#13 私が“レイラ・ドリス・マクレーン” になる![8]
文字数 2,084文字
……そうね。あれは、フェリクスが亡くなって10年が経った頃だったかしら。その年は、子供たちの結婚や出産でバタバタと忙しくて、フェリクスの命日には行けなかったの。彼のほうは毎年、命日をずらして来ていたのね。ずっと気にかけていたルーファスと、26年ぶりに会ったの。すぐに彼だってわかったわ。
『ふふふ。私、こう見えて、もう孫がいるのよ。あなたは今どうしてるの? あなたも、その……結婚をして所帯を持ったの? おじさまは元気にしてて?』
『相変わらず君は、僕に質問攻めなんだね。答えられるのは、父は去年死んだってことだけだ』
『……そうだったのね。私、あなたにずっと謝りたくて。ルーファス、私…………っ!』
『もう昔の話だ、その話はよそう。ミシェルが死んでからだいぶ経つけど、君は今、幸せかい?』
『ええ、とても幸せよ。いっしょに過ごせた時間は少なかったけど、後につないでくれた。子供の存在って大きいわね。子供たちが自分から巣立って、それぞれ家庭を持ち、次の世代へと引き継いでいく。それを見守り、見届けるのが、今の私の幸せ。あなたは、どう? あなたのことが知りたいわ。ずっと気になってたのよ』
『今でも変わらず、君を思ってる。君の幸せが、僕の幸せなんだ。君が幸せなら、僕はそれでいい。サラに伝えてくれないか、もう頼りは寄こさなくていいって』
『いつまでも、君の幸せを願ってる。さよなら、レイラ。君に会えてよかった』
『……ごめんなさい、フェリクス。あなたの前で、あなた以外の人を思って泣くなんて……、許して、今だけは許して…………』
ルーファスに会ったのは、その一度きりだけ。彼は私への愛を貫くため、ずっと独りでいたのね。あの人は本当に幸せだったのかしら、相手の幸せが自分の幸せ、誰かを思うだけの人生なんて辛すぎるわ。彼も私と同じように、誰かと幸せな人生を歩んでるって思っていたのに……。彼になんて言葉をかけたらいいのか、わからなかった。サラは自分を責めることはないって言ってくれたけど、心にわだかまりを残したまま、また何十年という時が過ぎ……。そうね、あれは……、エスター、あなたが生まれた頃だったかしら。ルーファスから手紙がきたのは。
レイラ・ドリス・マクレーン様
突然の手紙で、あなたは驚かれていることと思います。
人生を振り返り、自分はなにひとつ成し遂げることができず、無駄に時間を過ごしてきましたが、残された人生をどう生きていくかと考えたとき、心残りはあなたのことだけ。
あの日、あなたと人生を共にすると誓ったときから、私の心はあなたのもの。
私の出征の日、あなたは泣きながら、声がかれるんじゃないかと思うくらい、私の名前を叫んでいましたね。
できることなら、あのとき汽車から降りて、泣くあなたを抱きしめたかった、何度そう思ったことでしょう。
これまでの人生のなか、あなたを恨むことはなかった……、いいえ、あなたを恨んだこともありましたが、どうしても恨みきれませんでした。
なぜなら、私は今でも変わらず、あなたを愛しているからです。
寂しい私に、あなたの残りの人生を私に預けてくれませんか。
ただ、たまに手紙をくれるだけでいいのです。
R.C.ウォーズリー
あの手紙をもらってから、残りの時間はあの人に捧げようって心に誓ったわ。でもね、彼とのやり取りを重ねていくうちに、だんだん不安になっていったの。もし私が先に逝ってしまったら、あの人はどうなるのだろうかって。あの人に、また寂しい思いはさせたくない。あの人よりも先に逝くことはできないって。だからね、エスター、あなたにお願いがあるの。
明日、あさってのことなんて誰にもわからない。もし私が死んだら、私の代わりに手紙を書いてほしいの。あの人の最期のそのときまで、私になり切って書き続けてほしいのよ。それが私にできる、せめてもの償い。
ありがとう。あなたなら、そう言ってくれると信じてたわ。もう年ね。なんだか、少し疲れてしまったわ。少し休んでもいいかしら?
『へぇー、あの子はブランシュとアメリアの子供なのか』
『そうよ、3番目の子よ。あなたって、ホント私がいないとダメみたいね』
『そうだってこと、おまえが一番わかってるだろ。そろそろ、いっしょに行く?』
『はっきり言って、来るのが遅いわ! すっかり、おばあちゃんになっちゃったじゃない』
『ははは! じゃ、行こう』
『ええ』
おばあさま。今日は一段と冷えるから、厚手の毛布をもう一枚…………。
……おばあ、さま? ……約束するわ、私が“レイラ・ドリス・マクレーン”になるから、安心して。
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