えっ……、帰った?
帰ったって、どういうこと!? ライナスさん、ここに住んでるんじゃないの⁉ なにか私に言伝とかない?
申し訳ございませんが、旦那様からなにも言付かっておりません。こちらには2,3ヶ月に一度訪れる程度で、普段は西部のスタンフォード・ホテルにおります。
スタン……、スタンフォード!?あの有名な5つ星ホテル!?
左様でございます。旦那様は、そのスタンフォード・グループの若社長でいらっしゃいます。詳しくは言えないのですが、お客様トラブルに見舞われ、昨日の白昼に戻られました。
こんなところで仕事してる場合じゃないわ。はやく会いに行かなきゃ!
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おぉ、いいぞぉ! いいじゃねぇか! 清純ぶってたより、俺はこっちのほうが好きだぞぉ!
ライナスさんがいないなら、こんなところ、もう用はないもの。さっさと終わらせるわよ!
アビーちゃん、なんだかイキイキしてる! ハンナさん、どんなワザ使ったんですか?
私はなにもしてないわよ。今朝、アビーが突然、部屋にやって来て、はじめから撮り直ししたいって言ってきたの。私は反対したのよ、撮影も終盤に入ってたし、彼女は“妹にしたいランキング”で2年連続でナンバー1。イメージダウンに繋がるんじゃないかって言ったんだけど、言うこと聞かなくて。それで、コンラッドさんに相談してみたら…………!
……って言われちゃって。説得してもらうつもりが、アビーの意見に賛成しちゃうし。
ふふふっ。コンラッドさんらしいです。新しいことにチャレンジすることが好きですからね! 本人曰く、“心は永遠の少年”らしいです。
(あれ? なんか機嫌わるい?)
ごめんね、他のもの持ってくる。
え……、ええ。
(プロとしての自覚が出てきたのかしら?)
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次は、表紙の撮影よ。この赤いシルクの上に、髪が流れるように仰向けで寝てほしいの。
わかってる。その説明なら、さっきコンラッドさんから聞いたわ。
そ、そう。じゃ、よろしくね。これで最後の撮影だから。
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申し訳ございませんでした!
今回のことは、お詫びの言葉もありません。治療費はもちろん、壊してしまった機材等は全て弁償いたします。後日改めて、社長とアビーを連れて謝罪に伺いますので。
いい加減、頭あげてくれよ。ただの
かすり傷なんだからよ。なっ、エスター。
全治2ヶ月の骨折です! 腕、ぶんぶん振り回してますけど、早く治したければ当分仕事は休むことと、家で絶対安静ですよ!
わーってるって。しばらく触れないんじゃ、腕がなまりそうだな。
あ……、あの……、私のせいで、本当にごめんなさい。
だって、私をかばったばかりに、コンラッドさんに怪我を負わせてしまいました。それに、コンラッドさんの大切なカメラまで……。
なに言ってるんだ、道具よりも大事なもんあんだろ。いいんだよ、大事な弟子が無事なら。それに、たまには怪我をしてみるもんだ。いつも強気な嫁が、「怪我して病院にいる」って連絡入れた途端、心配してきてくれたじゃねーか。
いっ……だぁっ……! クソッ、頭イテェー。俺は病人だぞ?
はぁ? かすり傷なんじゃなかった? あーあー、心配してホント損したよ。当分はこき使ってやるから、覚悟しときな。
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ア、アレックスさん! すみません、勝手に花なんか植えて……。ライナスさんの絵を見てから、ここにお花が咲いてたらきれいだろうなぁって思って。病院からの帰り道、お花屋さんに立ち寄って、どんな植物とも相性がいいっていうからアリッサムを買ってみました。昔は、どんな花が咲いていたのかは知らないけど……。
そうでしたか、旦那様の絵を見られたのですね。あの方は絵を描いているときは人を近づけさせないのですが、めずらしいこともあるのですね。それで、コンラッド氏のお怪我の具合はいかがでしたか?
全治2ヶ月の骨折だと診断されました。奥様といっしょに帰られたので、アレックスさんに挨拶できずに申し訳ないと言っていました。
コンラッド氏の元気な声が聞けなくなるのは寂しくなりますが、一日も早く回復なさいますよう、心よりお祈りいたしますとお伝えください。
拝啓 ルーファス・クライヴ・ウォーズリーさま
ウォーズリーさま、
私が今北部にいるって知ったら、さぞ驚かれることでしょう。
私も見てみたいの。
おばあさまとウォーズリーさまが見てきたものを……。
……今度こそ、根付いてくれればよいのですが。
エスターさん、あなたならもうお気づきでしょう。北部に花が咲いていないことを。戦後、復興のため、何人ものの人がたくさんの花を植えましたが、どういうわけだかすぐに枯れてしまうのです。専門家さえも、その原因を突きとめることができず、北部は人どころか花でさえ見捨てた土地なんです。
私も幼かったもので、はっきりとは覚えてないのですが。ここ一面には、じゅうたんを敷き詰めたように、赤や黄色、白といった、色とりどりの花が美しく咲いておりました。私も旦那様の絵を拝見したとき、なつかしさに思わず涙がこみ上げてきました。私もまたこの目で見てみたいです。エスターさんの思いが届くことを、私も祈りましょう。
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