第16話 

文字数 1,835文字

 「でも、どうして銃弾なんてお買い求めになりましたの?」

 お屋敷には今日もエリザベス様のお客さまがいらっしゃっています。
 私はアフタヌーン・ティーをお持ちするところでしたが、オランダ領事館のファン・ケッセル大使夫人の特徴あるやや甲高い声が、興奮していらっしゃるのか廊下まではっきり聞こえました。

 数日前、戦争資金集めのためのオークションパーティがありました。
 海から引き上げられた潜水艇の日本軍兵の遺品などが、上流階級の人々の間で競売にかけられたのです。もっともオークションに出されたのは、一般公開に出す予定のないものばかりであったようです。おそらくご婦人方はそのお話をされているのでしょう。

「まぁ寄付が目的ですから買うのは何でもよかったのですけれど、これ以外のものは気持ちが悪くて。ねぇ」
 デンマーク領事館のシャック伯爵夫人は、エリザベス様に同意を求めるような口調でそうおっしゃいました。
「そうなんですの。実は私もオークションでは銃弾を買ったんです。潜水艇の中の日本兵の銃から取り出したものですわ」

 オークションにはエリザベス様とご主人さまもお出かけになりました。
 胸元が大きく開いた赤いフォーマルドレスをお召しになられたエリザベス様を海軍の制服のご主人さまがエスコートなさっている様子は、いかにも上流階級といった雰囲気で私の目には眩しいくらいでございました。
「やれやれ、最高司令官までがオークションに参加して寄付をせねばならんとはとんでもない話だ」
 ご主人さまは不機嫌な様子でそうおっしゃられましたが、エリザベス様は久しぶりのパーティに心が弾んでおられるようでした。
「あなた、違いますわ。総司令官が寄付をなさるのではなく、わたくしエリザベス・ミュアヘッド・グールド夫人が寄付をするのですわ」
「それに何の違いがあるんだね。君のその費用は私の財布から出ていくというのに」
 ご主人さまは相変わらずシニカルな口調でエリザベス様に返答されていましたが、奥さまもそれには慣れていらっしゃるのか気にはされていないようで、ご夫妻はにこやかに腕を組んでお出かけになりました。

「失礼いたします」
 私はフォーマル・リビングルームに入ると、お客さまたちの前にお茶とお菓子を並べました。
 今日のお菓子はベリーフルーツ、つまり苺やラズベリー、ブルーベリーなどをふんだんにのせたパブロバです。パッションフルーツソースの上にはミントの葉がのせられ、鮮やかな色彩が目も楽しませてくれる春らしい仕上がりでした。

「他にはどんなものがありましたの」
 ファン・ケッセル大使夫人が興味深そうな様子でお聞きになりました。
「日本兵の私物が多かったですわね。小さな手帳や国旗。それから白いコットンにたくさんの赤い縫い目がついている布もありましたわ」
「あれは虎の模様でしたわね」
 シャック夫人の言葉にエリザベス様がうなずかれました。
「そうですわね。結び目をつなぐようにして布に虎が描いてありましたの。聞いたところによると日本兵は全員同じような布をお腹に巻いていたらしいですわ」
「まぁそれはいったい何のおまじないだったんでしょう。いくら寄付のためとはいってもさすがにそれは恐ろしくて手元に置く気にはなりませんわね」
 ファン・ケッセル大使夫人はそのようにおっしゃいました。

「軍刀や拳銃も潜水艇から発見されたのですけれど、それらは修復した潜水艇と共に一般市民に公開される予定ですから」
 エリザベス様は嬉々としてお話をお続けになっています。
「まぁ銃弾なんて買っても仕方がないのですけれど、他に買ってもいいと思える物がなかったのも事実ですわね。何せ潜水艇が引き上げられたあとは、軍の関係者が記念品にと艇の中にあった物を盗んだり、艇の装着を剥がして持って行ったりしたそうですから」
「まぁ。なんて恥ずかしいことを」
 お二方は大げさに声をお上げになりました。

「日本軍は昨年12月の真珠湾でも同じ方法で攻撃しましたでしょう。その時の潜水艇ものちに引き上げられてアメリカ国内の多くの都市を巡って展示されたそうですのよ。オーストラリアでも同様に各都市を回って一般市民に展示することを決めた首相の考えは賢明だと思いますわ」
エリザベス様は得意げにそうおっしゃいました。

「まぁさすがミュアヘッド・グールド夫人は、ご主人さまが最高司令官なだけあって何でもよくご存じですこと」
「勉強になりますわ」
 お二方はエリザベス様を口々にお褒めになりました。

  
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