#10 私が“レイラ・ドリス・マクレーン” になる![5]
文字数 2,570文字
『おまえのお母さん、クリスティーヌが着たウエディングドレスだ』
『ねぇ、あなた。生まれてくる赤ちゃんは女の子かしら? それとも、男の子かしら?』
『僕は男の子でも女の子でも、どちらでもいいよ。でも、できれば男の子であってほしい』
『あら、それはどうして? ブランシャールの名が大切だから?』
『ちがうよ。女の子なら、君のように愛らしく育つだろう。そしたら、嫁に出したくなくなる』
『まあ、あなたったら! もし、この子が女の子だったら、私が着たウエディングドレスを着てほしいの。それでね、あなたにこう聞くの。“私のときと、どっちが似合ってる?”って』
『……それは、困った質問だ』
『そうよ。私、あなたを困らせるの、得意なの』
『クリスティーヌは、おまえがこのドレスを着るのをとても楽しみにしていた。おまえには、お母さんの話をあまりしてこなかったが、クリスティーヌと私は、おまえとルーファスのような関係だったのだよ。小さい頃から体の弱かったクリスティーヌだったが、おまえを身ごもったとき、とても喜んでいた。私ははじめ反対したんだ、医師に命を落とすかもしれないと言われてね。彼女はそうなっても構わない、自分の命と引き換えになってでも生みたいと強く願ってね。おまえを抱くことは叶わなかったが、誰よりもおまえの誕生を楽しみにし、誰よりも愛してたんだよ』
『“レイラ”という名は、クリスティーヌが名付けたんだ。レイラ、幸せになりなさい。これはお母さんの願いでもあり、私の願いでもある』
『フェリクス。あのね、赤ちゃんができたみたいなの』
幸せだった。本当に毎日が幸せだった。フェリクスと過ごす日々はキラキラとしていて、一日があっという間に過ぎていったわ。そんなある日……、出産を控えたある日……、まさか、あの人が訪ねてくるなんて。幻を見ているかのようだったわ。
『愛してるよ、早く生まれておいで。俺たちのむす……、息子!? いや、俺は女の子がいい。メロメロに愛してやる』
『ほんと溺愛しそうね。でも、男の子よ』
『ま、いっか。俺、すごく幸せだ。ありがとう、レイラ』
『大変申し上げにくいことなのですが、レイラ様はもう……!』
『サラ? 騒がしいようだけど、どなたかお見えなの?』
『ルーファス様、後生ですから、このままお帰りくださいっ! レイラ様にはお会いにならならず、旦那様のもとへ……!』
『……クライヴ? おい、クライヴじゃないか! 生きてやがったのか、この野郎っ! もしかして、俺に会いに来てくれたのか⁉』
『クライヴ、生きて帰ろうぜ。おまえにゃ、恋人がいんだろ。なら、なにがなんでも死ぬわけにゃいかねーな』
『ミシェル、君だって……! いつか恋人を作って、幸せな家庭を作るのが夢なんだろ』
『同じ部隊だった、フェリクス・ミシェル・マクレーンだ。俺たちの部隊は全滅したって聞いていたが、生きていたのか。そっか、よかったな。おまえにまた会えてうれしいよ』
『ああ、僕もだ。正直、君は死んだと思っていたけどね』
『ははは! 言ったろ、俺は不死身だって。まあ、敵弾浴びて早々と送り返されたけどよ、このとおりよ。そんで、最愛の人には会いに行ったのか?』
『戦争が終わったら、すぐに会いに行くんだって、あんだけ言ってたじゃないか』
『だけどよ、クライヴ。戦争が終わってだいぶ経つけど、おまえ今までどうしてたんだ?』
『気が付いたら病院のベッドの上でね、そこで終戦を迎えたことを聞いたよ。僕は、2年近く昏睡状態に陥っていたらしく、しばらくは検査やらで、落ちてしまった筋力を取り戻すのに必死だった』
『心配には及びません。見てのとおり、今はピンピンしてますので』
『あ、妻のレイラだ。ほら、見てくれよ。もう臨月に入っててさ、俺もとうとう人の親になるんだよ。どっちが生まれても大丈夫なように、二人分の洋服準備してあるんだぜ』
『なあ、クライヴ。せっかく来てくれたんだし、しばらくここでゆっくりしてけよ。いいだろ、レイラ?』
『……いや、申し訳ないが、西部で父がまってるんだ』
『……マクレーン夫人、どうか元気な赤ちゃんを。そして、お幸せに』
今まで眠っていたルーファスへの想いが一気にあふれ出たの。自分を許せなかった。彼は私を信じて迎えに来てくれたのに。でもね、フェリクスを選んだこと、後悔はしてないの。フェリクスと結ばれることは運命だったのよ。
ルーファスへの愛は特別なものだった。物心がついたときからずっといっしょで、彼を兄のように慕っていたわ。いつの間にか、それが恋に変わったの。つまり、初恋ね。フェリクスは、突然私の前に現れて、ずっといっしょにいてくれた。ルーファスを探しに北部へ行ったときも彼は一生懸命探し回ってくれた。自分の気持ちをいつもストレートに伝えてくるし、いっしょにいて楽しいし、自分からキスしたいって思ったのはフェリクスがはじめてだった。フェリクスと過ごした日々は短かったけど、彼が私の前からいなくなって改めて、彼をどれだけ愛していたのか思い知ったわ。
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