#07 私が“レイラ・ドリス・マクレーン” になる![2]

文字数 2,333文字

『レイラ、お使(つか)いごとを頼まれてくれないかしら? これをブドウ園のフェリクスに届けてほしいの』
『はい、叔母さま。ところで、この瓶の中にはいったい何が?』
『“カノコソウ”よ』
『カノコソウ?』
『あら、聞いたことない? うちの薬草園で観賞用に育てている、淡紅色の花なんだけどね。昔から“自然の睡眠薬(ナチュラルトランキライザー)”といわれてて、根を(くだ)いてハーブティーのように飲まれてきたのよ』
『これ、叔母さまが?』
『ええ、そうよ。ミュルヴィル家に(とつ)いですぐに覚えさせられた仕事のひとつよ。代々(だいだい)受け継がれてきたやり方だから、本当によく効くの。これをフェリクス本人にちゃんと渡してちょうだい』
『あなたがフェリクスさん? これをあなたに直接渡すよう、叔母から言付(ことづ)かってきました』
『ありがとう。マリーおばさんの薬はホントよく効くんだ』
『そうなんですか。ご家族のどなたかに、不眠症で悩まれている方がいらっしゃるんですか?』
『あ、俺なんだ。数年前から寝付けなくてね、これを飲むようになってからは嘘のように朝までぐっすりさ。ちょっと、そこでまっててくれ』
『?』
『ほら、今朝の摘みたてだ。うちのブドウは格別にうまいんだぜ! マリーおばさんといっしょに()ってくれ』
『ありがとうございます』
『それにしても、えらい別嬪(べっぴん)さんじゃないか。気に入った!
『は?』
『一目ボレした、ってこと! おまえ、俺のところに嫁にこい』
『は、はぁ!? あなた、なに言ってんの、初対面で!』
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『ふふふ。フェリクス、あなたのこと相当気に入ったのね。レイラ、あなたはどうなの?』
『どうって、()()()で求婚してくるなんて考えられません』
『あら、やっぱり覚えてないのね。あなたたち、初対面じゃないのよ』
『どういう意味ですか?』
『小さい頃、何度かここで遊んだことあるのよ。その様子じゃ、フェリクスも覚えてないんでしょうけど。とても可愛らしかったわ、あなたたち』
『……そうだったんですか。ところで、叔母さま。フェリクスさんは何か心の病でも抱えてらっしゃるの? あれを(せん)じて飲まなければ眠れないなんて』
『ここは平和だから時折(ときおり)忘れてしまうんだけど、戦争がはじまって2年が経った頃だったかしら。東部(我々)がここまで農業地帯として成長できたのは、北部の多額の資金援助があったからだ。北部が()されている今、さあ我々も立ち上がろう!” 加担した途端、若者が次々と戦地に送り込まれてね、フェリクスもそのうちの()()()なのよ』
『え?』
『最前線に立たされてたみたいで、出征(しゅっせい)してすぐに瀕死(ひんし)の状態で帰還したのよ。あの子、戦地でのことをあまり話したがらないんだけど、あれがないと悪夢にうなされて大変みたいなの。一見(いっけん)元気そうに見えるんだけど、本当はとてもかわいそうな子なのよ。だから、あの子には幸せになってもらいたいの』
『…………』
『フェリクスのことは、小さいときからよく知ってるわ。働き者で、男手(おとこで)が必要な時はいつも来てくれるし、とても頼りになる。私には“子供を授かる”ということができなかったから、フェリクスを我が子のように愛してきたわ。レイラ、私がなにを言いたいかわかる?』
『……叔母、さま?』
“女の幸せ”を味わいなさい。あなたには私が()しえなかったことをしてほしいの。いつまでも亡くなった人を引きずっていてはダメよ。結婚して、子を産み、母となり、そして女の喜びを味わいなさい。きっと、あなたのお母さまが生きていらしたら、私と同じことを言うわ』
『お言葉ですが、叔母さま。私は、ルーファスを信じています。必ず生きて帰ってくるって約束したんですもの。彼は生きてる。だから、私、ルーファス以外の人とは結婚しないわ』
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『それで、いつ俺のところに嫁にきてくれるんだ?』
『そんな予定ありません!』
『それにしても、いい(なが)めだ。先人(せんじん)もうまいことを言ったもんだ。“若い処女に、この作業をさせないと酒の神バッカスが怒る”か』
(しょ)…………』
『このエロ(あに)っ‼』
『いっ……だぁっ‼
『バカ兄っ! せっかくレイラさんが手伝いに来てくれたのに、さっきから鼻の下を伸ばして()()()()目つきで見過ぎっ! 兄さんは貯蔵庫に行って、父さんたちの手伝いでもしてて!』
『ヘイヘイ、わかりましたよ……』
『見苦しいところをお見せしてしまい、すみませんでした。あ、さっきの酒の神バッカスの話なんですが、ブドウの搾汁(さくじゅう)に若い処女がしないと、酒の神バッカスが怒り、作ったワインを全て腐らせてしまうという昔話があるんです。昔の人はそう信じて、ブドウの搾汁には若い女性が足踏みをしていたそうですよ』
『へえ』
『バカで、どうしようもない兄だけど、戦地から生きて帰ってきてくれて本当によかったです。(いた)らぬ点も多々あるかと思いますが、兄のこと末永くよろしくお願いします』
『……は、はい?』
え? あの……、レイラさん、兄と結婚されるんですよね? 兄が、父と母にそう言ってましたし、うちの両親もその気でいますよ?』
『はぁ~!? もう、なに考えてんのよ、あの人は!』
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登場人物紹介

エスター・ジェナ・マクレーン(Esther Jenna MacLaine)


レイラの孫。レイラのふりをして、昔の恋人“ルーファス”と文通をしている。

ライナス・グレッグ・スタンフォード(Linus Greg Stanford)


ルーファスの甥。

シェリー・ヴィオラ・ホワイトリー(Cherie Viola Whiteley)


エスターのルームメイトで、再従姉妹。レベッカの孫。

レイラ・ドリス・マクレーン(Laila Doris MacLaine)


自分のふりをして手紙を書いてほしいと、エスターにお願いをする。

ルーファス・クライヴ・ウォーズリー(Rufus Clive Worsley)


エスターの文通相手。実は彼にも秘密が。

アビー(Abbie)


モデル

本名はアビゲイル・ジェマ・ルイーズ(Abigail Gemma Ruiz)

アレックス(Alex)


古城の管理人

コンラッド(Conrad)


カメラマン

ハンナ(Hanna)


マネージャー

若かりし頃のレイラ

若かりし頃のルーファス

フェリクス・ミシェル・マクレーン(Félix Michel MacLaine)


エスターの祖父

レベッカ(Rébecca)


フェリクスの妹

ブランシャール家当主(Blanchard)


レイラの父

ウォーズリー家当主(Worsley)


ルーファスの父

マリー・ミュルヴィル(Marie Murville)


レイラの叔母

サラ(Sara)


レイラの家のお手伝いさん。もともとは、ウォーズリー家に仕えていた。

子供のころのアレックス

レスター(Lester)


ライナスの弟

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