第11話
文字数 1,884文字
攻撃の翌日、オーストラリア海軍は早速潜水艇の引き上げ作業を始めました。
海水をたっぷりと含んだ細長い潜水艇をクレーンで吊り上げるのは簡単ではないらしく、作業は難航したようです。
その引き上げの様子は連日新聞などで報道され、世間を大いににぎわせました。
攻撃の3日後、ようやく2隻の潜水艇は釣り上げられました。
翌日の新聞には、海水を大きく滴らせた潜水艇の写真が大きく掲載されました。
潜水艇がどれだけ不気味で不吉なものだったのか。それは白黒の質の悪い写真でもよく分かりました。
ぞっとしたのは私だけではなかったでしょうし、きっと人々は日本人への憎しみの気持ちを新たにしたに違いありません。あれほど人々の態度に怒りを感じていた私ですが、さすがにこれだけは私も同じ気持ちでした。
この潜水艇が21名もの犠牲者をだしたのです。
引き上げられた2隻の潜水艇の中から4名の日本人兵の遺体が回収されました。
遺体は検死作業のために警察に引き取られていきました。
その数日後、ご主人さまはあることをお決めになりそれを公表して世間を大いに驚かせました。
それは亡くなった4名の日本兵のために海軍が海軍葬を行うという発表でした。
人々は驚き、怒りました。
愛国者主義団体からの抗議を始め、あちこちから葬儀を中止するよう反対の声が上がったくらいです。
「全く市民というものは無責任に自分の意見を述べるものだとつくづく思うよ。エリザベス、君は一市民かね、それとも防衛最高司令官の妻のどっちだね」
私はその日も、遅くにご帰宅されたご主人さまのためにお夜食を運んでいるところでした。
書斎からエリザベス様の苛立ったお声が聞こえましたので、私は足を止めました。
「司令官の妻として、一市民の声をあなたに届けて差し上げようとしているという風にはお考えになりませんの」
「なるほどね。だが私には君が周囲の意見にかこつけて文句を言っていっているようにしか聞こえないのだがね」
「まぁとんでもございませんわ。どうか勘違いなさらないで。でも悪いことは言いませんから、馬鹿なお考えはどうかお捨て下さいまし」
「君が私に何を頼んでいるのかさっぱり分からないね」
「何をとぼけていらっしゃるの。あなたが周囲の反対を押し切ってジャップの海軍葬をするとお決めになったことに決まっているじゃありませんか。巷 では司令官は気が狂ったのではないかという噂が飛んでおりますのよ」
「やれやれ。君までがそんなことを言うのか。私は誰が何と言おうと自分の決断は間違っていないと信じている。むしろ敵とはいえ愛国心のある者に敬意を払わないのは人としてどうかと思うよ。エリザベス、君はどうしてそう思わないのかね。さぁもう行きたまえ。私は忙しい。妻の意見ならばまだしも、一市民の意見を聞いている暇はないのでね」
「まぁあなた。なんて失礼な。もう結構ですわ」
エリザベス様は声を上げて書斎のドアを荒々しくお開けになりました。普段の奥さまであればされるはずのない、およそ淑女らしからぬ行動でした。
おそらく今夜も酔っておられるのでしょう。
奥さまから目につかない壁際に立っていた私は、そのまま息をひそめました。奥さまが寝室のドアを閉める音を聞いてから私は書斎のドアをそっとノック致しました。
「入り給え」
「お夜食をお持ちいたしました」
ご主人さまは老眼鏡を少しずらして私をご覧になりました。
「聞こえたか」
私は返答に困りました。
ご夫婦の会話を聞いてしまうのは私たちにとっては致し方ないことですが、それをご主人さまたちに気づかれるようではいけません。私はスープが冷めないようにとそちらに気を取られて少々書斎に早く入りすぎてしまったのです。
私はイエスともノーとも取れるように頭を少し下げ、お夜食のトレイを机の上に置きました。
「君も私の頭は狂っていると思うか」
私は返答に困り曖昧な表情をしてしまいました。
「ご主人さまがお決めになったことは、世間が何と言おうともそれが一番正しいのだと私は思いますが」
私は正直に自分の気持ちをお伝えしました。
「そんなことを言ってくれるのはオーストラリア中で君だけかもしれんな」
心なしか少し寂し気な表情をしておられるご主人さまの顔を見ると私まで胸が痛みました。
ご主人さまの胸の内などとても図ることは出来ませんが、海軍葬をお決めになったことは、おそらく深いお考えがあってのことだと思います。
まさか本当に私だけがご主人さまの味方などということはないでしょうが、私はやはりご主人さまのなさることを信じよう、とそう思いました。
海水をたっぷりと含んだ細長い潜水艇をクレーンで吊り上げるのは簡単ではないらしく、作業は難航したようです。
その引き上げの様子は連日新聞などで報道され、世間を大いににぎわせました。
攻撃の3日後、ようやく2隻の潜水艇は釣り上げられました。
翌日の新聞には、海水を大きく滴らせた潜水艇の写真が大きく掲載されました。
潜水艇がどれだけ不気味で不吉なものだったのか。それは白黒の質の悪い写真でもよく分かりました。
ぞっとしたのは私だけではなかったでしょうし、きっと人々は日本人への憎しみの気持ちを新たにしたに違いありません。あれほど人々の態度に怒りを感じていた私ですが、さすがにこれだけは私も同じ気持ちでした。
この潜水艇が21名もの犠牲者をだしたのです。
引き上げられた2隻の潜水艇の中から4名の日本人兵の遺体が回収されました。
遺体は検死作業のために警察に引き取られていきました。
その数日後、ご主人さまはあることをお決めになりそれを公表して世間を大いに驚かせました。
それは亡くなった4名の日本兵のために海軍が海軍葬を行うという発表でした。
人々は驚き、怒りました。
愛国者主義団体からの抗議を始め、あちこちから葬儀を中止するよう反対の声が上がったくらいです。
「全く市民というものは無責任に自分の意見を述べるものだとつくづく思うよ。エリザベス、君は一市民かね、それとも防衛最高司令官の妻のどっちだね」
私はその日も、遅くにご帰宅されたご主人さまのためにお夜食を運んでいるところでした。
書斎からエリザベス様の苛立ったお声が聞こえましたので、私は足を止めました。
「司令官の妻として、一市民の声をあなたに届けて差し上げようとしているという風にはお考えになりませんの」
「なるほどね。だが私には君が周囲の意見にかこつけて文句を言っていっているようにしか聞こえないのだがね」
「まぁとんでもございませんわ。どうか勘違いなさらないで。でも悪いことは言いませんから、馬鹿なお考えはどうかお捨て下さいまし」
「君が私に何を頼んでいるのかさっぱり分からないね」
「何をとぼけていらっしゃるの。あなたが周囲の反対を押し切ってジャップの海軍葬をするとお決めになったことに決まっているじゃありませんか。
「やれやれ。君までがそんなことを言うのか。私は誰が何と言おうと自分の決断は間違っていないと信じている。むしろ敵とはいえ愛国心のある者に敬意を払わないのは人としてどうかと思うよ。エリザベス、君はどうしてそう思わないのかね。さぁもう行きたまえ。私は忙しい。妻の意見ならばまだしも、一市民の意見を聞いている暇はないのでね」
「まぁあなた。なんて失礼な。もう結構ですわ」
エリザベス様は声を上げて書斎のドアを荒々しくお開けになりました。普段の奥さまであればされるはずのない、およそ淑女らしからぬ行動でした。
おそらく今夜も酔っておられるのでしょう。
奥さまから目につかない壁際に立っていた私は、そのまま息をひそめました。奥さまが寝室のドアを閉める音を聞いてから私は書斎のドアをそっとノック致しました。
「入り給え」
「お夜食をお持ちいたしました」
ご主人さまは老眼鏡を少しずらして私をご覧になりました。
「聞こえたか」
私は返答に困りました。
ご夫婦の会話を聞いてしまうのは私たちにとっては致し方ないことですが、それをご主人さまたちに気づかれるようではいけません。私はスープが冷めないようにとそちらに気を取られて少々書斎に早く入りすぎてしまったのです。
私はイエスともノーとも取れるように頭を少し下げ、お夜食のトレイを机の上に置きました。
「君も私の頭は狂っていると思うか」
私は返答に困り曖昧な表情をしてしまいました。
「ご主人さまがお決めになったことは、世間が何と言おうともそれが一番正しいのだと私は思いますが」
私は正直に自分の気持ちをお伝えしました。
「そんなことを言ってくれるのはオーストラリア中で君だけかもしれんな」
心なしか少し寂し気な表情をしておられるご主人さまの顔を見ると私まで胸が痛みました。
ご主人さまの胸の内などとても図ることは出来ませんが、海軍葬をお決めになったことは、おそらく深いお考えがあってのことだと思います。
まさか本当に私だけがご主人さまの味方などということはないでしょうが、私はやはりご主人さまのなさることを信じよう、とそう思いました。