魔法使いと女子大生 2

文字数 3,273文字

 少しためらってから、イリスは語り始めた。
わたくしは7歳のとき、魔術学校に入学しましたわ

入学して早々、出会った同級生たちの中で、特に一人の女の子と気が合いましたわ

ちょっと待つのー

そこから話されると大勢の登場人物を覚えなきゃなんないのー

結末だけ話してほしいのー

めでたしめでたしですわ
結末すぎ
もうだめかと思いました、その時……
そこに至った経緯を簡単に教えて
……魔術学校ではわたくしの魔法の腕前はトップクラスでしたわ

卒業後は冒険者として経験を積みまして、それから軍に入りましたわ

というのも、わたくしの住む国は隣国とよく戦争をしていまして……隣国の軍隊が攻め入ってきて、魔法で町の人々を殺していきましてよ

わたくしは街を救うべく、敵の軍隊を魔法で撃退する戦いに身を投じましたわ

 つらそうな顔で語っている。耐え(がた)い経験だったに違いない。
わたくしの役目は後方からの大火力の魔法攻撃でしたわ

ですけど戦況は押され気味でして……

つらかったんだね
そんなある日のことですわ

わたくしは前線近くの木陰でパンを食べていたところ、敵襲の知らせを受けまして

突然の知らせに驚いて、パンをのどに詰まらせて息が出来なくなって、もうだめかと思いました、その時……

 そこでその場面に戻るの!?
死因はまさかの窒息死!?
いえ、その時、背中に魔法攻撃を受けてパンを吐き出しましたわ

振り向くと、(あご)の長い長身の男がいまして……敵の魔法剣士でしたわ

 その敵さんも、そこで攻撃しなかったら勝てたんだよね。
わたくしはとっさに風の(やいば)を放ちましたわ

ですが、敵はそれをかわして、わたくしの体を剣で(つらぬ)きましてよ

もうだめかと思いました、その時……

 ああ、この場面だったのか。
不思議なことに、わたくしはお花畑の中に立っていたのですわ
そしてそこで女神と名乗る美しい女の人に出会いましてよ

彼女はわたくしが死んだことを告げまして、別の世界に転生することをわたくしに勧めましたわ

へえ、転生するかどうか選べたんだ
ええ、それはもう美しい絵をたくさん見せてくださいまして、どの世界に転生するか迷いましたわ

その中で、「高度な科学文明で誰でも悠々自適! 憧れの地球で過ごす70年間」という見出しが気に入りまして、この世界を選びましてよ

 それ、旅行パンフレットだよ! 異世界転生ってパック旅行みたいなノリでやってるの!
女神様はわたくしに、この世界で魔法を広めることを託して見送ってくださいましたわ
そして気づくとわたくしは道端に立っていまして、そこでピコさんに出会いましてよ
 ということは、ほんとにこの世界のことを何もわかんなくて行くあてもない状況だったんだ。
魔法を広めることを託された以上、わたくしは冒険者になる必要がありましてよ
この世界に冒険者はいないよ
あらあらまあまあ、冒険者がいらっしゃらない世界だなんて、さぞかし魔獣やドラゴンに苦しめられておいででしょう

しかしわたくしが来たからにはもう安心でしてよ

いや、そもそも魔獣とかドラゴンとかがこの世界にいないから冒険者が必要ないってこと
おかしいですわね

どうしてこの世界にいない魔獣やドラゴンをご存じなのでして?

 どうしてだろう。異世界で魔獣やドラゴンと魔法で戦うアニメをしょっちゅう見ているせいで「異世界というと魔獣やドラゴンがいて当たり前」という感覚になっている気がする。
異世界について書かれた物語がたくさんあってねー、そこだとねー、冒険者が魔法で魔獣やドラゴンと戦ってるものなのー

だから異世界は知らなくてもどんなものか予想がつくのー

 さすがナノ、答えに(きゅう)した私に代わってうまく答えてくれた。論理的に考えると物語の中の異世界の世界観が実際の異世界と一致する必然性が全く無いので説明としてはおかしいのだけど、深く考えなければなんとなく納得してしまう。ここは私もその話に乗っからせてもらおう。
そんな感じで魔法についても物語で知ってはいるんだけど、この世界には存在しないんだよ

いや、存在しなかった、あなたが来るまでは

 自分で言いながら、苦しい説明だと思う。でも実際に魔法を受けてみて、理屈とか論理とかは細かいことだと思えるようになってきた。
なるほど、魔法が存在しない世界ですから、女神様はわたくしが魔法を広めることを期待されたのですわね
でも困りましたわね、冒険者が必要ないのでしたら、いかにして魔法を役立てたらよろしいのかしら
ピコのやけどを治したみたいにねー、医療に役立てるといいのー

お医者さんになるのー

 それもいいけど、ちょっと引っかかる。
確かにあんな短時間で治療できるのは画期(かっき)的だけど、一人で治せる人数には限りがあるよね
女神が「魔法を広める」って言ってたってことは、ひょっとして魔法って誰でも使うことができるものなんじゃないかな?
魔導石があればあとは訓練次第で魔法を使えるようになりましてよ
 イリスは胸元から服の中に手を入れて卵のような赤い宝石を取り出した。
これが魔導石ですわ
なんでそんなとこにしまってるの
これは魔力の源ですので肌身離さず身に着けておく必要がありましてよ
 もし胸の谷間にしまう必要があるものだとしたら使える人がかなり限られそうなんだけど、胸のサイズが絶望的なナノの前で言うのはやめておこう。きっと身に着けていればどこでもいいに違いない。
それって作ることができるものなのー?
ええ、わたくしでしたら魔導石を作ることができますわ

ただ、魔導石にたくさんの魔力を蓄える必要がありますのですぐにはできませんことよ

だとすれば、魔導石を作りながら魔法の使い方をたくさんの人に教えていけば……
この世界でもみんなが魔法を使えるようになるのー!
でも、この世界の方々は魔法を必要としてくださいますかしら

魔獣もドラゴンもいませんのに

必要だよ

傷を治すこともできるし、さっきはあっという間に私の服まで直してくれたでしょ

あれって何なの?

あれは物の形を変える魔法ですわ

布の形を変えて、あなたの服の形にしてさしあげましてよ

その布はいったいどこから?
わたくしの服でしてよ
 イリスの服を改めて見てみると、たくさんあったはずのフリルが無くなってシンプルなデザインに変わっていた。
あ……ごめん、私のために

でもこの魔法を使えば、物を作ったり修理したりするのが簡単になるんだよね

そうですわね

わたくしはこの錬成魔法が得意ですので、身の回りの品は全部魔法で作ってますわ

 私はわくわくしてきた。私のような工学部の学生の夢は世の中に役立つ物を作ること。そして今、世の中のあらゆる人に大いに役立つ新しい可能性が目の前に秘められているのだから。


じゃあさ、みんなが魔法を使うようになったらいろんな仕事がすごく楽になるよ、きっと

だから、魔法がこの世界でどう役立つか研究しない?

研究……でして?
ここは大学だよ

いろんなものを研究する所だよ

私も魔法を研究してみたいし、きっとたくさんの人が力になってくれるよ

あたしも一緒にやるのー!
 ナノは商学部だから、いったい魔法を何に役立てる研究をするつもりなんだろう……。そんな心配をよそに、イリスは顔をほころばせた。
まあ、あらまあ……

大変うれしゅうございますわ

これからよろしくお願いしますわ、ピコさん、ナノさん

こちらからもよろしくお願いなのー、イリス……って、あたしもあだ名で呼びたいのー
あだ名ですの?

そうですわね……「たなか」とお呼びになって

いやその見た目でそんな名前は違和感ありすぎ!
では「魔法使い」でいかがかしら
 それあだ名じゃない!
わかったのー!

よろしくなのー、マホ!

ちょっと、「う使い」はどこ行った!

ごめんね、マホ

あら、わたくしのあだ名は「マホ」かしら

気に入りましてよ

 ツッコミを期待していたけどマホはこれで納得しているようだ。じゃあいいか。
ねえ、錬成魔法でどんな物が作れるか見てみたいな
そうですわね、何か要らないものがあればそれを使ってご覧いただけましてよ
じゃあごみ置き場に行こうか
 私たちは教室を出て大学構内のごみ置き場に向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ピコ (鴨川美咲 かもがわみさき)

工学部の大学生。幼いころから工作やプログラミングに取り組んでいて、頭脳明晰なため技術方面に非常に明るい。人付き合いは苦手だが、ツッコミだけはやたら上手。アニメが好き。合理主義者で、効率とかエコとかを重視する。地味メガネ。

口調:「私はピコだよ」「私はピコです」

ナノ

ピコの親友。商学部の大学生。行動力抜群で交渉能力にたけていて、誰に対しても馴れ馴れしく図々しい。思いついたことはどんなに大がかりなことでも下らないことでも実行する。ピコ並みに頭がいいが発想が幼く、よく「うんこ」とか言う。大浴場が好き。小さくてかわいい。いつもウサ耳カチューシャをつけている。

口調:「あたしはナノなのー」

マホ (イリス・オリヴィエ)

異世界で冒険者や軍人をやっていた魔法使い。死後に女神に会い、そのままの姿で転移してきた。この世界に魔法を広めようとしている。一般常識にうとくて天然ボケ。やけに食に執着している。いろいろと大きい。

口調:「わたくしはマホですわ」

リン

アンティークドールにマホが魔法をかけて作ったオートマタ(自動人形)。マホの秘書のような立場だけどあまり役に立っていない。自己中心的で、意地悪、上から目線。

口調:「わらわはリンじゃ」

筧雅行 (かけいまさゆき)

ピコの大学の研究室の先輩。ピコの影響でロボット工学に魔法技術を取り入れる研究をすることになった。登場人物の中で最も一般的な感性を持つ常識人。

口調:「僕は筧だよ」「僕は筧です」

チア (榊原千秋 さかきばらちあき)

魔法を習得して社員になることになった。いつもやる気がみなぎっている熱血タイプ。何事も頭は使わず気合と根性で乗り切る脳筋。スポーツが好きで、特にバスケが好き。

口調:「自分はチアッス」

鈴木

魔法を習得して社員になることになった。前世は最強の闇魔法使いだったと言い張る中二病。ダークでクールな雰囲気を演じているが内向的。妄想をノートに書き溜めている。

口調:「我はブルトゥシュヴァリエだ」

メカナノ

心を持つロボット「ピアロイド」の試作機。広報担当。見た目はナノにそっくり。お笑いが好きでしょっちゅうふざける。

口調:「うちはメカナノ言います」

メカマホ

心を持つロボット「ピアロイド」の試作機。広報担当。見た目はマホにそっくり。メカナノと同じ性格に造られたはずなのだが、硬派な報道を担当しているせいか言動は落ち着いている。

口調:「うちはメカマホ言います」

委員長 (桜田明美 さくらだあけみ)

名高い建築士として中途採用された。顧客から要求されたものを完璧に設計するが自分のアイデアは全く盛り込まない。生真面目な堅物だが酒をこよなく愛する。

口調:「私のあだ名は委員長だわ」

フィオ (泉沙理亜 いずみさりあ)

楽園建設社長を任された。人の適性を見抜く能力にたけていて会社組織を作るのがうまい。興味の無いことは全く気にしなくて、だらしなく無気力なことが多い。ゲームが好き。

口調:「私はフィオだぞ」

ルナ

エンパワー社の開発したタブレット端末。人工知能を搭載していて会話ができるが自分の意志は持たない。画面には女の子が表示される。

口調:「私はルナだよぉ」

サフィーヤ

モーリタニア政府から派遣されて、住民の困りごとを解決する仕事をすることになった。優しくて気が利き、誰に対しても親切にするが、特にピコを気に入っている。料理が好き。

口調:「私はサフィーヤというデス」

スライマーン

ベテラン国会議員。頑張る人が報われる世の中を目指して経済発展に力を入れている。猫が好き。

口調:「私はスライマーンであります」

ジャスティス仮面

世の中は陰謀に満ちていると信じ、悪と戦う正義のヒーローを自称しているが、性格はゲス。絶対正義党を立ち上げて、陰謀に対抗する仲間を集めている。

口調:「私はジャスティス仮面ナリ!」

アキコ

心を持つロボット「ピアロイド」。物静かで奥ゆかしい。でも困りごとに直面したときの行動力は結構高い。

口調:「私はアキコですの」

パトリック

絶対正義党員。魔法の腕前が非常に高い。顎が長い。

口調:「俺はパトリックだ」

ミラ

楽園フーズで企画を担当していて、いつもいいアイデアを出す。ノリが軽い。お祭り大好きなパリピ。

口調:「あーしはミラだしー」

サミール1世

即位して間もないモロッコ国王。政治だけでなく経済にも影響力が大きい。器が大きい。

口調:「余が国王である」

タマ

研究用に頭の上部だけ作ったオートマタ。意志を持たない。

ピコの母

実に庶民的。

学生A

魔法発表会のときにいた人。

学生B

魔法発表会のときにいた人。

学生C

魔法発表会のときにいた人。

学生D

魔法発表会のときにいた人。

学生E

魔法発表会のときにいた人。

電子工学科の学生

電子顕微鏡を扱える。

材料工学科の学生

折れにくい棒の材料を研究している。

安川

機械工学科の先生。ピコの研究の指導をする。

学長

大学の学長。

飯島

医学部の先生。

電子工学科の先生

魔法発表会のときにいた人。

政治学の先生

魔法発表会のときにいた人。

記者A

記者会見のときにいた人。

記者B

落成式のときにいた人。

ショウ

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。派手でチャラいナンパ男。

山本

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。あまりしゃべらない。特技は柔道。

岡部

経理をしている社員。

社員A

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。

社員B

モブ社員。

社員C

船旅中に子供たちに勉強を教えていた。

開発者A

ロボットの開発者。

開発者B

ロボットの開発者。

開発者C

ロボットの開発者。

開発者D

ロボットの開発者。

開発者E

ソフトウェア開発者。

開発者F

システムエンジニア。

開発者G

人工知能技術者。

楽園ロボティクス社長

パッションロボティクス事業部長から楽園ロボティクス社長になった。

楽園ロボティクス部長

製造・流通の仕事の取りまとめをしている。

怪しい人A

秘密集会のリーダー。

怪しい人B

秘密集会の参加者。

怪しい人C

秘密集会の参加者。

作業員A

溶接作業をしていた人。

作業員B

床を平らにする作業をしていた人。

作業員C

トラス構造を作っていた人。

作業員D

クリスマスパーティーで話しかけてきた人。

ピザ屋

ピザの宅配に来た人。

料理人

食堂で働いている。

住職

寺にいる。

店員

服のレンタル店で働いている。

チャン・リーファン

落成式に来賓として来ていた建築家。

来賓A

落成式のときにいた人。

来賓B

落成式のときにいた人。

来賓C

落成式のときにいた人。

高野

楽園フーズの社長をすることになった。

グエン

楽園交通の社長をすることになった。

部田

買ったロボットが失踪して困っていた人。女性と話すと緊張する。

冒険者A

バッタ討伐隊のメンバー。

冒険者B

バッタ討伐隊のメンバー。

絶対正義党員A

集団の中にいた、仮面をつけた人。

絶対正義党員B

集団の中にいた人。

絶対正義党員C

集団の中にいた人。

ロックウルフ

魔法武闘会での絶対正義党チームの選手。

チャコ

魔法武闘会での絶対正義党チームの選手。

観客A

ロボット研究成果発表会にいた人。

観客B

魔法武闘会にいた人。

観客C

魔法武闘会にいた人。

インクレディブルプランナー加藤

役員選挙の候補者。意識高い系ビジネス用語をたくさん使うほど頭がいいと思っている。

マリア

役員選挙の候補者。動画配信者として無謀なチャレンジをしている。

護衛

モロッコ国王の護衛をしている。

政府職員

モロッコ政府の偉い人。

アナウンサー

報道番組のアナウンサー。

育児士

よその子供を預かって育てている。

案内人

迷路商店街の案内所で店を探すヒントを与えている。

喫茶店員

迷路商店街の喫茶店で働いている。

星空屋店主

迷路商店街で天文グッズの店を営んでいる。

自動運転車

人工知能搭載の小型貨物車両。ロボットアームがあり、自動で荷物の配達や回収をする。

群衆

観客たちが一斉に声をあげたときなどのセリフ。

姿無しA

誰だかわからないセリフ。

姿無しB

誰だかわからないセリフ。

姿無しC

誰だかわからないセリフ。

姿無しD

誰だかわからないセリフ。

姿無しE

誰だかわからないセリフ。

姿無しF

誰だかわからないけどなんか特徴的なしゃべり方の人のセリフ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色