」

 リードは首を傾げるだけだ。

「どうしましたかって……その格好は……」
「いたって普通の制服ですが?」

 彼女が来ていた服は、日本の大正時代に女学生がよく来ていた和洋折衷スタイルのものだった。より分かりやすいように言うと、いわゆる『ハイカラ』というものだ。着物の柄は矢絣(やすがり)で袴は海老茶(えびちゃ)の色。髪型はメイド服のときのリードのものと一緒だが、まるで大正時代から抜け出してきたみたいだった。

「あ……あ……」

 俺は『あ……』しか言えない体になってしまう。これは仕方ないことなのだ。俺は『ハイカラ』が大好きで、タイムスリップできるのであれば一度は大正時代に行き、この目でしかと『ハイカラ』を目に焼き付けたいと思っていたほどである。
 くそっ! この屋敷は土足厳禁で、日本の家と同じように玄関で靴を脱ぐから足の部分だけどうなるのか分からない……! ブーツか!? それとも草履か!? ブーツなら俺は嬉しさのあまり発狂するかもしれん!
 しかし、この時代になって学生の『ハイカラ』が見れるとは……これだけで魔王候補生になって良かったと言えるほどだ。もう死んでも良いかもしれん。
 感激のあまりずっと『あ……』と言いながら涙を流す俺を冷めた目でリードが見てくる。

「気持ち悪いので正常に戻ってきてください。何に驚いているのか分かりませんが、健人様の制服を持ってきました。早くしないと学校に登校初日から遅刻するなんてことが起きますよ?」

 そうだった。俺は自分の制服を受け取ろうとしたんだった。
 深呼吸をして心を落ち着かせ、リードから制服を受け取って着替えようとしたのだが……

「……リード。着替えるから別にここに居なくても良いんだぞ? いくら俺でも学生服くらい一人でーー」
「早く着替えてください」
「いや、着替えづらいっていうか……リードもおっさんの裸を朝から見るのは嫌だろ? だからーー」
「私のことはお気になさらず」

 うーん。遠回しに『部屋から出ていってくれない?』て言っているのに一歩も引かない。別に裸を見られるのが嫌とかじゃあないんだ。ただ、俺の裸を見ることによってリードの機嫌が悪くなることを危惧して言っているのだが……
 てか、リードは俺の裸を見たいのか? なぜか少し目が輝いている気がするし。
 まあ……いいか。
 というわけで、リードに凝視されながら制服を着替えることになったのだった。
 早速、彼女から受け取った制服を見てみる。詰襟とそれに付随するズボン。ふむ、これは現代日本にも見られるものだ。むしろ懐かしい……中学校の制服が詰襟だったのだが、首元が苦しくてホックを外していたら先生に見つかってよく怒られたものだ。
 で、次に学生帽と。昔はよく学生が被っていたらしい。現代でも売っているには売っているが、着用は任意で誰も被らなくなってしまった。
 そして、……黒いマント……?
 そこで俺はピンときてしまった。
 詰襟、学生帽、黒いマント。これは……『バンカラスタイル』だ……! 
 『バンカラスタイル』とは、これまた大正時代に台頭してきた男子学生の服装だ。旧制中学、高校に学びに行っていたエリートたちが、内面の充実を目指す心意気を外見で表現しようとした結果生まれたものだとネットで見たことがある。
 ちなみに、黒いマントと言ったものは正しくは『トンビ』というもので、外套(コート)の一種だと思ってもらっていい。
 しかし、王立魔王学院というところはこの服装が制服なのか? いや、俺としては万々歳なのだが、ちと時代が古いと言うか……
 いや。ファッションというものはサイクルするものなのだから、一周回ってこのスタイルになったのかも知れない。
 おっと。懐かしんだり考察するのはいいが、これ以上ゆっくりしていたら本当に遅刻しかねない。
 パジャマを上下一気に脱ぎ捨てて、まずズボンを履く。ふむふむ。生地がしっかりしていて、お金がかかっていることが伺える。着心地もいいし、着ることにストレスは発生しないだろう。
 次に……と思ったとき、ワイシャツが無いことに気がつく。
 というわけで、先程からずっと何故か頬を少し赤くしながら俺を凝視し続けているリードに持っていないかを確認することにした。

「リードさんよ。俺の体に見とれているのはいいが、ワイシャツがないんだが」
「……自意識過剰では? それと……これをどうぞ」

 いや、だって上気した頬をしているし、それから少しハァハァとか言っているの聞こえるし……自意識過剰だとは思えないのだが……
 もしかして、リードさん。デレ期来ちゃいました? これは期待しちゃっていいですか?
 心を鎮め、一先ず渡されたワイシャツらしきものを着用するために一旦それを広げ、ボタンがある程度のところまで止まっていたので万歳をするように着て目の前にある鏡を見る。

「どう? 似合う?」
「似合っていると思います」
「……そうか」

 鏡に映っていたのは、女物のワイシャツを着た今年三十歳になった男の姿。サイズが合っていないため、今にもはち切れそうだ。
 さっきまで頬を赤くしていた彼女は真顔になっている。ふむ、これ君が渡してきた服なんだけど。

「ってちがーーーーう! ツッコミを入れようよ!? これ、女生徒が着るやつだよね!? てかこれ誰のだよ!?」
「私が学校から支給された服です。ご心配なく。私は一度もそれを使っていないので、健人様に差し上げます」
「そうなんだー。ありがたく使わせていただくわ、じゃなくて!」

 ったく、今日は俺をキラキラした目で見つめてきたり、頬を上気させたり、女物のワイシャツを渡してきたり……なんなんだ? 本当に。
 何がなんだか分からなくて頭が混乱してきた俺はしかし。リードの今の発言に一つ引っかかりがあることに気がついた。
 ……ん? ちょっと待て。今、学校から支給されたって言ったよな? じゃあ、リードのその格好は……?

「リード。その服装は制服なんだよな?」
「はい。制服です」

 別に嘘をついている様子はない。

「じゃあ、俺が今着ているワイシャツは何なんだ?」
「学校から支給された制服の一部です」

 ハイカラの服の下に、俺の着ているワイシャツを着ているとは考えにくいし、第一さっき一度も着ていないなんて言っていたんだからそれはありえない。つまり……どういうことだ?
 うーん、と頭を捻っている俺を見て、自分の言葉が足りていないことを自覚したらしいリードが補足説明をしてくれる。

「魔王学院は、学校が制定する服装があります。しかし、それに必ず従えというものではありません。学校に認められれば、どんな服装でも構いません。ただ、あまりに奇抜な服装は審査に却下されますが。つまりは、この私の服装、健人様の服装は学校指定の服装ではありませんが、制服として認められているので大丈夫、ということです」

 自由だなー。まあ、注意されないんだったらなんでもいいや。

「教えてくれてありがとう。それはそうと、男物のワイシャツは無いのか?」
「……今日購入するので、今は我慢していてください」

 ……無いなら仕方ない……か。
 気を取り直して、詰襟とトンビを羽織り、もう一度鏡を見てみる。
 詰襟が首元まで隠してくれて助かった。ワイシャツは全く見えないし、これなら登校初日から一部分だけ女装した変態なおっさんという異名を付けられずに済む。
 最後に、パパっとワックスを塗って完成だ。ちなみにこのワックス。俺が人間界に居た頃と全く同じものが魔界に売っていたので、この前の買い出しの際にリードに買ってもらったものだ。携帯の電波も届くし、魔族は便利なものは何でも取り入れる質らしい。

「うしっ! 着替えも済んだし、そろそろ行くか!」

 時間もいい頃合いだったので意気揚々と出かけようとしたら、リードが頭に学生帽子を被せてきた。

「これも忘れていますよ」

 くそっ! スルーしてたのに……!
 別に学生帽が嫌いなわけではない。ただ、いい年こいた人がこういうものを被るのはちょっと恥ずかしいっていうか……
 まあ、リードの見ていないところで脱げばーー

「健人様。そのお姿、すごく似合っていますよ」

 ハイカラを綺麗に着こなし、いつもよりも何倍も美人になったリードが笑顔でそう俺に言ってきた。
 ……まあ、これも悪くないかも……な。
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