巣立ちに向けて 2

文字数 3,517文字

 一月。プロトキャッスルの設計はほとんど出来上がっていて、これからはそれぞれのお店の内装など細かなところを検討していくことになる。社会制度の検討も落ち着き、システムエンジニアたちはシステムの実装に取り組んでいる。私の判断を求められることもあまりなくなり、卒業論文も書き終えたのでだいぶ(ひま)になった。


 会社では魔導石を作る人が増え、世界での販売は毎月1200個に達している。魔法の教材も充実してきていて、購入者への講習も少なくなっている。楽園の社員たちは、知識データの作成をしたり、プロトキャッスルで働く人材を集めてまわったりと忙しい。

なんじゃ、暇なのか、ピコ
 リンが声をかけてきた。リンは一応マホの秘書扱いになっているが、いつもたいした仕事はしていない。
まあそうだね

私の仕事は今はあまり無いな

ならば、わらわを楽しませるがよい
わざわざ余計な仕事を増やさなくていいんだよ
でもまあせっかくだから、一緒にみんなの仕事の様子を見に行ってみようか
 リンと一緒に造船所に行ってみると、船に取り付ける脚の製作が進んでいた。鉄骨を組み合わせて造る巨大な四角い柱。
大きいねえ

横に倒して置いてるのに、見上げる太さだね

実感わかぬわ

わらわから見ると大抵の物は見上げる大きさじゃぞ

 私の気まぐれで描いた脚がこうして巨大な実物として形になっている。これまで私が図面に描いてきたものも、これからどんどん実物になっていくのだ。なんかわくわくするなあ。


 楽園ロボティクスに行ってみると、ロボットの更なる改良の研究が進められている(かたわ)らで、ピコパイプ製造装置の開発が進んでいた。


 私が行くと試運転を見せてくれた。スイッチを押すと自動的に砂が型に注ぎ込まれる。そこで錬成魔法を使って砂を固める。すると型が緩んで自動的にカーボンの布が巻き付き、難燃性プラスチックが注ぎ込まれて型が締まる。再び錬成魔法を使って材料を混ぜ合わせると完成。ピコパイプ50本が一気に出てきた。

すごい

これなら量産できるね

ずいぶんと嬉しそうじゃのう
だって、トラス床のピコパイプを作るのに、これが無いと150人必要なんだよ
この機械さえあれば10人か20人くらいでできるよ

ものすごく効率いいじゃん

そなたは本当に効率が好きじゃのう
わらわじゃと、この機械でバウムクーヘンを作ることを考えるわ
 1メートルのバウムクーヘン50本。それは圧巻だろう。
何も食べられない体なのにそんな事考えるなんて、ほんとに無駄なことが好きなんだね
 ロボット工場にも行ってみた。プラスチックのパーツを作る機械やはんだ付けをする機械などが次々と部品を作っていき、産業ロボットのロボットアームが組み立てていっている。その途中で作業員たちが細かい作業をしている。そうして完成したロボットが、作業員たちに交じって組み立てや搬送の仕事をしている。私たちがリンを見て考え付いたロボットが、実現してちゃんと役立ってる。
ロボットがちゃんと働いてるところを初めて見たよ
わらわはずっと前から働いておるぞ
マホの代わりにメールのやり取りやスケジュール管理をしておるぞ
そういうのじゃなくてさ

私たちの考えたロボットが、本当に一人前に役立つところまで来たんだなって

わらわじゃって役立っておるぞ

今日もわらわがおったから、そなたが一人であちこち巡るより楽しかったじゃろう

経済的には役に立っておらんでも、心情的に役立つことはたくさんあるのじゃ
 自己中心的な性格のリンが、そこまで他人の心を気にしているのか疑わしい。
私は一人でいるのが好きだから、リンが一緒にいることにそこまでの価値は感じないけどね
どこまで経済効率第一主義なんじゃ、そなたは!

 こうやってからかえる相手がいるぶん楽しい。


 ロボットたちも、単に労働力になるだけじゃなくて、きっとたくさんの人の心を(いや)してくれることだろう。たくさんの人の役に立つものを作るという私の夢がかなった。これからソーラーキャッスルの建設を実現させて、もっと夢をかなえていこう。

やはりピコよりもナノといたほうが面白いのじゃ
しかしどういうわけか、最近ナノの姿をとんと見かけぬ
ナノなら今週はモロッコに行ってるよ
なんとー!

いつの間にそのような遠くに!

メールで連絡してたはずだけど
あれー、マホのメールを管理してるって言ってたのは誰だっけ?
うぬー!

 後日、ナノがモロッコから帰ってきた。ソーラーキャッスルからモロッコと西サハラに水と電気を供給することを約束して、モロッコと敵対しないことを認めてもらったという。ただ、モーリタニアと西サハラの国境を超えるにはビザが必要ということになり、ナノはそこが不満なようだ。

 三月。私とナノは大学を卒業した。周りから「卒業おめでとう」と言われてもなんかピンとこない。大学生活の後半になるほど活動の中心が会社になってあまり大学に通っていなかったから当然だろう。


 そしてロボットの発売日を迎えた。レイバロイドは680万円、ピアロイドは750万円。大部分の部品を他の会社に頼っているせいと組み立てに手作業が多いせいでコストがかさんでしまい、あまり身近に感じられる値段ではない。それでもたくさんの企業から予約を受けていて、当面の間は予約なしでは買えない状態になっている。ロボットを必要としている職場がたくさんあって、そこにこれからロボットたちが迎えられていくのだ。


 会社のほうはどんどん新しい社員が入社してきていて、楽園グループ全体で700名を超えている。その多くは建設作業員だけど、最近は様々な分野の専門家たちが増えている。プロトキャッスルで様々な仕事を始めるための計画づくりをするそうだ。


 そんな中、ニューロコンピューターの搭載されたタブレット端末「ルナ」が発売された。うちの会社はこれを大量に購入して、プロトキャッスルに行く予定の社員全員に配った。ニューロコンピューターはエンパワー製だけど、タブレット端末自体は別の会社製。ソフトウェアはうちが提供しているとはいえ、端末を作った会社が結構カスタマイズしているらしい。


 ちゃんとしたものになってるのだろうか? 私のぶんのルナを起動してみた。画面にかわいらしい女の子が表示された。

初めましてぇ、ルナだよぉ
あなたが私のご主人様かなぁ?
 ずいぶんねちっこい声が聞こえてきた。心の無いタイプの人工知能なのに結構個性の強いキャラが搭載されたようだ。まあリンの第一声の「問おう。そなたがわらわのマスターか?」に比べたらはるかにまともなのだけど。
うん
お名前教えてくれるぅ?
鴨川美咲
美咲ちゃんだねぇ、よろしくねぇ
無線LANに接続しちゃうかなぁ?
 無線LANを選択してパスワードを入力した。そして社内ネットワークのドメインを選択した。
あれぇ?

鴨川美咲って名前が名簿に見当たらないよぉ?

え?

picoってアカウント、無い?

それはピコって人のアカウントだよぉ?
それ、私だよ!

私のあだ名がピコだよ!

あぁ、じゃあこれだねぇ

 ルナはちゃんとしてるけど、社内ネットワークのほうがまともじゃなかった。システムエンジニアに、ちゃんと本名を名簿に登録するように言っておこうかな。


 社内システム用のソフトを社内ネットワークからインストールした。これでルナが私の身分証になり、電子マネーの財布にもなる。人魚号に乗っている間は会社が市役所の代わりだから、ルナが行政手続きの窓口にもなるわけだ。あだ名で行政手続きが進んだら怖い。

 プロトキャッスル建設の準備が着々と進んでいく。人魚号の内装が完成した。楽園建設のほうでは資材や重機を買い集めて人魚号に積み込んでいっている。私の周りでも人魚号での新しい暮らしの準備が進んでいっている。


 そして出発の六月を迎えた。楽園グループは毎月110億円を売り上げる企業に成長した。大量の資材を買ったせいで借金は膨らんでいるけど、会社が成長したおかげでお金の貸し手が次々と現れてきている。


 従業員843名のうち462名とその家族13名が人魚号に乗ってモーリタニアに向かう。日本に残る人たちのうち半分くらいは、プロトキャッスルが完成したら移住する予定だ。モーリタニアに行くのは建設作業員など現場にいる必要がある人たちがほとんどだけど、私やナノたちも人魚号でモーリタニア行きだ。会社全体の判断をするためになるべく現場を知っておきたいという理由だ。


 マホの開発した魔導石が世界に広まり、ナノが勢いで作った会社が大きくなり、私が思いついて研究を始めたロボットが世の中に浸透しつつある。さあ、私たちの妄想から始まった巨大建築プロジェクトを、本当に形にするために出発しよう!

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登場人物紹介

ピコ (鴨川美咲 かもがわみさき)

工学部の大学生。幼いころから工作やプログラミングに取り組んでいて、頭脳明晰なため技術方面に非常に明るい。人付き合いは苦手だが、ツッコミだけはやたら上手。アニメが好き。合理主義者で、効率とかエコとかを重視する。地味メガネ。

口調:「私はピコだよ」「私はピコです」

ナノ

ピコの親友。商学部の大学生。行動力抜群で交渉能力にたけていて、誰に対しても馴れ馴れしく図々しい。思いついたことはどんなに大がかりなことでも下らないことでも実行する。ピコ並みに頭がいいが発想が幼く、よく「うんこ」とか言う。大浴場が好き。小さくてかわいい。いつもウサ耳カチューシャをつけている。

口調:「あたしはナノなのー」

マホ (イリス・オリヴィエ)

異世界で冒険者や軍人をやっていた魔法使い。死後に女神に会い、そのままの姿で転移してきた。この世界に魔法を広めようとしている。一般常識にうとくて天然ボケ。やけに食に執着している。いろいろと大きい。

口調:「わたくしはマホですわ」

リン

アンティークドールにマホが魔法をかけて作ったオートマタ(自動人形)。マホの秘書のような立場だけどあまり役に立っていない。自己中心的で、意地悪、上から目線。

口調:「わらわはリンじゃ」

筧雅行 (かけいまさゆき)

ピコの大学の研究室の先輩。ピコの影響でロボット工学に魔法技術を取り入れる研究をすることになった。登場人物の中で最も一般的な感性を持つ常識人。

口調:「僕は筧だよ」「僕は筧です」

チア (榊原千秋 さかきばらちあき)

魔法を習得して社員になることになった。いつもやる気がみなぎっている熱血タイプ。何事も頭は使わず気合と根性で乗り切る脳筋。スポーツが好きで、特にバスケが好き。

口調:「自分はチアッス」

鈴木

魔法を習得して社員になることになった。前世は最強の闇魔法使いだったと言い張る中二病。ダークでクールな雰囲気を演じているが内向的。妄想をノートに書き溜めている。

口調:「我はブルトゥシュヴァリエだ」

メカナノ

心を持つロボット「ピアロイド」の試作機。広報担当。見た目はナノにそっくり。お笑いが好きでしょっちゅうふざける。

口調:「うちはメカナノ言います」

メカマホ

心を持つロボット「ピアロイド」の試作機。広報担当。見た目はマホにそっくり。メカナノと同じ性格に造られたはずなのだが、硬派な報道を担当しているせいか言動は落ち着いている。

口調:「うちはメカマホ言います」

委員長 (桜田明美 さくらだあけみ)

名高い建築士として中途採用された。顧客から要求されたものを完璧に設計するが自分のアイデアは全く盛り込まない。生真面目な堅物だが酒をこよなく愛する。

口調:「私のあだ名は委員長だわ」

フィオ (泉沙理亜 いずみさりあ)

楽園建設社長を任された。人の適性を見抜く能力にたけていて会社組織を作るのがうまい。興味の無いことは全く気にしなくて、だらしなく無気力なことが多い。ゲームが好き。

口調:「私はフィオだぞ」

ルナ

エンパワー社の開発したタブレット端末。人工知能を搭載していて会話ができるが自分の意志は持たない。画面には女の子が表示される。

口調:「私はルナだよぉ」

サフィーヤ

モーリタニア政府から派遣されて、住民の困りごとを解決する仕事をすることになった。優しくて気が利き、誰に対しても親切にするが、特にピコを気に入っている。料理が好き。

口調:「私はサフィーヤというデス」

スライマーン

ベテラン国会議員。頑張る人が報われる世の中を目指して経済発展に力を入れている。猫が好き。

口調:「私はスライマーンであります」

ジャスティス仮面

世の中は陰謀に満ちていると信じ、悪と戦う正義のヒーローを自称しているが、性格はゲス。絶対正義党を立ち上げて、陰謀に対抗する仲間を集めている。

口調:「私はジャスティス仮面ナリ!」

アキコ

心を持つロボット「ピアロイド」。物静かで奥ゆかしい。でも困りごとに直面したときの行動力は結構高い。

口調:「私はアキコですの」

パトリック

絶対正義党員。魔法の腕前が非常に高い。顎が長い。

口調:「俺はパトリックだ」

ミラ

楽園フーズで企画を担当していて、いつもいいアイデアを出す。ノリが軽い。お祭り大好きなパリピ。

口調:「あーしはミラだしー」

サミール1世

即位して間もないモロッコ国王。政治だけでなく経済にも影響力が大きい。器が大きい。

口調:「余が国王である」

タマ

研究用に頭の上部だけ作ったオートマタ。意志を持たない。

ピコの母

実に庶民的。

学生A

魔法発表会のときにいた人。

学生B

魔法発表会のときにいた人。

学生C

魔法発表会のときにいた人。

学生D

魔法発表会のときにいた人。

学生E

魔法発表会のときにいた人。

電子工学科の学生

電子顕微鏡を扱える。

材料工学科の学生

折れにくい棒の材料を研究している。

安川

機械工学科の先生。ピコの研究の指導をする。

学長

大学の学長。

飯島

医学部の先生。

電子工学科の先生

魔法発表会のときにいた人。

政治学の先生

魔法発表会のときにいた人。

記者A

記者会見のときにいた人。

記者B

落成式のときにいた人。

ショウ

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。派手でチャラいナンパ男。

山本

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。あまりしゃべらない。特技は柔道。

岡部

経理をしている社員。

社員A

魔法を習得する新入社員の募集に応じた。

社員B

モブ社員。

社員C

船旅中に子供たちに勉強を教えていた。

開発者A

ロボットの開発者。

開発者B

ロボットの開発者。

開発者C

ロボットの開発者。

開発者D

ロボットの開発者。

開発者E

ソフトウェア開発者。

開発者F

システムエンジニア。

開発者G

人工知能技術者。

楽園ロボティクス社長

パッションロボティクス事業部長から楽園ロボティクス社長になった。

楽園ロボティクス部長

製造・流通の仕事の取りまとめをしている。

怪しい人A

秘密集会のリーダー。

怪しい人B

秘密集会の参加者。

怪しい人C

秘密集会の参加者。

作業員A

溶接作業をしていた人。

作業員B

床を平らにする作業をしていた人。

作業員C

トラス構造を作っていた人。

作業員D

クリスマスパーティーで話しかけてきた人。

ピザ屋

ピザの宅配に来た人。

料理人

食堂で働いている。

住職

寺にいる。

店員

服のレンタル店で働いている。

チャン・リーファン

落成式に来賓として来ていた建築家。

来賓A

落成式のときにいた人。

来賓B

落成式のときにいた人。

来賓C

落成式のときにいた人。

高野

楽園フーズの社長をすることになった。

グエン

楽園交通の社長をすることになった。

部田

買ったロボットが失踪して困っていた人。女性と話すと緊張する。

冒険者A

バッタ討伐隊のメンバー。

冒険者B

バッタ討伐隊のメンバー。

絶対正義党員A

集団の中にいた、仮面をつけた人。

絶対正義党員B

集団の中にいた人。

絶対正義党員C

集団の中にいた人。

ロックウルフ

魔法武闘会での絶対正義党チームの選手。

チャコ

魔法武闘会での絶対正義党チームの選手。

観客A

ロボット研究成果発表会にいた人。

観客B

魔法武闘会にいた人。

観客C

魔法武闘会にいた人。

インクレディブルプランナー加藤

役員選挙の候補者。意識高い系ビジネス用語をたくさん使うほど頭がいいと思っている。

マリア

役員選挙の候補者。動画配信者として無謀なチャレンジをしている。

護衛

モロッコ国王の護衛をしている。

政府職員

モロッコ政府の偉い人。

アナウンサー

報道番組のアナウンサー。

育児士

よその子供を預かって育てている。

案内人

迷路商店街の案内所で店を探すヒントを与えている。

喫茶店員

迷路商店街の喫茶店で働いている。

星空屋店主

迷路商店街で天文グッズの店を営んでいる。

自動運転車

人工知能搭載の小型貨物車両。ロボットアームがあり、自動で荷物の配達や回収をする。

群衆

観客たちが一斉に声をあげたときなどのセリフ。

姿無しA

誰だかわからないセリフ。

姿無しB

誰だかわからないセリフ。

姿無しC

誰だかわからないセリフ。

姿無しD

誰だかわからないセリフ。

姿無しE

誰だかわからないセリフ。

姿無しF

誰だかわからないけどなんか特徴的なしゃべり方の人のセリフ。

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