第5話 リードの屋敷 その1

文字数 5,255文字

 主従契約と、アルファの力の例外に関して聞いたあとしばらくして。アルファは眠いとか言って元の箱に戻ってしまった。え? 魔王の鍵に睡眠とかいう概念あったのか……
 その驚きで何故かアソコの痛みが消え、色々な混乱もある程度は解けたので、ずっと感じていた疑問をリードに聞くことにする。

「で。ここはどこだ?」

 そう、俺が目覚めたとき、知らない天井だったのだ。で、起きて見て部屋を見渡してみると、どうやら俺は自分の部屋ではなくどこかに彼女達に連れられたと言うことが判明した。

「ここは、魔界です。それとここは健永様が過ごすことになる家です。元々私の家なのですが、最近は私以外誰も住んでいませんし、家も大きいので健永様の新たな根城にふさわしいかと思い、気絶している間にここに運ばせてもらったというわけです。」

 嘘……だろ……?
 普通、こういうイベントっていうものは様々な人との別れを惜しみながら結構な時間をかけて進めるもんじゃないのか?  いや、別に俺との別れを惜しんでくてる人なんてほとんどいないが、それでも挨拶くらいはしたかった人もいたし、もしかしたら何かの間違いで別れのキスがあったかもしれない。いや、女性の知り合いがいないからそれは無いか。
 それがなんだ。リードにとっては馬鹿な発言をした俺に黒炎とかいう魔術をぶっ放して気絶している間に運んできたっていうのか……

「……まあ、なんだ。一回戻ろっか」

 そう、一回俺の家に戻ろう! 別れの挨拶は出来ないとしても会社に辞表出してないし、魔界に住むための準備もしてないし、ね?
 意気揚々と帰ろうとする俺に対し、待ったをかけたのはリード。

「健人様、諸々のことはすでにやっておきましたので、もう一度元の世界に戻る必要はないかと思います。予想するに、会社の辞表願い、賃貸やその他様々な契約解除、それと……新生活に向けた準備を心配なさったのでしょうが、私が……ある程度はやっておきましたので」
「…………」

 いや、リードさんまじぱねえ! 気絶している間って言ってもそこまで時間は経っていないはずなんだが……
 しかし、なぜ途中つまり気味になっていたんだ……? 顔もこっちを向いて話してくれなかったし……
 というか、辞表という言葉を聞いてからなんだか嫌な予感がするんだが……

「なあ、リード」
「なんでしょうか、健人様」
「辞表願いを出したって言っていたけどなんて書いたんだ? てか、どういう形式で送ったんだ?」

 辞表という概念をリードが知っていたのも驚きだが、気になるのは内容と形式だ。変なことをしていなければいいが……

「心配になるのでしたらこれを御覧ください。ちなみにきちんと紙に書いて無地の封筒に入れましたし、直接渡すのは無理だったので会社宛に郵送しておきましたから安心してください」

 ……いくらなんでも人間の世界のことについて詳しすぎるだろ……
 まあ、彼女が俺の世界に詳しくて、なおかつ気を回してくれたおかげでかなり楽ができたわけだし、ここは感謝だな。
 てなわけで、ありがたやぁ、ありがたやぁ、と思いながらリードが渡してきたおそらくコピー品であろう紙を受け取り、中を見てみる。
 内容はこうだ。

『探さないでください 播磨健人』

 ……? ……ん? 

「なあリードよ。これ、辞表だよな?」
「ええ、辞表です」

 リードの自信満々な表情から辞表で間違いなさそうだ。

「なあリードよ。俺に渡したやつ、会社に送った辞表のコピーではないんじゃない?」
「いえ、あっていますよ? それがコピー品です」

 ふむ。間違ったものを見せられているわけでもないと。

「なるほど」
「ええ」
「……そうか」

 うん、まあ……いっか。
 俺はこのことについて忘れる選択をした。リードが人間界に詳しいとはいえ、これは仕方ない。実際にそういう状況にならないとわからないもんね。うん、分かるよ。 それに、辞表を出してくれた、この事実だけでも十分だろう。
 頭を切り替え、違う話題に変えることにした。

「そういえば、新生活に向けた準備もしてくれたらしいが具体的に何をしてくれたんだ?」
「……それは……」

 リードが言葉に詰まりながら、部屋の窓の外を見ている。
 ふむ、なにかあったらしい。
 じっとしていても何もわからないので、彼女の視線をたどり窓から外を見てみる。

「……この家って……すごいでかいんだな……」

 お世辞じゃなくて、本当にめちゃくちゃに大きかった。俺が想像していたのは一般家庭が建てる一軒家だったのだが、この家は金持ちが建てる豪邸といった感じだ。それに、庭の広さも尋常じゃない。学校の校庭レベルの広さがある。 いや、広すぎだろ、これ!?
 珍しいものを見るようにあちこちに視線を巡らせている俺を見て、リードもそこはかとなく嬉しそうだ。まあ、自分の家を驚きの眼差しで見ている奴がいたら悪い気はしないよな。

「健人様。私の自慢の屋敷を見るのもいいですが、そろそろ寒いので窓を閉めてくれませんか?」

 リードがやけにそわそわした様子で俺に窓を締めることを要求してくる。
 ふむ、たぶん何か隠しているな? 一体なにを隠しているんだ……?
 そう思って、ふと下に視線を向けると……

「……なあリード。もしかして、あれが新生活に向けた準備……?」
「…………」

 そこに広がっていた光景は、俺の家にあったもの全てが丸々散乱していたものだった。本などはぐちゃぐちゃに、服はビリビリに、食器類は粉々に、家具は塵となっていた。1つ確実に言えることは、使えるものは何も残っていないということだろう。

「……嵐でも来たのかな?」
「…………」

 リードはさっきから下を向いて黙っている。あんなに俺に毒舌を吐いてきていたリードがここまでになるとは……
 一応、彼女にも申し訳ないと思う気持ちはあったらしい。
 もう一度下に目を向ける。新生活に向けた準備というものが、魔界に俺の私物を持ってくるということであれば、これはその目的を達成していると言えるだろう。破損無し、かつ使える状態で魔界に持ってこれていないということに目をつぶればだが。
 長い沈黙。重い空気が流れる。

「まあ、なんだ。リード、こうなった原因を聞こうか」

 そう。優秀なメイドと自称しているリードがこんな惨状を生み出すわけが本来はないわけだ。つまり何か予期しないことが起こったに違いーー

「……人間界のものを正規ルートで持ってこないとこうなります」

 未だに下を向きながら、彼女がこうなった原因を説明してくれる。

「非正規ルートで魔界に戻ってきたと?」
「……そのとおりです。いくら魔王候補生に選ばれたということを健人様に伝えるために正規ルートで人間界に行ったとしても、人間界のものを魔界に持ち込むことは許されていません。しかし、健人様は自分の家にあったものをこちらに持っていきたいと言うはず。というわけで無理やり持ってこようとしたわけなのですが……」

 リードの説明は続く。

「……非正規ルートはなかなかに危険な道なりです。油断すれば死ぬこともある所が何箇所もあります。そこを必死で走り抜けてきたわけです。健人様の大切な荷物を持ちながら……。まあ、実際には持っているのではなくこの収納空間に入れて持ってきたわけですが……」

 リードがその収納空間というものを見せてくれる。なにもない空間に手を差し出すとその手が見えなくなり、何かを弄る動きをしたかと思えばすぐに引っ込めて手に持っている皿を見せてきた。

「……収納空間は第三者からは見えないものです。使ってみれば分かりますが、収納空間は欲しい物を想像し、手を突き出すと自動的に想像した欲しい物を空間内から持ってきてくれるすぐれものです。まあ、その持ってきてくれる位置がまちまちなので最終的には自分で手を伸ばして探さないといけませんが、近くに持ってきてくれることには変わりはありません。あとたまに収納空間から勝手にものが出てくることがあります」

 ネズミが好きではない青いロボットが持っているポケットみたいじゃねえか……というかそれよりも不具合が多いというか……

「……収納空間については分かった。分かったけれど、それでなんで俺の私物があんなことになるんだ?」
「……非正規ルートを抜けてこの屋敷に無事到着した後、私は疲れていました」
「それで?」
「……収納空間に収納したものは、質量が全くなくなるわけではありません。つまり、私は重い荷物を背負ってこの屋敷まで帰ってきたのと同じ状況だったわけです」
「うん。で?」
「……疲れていた私はいち早くこの重い荷物から開放されたいと思い、収納空間から今すぐ全ての荷物を出したいと思いました」
「……ふむ」
「……すると、収納空間から健人様の荷物が一気に溢れてきてしまい、ああいう風に……なってしまいました……」
「……なるほど……」
「…………」

 ……正規ルートを通らないとこうなりますって言っていたが、めちゃくちゃ疲れて荷物をほおりだしたくなるとこうなるってことじゃね? てか不良品じゃねーか、その収納空間。
 あと、リードって案外抜けているところがあるのか……?

「……まあ、俺の私物が使い物にならなくなったのには多少言いたいことはあるが、俺のためにわざわざ危険を犯してまで荷物を持って来てくれたんだ。その……ありがとう。ただ……次はちゃんと俺に確認をとってくれよ?」

 リードの顔が驚きで固まる。
 はて? なにか変なことを言っただろうか。まあ、正直なことを言えば何してくれてんねん! みたいな感じで文句を言いたいところだが俺はもう30歳だ。他人の気持ちを汲むことくらいはできるし、それを無視して怒ることもしない。

「……いえ……その……こんなことになった原因である私が言うのもなんですが、普通は怒ることだと思います。私は最悪、健人様から眷属契約を解除されることを覚悟してーー」
「俺がそんなことするわけないだろ? リードのことをデリヘルと勘違いしてしまったから俺のことを最低な男だと思っているのかも知れないが……俺から眷属契約を切るなんてことは絶対にない。俺の目を見ろ。嘘をついていると思うか?」

 ぐいっとリードに顔を近づけて、俺が本心からそう言っているのだと、別に怒っていないということを伝える。
 
「え……その……いや……ちょっと……」

 リードは急に顔を赤くしてしどろもどろになった。
 おいおい、恥ずかしがってんのか? こんなことで照れて惚れるんだったら、ただのチョロいんだぞ?
 ずっと攻めていたいところだが、あまりにもしつこくするとこの後が怖いので適当なところで切り上げる。

「そういうことだから、この話はこれでおしまい! リードは何も気にしなくていい! これで全て良し!」
「は……はい……」

 未だに顔を赤くしながらもちゃんと答えてくれた。
 まじでさっきのリードと同一人物か?



 しばらく後。リードが俺の持ち物だったものを魔術で焼却してこの屋敷の庭が元通りになった。
 『魔術を使えるなら復元とかちょちょいのちょいで出来ないのか?』と聞いた所、リードに『私では無理なので燃やしてすっきりしましょう』と言ってやや強引に綺麗にされたのだ。いや、『やや強引に』ではなくて『強引に』だな。というか、すっきりしましょうって……

「ふう、散らかっていたものがなくなって景観も私達の心もすっきりしましたね、健人様」

 清々しい顔をして俺に同意を求めてくるリード。いつもの彼女に戻ったようだ。

「いや、まず散らかしたのはリードだし、別に俺の心はすっきりしたわけじゃないぞ? 全ておしゃかにしたのは確かに気にしていないが、俺の私物が全て無くなったわけで、服の着替えすらない状況だぞ? どうやってここで暮らしていくんだよ」

 そう。俺には必要最低限の日用品などが何も無くなってしまったのだ。まあ、この屋敷なら服でも歯ブラシでも、なんでもござれではあるだろうが……

「ああ、そういうことでしたか。心配はいりません。私のものを貸し出しましょう」
「おお、それは助かる。……ん? 今なんて?」
「いえ、ですから健人様が必要と感じるものを言ってくだされば、それに該当するものを貸し出しましょうと。まあ全て私のものですが」
「……買いに行こっか」

 というわけで、『是非!』という言葉を飲み込んでリードに連れられて日用品や下着を買いに行った。
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