第12話 いざ学院へ! その5

文字数 4,875文字

 学院に転入して2日目。今日はフィンが加わり3人での登校となった。
 まさしく両手に華! 俺は青春を謳歌している!

「リード! あなた健人さんにまともな知識を教えていないで、どうやってこれから戦おうと思っていたのですか! 私達の名前を伝え忘れていたのもそうでしたが、あなたは重要なところでポカをやらかしすぎです!」
「それはフィンにも言えることです。昨日も言いましたが、健人様をお迎えに行く時にお腹の調子が悪くなって動けなくなるとか、あなたこそメイドとして、眷属としてなっていないのでは?」

 朝から言い争いをしていなければ、誰もが羨む光景になっていなたのになぁ……
 この言い争いの発端は、今朝フィンに『黒板とか教科書の文字が読めないんだけど、どうしたらいい?』と聞いたことに始まり、かれこれ1時間ほどこの様子である。
 これからの対策を話すはずだったのに、いつの間にか責任のなすり合いへと発展し、はてには今までの鬱憤を晴らすかのごとく言葉の殴り合いへと変貌していっている。2人の主人である俺がしっかりと手綱を握らなければならないのだが、仲介に入ろうとすると2人揃って『黙っていてください!』と言われるのでどうしようもない。
 というわけで、俺は2人の後ろをただついて行っているだけなのである。
 気分転換に話を変えよう。昨日は詰襟を脱ぐと女物のワイシャツを着た変態だったが、宣言通りリードがきちんと男用のワイシャツを買ってきてくれたので、今日は変態ではない。
 それと今日は体育の時間があるらしい。といっても、人間界の様なものではなく、魔術の練習を主としたものらしい。これで昨日からずっと眠りこけているアルファをようやく起こすことができる。ていうか、寝すぎじゃね? 俺も睡眠時間はかなり長い人だと自負しているが、それでも最長記録は13時間くらいだし、1日以上寝るってどういう感覚なんだろうか……? 後から聞いてみるか。


 時は過ぎて体育の時間がやってきた。今日も教室に入ると刺すような目線を全身に浴びたが、昨日のフィンの話を聞いてからは彼女たちは俺を品定めをしているのかもしれない、という感じがしてきた。まあ、見られれば見られるほどボロしかでない人なので、あまり見ないでほしい。

「よーし、まずは準備体操だ。2人1組で十分体をほぐすように」

 先生が指示を飛ばし、それに従って皆が素早くペアを作っていく。

「一緒にペア組もうっ!」
「うんっ、いいよ!」

 うら若き乙女たちが笑顔でどんどんとペアを……いい光景ですなぁー。
 して30秒も掛からないうちに俺以外の殆どの人が準備体操を始めた。

「魔界でも空は青いのか……もしかして魔界は地球にあるのか……?」

 俺は魔界がどこにあるのかを考察しながら1人でラジオ体操第一をして体をほぐす。そう、俺は魔界がどこにあるのかを考察しながらラジオ体操第一をするためにペアをあえて作らなかったのだ。つまり! 俺は魔界がどこにあるのかをーー

「健人様。1人で柔軟をするのもいいですが、私とペアを組みましょう。私も一緒にする人がいなくて困っていたのです」
「ちょっと! 私が健人さんとペアを組もうとしていたのに何横取りしようとしているのですか!」

 お前達……!

 結局、3人1組で準備体操は終えた。二人共かなり体が柔らかく、長座体前屈をしていた体が硬い俺の姿を見て『関節に金属か何か入っているのですか』などと言ってきた。
 うるさい! 俺だってこんな体に生まれたくて生まれたんじゃない! 怪我はしやすいし、どんなスポーツをやっても体が硬いせいでフォームがぎこちないとか言われるし、良いことが一つも無いんだぞ!

 今日の授業内容は、百メートル走を魔術の体強化有りでするというものだった。俺が想像していたよりも人間らしい、というかなんというか……
 こう、人形とか的に向かって魔術をぶっ放すとか、ペアを作って実戦のような感じで魔術を学んでいくのかと思っていのだが……

「よし! じゃあ先生が手本を見せるから、しっかりと見ておけよー」

 この先生。俺のクラスの担任なのだが、全ての科目を1人で教えている凄腕の人なのだ。高校だったらそれぞれ違う先生が授業をするのが一般的だと思っていた俺にはちょっと衝撃的なことだった。まあ、顔良し、胸よし、頭よしと良いところしか無い。
 先生がトラックに入り、クラウチングスタートの姿勢を取る。
 ふぅー、と先生が息を吐いた瞬間、黒髪だった先生の髪が紅蓮色に染まった。
 え!? 魔術を使ったんだろうけど、髪の色が変わる魔術なんてあったのか!? めちゃくちゃカッコいいんですけど!

「これが身体強化だ。これくらいならお前達ができるのは知っているが……」

 え!? みんなこれできるの!? 俺、出来ないんですけど!

「これはどうだ?」

 次の瞬間。先生の姿が消えたと思ったら百メートル先のゴール地点に移動していた。

「これが、今日の課題だ! 出来たやつは教室に帰ってよし!」



 早速みんなはトラックの中に入り、課題に取り掛かっている。
 俺もこうしてはいられないと、まずはアルファを起こす。

「アルファー。起きてくれー、アルファー」

 チタンネックレスに擬態した魔王の鍵を指で突きながら呼びかけると『……なんじゃご主人様ぁ……』という声が聞こえてきた。

「今から魔術を使用するから起こしたんだよ。ほら、みんな瞬間移動みたいなことをしているだろ?」

 そう。みんな髪を赤くして、瞬間移動みたいな芸当をポンポンとしているのだ。流石は魔王候補生が掻き集められる学校ということか。一般の生徒のレベルもすごかった。
 やべぇ……まるで偏差値が10以上違う人達が受ける授業に紛れ込んでしまったような感じがする……場違い感が半端ないぞぉー

「おおー、みんなレベルが高いのぉ。目で追えない速度で走っておるわ。これはご主人様が『瞬間移動』と勘違いするのも分かる」

 アルファが感心している。いや、これ俺も出来ないといけないっぽいんだけど。というか、あれって瞬間移動じゃなかったんだ。

「みんなもうすでに課題をクリアして帰る準備をしている。でも、焦ってはいけないぞ、アルファ。俺たちは赤子だ。赤子は1歩1歩確実に歩くことが大切だ」
「分かるような分からんようなことを言ってないで、早くやるのじゃ」

 魔力は彼女から受け取った。あとは、俺が魔術を使えば皆のような紅蓮の髪になることが出来るということだ。

「よし! じゃあ、やるぞ!」

 何やらクラスの皆が俺を注目している気がするが気にせずやるぞ! 俺はやってやるぞ!
 トラックの中に入り、クラウチングスタートの構えを取ろうとする。しかし、そこであることに気がつく。

「なあ、アルファ。スターティングブロックが無いんだけど、どうやって皆はスタートしていたんだ?」

 そう。クラウチングスタートを行う際には、スターティングブロックと呼ばれるスポーツ器具を使うのだが、このトラックにはそれが用意されていなかったのだ。あまりに自然に皆が構えを取るもんだから見逃していた。

「すたーてぃんぐ……? よく分からんのじゃが、そんなものなくても同じような構えは取れるもんじゃないのかの? ほら、魔術でパパっと」

 あー、足場を魔術で作っているのか。なるほどー。
 俺がトラックに立ったまま一向に動こうとしないので、クラスの皆が怪訝な顔を仕だしている! まずいよー、まずいよー!
 どうしようかとあたふたしていたら、リードとフィンの姿が目に入った。彼女たちも先程課題をクリアしたらしく、ゴール地点から俺がいる場所まで徒歩で歩いている最中だった。

「おーい! フィンさーん! リードさーん! ちょっとこっちに来てもらっていいですかー!」

 大声で彼女に呼びかける。

「健人さん、どうしたのですか? なにかトラブルでも?」
「健人様。トイレなら校舎まで戻るのが早いですよ」

 2人共駆け足で俺のところまで来てくれた。リードの一言がなければ感激で泣いていたのになー。

「リードの中の俺のイメージはどうなっているんだよ。まあいいや。トラブルというほどでもないんだけど……足場を作ってくれない?」

 俺の言葉に2人は?マークを浮かべていたが、事情を説明したら快諾してくれた。
 しばらくして。改めてクラウチングスタートの構えを取る。ちゃんとスターティングブロックの代わりとなる足場もあるし、これならいけそうだ。

「アルファ。次はどうしたらいい?」
「全身に力を入れて、気合を入れるのじゃ。そうしたら身体強化の魔術が勝手に発動するはずなのじゃ」

 ふむふむ。
 全身に力を……入れて……! 気合を……入れる……!

「おおおおおおおおおお!」
「もっと! もっとなのじゃ!」
「うおおおおおおおおおおおお!」
「もう一声! もう一声じゃ!」
「うおおおおおああああああああああああああああ!!」

 結果、何も変化なし。いや、訂正。雄叫びと奇声を上げる30歳のおっさんと、どこからともなく聞こえる『のじゃ』口調の声を見て聞いて、クラスメイトが蜘蛛の子を散らすように教室に帰っていったという結果が生まれた。
 まあ、簡単に言えば恥をかいただけだった。

「……健人様……」
「き、きっと後何回かすれば出来るようになりますよ!」
「やめてくれー! これ以上俺に追い打ちをかけないでくれー!」

 アルファの力の代償として通常時の魔術の威力の大幅な低下が起きていることは分かってはいたのだが、こうも恥をかいてまでやって何も起きませんでした、とあってはなかなかにキツイものがある。
 落ち込んでいると、先生がやってきた。

「あっはははは! 君の魔王の鍵の噂は本当だったのか! おっと、この事を知っているのは私と、君の眷属だけだから安心してくれ。しっかし、あそこまで気合を入れて何も起きないとは……ん?」

 慰めているのか笑いに来たのかよく分からないことを話していたが、急に黙って俺の髪の毛を掻き分け始めた。
 え? 急すぎて訳わからないんですけど! 
 しばらく黙ってされるがままにしていると『おお! あったぞ!』と先生が歓喜の声を上げた。
 そばにいたリードとフィンも俺の頭を見て、同じような声を上げる。

「なにがあったんですか? フケとかは無いはずですけど」
「そうじゃない。喜べ播磨君! 君はちゃんと身体強化出来ていたぞ!」

 先生がおもむろにスマホを取り出して、頭の写真を撮って俺に見せてきた。

「……まあ、たしかに赤くなっていますけど……」

 画面に映し出されていたのは、数本の髪の毛の束が赤くなっている写真だった。たしかに、身体強化は成功しているのかも知れない。ただ、これって……

「白髪じゃん」
「白髪みたいですね」
「あ、ここに白髪がありますよ、健人様」

 ……いや、まあそうだけど。そうですけど! 俺以外は口に出さないでほしいなっていうか!? どさくさに紛れてリードはマジモンの白髪見つけているし!
 ほら、先生を見て! 苦笑いで済ませているでしょ! これが大人の対応だぞ!
 心のなかで喚き散らすが、口には出さない。俺は大人だからな。大人はこういう事をいちいち言わないのだ。

 しかし、身体強化がこれじゃあ、みんなみたいな芸当が果たして出来るのか……

 結局、体育の授業は時間いっぱいまで頑張ったが、せいぜい髪の毛数十本が赤くなるくらいで、それ以上の進展は無かった。
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