#03 古城にて[3]

エピソード文字数 2,228文字

【撮影3日目 中止】
カシャッ!


カシャッ! カシャッ!

おはよう。本当に君って人は、カメラを持つとまわりが見えなくなっちゃうんだね。声をかけなきゃ、君はそのまま俺に気づくことなく通りすぎていたよ。
おはようございます、ライナスさん。今日は雲ひとつない絶好の写真日和(びより)なので。
ふふっ、“写真日和”ね。確かに、君の言うとおりだ。
ライナスさんって、もしかして絵のお仕事をされてるんですか?
まさか、見様見真似(みようみまね)さ。君もそうだろ?
まあ、確かに。今はコンラッドさんの(もと)でアシスタントしながら技術を学んでますけど、それまでの私は見様見真似で夢中でシャッターを切ってました。……あ、でも、今もそうかも。父が写真好きで、5歳の誕生日にカメラをもらったときから、なにも変わってないかもしれないわ。
俺も小さい頃から、伯父(おじ)のそばでよく見てたんだ。普段は穏やかで優しい人だったが、筆を持つと別人のようになってね。ちょっと話しかけただけで、すぐ怒鳴られた。集中力が途切れるからとか、その世界に入ってるから邪魔しないでくれとか言われてね。
ぷっ、まるで()()()じゃない!
えぇっ!? 冗談じゃない、あんなのといっしょにしないでくれ。
アビーちゃんがかわいそう。とんだ災難ね。
アビー? ああ、子ザルのようにキーキーうるさい、あの可愛らしい子か。“悪かった”と伝えておいてくれ。
子ザルって……。あの、そういうのは自分で謝ってもらえます? だいたい、誰のせいで今日の仕事が休みになったと思ってるんですか?
休み?
アビーちゃん、部屋から出てこないんです。
…………。
…………。
……え、もしかして、俺?
“もしかして”じゃなく、そうなんですっ! ライナスさんに言われたことに傷ついて、撮影にも影響がでちゃったんですよ。あのお年頃の子は、ひどく傷つきやすいんですっ‼
へぇ、君は大丈夫だったわけだ。
そりゃ、私は大人ですから!
なんであの二人が仲良くしゃべってんのっ!? 

なんで、なんで、なんでっ!?

アビー? アビー、どうしたの?
なんでもない、ほっといて!
本人がそう言ってんだ、ほっとこうぜ、マネージャーさんよ。
いったい、どうしちゃったのかしら。今まで、こんなわがまま言うような子じゃなかったのに。
……ずるい、エスターさん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そうか、君のおばあさんも亡くなられているんだ。
ええ、5年前に。最期(さいご)に言っていたわ。“もう一度、北部へ行きたかった”って。“もう一度、()()()といつもの丘で夕日を見たかった”って。
あの人?
祖母には昔、結婚を約束した人がいたんだけど、戦争が二人を引き離しちゃったの。
そうか、つらい目にあったのは伯父だけじゃなかったんだな。
君は、この絵になぜ“花”()かれているのか気になってたよね?
え、ええ。
伯父は画家志望でね。出征(しゅっせい)前に、婚約者に絵を贈ろうとしてたんだ。戦況が悪化するなか、伯父の出征が早まってしまい、絵は完成することはなかった。()()()ね……。
二度と?
ああ、戦争で右手の自由を奪われてしまってね、画家になる夢も途絶えてしまった。俺が物心ついた頃には、()()で筆を握っていてね、“もう一度、あの頃と同じ絵を描きたい”と言って、がむしゃらに描いていたよ。見ていて、とても痛々しかった。
『……違う、違う! こんなんじゃないっ……!』
(完成しかけた絵を、上から塗りつぶし、昔負傷した右腕をぎゅっと強くつかむ。)
『伯父さん、腕が痛むんですか?』
『いや、()が痛むんだ。ライナス、お願いだ。私の代わりに絵を描いてくれ。私のそばで見ていた()()()なら描けるだろ』
『……俺には、無理だよ』
『……そうか。出征前に、どうしても彼女に渡したかった。美しかった、あの頃の風景を』
『伯父さんの描きたかった世界(もの)を、俺に教えて』
素敵な話だわ。だから、あなたは伯父さまの遺志(いし)を継いで絵を描いているのね。そうまでして思われる彼女が、とてもうらやましく思うわ。
ご高齢の方だけどね。
年齢なんて関係ないわ。この絵を見たら、きっとよろこぶと思うの。
そう言ってもらえると、うれしいよ。正直、今さら絵なんて迷惑なんじゃないかと思っていたんだ。俺の想像する世界と、伯父が見ていた世界が違っていたらどうしようかと思って、ここ数日悩んでいたんだ。
自信もっていいわ。私の思い描いていた世界(ところ)といっしょだから。
旦那様っ!
ん? アレックス、どうした?
今、ホテルから連絡がありまして、ルイーズ様が「支配人じゃ話にならないから、責任者を出せ!」と怒っているようです。どうやら、ダブルブッキングしてしまったようで。
ルイーズ? ああ、上客のルイーズ様ね。会長は?
会長は、大切な会議があるから無理のようです。
はぁ~、わかったよ。アレックス、(あと)のことは任せた。
はい、かしこまりました。
…………。
というわけで、またいつの日か。最後に、君の名前を教えてくれないか?
エスターよ。エスター・ジェナ・マクレーン。
エスターね。エスター、有意義(ゆういぎ)な時間をありがとう。
いいえ、こちらこそ。
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登場人物紹介

エスター・ジェナ・マクレーン(Esther Jenna MacLaine)


レイラの孫。レイラのふりをして、昔の恋人“ルーファス”と文通をしている。

ライナス・グレッグ・スタンフォード(Linus Greg Stanford)


ルーファスの甥。

シェリー・ヴィオラ・ホワイトリー(Cherie Viola Whiteley)


エスターのルームメイトで、再従姉妹。レベッカの孫。

レイラ・ドリス・マクレーン(Laila Doris MacLaine)


自分のふりをして手紙を書いてほしいと、エスターにお願いをする。

ルーファス・クライヴ・ウォーズリー(Rufus Clive Worsley)


エスターの文通相手。実は彼にも秘密が。

アビー(Abbie)


モデル

本名はアビゲイル・ジェマ・ルイーズ(Abigail Gemma Ruiz)

アレックス(Alex)


古城の管理人

コンラッド(Conrad)


カメラマン

ハンナ(Hanna)


マネージャー

若かりし頃のレイラ

若かりし頃のルーファス

フェリクス・ミシェル・マクレーン(Félix Michel MacLaine)


エスターの祖父

レベッカ(Rébecca)


フェリクスの妹

ブランシャール家当主(Blanchard)


レイラの父

ウォーズリー家当主(Worsley)


ルーファスの父

マリー・ミュルヴィル(Marie Murville)


レイラの叔母

サラ(Sara)


レイラの家のお手伝いさん。もともとは、ウォーズリー家に仕えていた。

子供のころのアレックス

レスター(Lester)


ライナスの弟

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