第14話

文字数 1,212文字

  なんということでしょう。
 日本軍の攻撃は、私が想像していたよりも遥かに恐ろしいものでした。
 兵たちにそれを命令する日本軍の冷たさもとても信じることはできません。
 私は両手をきつく握り合わせましたが、身体の震えはなかなか止まってくれませんでした。
 
 それよりもご主人さまのお話のなかで私がもっとも衝撃を受けたのは、攻撃を実行した日本兵たちの存在です。
 愛国心が美しいものであることは分かりますが、そのために人は我が身を差し出すことなどできるものなのでしょうか。私のような身寄りのない者でも国の為に死んでくれないかなどと誰かに言われたらいやに決まっています。人は誰だって自分の身が可愛いものです。それは人間の本能ではありませんか。

 その日本兵たちにも家族はいたでしょう。中には幼い子を持つ人だっていたはずです。
 彼らは自分の子どものことを考えなかったのでしょうか。
 私は戦争で父を喪いましたが、もし私の父が彼らのように、幼い私を顧みずに自ら死を選んだのであれば、父がどれだけの偉業を成し遂げてもやはり私は父を恨んだと思います。

「彼らは何歳くらいの人たちだったのですか」
 私はご主人さまにそう尋ねましたが、声が震えていました。
「若かった。4人ともせいぜい20代前半だった」
「まぁ」
「君の父上は戦死されたのだったな。悪かったね。これで拭きなさい」
 ご主人さまは私に美しいハンカチーフを差し出して下さいました。
 私は知らぬ間に涙を流していたのでした。

「失礼いたしました」
 私は慌ててエプロンで涙をぬぐいました。
「君の人生は戦争のせいですっかり変わってしまっただろう。戦争とはそういうものだ。多くの人生を変えてしまう」
 私は涙をふきながらうなずきました。声を出せば大声で泣いてしまいそうでした。
「悲しい過去を思い出させてしまったね」
 涙は次々と溢れてきました。どうしてなのでしょう。理由は自分でもよく分かりませんでした。ご主人さまのお話で自分の苦労を思い出したのは事実ですが、それよりも私は死んだ日本兵たちとその家族が気の毒でたまらなくなっていたのでした。

 「私も任務を離れればただの父親にすぎない。誰だって幼い子どもをおいて死にたくはない。それは日本人とはいえ同じだったであろう」
「そうお考えになりますか?日本兵たちも本当は死にたくなかった、と?」
「それはそうだろう」

「君は禁断の実を知っているだろう」
 ご主人さまはいったい何がおっしゃりたいのでしょうか。私は不思議に思いました。
「はい。エデンの園にある樹の果実でございますね」
 「そうだ。アダムとイブが食べることを禁じられていた果実だ。その実を食べると人は知恵を得て善悪を知る。だがその代償として死が与えられるという。日本兵たちは現代の禁断の実を食べた者たちだったのかもしれん」

 それは一体どのような意味なのでしょう。
 私には分からないことがあまりにもたくさんあるようでした。

 

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