船旅 3

文字数 3,459文字

 私とナノ、マホ、委員長、フィオさんは連日、大浴場で経営会議を開いた。
この船に乗っていると全然お金を使わないわね
 湯船でゆったりしながら委員長がつぶやいた。毎日会議しているから議題が尽きたようだ。
私はネットで有料の動画配信サービスを使ってますけど、他にお金がかかることはありませんね
 食堂での食事や日用品の他にも、宴会場の棚に置いてあるお菓子も無料だし、美容室も無料。プロトキャッスルが本格稼働するまではお金を使うあてがない。
若いうちにお金をためておいて悪いことはないぞ
そうはいっても、もしこの船のシステムがこのまま発展してソーラーキャッスルになったら、お金が要らなくなりませんか?
住民がみんな楽園の社員で、社員は会社の物を自由に使っていいってことになったら、どんな物でもみんなで共有しているのと同じでしょ
食事も無料かもしれません
お金の心配なく生活ができるのでしたら、すごく楽ですわね
もしお金が要らなくなったら、いくらでもだらだらできるぞ
 そう言っているフィオさんはすでにだらっとした体勢になっている。
こういう人のせいで世の中の仕事が回らなくなるわね
私は世の中の役に立ちたいですから、お金が要らなくなっても仕事をしたいですよ
これからはロボットが仕事をする時代になりますから、フィオさんみたいな人が仕事をしなくても、世の中は回っていくんじゃないでしょうか
うー、私を(なま)け者の代名詞にしないでほしいぞ

私だって面白い仕事はやりたいぞ

そんなことでどうするのかしら

面白くない仕事でもみんな頑張って取り組んでるから、社会は成り立っているのよ

 委員長とフィオさんはいつもいがみ合う。お互いの信念が気に入らないのだろう。
そういう根性論が無駄な仕事を増やしてるんだぞ
与えられた仕事に疑問を持たないから、役に立たない報告書の作成やチェックばかりに時間を取られるんだぞ
不平不満は自分の責任を全うしてから言う事だわ
 今のこの会議の時間もかなり無駄な気がするけど、はたして言っていいものかどうか。
だいたい資本主義経済ってのは、やらなくてもいい仕事を増やしすぎだぞ
企業秘密なんてものがあるから、よその会社で同じ仕事をするときに全部最初から調べなきゃなんないんだぞ
誰かの研究成果を他人が持っていけたら、研究する人がいなくなるわ
お前、頭が悪いぞ

お金の要らない社会だと他人に研究成果を持って行かれても損をしないから、企業秘密にする必要がないぞ

役に立たない仕事を我慢して頑張る必要もなくなるぞ
面白くない仕事が全部役に立たないわけじゃないわ
代わりにロボットにやってもらうとしても、限界があるわよ
だったら仕事を面白くすればよいのですわ
 急にマホが口をはさんで、委員長もフィオさんも固まった。
それなの――!!
 ナノが勢いよく立ち上がった。
ソーラーキャッスルを面白経済にするのー!
ちょっとナノ、突然すぎて意味がわからないよ

最初から説明して

今の多くの国はねー、政治は民主主義で経済は資本主義なのー
でもねー、1つの会社の中だとねー、政治は権威主義で経済は共産主義なのー
権威主義?
立場が上の人が下の人を服従させてねー、逆らったら罰することで秩序を保つのが権威主義なのー
物事の方針を決めるときはねー、立場が上の人が全部の責任を負うのー
立場が下の人が意見を言えないから不満がたまるしねー、自分勝手な人がトップになるとみんなが困るのが問題なのー
そうそう、ナノの自分勝手さには苦労したよ

私の意見を言う機会も無いときもあったし

それは昔の話なのー

今はちゃんとみんなの意見を尊重してるのー

わたくしのいた世界では、その権威主義が普通でしたわ
王様が権力のトップにいる国は権威主義なのー
民主主義ってのはねー、みんなが対等な立場でお互いに法律を守ることで秩序を保つのー
政治もみんなの意見を取り入れてみんなが責任を負うのー
みんなが頑張らないと無責任な政治になっちゃうのー
なるほど、そう言われると確かに会社ってのはあんまり民主主義じゃないね
会社同士はお金を稼ぐ競争をしているからねー、国の仕組みとしては資本主義なのー
でも会社の中で働く人たち同士は競争なんてしてないのー
みんなで協力して仕事を進めてねー、稼いだお金もみんなで分け合っているから共産主義なのー
まあ確かに
この船の中だと1つの会社だけで社会が成り立ってるのー

だから共産主義なのー

お金すら要らない状態だから共産主義も超えて、原始的な村の共同体っぽいわね
この船の状態がそのままソーラーキャッスルになるとねー、誰もちゃんと仕事をしたがらなくなるのー
そこでなのー!

どんな仕事も面白ければみんな本気で仕事するのー!

「面白主義経済」なのー
 なるほど、話がつながった。でも、面白くすることで行動を(うなが)すという発想は聞いたことがある。
「面白主義」なんて言うとふざけた経済みたいだよ
やってほしいことにゲームの要素を組み込んで自発的にやってもらうってのは、「ゲーミフィケーション」って名前があるよ
ゲームする仕事ならお金をもらわなくてもやるぞ
ゲーム要素って例えばどんなのなのー?
ぱっと思いつくものだと、レベル上げの要素を入れるってのがあるね
仕事で成果を上げるほど自分のステータスが数字として上がっていって、称号をもらえたりするっていう
うー、それだと今とあまり変わらないぞ。面白くないぞ
 うーん、そんな簡単に面白くはならないか。お金をもらうのに匹敵(ひってき)するくらい魅力的にするにはどうすればいいんだろう。
そもそも仕事でお金をもらうのって、どういう魅力があるんだろう?
お金が無ければ生活できませんわ
それはそうだけど、それだと生活するのに十分なお金があればそれ以上は働かなくていいわけでしょ
どうして資本主義社会だとお金持ちがさらにお金を稼ごうと競争するんだろう?
下賤(げせん)の民からお金を巻き上げるのが楽しいのー
どんだけ極悪なお金持ちだよ!

なんか考え方がリンみたいになってるよ!

競争に勝つ優越感というのはあるぞ
お金持ちの方々は、高価なものをお買いになることで見栄(みえ)を張られますわ
そういえば、おじいちゃんの世代だと、高価な服とか時計とかバッグとか車とかを見せびらかし合ってたんだってね

どうしてなんだろ

高価なものを買えるという経済力を見せることで、社会的信用を得られたらしいわよ
じゃあ今の時代だと何が社会的信用につながるんだろ
フォロワー数なのー
あー、それあるよね、SNSのフォロワー数が多いほど偉いって雰囲気
では、仕事の報酬にフォロワーを差し上げればよろしくてよ
そんなフォロワー嫌だよ!

フォロワーって誰かに仕向けられてなるものじゃないって!

仲良くなりたい、もっとその人のことを知りたいって思うからフォロワーになるんだよ
 自分でそう言いながら思った。じゃあフォロワー数ってのは人としての魅力という意味があるわけか。だからみんなフォロワー数を競いたがる。お金の場合も、「お金があるのは仕事がうまくいっているからなので、高価なものを持っているのは信頼できる証」と考えれば、高価なものを見せたがるのも納得できる。だったら、そういう人の魅力を表す数字を定義することができれば、みんなが競って求めるような報酬になるんじゃないかな。
私たちで新しい数字を作ろうよ

「魅力レベル」とか「能力レベル」とかさ

例えばこのお風呂が気に入ったら、スマホでこのお風呂の『いいね』ボタンを押すんだよ
そうしたら、このお風呂を作った人やお風呂の掃除をしている人のレベルが上がるわけ
そのレベルは誰からでも見ることができるようにしていたら、みんないい仕事をしようと競いだすと思うよ
それ、うまくいきそうなのー!

「いいね主義経済」なのー!

せめて「評判主義経済」って名前にしておこうよ
役に立った仕事を評価すれば、何の役にも立たないクソつまらん仕事が無くなるぞ
企業秘密も必要無くなって、いいことづくめだぞ
研究成果を横取りして「いいね」をもらっても、もらった人じゃなくて研究した人のレベルが上がるようにする必要がありますね
仲間内でお互いに「いいね」を連打し合ったら簡単にレベルが上がらないかしら?
そういう不正を見抜く技術が必要になりますね

人工知能でなんとかならないか相談してみましょう

誰もが楽して楽しく暮らせる社会にまた一歩近づけますわね
ピコ、技術的な実現可能性を検討してほしいのー
 社内のシステムを改良していけば、この評判主義経済を実現できそうな気がする。もっと深く考えてみることにしよう。
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登場人物紹介

ピコ (鴨川美咲 かもがわみさき)

工学部の大学生。幼いころから工作やプログラミングに取り組んでいて、頭脳明晰なため技術方面に非常に明るい。人付き合いは苦手だが、ツッコミだけはやたら上手。アニメが好き。合理主義者で、効率とかエコとかを重視する。地味メガネ。

口調:「私はピコだよ」「私はピコです」

ナノ

ピコの親友。商学部の大学生。行動力抜群で交渉能力にたけていて、誰に対しても馴れ馴れしく図々しい。思いついたことはどんなに大がかりなことでも下らないことでも実行する。ピコ並みに頭がいいが発想が幼く、よく「うんこ」とか言う。大浴場が好き。小さくてかわいい。いつもウサ耳カチューシャをつけている。

口調:「あたしはナノなのー」

マホ (イリス・オリヴィエ)

異世界で冒険者や軍人をやっていた魔法使い。死後に女神に会い、そのままの姿で転移してきた。この世界に魔法を広めようとしている。一般常識にうとくて天然ボケ。やけに食に執着している。いろいろと大きい。

口調:「わたくしはマホですわ」

リン

アンティークドールにマホが魔法をかけて作ったオートマタ(自動人形)。マホの秘書のような立場だけどあまり役に立っていない。自己中心的で、意地悪、上から目線。

口調:「わらわはリンじゃ」

筧雅行 (かけいまさゆき)

ピコの大学の研究室の先輩。ピコの影響でロボット工学に魔法技術を取り入れる研究をすることになった。登場人物の中で最も一般的な感性を持つ常識人。

口調:「僕は筧だよ」「僕は筧です」

チア (榊原千秋 さかきばらちあき)

魔法を習得して社員になることになった。いつもやる気がみなぎっている熱血タイプ。何事も頭は使わず気合と根性で乗り切る脳筋。スポーツが好きで、特にバスケが好き。

口調:「自分はチアッス」

鈴木

魔法を習得して社員になることになった。前世は最強の闇魔法使いだったと言い張る中二病。ダークでクールな雰囲気を演じているが内向的。妄想をノートに書き溜めている。

口調:「我はブルトゥシュヴァリエだ」

メカナノ

心を持つロボット「ピアロイド」の試作機。広報担当。見た目はナノにそっくり。お笑いが好きでしょっちゅうふざける。

口調:「うちはメカナノ言います」

メカマホ

心を持つロボット「ピアロイド」の試作機。広報担当。見た目はマホにそっくり。メカナノと同じ性格に造られたはずなのだが、硬派な報道を担当しているせいか言動は落ち着いている。

口調:「うちはメカマホ言います」

委員長 (桜田明美 さくらだあけみ)

名高い建築士として中途採用された。顧客から要求されたものを完璧に設計するが自分のアイデアは全く盛り込まない。生真面目な堅物だが酒をこよなく愛する。

口調:「私のあだ名は委員長だわ」

フィオ (泉沙理亜 いずみさりあ)

楽園建設社長を任された。人の適性を見抜く能力にたけていて会社組織を作るのがうまい。興味の無いことは全く気にしなくて、だらしなく無気力なことが多い。ゲームが好き。

口調:「私はフィオだぞ」

ルナ

エンパワー社の開発したタブレット端末。人工知能を搭載していて会話ができるが自分の意志は持たない。画面には女の子が表示される。

口調:「私はルナだよぉ」

サフィーヤ

モーリタニア政府から派遣されて、住民の困りごとを解決する仕事をすることになった。優しくて気が利き、誰に対しても親切にするが、特にピコを気に入っている。料理が好き。

口調:「私はサフィーヤというデス」

スライマーン

ベテラン国会議員。頑張る人が報われる世の中を目指して経済発展に力を入れている。猫が好き。

口調:「私はスライマーンであります」

ジャスティス仮面

世の中は陰謀に満ちていると信じ、悪と戦う正義のヒーローを自称しているが、性格はゲス。絶対正義党を立ち上げて、陰謀に対抗する仲間を集めている。

口調:「私はジャスティス仮面ナリ!」

アキコ

心を持つロボット「ピアロイド」。物静かで奥ゆかしい。でも困りごとに直面したときの行動力は結構高い。

口調:「私はアキコですの」

パトリック

絶対正義党員。魔法の腕前が非常に高い。顎が長い。

口調:「俺はパトリックだ」

ミラ

楽園フーズで企画を担当していて、いつもいいアイデアを出す。ノリが軽い。お祭り大好きなパリピ。

口調:「あーしはミラだしー」

サミール1世

即位して間もないモロッコ国王。政治だけでなく経済にも影響力が大きい。器が大きい。

口調:「余が国王である」

タマ

研究用に頭の上部だけ作ったオートマタ。意志を持たない。

ピコの母

実に庶民的。

学生A

魔法発表会のときにいた人。

学生B

魔法発表会のときにいた人。

学生C

魔法発表会のときにいた人。

学生D

魔法発表会のときにいた人。

学生E

魔法発表会のときにいた人。

電子工学科の学生

電子顕微鏡を扱える。

材料工学科の学生

折れにくい棒の材料を研究している。

安川

機械工学科の先生。ピコの研究の指導をする。

学長

大学の学長。

飯島

医学部の先生。

電子工学科の先生

魔法発表会のときにいた人。

政治学の先生

魔法発表会のときにいた人。

記者A

記者会見のときにいた人。

記者B

落成式のときにいた人。

ショウ

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。派手でチャラいナンパ男。

山本

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。あまりしゃべらない。特技は柔道。

岡部

経理をしている社員。

社員A

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。

社員B

モブ社員。

社員C

船旅中に子供たちに勉強を教えていた。

開発者A

ロボットの開発者。

開発者B

ロボットの開発者。

開発者C

ロボットの開発者。

開発者D

ロボットの開発者。

開発者E

ソフトウェア開発者。

開発者F

システムエンジニア。

開発者G

人工知能技術者。

楽園ロボティクス社長

パッションロボティクス事業部長から楽園ロボティクス社長になった。

楽園ロボティクス部長

製造・流通の仕事の取りまとめをしている。

怪しい人A

秘密集会のリーダー。

怪しい人B

秘密集会の参加者。

怪しい人C

秘密集会の参加者。

作業員A

溶接作業をしていた人。

作業員B

床を平らにする作業をしていた人。

作業員C

トラス構造を作っていた人。

作業員D

クリスマスパーティーで話しかけてきた人。

ピザ屋

ピザの宅配に来た人。

料理人

食堂で働いている。

住職

寺にいる。

店員

服のレンタル店で働いている。

チャン・リーファン

落成式に来賓として来ていた建築家。

来賓A

落成式のときにいた人。

来賓B

落成式のときにいた人。

来賓C

落成式のときにいた人。

高野

楽園フーズの社長をすることになった。

グエン

楽園交通の社長をすることになった。

部田

買ったロボットが失踪して困っていた人。女性と話すと緊張する。

冒険者A

バッタ討伐隊のメンバー。

冒険者B

バッタ討伐隊のメンバー。

絶対正義党員A

集団の中にいた、仮面をつけた人。

絶対正義党員B

集団の中にいた人。

絶対正義党員C

集団の中にいた人。

ロックウルフ

魔法武闘会での絶対正義党チームの選手。

チャコ

魔法武闘会での絶対正義党チームの選手。

観客A

ロボット研究成果発表会にいた人。

観客B

魔法武闘会にいた人。

観客C

魔法武闘会にいた人。

インクレディブルプランナー加藤

役員選挙の候補者。意識高い系ビジネス用語をたくさん使うほど頭がいいと思っている。

マリア

役員選挙の候補者。動画配信者として無謀なチャレンジをしている。

護衛

モロッコ国王の護衛をしている。

政府職員

モロッコ政府の偉い人。

アナウンサー

報道番組のアナウンサー。

育児士

よその子供を預かって育てている。

案内人

迷路商店街の案内所で店を探すヒントを与えている。

喫茶店員

迷路商店街の喫茶店で働いている。

星空屋店主

迷路商店街で天文グッズの店を営んでいる。

自動運転車

人工知能搭載の小型貨物車両。ロボットアームがあり、自動で荷物の配達や回収をする。

群衆

観客たちが一斉に声をあげたときなどのセリフ。

姿無しA

誰だかわからないセリフ。

姿無しB

誰だかわからないセリフ。

姿無しC

誰だかわからないセリフ。

姿無しD

誰だかわからないセリフ。

姿無しE

誰だかわからないセリフ。

姿無しF

誰だかわからないけどなんか特徴的なしゃべり方の人のセリフ。

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