第13話 

文字数 1,348文字

 最初日本軍の攻撃を聞いたとき、なんと馬鹿々々しい攻撃だろうと私は思った。
 たった小型潜水艇3隻で敵国を攻めるなど、勇気というよりただの無謀だ。
 我が海軍もずいぶんなめられたものだと驚いたよ。
  
 シドニー湾には敵の侵入を防ぐために海中に防御網が張り巡らせてある。湾に侵入出来る可能性など最初からないに等しかった。しかも使用された潜水艇は、電池だけを動力とする簡素な造りで、速度にもよるが航海可能な時間はせいぜい数時間しかない。操縦方法だって限られていた。
 防御網に掛かれば身動きは全く取れなくなり逃げることも出来ない。それに艇内の空気がなくなれば直ちに死ぬ。艇からの脱出は難しいし、母艦が助けに来るはずもない。
 それだけでなく、我が軍に見つかれば一撃で木端微塵になる危険が常にあった。
 それでも彼らはやってきたのだ。

 引き上げられた潜水艇の1隻の乗員は、艇が我が軍の攻撃によって操縦不可能になると、脱出も試みず拳銃自殺した。もう1隻の乗員は、防御網にかかったときに観念したのだろう。艇もろとも自爆した。彼らの艇には最初から自爆装置が装着されていたからね。
 日本軍は、彼らの命に値するような戦果は何も得なかった。魚雷がクッタバル号を沈没させる結果になったが、こればいわば偶然で、計画していたものではなかったはずだ。
 
 それではなぜ日本軍ははるばる日本からシドニーまでやって来たのだろう。
 私は、彼らの目的のひとつは奇襲攻撃そのものだったからだと思っている。
 日本から遠く離れたシドニー湾でぬくぬくと過ごしている我が海軍を驚かすため、市民を動揺させるためだったのだろう。
 その意味では彼らの攻撃は成功したのだ。
 戦果とは必ずしも敵の船を沈めるためでも、多くの敵の命を奪うことでもない。
 恥ずかしながら我が海軍もオーストラリア市民も、日本兵たちによってようやく目を覚ました、ということなのだ。
 
 我々は日本人を見下していたんだよ。
 あんな小さな島国が何ほどのものだと思っていたのだ。
 だが、日本人はあの小柄な体に恐ろしいほどの強い意思と強靭な精神力を秘めているようだ。
 そうでなければあのような攻撃は出来るものではない。
  
 彼らの見せた勇気を軍人として讃えることは当然だ。それが騎士道というものだ。
 自らの命を犠牲にして身を投じた者たち。驚くような愛国心ではないか。
 我が連合国海軍にこれほどのことが成せる人物が一体何人いると思う。
 
 私は葬儀の準備を部下のバースタル主計少尉に命じたが、彼はその任務に実に誠実に取り組んでくれた。彼はオーストラリア人だが、イギリス人の私の考えをよく理解してくれた。
 棺を覆うための日本国旗を探すのはこの戦時下において簡単ではなかったはずだ。
 それだけではない。少尉は遺体を火葬に伏すことが日本の文化にかなったものなのか、わざわざメルボルンにいる日本公使に問い合わせた。
 少尉もまた日本兵に何かしらの感銘を受けたのだろうね。

 日本兵の行動は非常に勇気に溢れたものだった。
 敵として十分すぎるくらいに立派だった彼らに敬意を表すため、海軍葬を行う決断をした私は間違っていない、いまでもそう思っているんだよ。

 ローズ、どうしたんだね?震えているじゃないか。大丈夫かね?


  
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