魔術回路から半導体へ 1

文字数 2,880文字

 週明けに安川研究室で、オートマタ中枢部の電子顕微鏡解析の結果を電子工学科の学生から聞くことになった。マホとリンも同席している。


 写真を見ると、薄いシート状のものがたくさん重なっている構造が写っている。それぞれのシートは細かい模様がびっしりと埋め尽くしている。

これが魔術回路ですわね

このように見るのは初めてですわ

 いくら魔法使いでも、これだけ小さいものを見ることは無かっただろうね。
この魔術回路のシートは1辺が固定されていて他の辺は自由になっています

つまり、ぴらりとめくれるようになっています

それが幾重(いくえ)にも重なっていますので……
本、でして?
そう、本のような構造になっているわけです
 人間の脳が扱う情報は膨大だからそれと同等の機能を持つ回路となると、いかに微小な回路といえども1枚の平面に収めることはできず、立体的に重ねる必要があったのだろう。魔法といっても理屈に反したことはできないんだろうな。めくれるようになっていることもきっと何か理屈があるはず。ちょっと聞いてみよう。
ページをめくれるのは何のためなんでしょう?
そこまではわかりませんね……
まあそれはともかく、この本の1ページに同じパターンの模様が繰り返し存在しています
きっとその1つ1つが脳細胞を模したものなのでしょうね
 脳細胞を模したニューロコンピューターについては私が調べておいた。ここでみんなに説明しておこう。
人間の脳細胞をニューロンと言います

複数の入力と複数の出力がありまして、脳細胞に入力された信号の総和が一定値を超えると信号を出力する、というものです

ニューロン同士は神経でつながれていまして、そのつなぎ目をシナプスといいます

信号を何度も流しているうちに次第に強く流すようになり、しばらく使わないと弱くなります

これが学習です

この模様はきっと、1つのニューロンにつながるたくさんのシナプスを模しているのでしょう
それじゃと、演算をするのも学習をするのも、魔術回路に魔力を流せば済むのう

本を閉じた状態で全部事足りるのであれば、ページをめくれる必要はないはずじゃ

 リンがそう言うと、マホが()に落ちたという顔をして言った。
本を開いてページをめくらなければ出来ないこともありますわ
それはおそらく、本の書き換えでしてよ
書き換えって……そっか、私の知識をリンに移したとき!
そうですわ

あの時点で魔術回路はすでに完成していましてよ

完成後にピコさんの知識をリンの魔術回路に書き込んだということは、リンの中に魔術回路を書き換える装置があるはずでしてよ
そっか、シナプスの学習結果を強制的に書き換えるために、シナプスを外部から物理的に操作する装置があるんだ
その装置で魔術回路に直接(さわ)れるようにするために、本を開く必要があったんだ
 ニューロコンピューターのシナプス素子(そし)も外部から学習結果を書き換えできるはずだけど、電気的な操作で書き換えるためにはシナプス素子と同じ数だけ書き換え装置を配置する必要があり、装置全体が大きくなってしまう。本のようにめくって機械的に操作するなら書き換え装置は1つで済むから、ニューロン素子やシナプス素子を狭い所に大量に詰め込むことができて処理速度が上がる。


 本のようにめくれる集積回路なんてものはこの世界の技術には無かったはず。これを半導体で再現するのは相当難しいだろうけど、できたならコンピューターが一気に発展するかもしれない。

これと同じ構造をシリコンで作るのって……難しいですかね
 私がそう言うと、電子工学科の学生は困った顔をした。
そうですね……

さすがに、これを作れと言われたら我々もお手上げです

 錬成魔法を使えば作れるかも? いや、なるべくなら機械で量産できるようにしたいから、魔法を使うのは避けたい。
魔法ではどうやってこの構造を作っているんだろう?
わたくしも、魔法がどのような原理で動いているのかは存じておりませんことよ
 錬成魔法の原理から調べるとなると、完成はいつになることやら……。やはり既存の技術でなんとかするしかないか。
既存の技術で作るならどの辺りまでできそうですか?
薄いシート状のシリコンに回路を焼き付けて、それを1ページずつに切り離すことまではできるでしょうね
でも、全ページを(たば)ねて本にして、基盤からそれぞれのページに配線をする、というのは困難でしょう
どうしてですか?
 私がそう(たず)ねると、電子工学科の学生はあきれたような顔をした。
どうしてって……集積回路って、回路を描いたマスクに光を当てて半導体に焼き付けて作るんですよ

平面的な構造しか作ることができないんです

こんな立体的な組み立てなんてできません

 なんか違和感がある。別の分野の技術も組み合わせないと新しいものは作れないよね。この人は自分の知っている集積回路の技術だけで作ろうとしている。それだと光学顕微鏡から電子顕微鏡に発展させることはできても、走査トンネル顕微鏡にはならないぞ。


 ……ん? ふと気になった。走査トンネル顕微鏡で原子の並びを画像にするには、原子のすぐ近くまで針を近づけて、原子との間に流れる電流の強さを測る。その電流の強さを手がかりに針を動かすことで、原子の形をなぞることができる。これって、針の動きを原子レベルで制御できるってことだよね。提案してみよう。

そこは微小なロボットアームで組み立て可能なんじゃないでしょうか

走査トンネル顕微鏡みたいな技術で

そんなこと言われても困ります

自分には無理です

 話がかみ合っていないと思ったら、この人は自分一人に任されようとしていると思ってたのか。そこは機械の分野だから、機械情報工学科で研究すると言ってあげないといけないよね。
思いあがるでない、小僧

そなた一人に任せられるなどと、はなから期待しておらぬわ

 リンってば、もっと優しく言ってあげて!
リンが大変失礼しましたわ

申し訳ありませんわ、あなたのような見当はずれの方に相談をしてしまいまして

 マホ、フォローのつもりだろうけど、もっと失礼な言い方になってるよ! 私がフォローしないと!
マホ、そんなことないって!

すごくよくわかったって!

ほれ見よ、ピコもわらわに賛成しておる

このような(やから)に任せるのは無理とわかったと

違――う!
 私がそんな叫び声をあげて慌てていると、後ろで黙って聞いていた安川先生が口をはさんだ。
いえいえ、とても有益な情報でしたよ

魔術回路をここまで調べてくださって助かります

マイクロアームについては機械情報工学科に詳しい人がいますので、話を持ち掛けてみましょう
そちらではシリコンのシートにニューロン素子とシナプス素子を配置する研究をしていただきたいです

 さすが先生、頼りになる。これで研究が進みそうだ。


 魔法というと理屈抜きの不思議な原理で動作しているイメージがあったけど、こうして拡大して見てみると意外と理にかなった構造をしているようだ。ナノレベルのサイズでは科学的に動いていて、それが集まって目に見えるサイズになると不思議な現象に見えるのかもしれない。

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登場人物紹介

ピコ (鴨川美咲 かもがわみさき)

工学部の大学生。幼いころから工作やプログラミングに取り組んでいて、頭脳明晰なため技術方面に非常に明るい。人付き合いは苦手だが、ツッコミだけはやたら上手。アニメが好き。合理主義者で、効率とかエコとかを重視する。地味メガネ。

口調:「私はピコだよ」「私はピコです」

ナノ

ピコの親友。商学部の大学生。行動力抜群で交渉能力にたけていて、誰に対しても馴れ馴れしく図々しい。思いついたことはどんなに大がかりなことでも下らないことでも実行する。ピコ並みに頭がいいが発想が幼く、よく「うんこ」とか言う。大浴場が好き。小さくてかわいい。いつもウサ耳カチューシャをつけている。

口調:「あたしはナノなのー」

マホ (イリス・オリヴィエ)

異世界で冒険者や軍人をやっていた魔法使い。死後に女神に会い、そのままの姿で転移してきた。この世界に魔法を広めようとしている。一般常識にうとくて天然ボケ。やけに食に執着している。いろいろと大きい。

口調:「わたくしはマホですわ」

リン

アンティークドールにマホが魔法をかけて作ったオートマタ(自動人形)。マホの秘書のような立場だけどあまり役に立っていない。自己中心的で、意地悪、上から目線。

口調:「わらわはリンじゃ」

筧雅行 (かけいまさゆき)

ピコの大学の研究室の先輩。ピコの影響でロボット工学に魔法技術を取り入れる研究をすることになった。登場人物の中で最も一般的な感性を持つ常識人。

口調:「僕は筧だよ」「僕は筧です」

チア (榊原千秋 さかきばらちあき)

魔法を習得して社員になることになった。いつもやる気がみなぎっている熱血タイプ。何事も頭は使わず気合と根性で乗り切る脳筋。スポーツが好きで、特にバスケが好き。

口調:「自分はチアッス」

鈴木

魔法を習得して社員になることになった。前世は最強の闇魔法使いだったと言い張る中二病。ダークでクールな雰囲気を演じているが内向的。妄想をノートに書き溜めている。

口調:「我はブルトゥシュヴァリエだ」

メカナノ

心を持つロボット「ピアロイド」の試作機。広報担当。見た目はナノにそっくり。お笑いが好きでしょっちゅうふざける。

口調:「うちはメカナノ言います」

メカマホ

心を持つロボット「ピアロイド」の試作機。広報担当。見た目はマホにそっくり。メカナノと同じ性格に造られたはずなのだが、硬派な報道を担当しているせいか言動は落ち着いている。

口調:「うちはメカマホ言います」

委員長 (桜田明美 さくらだあけみ)

名高い建築士として中途採用された。顧客から要求されたものを完璧に設計するが自分のアイデアは全く盛り込まない。生真面目な堅物だが酒をこよなく愛する。

口調:「私のあだ名は委員長だわ」

フィオ (泉沙理亜 いずみさりあ)

楽園建設社長を任された。人の適性を見抜く能力にたけていて会社組織を作るのがうまい。興味の無いことは全く気にしなくて、だらしなく無気力なことが多い。ゲームが好き。

口調:「私はフィオだぞ」

ルナ

エンパワー社の開発したタブレット端末。人工知能を搭載していて会話ができるが自分の意志は持たない。画面には女の子が表示される。

口調:「私はルナだよぉ」

サフィーヤ

モーリタニア政府から派遣されて、住民の困りごとを解決する仕事をすることになった。優しくて気が利き、誰に対しても親切にするが、特にピコを気に入っている。料理が好き。

口調:「私はサフィーヤというデス」

スライマーン

ベテラン国会議員。頑張る人が報われる世の中を目指して経済発展に力を入れている。猫が好き。

口調:「私はスライマーンであります」

ジャスティス仮面

世の中は陰謀に満ちていると信じ、悪と戦う正義のヒーローを自称しているが、性格はゲス。絶対正義党を立ち上げて、陰謀に対抗する仲間を集めている。

口調:「私はジャスティス仮面ナリ!」

アキコ

心を持つロボット「ピアロイド」。物静かで奥ゆかしい。でも困りごとに直面したときの行動力は結構高い。

口調:「私はアキコですの」

パトリック

絶対正義党員。魔法の腕前が非常に高い。顎が長い。

口調:「俺はパトリックだ」

ミラ

楽園フーズで企画を担当していて、いつもいいアイデアを出す。ノリが軽い。お祭り大好きなパリピ。

口調:「あーしはミラだしー」

サミール1世

即位して間もないモロッコ国王。政治だけでなく経済にも影響力が大きい。器が大きい。

口調:「余が国王である」

タマ

研究用に頭の上部だけ作ったオートマタ。意志を持たない。

ピコの母

実に庶民的。

学生A

魔法発表会のときにいた人。

学生B

魔法発表会のときにいた人。

学生C

魔法発表会のときにいた人。

学生D

魔法発表会のときにいた人。

学生E

魔法発表会のときにいた人。

電子工学科の学生

電子顕微鏡を扱える。

材料工学科の学生

折れにくい棒の材料を研究している。

安川

機械工学科の先生。ピコの研究の指導をする。

学長

大学の学長。

飯島

医学部の先生。

電子工学科の先生

魔法発表会のときにいた人。

政治学の先生

魔法発表会のときにいた人。

記者A

記者会見のときにいた人。

記者B

落成式のときにいた人。

ショウ

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。派手でチャラいナンパ男。

山本

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。あまりしゃべらない。特技は柔道。

岡部

経理をしている社員。

社員A

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。

社員B

モブ社員。

社員C

船旅中に子供たちに勉強を教えていた。

開発者A

ロボットの開発者。

開発者B

ロボットの開発者。

開発者C

ロボットの開発者。

開発者D

ロボットの開発者。

開発者E

ソフトウェア開発者。

開発者F

システムエンジニア。

開発者G

人工知能技術者。

楽園ロボティクス社長

パッションロボティクス事業部長から楽園ロボティクス社長になった。

楽園ロボティクス部長

製造・流通の仕事の取りまとめをしている。

怪しい人A

秘密集会のリーダー。

怪しい人B

秘密集会の参加者。

怪しい人C

秘密集会の参加者。

作業員A

溶接作業をしていた人。

作業員B

床を平らにする作業をしていた人。

作業員C

トラス構造を作っていた人。

作業員D

クリスマスパーティーで話しかけてきた人。

ピザ屋

ピザの宅配に来た人。

料理人

食堂で働いている。

住職

寺にいる。

店員

服のレンタル店で働いている。

チャン・リーファン

落成式に来賓として来ていた建築家。

来賓A

落成式のときにいた人。

来賓B

落成式のときにいた人。

来賓C

落成式のときにいた人。

高野

楽園フーズの社長をすることになった。

グエン

楽園交通の社長をすることになった。

部田

買ったロボットが失踪して困っていた人。女性と話すと緊張する。

冒険者A

バッタ討伐隊のメンバー。

冒険者B

バッタ討伐隊のメンバー。

絶対正義党員A

集団の中にいた、仮面をつけた人。

絶対正義党員B

集団の中にいた人。

絶対正義党員C

集団の中にいた人。

ロックウルフ

魔法武闘会での絶対正義党チームの選手。

チャコ

魔法武闘会での絶対正義党チームの選手。

観客A

ロボット研究成果発表会にいた人。

観客B

魔法武闘会にいた人。

観客C

魔法武闘会にいた人。

インクレディブルプランナー加藤

役員選挙の候補者。意識高い系ビジネス用語をたくさん使うほど頭がいいと思っている。

マリア

役員選挙の候補者。動画配信者として無謀なチャレンジをしている。

護衛

モロッコ国王の護衛をしている。

政府職員

モロッコ政府の偉い人。

アナウンサー

報道番組のアナウンサー。

育児士

よその子供を預かって育てている。

案内人

迷路商店街の案内所で店を探すヒントを与えている。

喫茶店員

迷路商店街の喫茶店で働いている。

星空屋店主

迷路商店街で天文グッズの店を営んでいる。

自動運転車

人工知能搭載の小型貨物車両。ロボットアームがあり、自動で荷物の配達や回収をする。

群衆

観客たちが一斉に声をあげたときなどのセリフ。

姿無しA

誰だかわからないセリフ。

姿無しB

誰だかわからないセリフ。

姿無しC

誰だかわからないセリフ。

姿無しD

誰だかわからないセリフ。

姿無しE

誰だかわからないセリフ。

姿無しF

誰だかわからないけどなんか特徴的なしゃべり方の人のセリフ。

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