2日後の水曜日。私が帰宅すると、マホが私に魔導石を差し出した。
ナノさんから伺いましてよ
ピコさんが魔法を習得して魔法発表会で披露なさると
初耳だよ!
ナノってば、どうしていつも私のやることを勝手に決めて、しかもそれを私に伝えもしないかな!
あらまあ
わたくしはてっきりピコさんからおっしゃったものとばかり……
マホは恐縮して魔導石をしまおうとした。いや、私はやりたくないわけじゃなくて、驚いただけなんだって。
私はマホの魔法にあこがれていたと思う。なので魔法を習うことにためらいは無かった。
魔法の訓練は、魔導石から魔力を受け取るということから始めた。魔導石を握って呪文を唱える。基本的な魔法の場合は慣れれば呪文は必要ないらしいけど、初心者はとにかく呪文を唱えることで魔法の型が身に付くそうだ。徐々に魔導石が暖かくなり、不思議な感触が手のひらから腕に広がっていく。これが魔力なのだろう。
次に、光を灯す魔法の訓練。魔力を手にためて呪文を唱える。
何も起きない。気合を込めてもう一度呪文を唱えたけど何も起きない。何度も繰り返した。
さあ……
わたくしの場合、初めて魔導石を触った時からこのような魔法はできましてよ
なんて参考にならないアドバイス。ひょっとして、この世界の人間には魔法は使えない? この世界に魔法を広めるという目標は、女神が憶測を誤った? いや、もっと試してみないとわからない。
私は指先を見つめ、想像した。魔導石から魔力が手のひらに流れ、それが指先から出てくる。魔力は光に変わり、シャボン玉のようにあふれ出てくる……。
はっ、と我に返った。私の指先から光があふれ出ている。想像じゃない、現実に!
でもなんで指先?
指先から光が出るのを想像したから?
そうでしてよ
魔法を制御するのに、想像することはとても重要なのですわ
じゃあ、もし鼻の穴から光が出るなんて想像したら……
私の視界の下のほうが明るくなった。これってもしかして私の鼻の穴が!?
マホが口を押さえてうずくまった。必死で笑いをこらえている。
私は魔導石を放り出して鼻を隠した。魔導石を放したことで光は消えたので、隠す意味は無かった。
その次は物を空中に浮かせる念動魔法。さっきので魔法のコツをつかんだので、軽いものなら浮かせることができるようになった。しかし自分が空中に浮く浮遊魔法は成功しなかった。
空中に浮く魔法に何度もチャレンジしたものの一度も成功しないまま、魔法発表会の当日を迎えた。
マホとリンを連れて待ち合わせ場所の空き教室に行くと、ナノはもう来ていた。教室の中には大きな水槽があり、1匹の鯉が泳いでいる。
今日のナノの服はやたら派手なゴスロリファッションにいつものウサ耳カチューシャだ。ナノの見た目の幼さゆえにあまり違和感が無い。
なんじゃ、わらわの普段着とあまり変わらぬではないか
そう言ってリンがナノの横に並んだ。リンはアンティーク人形だからいつもゴスロリ。まるで姉妹のようだ。
ナノは私たちに衣装を手渡した。広げてみると……バニーガールの衣装!?
ショーの主役だからねー、このくらい派手にしたほうがいいのー
魔法発表会はエンターテイメントじゃないんだよ!
真面目に魔法を紹介するためのものなのに、こんなの場違いすぎるよ!
まあ、かわいらしい服ですこと
どうやって着るのかしら
楽しみですわ
バニーがどんな服なのか絶対わかってないよ、この人。
着なくていいよ、そんなおかしい服!
私は今着てる服でやるから!
うーん、バズれば魔法を広める手間が省けると思ったのー
でもそんなに嫌なら無理に着なくていいのー
私はバニースーツをカバンにしまい、水槽を講堂に運ぶのを手伝った。
広々とした講堂には何百人もの人が集まっていた。その多くは学生だけど教職員も少なからずいる。講堂の中央ではビデオカメラが回っている。そんな中で私たち4人が壇上に立っている。私が緊張でカチカチになっているそばで、ナノは平気な顔でマイクを手にした。
レディース・アンド・ジェントルメーン!
あたしたちの魔法発表会にお集まりいただき、ありがとうなのー!
ここにいる金髪美女はねー、なーんと!
異世界からやってきた魔法使いなのー!
皆さん、初めましてですわ
わたくしのことはマホとお呼びくださいませ
マイクが私に回ってきた。こんな雰囲気のつもりじゃなかったんだけどな……。とりあえず予定通りにしゃべることにしよう。
機械情報工学科2年の鴨川です
私たちが遭遇した魔法という現象についてぜひ皆様に知っていただきたく、この会を開催いたしました
まずは実際にご覧になってもらいましょう
物を空中に浮かせる魔法です
マホが水槽に手をかざすと水面が盛り上がっていき、水の柱となった。手を振ると動きに合わせて水の柱が講堂の中を飛び回った。客からは歓声が上がった。水が水槽に戻ると今度は鯉が空中に舞い上がった。
水が空中を舞った後は鯉が空中に
マホさん、鯉をどうしますか?
はい
先日初めてお刺身というものをいただきまして、わたくしも作ってみたくなりましたわ
ご覧くださいませ、風の刃!
マホが鯉に向かって手を突き出すと、鯉がばらばらに切り刻まれた! 血しぶきが飛び散り、講堂は客の悲鳴に包まれた。マホは大きな皿の上に鯉の破片を全部載せた。
内臓がぐちゃぐちゃで血まみれ。もしアニメ化したら絶対モザイクがかかるような惨状だ。
そんな
気色悪いの、お刺身じゃない!
どうにかしてよ、それ!
この傷ついた者の体を構成するすべてよ、体をあるべき姿に戻せ……
マホの手から光が出て鯉を包んだ。バラバラだったのが1つにつながり、切り口がみるみる消えていった。そして鯉は皿の上で元気にはねた。どよめきの声が上がった。
鯉にはものすごいショッキングな体験をさせちゃったね
あまり良い方向性じゃないけど、インパクトは十分に与えたようだ。こうやってツッコミを入れながら次々と魔法を紹介していこう。